第65話 こんにちは、舞台

 賑やかな雰囲気に包まれた街、ピォウド。かつて大破されたとは思えない、丈夫な作りをしたドームも健在している。
 そこに、今の時期でしか見られない光景がある。ドームへと続く道には、隙間もないように出店が連なり、たくさんの人々が道を歩いている。住人以外にも、がっつり武装した者や、軽装とはいえ旅人だと分かる人間。平和な国ではあまり見られない光景は、その賑やかさに花を添えている。
『今年もやって参りました、バトルトーナメント! 一時はドームの状況により開催も危ぶまれたこのイベントですが、今年もちゃっかり行います! さぁ、皆様心ゆくまでお楽しみください!!』
 バトルトーナメントは、所謂闘技大会の事だ。
 参加希望者は数グループで分けられ、そこでかなりの数がふるいにかけられる。それに勝ち残った者が本戦に出場する事ができ、優勝への戦いに挑む事が出来るのだ。使用する武器は自由。飛び道具も使える。武器は雇われた鍛冶師に頼めばメンテナンスも行ってくれる。と、ここまでは普通の大会となんら変わりはない。
 しかし、バトルトーナメントでは一つだけ違う所がある。それは、参加者が戦う者だけじゃないと言う事。大会では、さながら競馬のように戦う者達にチップを賭ける事が出来る。少量を大人数に振って賭けるも良し、逆に大穴を狙って大量に賭けるも良し。天国地獄は、戦う者達と共にある。ちなみに、トーナメントへの出場に年齢制限はないが、そちらの方には十八歳からという制限付きだ。言ってしまえば賭博というものであるから、納得の制度ではある。
 とにかくそれが大陸の住人達には人気で、毎年選手も観客も多い。中には外国から参加を目指してやってくる者もいるそうだ。
「と言う訳で、僕は全力でこっちに回らせてもらうよ」
「おい、ちょっと待て」
 大方バトルトーナメントの説明を終えた所で、ユーサが発したその発言にセレウグが突っ込む。
「何? 一年に一度の大々的なゲームなんだ、大いに楽しまないと損でしょ?」
「お前、まさかそれが目当てで参加するとか言ったんじゃないだろうな。つーか、お前は戦わねーのかよ」
「そう言うのは元気はつらつとした若者の役目だよ」
「だからお前、オレと同い年だろ!」
「そうだけど、君とは中身が違うんだよ、中身が」
「へぇへ、どうせオレは子供っぽいですよ」
 クーザン達一行は、ドームの入口に設けられた闘技大会参加者受付から少し離れた所にいる。周囲には街中以上に、強面な男、果たしてこんな人が参加しても良いものかと疑いたくもなる人物、果ては人間なのか判断が付かない者と実に様々な人々がいる。そんな所で、彼らは誰が闘技に参加するか話し合っていた所だった。
 闘技大会に出る選手は、一チーム三人まで。チームリーダーを決め、優勝した際にはその人物が表彰される。試合でそれより少ない人数に当たった場合は、チームリーダーが選定した一人が代表して戦う。回復魔法や道具は使用禁止の中、その組み合わせにも気を使う所だ。
「大丈夫だよ、誰かが参加して優勝すればそれが肩書きになるんだし。僕が参加しなくても良いでしょ」
「勝てる確率を上げる為に参加しようとは思わないのかよ……」
「ま、まぁセレウグさん! 落ち着いてください」
 盛大に溜息を吐くセレウグを宥めるように、リレスが声をかける。
「まーともかく、ニチームは作るとして……参加したいって奴は」
「あ! アナタ達!」
 セレウグの言葉に、聞き覚えのある声が被った。そちらを振り向けば、アブコットで会った人物が、笑顔で駆け寄ってくるところだった。
「レンお姉ちゃんだ!」
「久し振りネ! ここで会えるとは思わなかったヨ!」
 レン=タツミ。琉大陸の住人だがとある探し物の為に、女性でありながら単身エアグルス大陸にやってきていた旅人だ。リルが嬉しそうに駆け寄り、がばっと抱き着く。彼女の後ろから、リレスも笑顔を浮かべ応じた。
