第64話 真実へと走り出す

 碑に向かっていた全員が戦いにより疲弊していたので、調査は翌日に回し一旦ルミエール院に帰還した。安らげる場所のはずだったが、やはり問題は起こるのだ。共にやってきたスウォアの姿を見たホルセルが、予想通り食ってかかったのだ。
「何でお前までいるんだよ」
「あー、何か成り行き」
「成り行きって何なんだよ! どうせ、オレ達を騙してまた――」
「ホルセル、落ち着け。今から事情を話してやるから」
 孤児院で待機していた彼にとって、スウォアはリルを連れ去った悪者でしかない。それを分かっていたのだろうか、クロスのいつもより控えめな制止を受け、ホルセルは口をつぐんだ。
 大雑把に、詳細に事のあらましを説明したところ、スウォアが敵から離反した事には流石に皆が驚いていた。本人は「ま、いずれこんな事にはなると思ってたけどな」とまるで他人事だ。それがホルセルを更に苛立たせる事になったのは、説明するまでもないだろう。
「ま、実際……スウォアが加わるなら、それなりの戦力向上にはなると思うしね。僕は賛成だけど」
「お、分かってんじゃねーかユーサ」
「オレも一回やられてるからさ、味方になるなら正直心強いよな……」
 何だかんだで仲良くなっている年上二人が口々に意見を述べ、くるりとクーザンに視線を向ける。
「クーザンはどうだ?」
「俺?」
「コイツ元敵だぞ!? クーザンだって怪しいと……いって!」
「今聞かれているのはクーザンだ、お前に発言する権利はない」
 ホルセルが、スウォアを指しながら叫ぶのを物理的に止めたのは、クロスだった。咎められた当人が、叩かれた背中を擦り口を閉じるのを見ながら、クーザンは少し考える。
 確かに彼の言う事ももっともだが、スウォアは敵の立場だったにしては最初から異質だった。リカーンで遭遇した際はまるで道を譲るように消え、ブラトナサの洞窟では何故か自分達を追い出すように移動魔法をかけられた。遺跡やジャスティフォーカス本部で見せた一瞬の複雑な表情、そして今回。剣を交える事はあれど、それも組織の為と言うより、自身の為。どうしても敵とは思えなかったのは、紛れもない事実だ。
「うーん。ホルセルには悪いけど、俺もスウォアは信用して良いと思う。やっぱり俺には、お前が敵だったとは最後まで思えなかったしね。……おい、何だよその目は」
 視線に気が付き振り向くと、スウォアが驚いたような不思議そうな顔で自分を見ているのに気が付いた。少し睨むように言えば、軽い口調で答える。
「いや、まさかお前がそう言うとは思ってなかった」
「やっぱり反対で――」
「男なら意見曲げんな!」
 言ってから、スウォアは一息吐く。すると先程までの軽い雰囲気はどこへやら、真剣な表情でホルセルに視線を向け、頭を下げた。不服を隠そうともしない彼だったが、それは予想外の行動だったようで、は、と目を丸くしている。
「確かに俺は、お前の妹やお前にとって酷い事しちまった。その件に関しちゃ、本当に悪いと思ってる。お前にゃ言い訳にしか聞こえねぇだろうが、本意じゃなかった事だけは信じて欲しい。――すまなかった」
「……そこまでやられて許さなかったら、オレが悪者じゃん」
 妹を命の危険に晒され、自分自身も多少の怪我を負わせられた相手である以上、彼が怒らないはずはない、とクーザンも思う。世間的には誘拐として扱われていたのだ。普通であれば、最悪、今生の別れも有り得るのだから。むしろ、唯一の肉親であり実の妹を拐った相手に向ける感情としては正しくすらある。
 だが一方で、スウォアはソーレやゼルフィルの命令であっただけ、それを遂行する為に必要だったから行っただけ。相手の事情を知った以上、その行動の意味が分からないホルセルではない、とも思っている。
 仏頂面、といった表情で金色の後頭部を見ながら、ホルセルがぼそっと呟く。そしてそのままつい、と自身の影に隠れた妹へ視線を向けた。
「リル、オマエはどうだ?」
 この話の最初から、彼女はホルセルの影に隠れてスウォアの姿を窺っていた。兄に声をかけられて、おずおずとその姿を半分だけ出し、じい、と青い目をスウォアに向ける。
「……もう、アニキやリルに、ひどいことしない?」
「しねぇ。……まぁ、お前の兄貴はなかなかイジり甲斐のある逸材だから、おふざけくらいは許して欲しいが」
「オマエは許して欲しいのかそうじゃないのかどっちなんだ?」
「冗談だよ。……半分は」
「おい」
 冗談に真面目に返すホルセルと、真面目に謝っているのか良く分からないスウォアの応酬を、リルがじっと見定めるように見つめている。暫くして兄の前に、即ち自分を危険な目に遭わせた本人の前に立つと、分かった、と言った。
「リル、許してあげる。でも、またアニキにひどいことやったら、今度はリルが魔法でばーんっておしおきするよ?」
「ああ、分かった。お前の魔法、喰らいたくないもんな」
「てかげんしないからね?」
「丸焦げは嫌だな……」
 彼女が操る魔法の威力は知っているのだろう、スウォアはそう言って困ったように返す。半ラルウァなのだから喰らったところで死にはしないだろうが、だからこその丸焦げだろうか。確かにそれは嫌だろう。
「リルが良いって言うなら、オレももう何も言わねぇよ」
 申し訳なさそうに自分を見た妹が何を言いたいのか分かったらしく、ホルセルが肩を竦める。取り敢えず、この三人の関係はこれで解決となりそうだ。
「ところでスウォア、君もこれからついてくると思って良いの? どうせ行くところもないと思うけど」
 話が終わったのを見計らい、引き戻すかのようにユーサが問う。スウォアは「一言多いっつの」と突っ込みながら勿論だと言うように大きく頷き、直後、表情を曇らせた。
「けどよ。俺は一応人間だけど、ラルウァの血も混じっちまってる。それが原因でトラブル起こしちまった時が一番心配なんだが……」
「安心しろ、その時は俺がたたっ斬ってやる」
「僕も蜂の巣にしてあげるよ」
「あたしも魔法でなら……」
「せめてひと思いに氷魔法で息の根を止めてやるとか考えないのか」
「お前ら全員冗談きついぞ!?」
 クーザンを始めとした、ラルウァを倒す手段を持つ全員が真面目に答えを返し、突っ込むスウォア。だが、彼の表情には笑みが浮かんでいた。

