第66話 鳴り響くファンファーレ

 その夜、ピォウドドームのコロシアムでは大勢の人間が集まっていた。これから、楽団の中では一番の知名度を誇る《エルメス》を始めとした者達による演奏と舞踏が行われるのだ。バトルトーナメントが行われる前日の夜、選手達の健闘とそれの成功を願い毎年恒例のプログラムとなっている。
「《エルメス》の踊りがこの目で見れるなんて……素敵!!」
 流石は女の子と言った所か、ユキナが両手を組み早く始まらないかとはしゃいでいる。クーザンとウィンタは慣れたものだが、彼ら以外のメンバーは呆れ返ったような表情でそうだね、と返す。
 現在柵の近くにいるのは、彼ら三人とサエリ、リレス、アーク、リル、ホルセルだ。他のメンバーはそこから一歩引いた所にあるベンチを陣取り、何やら話をしている。流石に何を話しているかは分からない。
「何その反応! 《エルメス》だよ、あの《エルメス》! エアグルス大陸で彗星の如く現れ一躍トップの座を我が物とした、音楽と踊りの才を兼ね備えた楽団グループ! 女の子達の憧れよ!!」
 妙なテンションで興奮の理由を話すユキナを見ると、確かに相当有名なのだろう。楽団には興味がないクーザンも知識として知っているのだから、それには納得である。
 だが、対してサエリとリレスはいつもと変わらない態度で言葉を交わす。というより、ユキナのテンションに若干押され気味ですらある。その様子に、覚えがあるような気がしないでもない。
「そうだったんですか?」
「へぇ……そこまで人気だったなんて、初耳だわ」
「何で二人ともこんなに反応鈍いの……!?」
「だって、ねぇ」
「ですよね……」
 意味ありげな会話を耳にし、ユキナが廊下の手すりに掴まり項垂れる。そこまで凹む事だろうかと首を傾げていると、丁度アナウンスが前夜祭の始まりを告げた。
「ホラ、その《エルメス》の演目が始まるぞ。見なくて良いのか?」
 カルロスの計らいにより、バトルトーナメントが行われる間はクーザン達と同行する事になったウィンタが、コロシアムを指差して言う。たったそれだけだと言うのに、ユキナは物凄い勢いで顔を上げそちらを凝視し始めた。全く、我ながら妙な幼馴染を持ったものだとクーザンは溜息を吐く。
『皆様お待たせしました! いよいよ明日から、この場所でお待ちかねのバトルトーナメントが行われます! その前夜祭として、今年も《エルメス》を代表とした名のある楽団をお呼びしています! さぁ、どうぞお楽しみください!』
 アナウンスがそう告げるのと入れ違いに、華やかな管楽器の音が鳴り響いた。雰囲気作りに落とされていた照明が徐々に灯されていくと、コロシアム中央に集まった楽団員が設置された椅子に腰かけ楽器を演奏している。その中にはツカサやフェイク、アニスの姿もあった。
 そして、彼らが囲むように立っているステージの中央には。
「え、あれ?」
「シアンお姉ちゃんだ! すっごくきれいー!」
 気が付いたユキナは声を上げ、目を白黒させた。兄にせがんで肩車されているリルもその姿に身を乗り上げ、下にいるホルセルが「こら!」と咎めながら、慌てて彼女の足を掴む手に力を込める。
 踊り子が集まるそこには、いつもの姿ではないシアンの姿があった。煌びやかな衣装に身を包み、結いていない赤い髪にも、普段とは違う髪飾りが着けられている。遠目からなので良くは見えないが、顔の雰囲気もいつもと違うようだ。
 目を丸くさせ、リレスと眼下のシアンに視線を往復させるユキナ。現状を把握してないというより受け入れるのに時間がかかっている風の彼女に、リレスは申し訳なさそうにえっと、と説明した。
「《エルメス》の踊り子なんですよ、姉さんが」
「えぇ――!?」
「ユキナ、うるさい」
 自分も知らなかった事なので驚いてはいるが、流石に大仰が過ぎるだろうと咎める。しかし、リレスは身内が《エルメス》のメンバーだからユキナへの反応に困っていたのか。サエリ、それと恐らくはアークやレッドン、ユーサとセレウグも知っているのだろう。
「教えてくれれば良かったのにぃ……」
「ごめんなさいね。勝手に言って良い事か分からなかったし、アンタがどう反応するか見てみたかったのよ」
「むぅ……。え、てことはもしかして、リレスも踊れたりするの?」
「え!? い、いえ私は出来ませんよ、ああいうの苦手ですし」
 そんな返しがくるとは思っていなかったのか、リレスは驚いたような顔をしながら首を振る。そんなことないよーと言うと、ユキナはまじまじと彼女の全身を眺めながら続ける。
「リレスだってスタイル良いんだし、あの衣装似合いそうだよ?」
「わ、私は露出の高い服は苦手ですし……それに、……」
 声にならなかった言葉が何だったのかは分からないが、チラッと隣のサエリやシアンを見、自分の胸元を見て溜息を吐く彼女の姿に、何やら言葉にし辛い苦労があるのだろうかと察する事は出来た。彼女が何を思ってそう言ったか気が付かないユキナは、何言ってるのぉ!と食いついた。
「リレス可愛いんだから、絶対似合う! レッドン君もメロメロになっちゃうって」
「そ、そこでレッドンを出さないでくださいよ……! だって、着るのにも勇気と心の準備が要りますし」
「お二人さん、見なきゃ終わっちゃうぜ?」
「見る」
「見ます」
 このまま放っておくと際限なく白熱しそうな女子の会話に、ウィンタが火消しを試みる。楽しみにしてたのに見逃すのは、彼女らも本意ではないだろう。二人はほぼ同時に会話を中断し、コロシアム中央に視線を戻すと、真剣に楽団の演目を観始めるのだった。