「それはこちらもですよ! 探し物、見つかりました?」
「まだネ。だから、大陸の住人が大勢集まるこの大会に参加しようと思って来たんだヨ。そういえば、そっちはまた人増えたネ?」
「はい、紹介しますね。スウォアさんとクロスさん、それと――」
 ひょい、と覗き込むように顔を動かすレンの仕草は、だが一点に留まって止まる。その先にいたのは、レッドンと何事かを話すギレルノだった。
 レンはリレスの言葉が終わらないうちに、彼のほうへと駆け出し、ちょっと、と声をかけた。
「オマエ……!」
「? 何――」
 彼女が近寄ると、話の途中に横槍を入れるなと言わんばかりに顰めた表情を、一瞬で凍りつかせる。それは恐らく驚愕というもので、目を見開いたまま一歩後退さる。するとなんと、一瞬前まで彼の顔があった場所に、刀の切っ先が走ったではないか。いつの間に刀を抜いたレンが、鬼気迫る表情で彼に人差し指を向けた。
「やっぱり、ここに来て正解だったネ……ようやく見つけた、姉さんの敵!」
「お前、」
「覚悟しロ!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて! レン、ここ公共の場だから!」
 一旦鞘に刀を戻し、再びギレルノに喰ってかかろうとする彼女を、クーザンは慌てて二人の間に割って入り、両手を大きく広げて行動を阻止しようとする。同時にサエリがレンの背後に回ると、待ちなさいよ、と肩に手を置いて止めてくれた。
「退くネクーザン、サエリ! コイツはワタシの……!」
「お前達! ここで暴れるなら、バトルトーナメントに参加する資格を剥奪するぞ!」
「やっべ、軍の奴らだ……」
 騒ぎを聞きつけた黒い服のジャスティフォーカスの構成員が、大声で警告を発する。それを聞いたユーサが、大袈裟に肩を竦め若干大きな声で言った。
「お兄さん、僕らは何もしてないよ。この子が勝手にヒートアップして抜いただけだから。はぁ、本当にはた迷惑な子だね」
「なに!?」
「だってそうでしょ? 僕達は何もしてないってのに、参加資格剥奪されるとか冗談じゃないんだけど。琉のサムライって、そんなに礼儀なってないんだ」
「ワタシの国を侮辱するのか、オマエ!!」
「侮辱も何も、君が勝手に彼に突っかかってきただけでしょ。これが迷惑じゃないなら何なの? 躾が悪いにも程があるよ」
「~~っ……!!」
 散々な言われように、レンは顔を真っ赤にさせて体の向きを変えた。ユーサではなく、ギレルノの方を向いて。
「オイ、オマエ! トーナメントで当たった時は、容赦しなイ! 公衆の面前で、哀れに這いつくばらせてやるからナ!」
 そう言い残すと、ずんずんと受付前を歩き去って行った。あっという間に過ぎ去って行った台風のように。
「はー……元気の良い子だな……」
「元気良過ぎるでしょ、あれは。……で、何で君が絡まれたのかな?」
 問いかけているものの、ユーサが浮かべている表情はいじめっ子が浮かべるそれと似たような性質を持っていた。そう言えば、ギレルノと言う人物は先程のような事があっても、平然として受け流すような人物ではなかっただろうか。レンの台詞といい、二人の間に何らかの事柄があるのは一目瞭然だ。
 だが、彼はそう簡単に事情を話すような人物でないのは皆分かっているのか、誰一人それを問いただそうとはしなかった。この話は終わりと言わんばかりに、セレウグが咳払いをして口を開く。
「で、仕切り直しだが……バトルトーナメント、参加したい奴いるか?」
 セレウグの声に手を上げたのはサエリとホルセル、スウォア、そしてクーザン。人数としては余りが出るうえ、目標の二チームには達していない。
「セレウグは強制参加でしょ。君はどうするの? さっきあの子に言われてたけど」
「オレ強制ですか。良いけど」
 選択権などなかったのだと察したセレウグはさておき、ユーサがギレルノに話を振る。いつもの彼なら、「くだらない」と一蹴して断るところだろう。だが彼はしばらく考え込み、やがて答えた。
