第67話 バトルトーナメント

「うーん……」
 クーザンは、どちらに行こうか迷っていた。
 迷宮の入口からひたすら真っ直ぐ歩いてきたところ、取り敢えず進路を変えず進んでみようと思っての行動だったが、いよいよ左右どちらかに絞らなければならない展開を迎えてしまったのだ。
 コインがどこに、どのような形で隠されているのか。クーザン達参加者は知らされておらず、自力で探し出さなければならない。セレウグも迷宮突入時にはぐれてしまい、周囲には同じ参加者も見当たらないこの状態。突然斬りかかられる危険はあるものの、自分にとっては都合が良いように思えた。
「……行き止まりを探してみるか」
 隠し物をする場合、道よりも行き止まりに設置された木箱等のオブジェクトに隠されている場合が多い。道の途中にあるかもしれないが、可能性は低い、だろう。進路を右に変え、歩を進める。
 と、
「――!」
反射的にベルトから外して手に持っていた剣を、鞘に納めたまま自分の背後に構える。程なくして、ガガッとくぐもった音が響いた。一瞬遅れていれば、クーザンは致命傷を負っていただろう。
 相手は参加者の一人らしい、いかにもと言った姿の男と、こちらを楽しげに見ている女の二人組。男が持つ大剣とクーザンの片手剣がギシギシ音を立て、競り合う。
「あら、中々鋭い坊やね。イーエルの気配に気が付くなんて」
「誉めても何も出ないよ」
 女がもう良いわよ、と呟きかけ、男――イーエルは大剣から力を抜いた。クーザンも武器を下ろしはしたものの、油断なく柄に手をかけたまま二人に視線を投げ掛ける。
 競争では、基本的にチームリーダー同士の協力を禁じられてはいない。よって力を合わせ指定されたものを探したり、こうして単独の敵を袋叩きにする者がいないとも限らない。セレウグはそれを危惧しており、ならばと合流するつもりでいたのだが。
 ただ、幸運にも他の人間はいないようだった。この二人だけであれば、恐らく自分が一番機動力はある。隙さえあれば突破出来るはず、と今は機会を窺う事にする。
「初めまして、坊や。私はラニティ、それがイーエル。悪いけど、ここで消させて貰うわ」
「生憎、大人しくやられるつもりはないよ」
「自分が不利なのに? 威勢の良い坊やね。殺しちゃうのはもったいないから、足を壊すだけで許してあげる」
 さらっと惨い事を言われるも、クーザンは無言で鞘からグラディウスを抜く。彼の闘志に呼応するかのように、中央の宝石が光った。
 女性――ラニティは、腰に長銃を提げている事から後衛だろう。大剣の前衛との組み合わせは、一人で相手にするには最悪だ。大振りな攻撃は隙が多く、それを狙っていこうとすれば、銃で狙い撃たれる。隙を見て逃げる手もあったが、敵に背中を見せる事はしたくない。何とか片付ける手段を模索しつつ、クーザンは地を蹴った。
 真っ先に突っ込んで来たのは、やはりイーエル。まるで猛獣の牙のような大きな刃が向かって来る、それをグラディウスで流す。競り合いに持ち込むべきではない。そして脇を摺り抜け、後方で長銃を構えるラニティへ――とはいかなかった。狭い洞窟のような通路、加えて男の大柄な体が邪魔をし、簡単に抜けられはしないようだ。こういう場合、魔術師や魔法を使える者ならラニティに狙いを定め撃つ事も出来るのだが、生憎クーザンは習得していないし、第一使えたとしても詠唱する暇はないだろう。
 となれば、残るは銃の攻撃を避けつつ先にイーエルを撃破するのみ。一番の難易度だが、他に手はないのだから仕方ない。
「はぁっ!」
 攻撃範囲外から奇襲をかけ、一気に敵の懐に入る。衝撃波にバランスを崩していたイーエルの腕目掛け一閃を放つが、ギリギリでかわされた。体勢を立て直し右に跳ぼうとし、だがクーザンは左に跳ぶ。行動を読んでラニティが銃を構えていたのが見えたので、敢えて逆に跳んだのだ。
(一気に仕留めるしかないか……!)