「おー、盛り上がってら」
 同時刻。赤いカーテンを少しだけ避け、会場の様子を伺っている姿があった。茶髪をピンピン跳ねさせ、だらし無く着こなしたスーツの青年――ジャックだ。その位置から見える楽団の演奏はクーザン達の場所より少し遠く、小さい。
 と、奥の暗がりにいるであろう誰かの、歩み寄ってきているであろうヒール音が部屋に響く。演出上照明が落とされた暗がりから現れたのは、煌びやかなドレスを纏った女性だった。
「ジャック、髪ボサボサじゃないですか? ドレス汚れてないですか?」
「心配しなくても、侍女達が細心の注意を払ってお嬢のドジをサポートしてっから。お嬢が大人しくしてれば髪は大丈夫だし、汚れねぇよ」
「そ、そこまで言わなくても……」
 相手はジャックの主人、リニタ。明らかに落ち込んだような声音の返事には何も触れず、ジャックは再び眼下を見下ろす。
 普通の人間は無理だろうが、人狼族である自分ならここからでもコロシアム中央にいる楽団員一人一人が良く見える。セクウィなら恐らくはっきり見えるのだろうが――いや、そもそもアイツは鳥目だからこんな暗さじゃ見えないか。
 そんなどうでも良い事を考えながら、目を凝らし客席の人間達を睨みつけるように観察する。もしかしたら――いや、もしかしなくともこの中のどこかに、己らの敵がいるのかもしれないのだから。
 だが、それだけではない。ジャックにはもう一つ、観客を注意深く見なければならない理由があった。
「ジャック、そういえばバトルトーナメントに出るそうですね?」
「ん? あぁ、たまには体動かさなきゃ鈍るからな」
 自分が言った覚えはないので、恐らく侍女の誰かに聞いたのだろう。先程、彼らとすれ違った際。自分はまさに、バトルトーナメント参加の申し込みを行っていたところだった。
 純粋に自分の腕を試したいのもあるが、本来であれば一介の執事が、主人の身の安全を優先しない事などあり得ないだろう。だが、これは事情が違う。ジャック自身が必要だと判断し、同僚には同意を取り付けている。肝心の主人に断りを入れていないのは、『彼女ならイエスとしか答えない』と分かっているからであるし、必要ないからだ。
 軽く腕を回しつつ答えると、次の瞬間には勢い良く返答が来る。
「気をつけて下さいね、怪我とか! もう私、気が気じゃないですよ」
「そこまで柔じゃねーし、自分の力量位分かってら。お嬢は余計な心配しなくて大丈夫だ」
「でも……」
「リダミニータ様、そろそろ準備をお願いしたく思います」
 リニタがまた何か言おうとした瞬間、彼女が現れた方向から声がかけられ、恭しく会釈をしながら侍女が顔を出す。彼女は「もう?」と首を傾げ、了承の意を告げた。これから民衆の前に立つ者とは思えない、お気楽な声。
 ジャックは全体重をかけていた柵から身を離し、彼女の一歩手前まで歩み寄ると、す、と右手を差し出した。不思議そうに見上げて来るリニタに、ぶっきらぼうに言う。
「行くまでにコケられたら、また観衆待たせる事になるからな。行くぜ」
「……はい!」
 何かを言おうとする素振りを見せ、だが嬉しさが勝ったのか結局は笑顔を浮かべ、リニタはジャックの手を取り歩き出した。