「……出る。事情が変わった」
 気は乗らないが、仕方がない。顔にはそう書かれていたが、恐らく理由はそれだけではないだろう。
「はーい二チームかんせーい」
「まだだろ。組み合わせは……と、」
「クーザンの方にアタシを入れてくれない? たまにはアンタと組んでみたいわ」
「珍しいな」
「と、言うより……アンタの方に入った方が、気苦労は少なくて済むでしょ」
 つまりホルセルとギレルノと言う最悪な組み合わせになったとしても、先にクーザンと組みたいと言っておけば、その最後のポジション候補からは脱出出来ると言う事か。流石サエリ、ちゃっかりしているなとクーザンは呆れた。
「つー事は、武器のバランスから考えてあと一人はホルセルかオレか……」
「オレ、クーザンの方が良いです、セレウグさん」
「言うと思ったよ。じゃ、オレとギレルノとスウォアな」
「申し分ねーな。腕が鳴るぜ」
 ニヤリと笑みを浮かべ、スウォアが言う。お前、めちゃくちゃイキイキしてるな……と皆が思ったのは、言うまでもない。否、これが本来の彼なのだろう。輝陽シャインの一人として動いていた時の彼こそが、偽りなのだ。
「――ん? お前ら何してんの」
「あ、わんこだ」
「だから犬じゃねぇ」
 そこに現れたのは、ジャック。相変わらずだらしない服の着こなし方で、何か紙を手に持っている。
 ユーサが冗談で呼ぶと返す言葉も、既にお決まりとなっていた。というより、彼から「わんこ」という可愛らしい言葉が発されたのに驚いた位だ。――呼ばれる側には堪ったものではないだろうが。
「つーかおい、セーレ。オメー相変わらずか」
 その言葉に視線を彼がいた方向に向けると、登録用紙を持ったまま不自然な歩き方でジャックから距離を取ろうと試みていたセレウグがいた。
「何がだ!? あ、やっぱいい。いいからこっち来んな」
「その犬嫌いがだよ。狼って何べん言ったら分かんだ。ユーサ、お前これ狙って言っただろ」
「うん! 流石従順なわんころだね!」
「そう言う時だけ素直に返事すんな腹黒野郎。で、何? オメーらも参加すんのか、バトルトーナメント」
 コントのようなやり取りに飽きたのだろう、首元を軽く掻きながら彼は話を変えた。
「も、って言うと、ジャックもなの?」
「あぁ、たまには良いだろと思ってな。執事の仕事ばっかやってんじゃ体鈍っしな」
 ユキナの問いに、彼は持っていた紙をぴらぴら広げる。確かにそれは、今しがたセレウグが記入していた登録用紙と同じものだった。
「へぇ、そうなんだ! あ、ジャック! クーザンも出るんだよ、どっかで当たらなければ良いんだけどね」
「おい……」
「お前がクーザンか。話は聞いてるぜ、俺はジャック。ジャック=イザティーソ」
「……クーザン=ジェダイド。よろしく」
「もう、クーザン! そんな態度ないでしょー!」
 眉を逆さのハの字にして怒るユキナを尻目に、ジャックはポンポンとクーザンの肩を叩いて耳元に顔を近づける。そして、他に聞こえないように呟いた。
「怪我して姫さん泣かせんなよ」
「――!?」
「いずれ分かる、そんなに慌てなくてもな。――おいセーレ、書いたんならさっさと出しに行こうぜー」
 いずれ分かるとは、一体どの事を指しているのか。ジャックの事か、それとも。問いかける暇はなく、彼はわざとらしくセレウグを追いかけ受付へと向かっていった。クーザンは無意識に舌打ちをし、ジャックの背中を睨みつける。
 ユキナを「姫」と呼んだと言う事は、恐らくクーザン達の事情も把握しているのだろう。それに、セレウグやユーサと言ったメンバーとも親しげにしているところを見れば、何らかに関係のある人物。そう判断する事が出来る。一体何者なのだろうか、そう思わずにはいられない。
 そんな一部始終を見ていたクロスが、ひっそりと呆れたように溜息を吐いていたのは、クーザンは全く気が付かなかった。