 ラニティとイーエル、狙いをどちらかに定め集中攻撃をする。となれば、リーチの長いラニティに焦点を合わせた。懐にさえ入り込めば、銃身が長い長銃はあくまで刃が仕込まれていない限り、武器として使えない。ざり、と右足に力を入れ、目の前の二人を睨みつける。
 ところで、クーザンはひとつ忘れていた。ここは、迷宮なのだ。ここに入り込んだ者は、自分や彼らだけではないという事を。
「――っ!」
 突然、ラニティの手から長銃が弾き飛ばされた。ガシャガシャ音を立てて地面を滑るそれは、彼女の遥か後方で止まる。
「ったく、面倒な茶番はちゃっちゃと終わらせろっての!」
 そう声を上げた主はクーザンの隣に着地し、屈んだままこちらにニヤリとした笑みを向ける。知らない相手ではない、ジャック=イザティーソだ。
「お前……!」
「よぉ。面倒なのに巻き込まれるたぁ、お前も運悪ぃな」
 立ち上がった彼は、手に戦爪を装備したまま。先程長銃を弾いたのは、どうやら彼の仕業らしい。
「あら、アナタも消して欲しいの?」
「冗談キツいぜ。消してもらう為にわざわざしなくていい戦いに首を突っ込むアホがどこにいんだ。俺は、俺の獲物をお前らに取られたくねーんだよ」
 そう言いながら、ジャックはクーザンの肩に腕をやり体重をかけてきた。あまりにも馴れ馴れしい態度にさてどう言ってやろうか、と考えていると、彼はこちらに顔を寄せ、聞こえるか聞こえないかの声量で耳打ちしてきた。
『合図したら左に走れ』
『え?』
『撤退も戦略だ』
 左、つまり行こうとしていた位置とは真逆。そちらにはラニティがいるが、確かにイーエルを強行突破するよりは楽だろう。短いやり取りだが、ジャックは戦わずに逃げるつもりなのだ。
 クーザン一人では敵の集中砲火を浴びるため逃走は選択肢になかったが、二人なら成功率は格段に上がる。何故助けようとするのか聞きたい事はたくさんあるが、ここは彼に従う事にし、合図を待つ。
「で、参考までに聞きたいんだが、オメーらは何でバトルトーナメントに参加したんだ?」
「あら、悠長な事。知りたい?」
「あぁ、是非教えてくれると助かるね」
「素直な子ね。決まっているじゃない、名声の為よ。私とイーエル率いるチームはね、一個のとある団体なの。お飾りだけの大陸の象徴などと謡う一族を葬り、民による統治を目指すレジスタンスね」
 お飾りだけの大陸の象徴、とラニティが答えた瞬間、ジャックの細い双眸が更に鋭くなるのを、クーザンは見た。
 世の中には、政治の在り方を見直すべきと声を上げる者も少なくない。まさか本当にそれを唱える者達に出くわすとは思わなかったものの、成程それならば腕が立つのも納得がいく。
「へぇ……大層な自信だな。自分達が大陸の王に相応しいとでも?」
「違うわ。王はこの大陸の住人みんな。私はそれを主張しているのよ」
「ありがとさん。参考になったよ」
「どう致しまして。じゃあ、次は私からね。アナタ、王女の傍にいたわよね?」
「……さぁな?」
「とぼけるんじゃないわよ。アナタからも、無知で哀れな王と王女に言ってくれないかしら? 大陸の民の声をもっと聞けってね」
 表情は笑っているのに、目が蔑みのそれである事は明確だった。あの二人は、ジャックを挑発しているのだ。それが分かっているのか、当の本人も貼り付けたような笑みを崩さず、戯けるようにして肩をすくめる。その心情がどのようになっているかなど、クーザンには知りようもなかった。
「何の事だかなぁ」
「まぁ、とぼけるならそれでも良いのだけれど。私たちが直々に教えてあげるだけだから。――さぁ、痛くしないから大人しくしていてね?」
 大胆に入れられたスカートのスリットに手を差し入れ、太股に着けているポーチから弾層を取り出すラニティ。ゆっくりとした動作で長銃を分解しそれを換えようとしている。当然、それを逃す理由はない。
「残念ながら、こっちにも複雑で重要な目的があるんで失礼させてもらう――ぜっ!」