 シアンの仰々しく、だが流麗な礼を最後に楽団の演奏が終わり、彼女らに溢れんばかりの拍手が贈られる。あっという間の時間だった。それだけ楽団の演奏と踊り子の演舞は美しく、時間を忘れて目を奪われていたのだろう。
『楽団の皆様、素晴らしい舞をありがとうございました! それでは――あ、少しお待ち下さい』
 不意に、流れるアナウンスが途切れた。何かあったのだろうかと観客がざわざわし始め、それが波紋のように広がっていく。
『……お待たせしました! えー皆様、申し訳ありませんがもう暫くお付き合い下さいませ。コロシアムの南側にあるテラスをご覧下さい』
 ようやく響いた声に、アナウンス室と思われるガラス張りの部屋から指示された場所に視線を向ける。南側には、張り巡らされる廊下兼観覧席よりも幾らか広いテラスがあった。そこには、さっきまでは誰もいなかったはずなのだが――今は、一人の人間が立っている。
 暗闇が下りていた場所から、華やかにライトアップされたテラスへと移動したそれは、女性だった。ユキナに、そっくりな。
 突如観衆の前に現れた女性は、すぅと息を吸うと口を開いた。
『皆様、初めまして。私はリダミニータ=ル=エアグルスと申します。皆様の貴重なお時間を頂戴し、少しばかりお話をさせて頂きたく思います』
 落ち着いた、それでいてとても抑揚のあるソプラノ。それはユキナの声に似てもいたし、似ていなくもある。直径五百メートルはある会場全体に彼女の声は響いた。恐らく、身にまとうドレスの胸元にマイクを着けているのだろう。
『皆様もご存知の通り、私はこのエアグルス大陸を統治する一族の姓を持っています。実は、明日から開催されるバトルトーナメントにも毎年来ていました』
 ざわざわしていた会場は既にしんと静まり返り、リニタの凛とした声だけが聞こえる。
『……さて、何故わざわざ秘密裏に観覧に来ていた事さえも明かしたのかと言いますと――世界は今、とても不安定な状態です。数々の町の粛清による倒壊、謎の化物の発生、そしてアブコットの壊滅……母なる大地の歴史を後世に伝える遺跡も、一部が破壊されてしまいました。全てが繋がっていると断言するつもりはありません。ただ、知っていて欲しいのです。今、この瞬間に戦っている方々がいるのだと言う事を』
 胸に手を当て、犠牲になった人々を悼む沈黙を挟む。きっとそれだけではないのだろうが、今判明している事件はほぼ全てそれ関連なのだ。
 観衆から見えない場所で腕を組み、彼女の演説の様子を見守るジャックは眉根を寄せた。
『私は、私の愛するこの大陸を脅かす輩を野放しにするつもりはありません! ――そこで、考えたのです。このバトルトーナメントで優勝した勇気ある者に、私一族の親衛隊としての資格を贈ろうと!』
 この言葉に、会場は驚き半分、戸惑い半分の声を上げた。それは当然だろう、エアグルス大陸トップを護る者の一人になれる――これは、どんなに頑張っても到底辿り着けない高みである。
 人々が求めて止まない名声。そしてそれに相応しい地位。両者を手に入れようと躍起になる人物は多々いるだろう。だが、それだけではこれを手に入れる事は叶わない。生半可な実力では、それを決める戦いにでさえ参加出来ない。成程、バトルトーナメントの景品にしてしまうとは――中々聡明な考え方を持っている女性である。
 一度高ぶった感情を落ち着かせ、リニタは静かに続きを口にした。
『明日からのこのバトルトーナメントでは、毎年多数の覇者達が集い実力を争います。そして、その中で栄光を勝ち取る者こそが、このエアグルスを守護するに相応しいと思っています。――私からは以上となります。御静聴、感謝致します』
 静々と頭を垂れ、くるりと向きを変えてリニタはテラスから去った。残ったのは、彼女の演説に呑まれ――魅了された観客達の沈黙だった。