 参加登録も済ませ、一行はドームの中を見物がてら歩く事にした。中でもたくさんの出店が出店されており、ホルセルが端から端まで制覇すると言い出すのを押さえつつ、だが。
 一度襲撃され大破した際、バトルトーナメント開催を危惧した有志達が集い夜を徹して改修したドームには、選手専用の宿も備え付けてある。そこに一旦荷物を置き、身軽になった所で広い中を探索していた。
 造りとしては中央のコロシアムが吹き抜けで、それを囲むように廊下が何十もある、ゼイルシティのような形だ。廊下には安全柵が取り付けられ、そこから試合を観戦出来るようになっている。
「今日は前夜祭として、楽団《エルメス》のコンサート。バトルトーナメントは明日十時に予選スタート、三日目からが本番、ね」
「本格的なイベントだね。流石、大陸一の闘技大会」
 登録の際に渡されたパンフレットを見つつ、サエリとアークが言う。見た事もないような華やかな場所に彼は恐縮気味だが、好奇心には勝てないようで興味深そうに辺りを見渡している。
 人間の数は今の所そう多くないように見えるが、サエリが言った通りバトルトーナメントの真髄は三日目からの本戦。これから、もっと人が多くなるだろうと言うのは簡単に予想が付く。
「お、雇われた鍛冶師の一覧が載ってるぜ」
「ホント!? あ、でもあたし達、ウィンタの師匠のお名前知らないや……」
 ホルセルの言葉に反応したユキナだったが、大事な事を思い出しシュンとなる。
「え、知らないんですか?」
「……クーザン」
 レッドンに話を振られ、だがクーザン自身も覚えのない事に困惑した表情を浮かべた。学校で他愛ない話は飽きる程やってきたが、そう言えばそういった類いの話は両手で数えるくらいしかなかった。
「うーん……そういや一回言っていたような気が……確か、」
「カルロス=モーガンだよ」
 クーザンの台詞を遮って発されたそれは、正に彼が思い出そうとしていた名前だった。
「そうそう……え!?」
へこむー、お前らそんなに俺に興味なかったのね! ウィンタさん悲しい」
「いや、そんなつもりはなかったけどお前、」
「ウィンタ、久し振り!」
 そこには、話の中心だった人物ウィンタが立っていた。がっくりと肩を落とし凹んだような仕草をしている。芝居じみた台詞にクーザンは反射的に突っ込もうとしたが、それよりも先にユキナが満面の笑みで口を開いた。
「あれ、でも元気……そうじゃないわね」
 確かに、前に会った時より少しやつれたような気がする。髪はボサボサで、目の下にはうっすらと隈が出来かけている。服には至る所に煤汚れがあり、お世辞にも綺麗とは言えない有様だった。
「んー、帰ってからずっと働き詰めだったからな……」
「何か良くない菌にでも移ったんじゃないだろうな」
「至って健康体だっての」
「ご飯は?」
「食べてるよ。作業しながら」
「ちゃんと寝てるのか?」
「寝てるよ。一度寝たらしばらく起きないから、一度にまとめてだけど。――そういや、ウチの師匠に何か用か?」
 子供が親に指摘されているような会話を続け、ウィンタがふと問いかける。
「武器のメンテナンスをして貰える鍛冶師、誰が良いか話してたのよ。こんなにいたら、誰が良いか迷うし……もしアンタのとこも来てるんなら、そこで良いんじゃないってね」
「そう言う事。こっちも来たばかりだから、全然空いてるぜ」
「決まりね」
「じゃあ、工房に案内するよ。こっち、付いてきて」
 軽く手を振り行く方向を示せば、クーザン達も付いて行く素振りを見せる。闘技大会に参加しないメンバーは残るつもりらしく、一旦そこで自由行動となった。

 クーザン達が案内されたのは、ウィンタに会った広間から五分程歩いた先にある部屋の一室。ちらほら聞き覚えのある鍛冶師の名前が書かれたプレートがある所を見ると、この辺りは彼らの為に用意された部屋があるのだろう。
 ノックをして部屋に入るウィンタは、中に聞こえるよう大きな声を張り上げた。