「っ!」
 まるで獣の跳躍。ジャックは助走も無しにいきなり天井スレスレの高さまで跳び、右腕に装備した戦爪を振り上げる。ギリギリで反応したラニティが避け、一瞬道が開けた。
「行け!」
「イーエル、逃がさないで!」
「――はっ!」
 逃がさないとばかりに、体格にそぐわぬイーエルの行動にクーザンは反応し、再び衝撃波を生む斬撃を放った。上手く足元に命中し、イーエルが足を止める。ジャックも跳躍した後同じ方向に着地し、クーザンの後を追う。装填を終えたラニティの長銃がスタンバイしたと同時に曲がり角を曲がり、全力でその先の道を駆け抜ける事だけに集中した。

 しばらく走った後、クーザンは荒れた呼吸を整える為に足を止めた。遅れてジャックも止まり、後方を確認する。
「よし、来てねーな」
 全力疾走をした自分と同じ速さで走ったにも関わらず、彼は息一つ乱れていないようだった。人狼と人間の身体能力の差だろうか。何故か込み上げてくる悔しさをごまかしつつ、顔を上げ口を開く。
「……取り敢えず、礼は言うよ。でも、何で助けてくれたんだ?」
 こういった場合、襲われている側の人間を助けるよりもむしろ襲う側の援護に回った方が、自分に降りかかるリスクは少ない。ライバルは減り、状況によっては襲っていた人間に恩を売る事が出来るからだ。ジャックは肩を竦め、答えた。
「あーいうの嫌いなの、俺。フェアじゃねぇし、そもそもズルいやり方っつぅの許せねーし?」
「…………」
「おい、疑ってるな?」
「俺を助けて、お前に利益があると思えないからな。リスクだらけじゃないか」
 自分を助けた結果、彼までイーエルとラニティに狙われる事になった。――先程の問答を思い返す限り、あの二人に彼が味方に付くとは到底思えないのも事実ではあるが。
 それに、今こういった形で戦闘をするのは体力的にもやるべきではない。そう考えたクーザンはそのまま返したが、ジャックは軽く首を振り笑う。
「利益ならあるぜ。お前さ、俺と手を組んでみねぇ?」
「え?」
「この競争の間だけで良い。簡単だ、コインを二枚見付ければ良いんだからな。俺も本当は別の奴を誘おうと思ってたんだが、どうやらスタート時の混乱ではぐれちまったらしくてな」
 成程、それなら自分を助けた理由として納得がいく。一人で小さなコインを探すより、二人で探した方が当然見付かる確率は高いし、他の参加者に襲われたとしても協力して撃退する事が可能だ。
 クーザンは悩んだ。ユキナが懐き、ユーサやセレウグがああも気安くやり取りしているなら、少なくとも信用には足る人物ではある。ただ、申し出は有り難いのだが、ジャックという人間は何となく近寄りたくない気がする。
 目的か、私情か。
「……分かった。予選が終わるまでで良いんだよな?」
「おう。本選でぶつかった時は、容赦無しだけどな」
 結局、目的を達成するのを優先させた。この予選で落ちてしまう事態は避けたい。ある程度必要な会話を交わしつつ、あまり関わらなければ良い話だと割り切ったのだ。
「じゃ、よろしくな」
「……よろしく」
 差し出された手に一応は応え、二人は先に続く道を歩み始めた。

 その数分後、
「だーかーら、そっちはその先から風の匂いがすんだって! コイン見付けてねーのに外出てどうすんだ」
「迷路と言えば右手伝いに行くのがセオリーだろ! それにこっちの道が奥に行けるっぽい」
 クーザンは右、ジャックは左。どちらに進むかという問題で、見事に衝突する二人であった。根拠としては、嗅覚が人間よりも発達している人狼族のジャックの言い分が正しく、信頼出来るのだろう。だがクーザンとしては彼に従うのが癪であり、譲りたくなかったのだった。
「良しならこうしよう、どっちの道にも行くから先ずこっちに行こうぜ」
「それならこっちでも良いだろ、それにどうせどちらかにしか行かないんだし」
「妙に頭回りやがって……あーもう分かったよ、こうなったら正々堂々勝負だ」