   ■   ■   ■

 リダミニータ=ル=エアグルスの演説が終わっても、あたし達はただ黙っていた。ううん、今見て、聞いた事を整理していたと言った方が無難かもしれない。
 あたし達の次の目的は、エアグルス大陸を治める一族との接触。その為にこのバトルトーナメントに参加するという手段を選んだ訳だけど、まさかこんなおまけが付いて来るとは思いもしなかった。流石のユーサさんやクロスでさえ、暫く黙っていた位だもの。
「……彼女」
 でもあたしは、別の事を考えていた。リダミニータ=ル=エアグルス。彼女がいたテラスから視線を外さないままぽつりと呟くと、隣にいたクーザンが少しあたしの方に顔を向ける。
「不思議。何だか……あたしが、二人いるみたい」
 ドッペルゲンガーのような偽物じゃない。彼女は、今あたしと同じように生きている。まるで双子のように、自分とそっくりなリダミニータを見て、あたしはなおさら彼女と話してみたいという気持ちが強くなった。
「……会わせてやるよ」
「え?」
 まるであたしの心を読んだかのような台詞。声は間違いなくクーザンのもので、両の翡翠は真っ直ぐあたしに向いていた。
「要は優勝すれば良いんだろ。お前は、後ろで見てるだけで良い」
「クーザ……」
『――それでは、これにてバトルトーナメント前夜祭を終了とさせて頂きます。明日からの本番にご期待下さい!』
 あたしがクーザンの名前を口にしたけど、それが言下しないままにアナウンスがそう締め括り、周囲にいた人々が各々動き始める。いよいよ明日から、バトルトーナメントが始まるのだ。
「……さ、みんな思う事はあるだろうけど。明日に備えて、取り敢えず寝ようか」
「だからお前は参加してないだろ……」
 ようやくみんなの時間も動き始めたのか、ユーサさんとセーレ兄の言葉で体を動かし始める。それだけ彼女の演説に聴き入っていたのだ。クーザンも、柵に預けていた体の重心を戻し、カチャリとベルトに提げている鞘を鳴らしながら歩き始めた。あたしが慌ててその腕を掴むと、彼は怪訝な表情を浮かべこちらを見る。半ば条件反射だったあたしは「あ、えっと」と言葉を濁らせ、言った。
「……怪我は、しないでね」
 何を言っているんだろう、と早くも後悔する。クーザンが怪我をする時は、いつだって自分が何かヘマをやらかした時。あたしが、そんな事を言う資格なんてない。それを、クーザンは良く持ち出してくる。「お前が何々しなければ俺は怪我しない」だの、「誰かがおっちょこちょいだからな」だの。あぁ、何で言っちゃったんだろ。何でもない、で済ませれば良かったのに。
 でも、そんなあたしの予想に反し、クーザンは小さく笑みを浮かべて言ったのだ。
「余計な世話だ、バカユキナ」
 相変わらず辛辣、そして一言多い。なのに、その表情、言葉から感じられる感情は穏やかで。
 思わず見惚れてしまって、あたしはいつものように言い返す事も出来ず、クーザンにくっついたまま顔を下に向けるのが精一杯だった。

   ■   ■   ■

 ほとんどの人間が寝静まったドーム内は、本当に人がいるのか疑う位に静かだ。そんな時間に廊下を歩いていると、無意識に足音を消して歩こうとするのは、人間としての癖だろうか。
 クロスはそんなどうでもいい事を考えながら、とある部屋の前で足を止めた。
 他の参加者が泊まっている部屋に比べれば、そこはいっそ不自然な程に豪華だ。その扉をノックしようと腕を上げる。だがその手が音を立てる一瞬前にカチャリ、と音がし、中から扉が開いた。現れたのはジャックで、一切動じた様子もなく、クロスの姿を確認すると「入れよ」と促してきた。
「そろそろ来る頃だと思ってたぜ。……にしてもお前、その姿だと本当ちっせ」
「斬り刻むぞ。こんな所で戻って他人にバレたらどうするんだ」
「それもそうか」
 ギロリと鋭い目で睨まれたにも関わらず、ジャックはさらりとその視線をかわす。ジャックは人狼族でも、人間と混ざってもすぐに分かる程背が高い。そんな彼に比べれば、今の自分との身長差は思った以上にある。目線を合わせるだけでも、少しだけ顔を上げなければならないくらいには。
「リニタは?」
 部屋に入って開口一番、エアグルス大陸のトップを愛称で、かつ呼び捨てにする。恐らくそんな呼び方をする者はそう多くないはずだが、ジャックは慣れた様子で肩を軽く竦め、答えた。
「もう寝たよ。さっきまでお前が来るの待ってた」
「そうか。都合が良い――単刀直入に聞く。あれは、誰の考えだ」
「……残念ながらリニタだ。俺や侍女達だけじゃ、数々の情報を管理しきれないと判断したんだろうな」
「正気なのか? バトルトーナメントに出場している奴らの中に、リニタを狙う者がいないとも限らないんだぞ」
 バトルトーナメントに出場する為に必要な資格は、基本的にない。戦う力を持ち、理由のある者なら誰でも参加出来るのだ。つまりは、エアグルスのトップを狙おうと躍起になる人物が現れるかもしれない――その可能性は否定出来なかった。
「『動かなければ、真実なんて手に入りません!』だとさ。全く、俺らの仕事を何だと思ってんのやら」
「…………」
「実を言うと、俺が出るのはそれを防ぐ意味でもあんだよ。それに、心配しなくてもそっちはそっちでどうにかしてくれんだろ?」
 未だ厳しい表情を崩さないクロスに、ジャックはひらひら手を揺らす。
 彼らは確実に勝ち上がってくる。己らの運命を紐解く鍵を作る為の、材料を求めて。彼はそう言っているのだ。それが分からないクロスではない、彼はようやく表情を崩し呆れ返った。
「期待はし過ぎるなよ」
「そっちこそ。あ、でももし良ければ、俺が対戦中はお前がお嬢見ててくんね?」
「……抜け出せたらな」
 頼んだぜ!と自分を見送る彼に再び溜息を零し、クロスはこの部屋を去った。住人が起きないよう、細心の注意を払いつつ。