「親方~! 選手捕まえてきました!」
「おぉ、御苦労だったなウィンタ。中に入れ」
 しゃがれた声の返事が返ってくるのと同時に、ひょこりと見覚えのある顔がこちらを窺ってきた。以前アラナンで工房を訪れた時も会った、ジュンだ。彼は目を丸くしながら、すぐに嬉しそうな顔を浮かべる。
「あれ、クーザン君達じゃないか!」
「ども、お世話になります」
 中に促され入ると、そこには様々な機材と道具が所狭しと並んでいた。これ全部をアラナンから持ってきた訳ではないだろうが、本当にどれだけあるのか。
「……あー、思い出した」
 ふと、スウォアが口を開く。何が、とサエリが聞くと、髪をガシガシ掻きながら自身のレイピアを半分だけ鞘から抜き、そこに描かれたエンブレムを見ながら答えた。
「カルロス=モーガン、どっかで聞いたと思ったら……良く汎用の剣とかに書かれてるじゃねーの。これもだしな、獣のエンブレム」
 言われて考えてみると、該当するエンブレムは実に良く目にしていた。学校や訓練所で貸し出されている剣もそうだし、実家で売られている武器の中にもあった。大陸で首位を争う程度には有名な鍛冶師のものだが、それがウィンタの師匠だったとは驚きだ。
「お前達か、客と言うのは」
 話をしていると、奥から大柄な男が現れた。髪は少しだけ白髪が混じり、顎に蓄えた髭は短い。目つきは鋭く、ひょっとすれば睨むだけで人を殺せるのではないのかと言う程。それでいて身長は、クーザン達の中で一番高いセレウグよりも高く、腰も曲がっていない。
 その射抜くような目を向けられ、背中に冷や汗が流れるのを感じた。何かを見定められているかのように、向けられる視線が突き刺さる。
 だが、彼はふっと力を抜き、
「良い目をしているな、気に入った。お前の友人か」
「俺の幼馴染と、その仲間です」
「そうか。バトルトーナメント中は剣の手入れをしてやろう、いつでも来ると良い」
 確かにそう言った。
「あ……ありがとうございます!」
「良かったな、クーザン。親方、巷では偏屈ジジイって評判なんだぜ」
「聞こえとるぞ、ウィンタ」
 礼を述べるクーザンに耳打ちするウィンタだが、カルロスにはちゃっかり聞こえてしまっていたらしく言葉で諌められる。
 ひょっとすれば門前払いになるのではないかと恐れてもいたが、ともかくこれでバトルトーナメントに参加する準備は出来た。後は、自分達の力で道を切り開くだけだ。
 と、カルロスは大きな手をクーザン達の前に差し出した。
「どれ、お前達の武器を見せてみろ。試合前の手入れから、戦は始まっているぞ」
「そういうとこが偏屈なんだって、親方……」
「ウィンタ。お前も手伝え」
「へーい」
 クーザンとスウォアはカルロスに、他のメンバーはウィンタに武器を手渡す。自分の一部がなくなったような違和感があるが、こればっかりは仕方ない。

 武器を預けている間は、クーザン達はジュンに勧められたソファで終わるのを待つ事にした。武器の整備や加工で喧しい音がする室内だが、不思議と不快ではない。
「そうか、君達が出場するのか。ここの人間も応援させて貰うよ」
「はい、一応全力で行ける所まで頑張ってみます」
「大陸を統治する一族に会う為に、優勝を目指すか……大変だろうが、頑張ってくれ」
 ジュンには詳しい話はしていない。ウィンタのように他人に被害が及ばぬよう、ただ目的のみを伝えただけだ。
 闘技大会に出場しようとする人間は、大抵が自身の腕試しか名声を得る為だ。そのどちらでもない――いや、目的の為に名声を得ようとしていると言えるのだろうか、ともかくクーザン達は、だがそんな相手に勝ち続けなければならないのだ。
「僕はバトルトーナメントの武器整備に来るのは今年で三回目だが、毎年必ずと言って良い程怪我人は絶えない。試合中の怪我は勿論、それ以外でも観客とのいざこざで怪我をするケースもあると聞くよ」