「受けて立つよ」
 仲間達が見ていれば爆笑しているであろう子供じみた言い争いを経て至った方法、じゃんけん。正々堂々と己の運のみが試される、迷った時のその手段で二人は決める事にした。最初はグー、とある意味絶対に負けられない勝負に勢いを付ける。結果、
「…………」
「右だな」
 あいこにもならず決した勝敗に、ジャックは出した拳を下げ、はぁと息を吐く。そんな相手の姿にクーザンは、普段なら浮かべない不敵な笑みを浮かべていた。
「わーったよ、男に二言はねぇ。行こう、時間も惜しいし」
 両手を挙げつつ、その道へと歩み始めるジャック。道は相変わらず暗く、狭い。石造りのせいで圧迫感も強く、気のせいか息苦しささえ感じる。実際こういうダンジョンは空気も薄いと思われるのだが、意外とそんな事はなかった。ジャックが「風の匂い」と称したのも、間違ってはいないのだろう。
 お互い黙々と道を歩いていると、ふと「なぁ」と声をかけられた。
「気になってねーの? お前くらいの頭なら、大体推測ついてんじゃねーの」
 何を、とは言わなかったが、クーザンは何を聞かれているのか理解していた。
「ユキナの話から、お前の主人はあいつにそっくりだと聞いてる。ディアナの末裔であるリダミニータ=ル=エアグルスも似てた。さっきの二人とのやり取りでお前の主人がリダミニータである事も分かったし、なら俺達の事も把握してるであろう事は想像つくよ」
 あくまでも予想の範囲内であり、最も可能性のある事として挙げた話だ。最早ラルウァの脅威はクーザン達だけの問題ではなく、大陸全体に及んでいる。カイルやディアナも対峙していた問題とあれば、その末裔である一族らにのみラルウァの存在が語り継がれているだろう。それを倒し続けている自分達の存在が、彼女らの耳に入っていないとは思えなかった。
 ジャックはニヤリと笑い、軽く頷く。
「やっぱりな。で? 何で聞かねんだ、その可能性を」
「別に今必要な事じゃないだろ? それとも、何で協力しないのか問い質して欲しいのか?」
「そうじゃねーけど、ホレ、俺をあの手この手で丸め込めばこんな面倒な事しなくても、リニタに会えるかもしれねぇじゃん?」
「それはどちらかと言えば俺の分野じゃない。セーレ兄さんやクロスの方が向いてる」
 確かに今彼に願いを乞えば、例えバトルトーナメントで落選したとしてもリダミニータ=ル=エアグルスに会う手ほどきをしてくれるかもしれない。しかしそれは、自分の力で道を切り拓くタイプのクーザンにとって屈辱的であり、何より納得がいかない。それに、
「強い奴と戦える」
「!」
「……だろ? 」
 まるで心を読んだかのような的を射た台詞に、クーザンは嫌そうに黙り込み、ジャックを睨みつけ、そして。
「コイン、早く探さないとな」
 話を逸らした。図星を突かれたのに苛立ったのではない。あくまでも、冷静でいたかったからだ。どうも、彼の前だと調子が狂う。それを知ってか知らずか、ジャックは肩を竦め周囲を見回した。
「わーってるよ。……ん?」
 ふと、その視線が留まった場所を追い掛ける。宝箱、だ。こういうダンジョンには最早定番であり、中には色々役に立つものも入っていたりする。ただ、クーザンもジャックもそれをすぐに開けようとはしない。
 二人は顔を見合わせた。
「……どう思う?」
「罠。怪しい」
「だよな、こんないかにもって感じで置かれてる訳はねーし」
「でも、ひょっとしたらって場合もあるからな……」
 水道に隠されたコインは十枚。それがどんな形で隠されているのかは、明確にされていなかった。本戦への切符となるコインも、自分達からしてみれば宝物である。これをスルーした場合、万が一この中にコインが入っていたとしたら、チャンスを自ら捨てるという事だ。
「……よし」
 クーザンはしゃがみ込み、足元に落ちている石を拾う。音を立てないよう慎重に宝箱から離れ、
「投擲の経験は?」
「ねーよ」
「じゃあ俺で良いな。ノーコンよりはマシだ」