   ■   ■   ■

 翌日、集合場所に到着すると既に何人かがそこで談笑していた。リレスとアークとサエリ、ユーサとセレウグ。それ以外のメンバーはまだのようだ。
「おはよう、クーザン」
「おはよ。まだ揃ってないの」
「えぇ、もうそろそろ時間なんですけど……」
「おーい!」
 と声を上げ現れたのは、ウィンタ。やっべー間に合ったー!と乱れた息を整えているのを見るに、寝坊したんだな、と思いはしたが、彼の名誉の為に黙っておく事にした。
「あら、アンタも今日はこっち?」
「へへ、そうなんだ。昼間は仕事全然回るからって、工房追い出されちった。ひとりじゃ寂しいから混ぜてくれ」
「ええ、一緒にクーザンさん達を応援しましょうね!」
「そろそろだね。開会式」
「お、他の奴らも来たな」
 そこにまだ来ていなかった者も全員集合し、タイミング良く開会式のアナウンスがコロシアムに響き始める。
 開会式とは言っても、言うなれば学校の始業式と似たようなもので、お偉方の演説が長々と続く程度だ。もちろんバトルトーナメントの細かい説明、注意事項はあるものの、ほとんどが事前にパンフレットなどに記載されている。それに比べ、先日のリダミニータ=ル=エアグルスの演説は凄まじい説得力を備えていた。上に立つ者の貫禄とはああいうものなのだろうか、とどうでも良い事を考えているうちに、予選試合のルールの発表となる。
 エントリーしたグループは全部で八十三。これを予選で一気にふるいにかけ、十のチームに絞るのだ。このふるいというものが厄介で、バトルロワイヤル、競争、総当たり戦と毎年内容が変わる。出場するのは一チーム一人まで、大抵がチームリーダーだ。
 バトルロワイヤルはその通り、規定の人数に減るまでひたすら戦い続けたり逃げたりするもの。次に競争は、規定されたある物を探し出した順番に。最後の総当たり戦は、もう言葉のままだ。
 この予選の内容で、毎年優勝者の質が変わるという噂もある。何故なら、要求されるスキルが圧倒的に多いのが二番目の競争だからだ。
 さて、今年の内容はと言うと――
「今年の予選内容は競争です! コロシアムをご覧下さい!」
 ゴゴゴゴゴ、と重低音が響き、コロシアムの中央に四角いものが現れる。地下へと続く階段、だろうか。
「あれは、このピォウドドーム地下に広がる水道の入口です。あれから水道に入り、事前にスタッフが隠してきたコインを探し出し戻って来て下さい。また、コインは勝ち上がれる十組分しかありません」
 つまり――コインを先取し、いかに早く戻って来るかという事か。十組分しかないのなら、先に見付けた人物を襲い奪い盗ろうとする人間もいるだろう。コインを守る戦闘力、水道移動の為の適応力、地上に戻って来るスピード、全て備わっていなければ勝ち残るのは難しい。クーザン達の中からは、チームリーダーであるクーザンとセレウグが参加する。
 そのまま本選のルール説明も終わり、いよいよバトルトーナメントは本格的に開幕となる。予選の参加者を招集するアナウンスが流れ、周囲は熱狂に包まれるのを感じながら、クーザンはセレウグと共に集合場所へと赴くのであった。