「ジャスティフォーカスが見回っている中で起こってるんだ、相当多いんだろうな。カナイさんやハヤトさんも良くぼやいてたぜ」
「正直、君達の事は心配だが……まぁ、止めても無駄だろうしな」
 大人からしてみれば、戦いの中に子供を投じるのはいささか気が引くのだろう。本来なら親の庇護の元暮らしている年頃のクーザン達が、そういった大人の醜い事件に巻き込んでしまうのだって嫌なはずだ。
 だが、そうも言っていられない。これに出場して優勝しなければ、クーザン達の旅は進展しないのだ。
「心配には及びませんよ、俺達もその辺りは覚悟してますから。……ところで、ちょっとお聞きしたい事があるんですが」
 クーザンは話題を変える為に、そう切り出した。大人からしてみれば自分はまだ子供だと認めなければいけないのは、仕方がないとはいえ良い気分ではない。
「あの、ウィンタ……帰ってきてから働き詰めだったって言ってたんですけど、どうかしたんですか?」
「あぁ、うん。早く立派な鍛冶師にならないといけないって、前より仕事の量を増やしてたんだ。あんまり無理はするなよって言ったんだが、いつも大丈夫って返ってくるんだよ」
 ジュンは腕を組み、考えるようにして答える。
「何かあったのか聞いても何もないの一点張りだし、親方も少し気がかりだったみたいだけどね。向上心があるのは良い事だけど……何か、前よりもやつれてただろう?」
「はい、それでちょっと心配になって」
「一応親方が連れてけって言ったから病院にも連れてったけど、何も異常はなかったから取り敢えず大丈夫だと判断したんだ。そうか、君らにも分からないか」
 どうやら彼らからしてみれば、ウィンタを見つけ出したクーザン達なら何か分かるのではないかと思っていたらしい。完全に情報が途絶えてしまい、もう本人に直接問いただすしか手がなくなってしまった。
「ウィンタには聞かねーのか?」
「うーん……。アイツああ見えて、自分の事を正直に言う奴じゃないんだよな……」
 自分が貧乏くじを引いていても、いつだって誰かの為に頑張っている。ウィンタはそんな奴なのだ。
 ホルセルに聞かれ、クーザンは答える。きっと、本当の事を話せと言っても何もないの一点張りで、それに捕まっていた間の事を聞くとなると話しかけ辛い。ああ見えて頑固な所もあるので、本当に困ったものだ。
 ジュンはうーんと唸り、仕方ない、と顔を上げた。
「そのうちウィンタに聞いてみるよ。体調が悪化しないよう見ておくし」
「お願いします。……あ」
 クーザンが頭を下げたその時、ジュンの背後のドアからウィンタが現れた。手にはグラディウスを始め、頼んだ六人の武器を抱えている。
「おーい、整備終わったぞ。……ん? 何か話してたか?」
「いや、良いよ。終わったところだし」
「そうか? ほい、お前の剣」
 カチャカチャとクーザンの剣を手探りで探し当て、渡される。他の者の武器も手渡していく中、ウィンタはくるりと振り向き声をかけてきた。
「そういや、その剣どこで手に入れたんだ? 親方が『見た事もない業物だ』って言ってたけど」
「うん、貰った。……やっぱりそうなんだ」
 グラディウスが造られたのは、軽く考えても八百年以上前。その間ずっと壊れる事もなく残っているのだから、やはり普通の剣ではないのだろう。とはいえ、手入れをしていなかったのだから強度は通常よりもずっと落ちてしまっている可能性もある。今回バトルトーナメント前に見て貰えて助かった、とクーザンは思った。
「親方があんなに生き生きして手入れしてんの初めて見たぜ。俺だって参考資料としてじっくり見た……いや何でもない」
「見たいのかよ。良いけど」
「良いのか!?」
 どんな時でもやっぱりウィンタはウィンタなんだな、と苦笑を洩らしながら、渡された剣を再び彼に返す。嬉々として剣を観察し始めた彼は、気のせいかさっきよりも元気そうだ。
そんな幼馴染の様子を見れたクーザンは、自分が知らないうちに安堵の息を吐いていた。