 石を持った腕を振りかぶり、投げた。大きく弧を描いた石は見事に宝箱に命中し、カランと地面に落ちる。
 一瞬の静寂、実は本当にただの宝箱なのかと思いかけた瞬間、それは動いた。蓋と下部の境に鋭い牙とも、粘着力のある唾液とも取れる白い筋のようなものを見せながら、投げた石に喰らい付く。
「! やっぱりミミックか」
「いや、あれただのミミックじゃねーよ」
 石を胃袋に納めたそいつは、次なる獲物を見付け口からやたら長い舌を出す。くるくるくるくると、宙に円を描くようにそれを動かしている動作を見たジャックが少し慌てた様子で言った。
 刹那、何処からともなく空気の刃が宙を疾る。アークが使う《ウインドエッジ》に似ているが、まさか魔物がそれを使うとは。風の音に反応したクーザン、そしてジャックはギリギリで風の刃を避け、各々武器を構える。
「あいつ、クレイジーミミックだな。普通のミミックには使えねぇ魔法撃ってくる」
「みたいだね。厄介だな」
「どうする?」
「もちろん討つ。ここで逃がして、また宝箱に擬態されたら面倒だ」
 一瞬、敢えて逃がして他の参加者を惑わせる事も考えたが、自分達がまだコインを手に入れていない事を考えると得策ではない。余計な戦闘をしている暇はないが、余計な手間をかけさせられるのも面倒だ。
「ごもっとも……だ、な!」
 先に飛び出したのはジャック。戦爪を唸らせ、真っ直ぐミミックに向かっていく。片手剣を武器とするクーザンと戦爪とする彼とでは、リーチの長さが圧倒的に違う。だからこそ先陣切って飛び出していく、所謂切り込み隊長という戦闘スタイルが合っているのだろう。
 だが自分としても、いつもの仲間達と共に敵に向かう場合は似たようなポジションに就いている。たかがスタートダッシュに出遅れただけなのだが、どうしても表現し難い何かが込み上げてくる。
「うぉらっ!」
 残像でさえ残さない素早い斬撃は、クレイジーミミックの宝箱の体に傷跡を残す。しかしそれ程ダメージにはなっていないのか、相手は変わらず長い舌を左右に揺らし続ける。
「硬ってぇな!」
「ミミック系統は総じて防御が高いからな……」
「ん、じゃあ舌を攻撃すれば」
「攻撃や魔法を使う時に、思い切って懐に飛び込められれば成功するかもな。隙があれば良いけど」
「隙、か」
 そんな会話を繰り返していると、クレイジーミミックが再び舌を動かし始めた。くるくるくるくる、魔法を使ってきた動きと同じだ。
「!」
 空気を斬り裂く風の刃をバックステップで避け、一目散に硬直しているクレイジーミミックに近付く。だがあと少しという所でバタン!と宝箱は閉じてしまった。当然、こうなってしまえば本体を攻撃する事は出来ない。軽く舌打ちし、攻撃されないよう後方に下がる。
「アイツ、魔法撃つ直前に結構隙が出来るっぽいな」
「魔法を阻止させて追撃するしかないな……俺が囮になる」
 魔法を使う動作を阻止させる役目は、失敗すれば大きなダメージを負いかねない。クーザンはカチャリとグラディウスを構え直し、そう発言する。だが、ジャックは首を振った。
「いんや、宝箱の蓋に爪が引っ掛かるから、お前に止め譲るわ。剣の方が、例え閉まったとしても攻撃出来るだろ」
 その答えに、クーザンは目を丸くする。
 例えばホルセルにこの提案をしても、こうやって異論を唱えてくる事はなかった。彼が戦略云々を気にする性格でないというのもあるが。
 だから、そう提案してくると思っていなかったジャックに、普通に驚いてしまった。彼は多分、無意識的にその提案を口にしたのだろう。呆けるクーザンに目を丸くさせ、問い掛けて来る。
「ん? 何だ?」
「……いや。分かった」
 悔しく思いつつ、クーザンは剣を構え直した。
「行くぜ、俺が出たらすぐ動けよ。――はあっ!」
 一瞬の跳躍。それはおおよそ人間らしかぬ跳躍力で、改めて彼が人狼なのを確認させられる。
 一気に距離を詰めたジャックは爪を大きく凪ぎ、牽制。クレイジーミミックが身にまとっている宝箱に傷一つつかないものの、牙を剥き出す獣のように口を開けた。飛んできた舌に吹っ飛ばされないよう彼は一旦バックステップを踏み、再び強襲する。クーザンは、クレイジーミミックが魔法を使うその時をただただ待ち続けた。
 そして――ジャックの幾度目の斬撃を耐えた直後、長い舌が円を描き始める。ジャックが二撃を与え、魔法の発動を中断。視線を受けたクーザンは距離を詰め、硬直していたクレイジーミミックの、箱の中に隠れた本体に向け攻撃した。こちらの意図を感じ取ったのか、相手は慌てて口を閉じようとしたが、クーザンの方が早い。
「喰らえっ!」
 渾身の一撃を与えられたクレイジーミミックは、耳障りな声を上げながら宙に散る。よりどころにしていた宝箱だけが、そこに転がった。
 一つ脅威が去ったと安堵の息を吐き、クーザンはジャックを見やった。視線に気が付いた彼は、握り込んだ右手の親指をこちらに向け笑顔を返してくる。
「厄介だったが、無事何とかなったな」
「ああ。全く、こんなとこでミミックの相手をするなんて思わなかったよ」
「同感。さってと、中には何が入ってんのかね?」
 ジャックがのんびりとした口調で、転がった宝箱を持ち上げた。ミミックは宝箱や木箱に憑依するレイス族の一つであり、倒せば中身を手に入れられる。また、そうやって溜め込んでいる場合もあるので、個体によっては一獲千金を狙える事もあるのだ。
 嬉々として宝箱を開ける彼は、直後ピシリと固まった。それを一歩退いた先で見ていたクーザンは、怪訝な顔で問い掛ける。
「どうした?」
「…………ラッキーだぜ、俺達。ホレ」
 そう言って向けられたジャックの手には、二枚のコインが載せられていた。エアグルス大陸を統治する一族の象徴である月と、対を成す太陽の刻印。間違いなく、自分達が探していたコインだ。
 クーザンは驚き、だがすぐに呆れ返ったような表情を浮かべる。
「……まさか、本当に宝箱に入れてたなんて……」
「見付けてくれと言ってるもんだよなー……」
 こんな簡単に、分かりやすく配置されているとは流石に思っていなかった。そのせいでミミックが憑依し、コインを探す手間を省けられたのだが。
「でもま、これで二枚目探す手間が省けたな。襲われない内に出口に向かおうぜ」
 右手に握ったコインの一枚をクーザンに渡し、ジャックが言う。目的は果たしたのだから、ここに長居する必要はない。迷宮から抜け出す道を探す事にし、クーザン達は改めて探索し始めた。

『おぉ、再び迷宮から挑戦者達が帰還致しました! 二人です、二人同時に姿を現しました!』
 眩しい位の照明と同時に聞こえてきたアナウンス。それが自分達の事を指しているのは、周りを見ずとも分かった。暗順応により霞みがかった視界を取り戻すと、溢れんばかりの歓声が届いてきたからだ。
 審査員に先程見付けたコインを渡し案内されると、そこには既に何名かが集まっていた。
「お疲れ、クーザン」
「セーレ兄さん!」
 その中に知っている人物を見付け、歩み寄る。セレウグだけではない、スウォアやユーサも何かを話していたのか、こちらに顔を向けていた。ジャックは軽く右手を上げ、口を開く。
「よぉ、やっぱもう出てたか」
「あぁ。お前ら捜してたら、たまたまコイン見付けてな。二回狙われたけど、返り討ちにしてきた」
「返……」
「てめーら気配の消し方甘ーんだよ」
 自分はジャックに助けられなければ危うかったと言うのに、セレウグはそれを一人で退けた。本人に言えばうなだれそうだが、やはり彼がワールドガーディアンの一人としての実力を持っているのだと改めて認識せざるを得ない。
「……ところで、他の皆は?」
 クーザンは話を変えようと、ここに見えないメンバーの事を尋ねる。大方観覧席にいるのだろうと予測はついていたが、それに反し三人はばつの悪い表情を浮かべ、答えた。
「あーそれがな……ユキナ捜しに行ったんだ……」