   ■   ■   ■

 翌日、碑のある公園を再調査してみたものの、これと言った異変は見当たらなかった。強いて言うなら、《月の力フォルノ》の気配を敏感に感じ取る数人が「何かがおかしい」と思う位であり――しかし、その何かが分からない、と言う事だけだったのだ。
 これ以上の調査は時間の無駄になりそうだ、と碑の調査を引き上げてきた一行は、その足である目的地へと向かった。
 建てられてから大分経つと言うのに、新築同様に綺麗な建物。部屋数は孤児院の比ではなく、リルと同じ位の子供から二十歳以上の青年達と、幅広い年齢層の人間達が前方に伸びる舗装された歩道を歩いている。その道から逸れた場所で、ビニールシートを広げその上で土の塊を調査している人物や剣道に勤しんでいる者、やっている事も多種多様だ。
 そこは大陸一ともいわれるエリート中のエリート達が通う、テトサント大学。イオスの今の職場である。
 何故ここに、しかも大人数で向かったのかと言うと――イオスが会わせたい人物が、ここにいると言うのだ。来るまでに詳しい説明は一切なく、まさかそんな所に連れて来られると思っていなかった一行は、半ば緊張気味にそこを歩いていた。
「流石、大陸一の大学……」
「何だか、魔導学校を思い出しますね」
「そういえば、学校いつまで休みなのかしら」
 つい数日前までは、自分達も彼らのように勉学に励んでいたのだ。懐かしいとさえ思えるその雰囲気に、自然と口元に笑みが浮かぶ。
 目的の部屋だと言う場所に着くと、何故かイオスは図書室に向かうと言うので、数名を引き連れて別れていった。
 残されたクーザン達は、その部屋のドアをコンコン、と軽くノックをする。中から「どうぞ」と返事が返ってきたので、あまり音を立てないように横開きのドアを開けた。
「あ、来た来た」
「カナイさん!? ハヤトさんまで……」
 中にいたのは、ジャスティフォーカス本部で会ったきりのカナイとハヤト。そして、海色の髪を持った黒縁眼鏡の青年だった。ホルセルが驚いたように声を上げるが、それとは対照的にクーザンは固まっていた。
「クーザン? ――あ、」
「久し振りだね、二人共」
 青年が声をかけても、クーザンは両目を見開いて立ったまま。じれったくなったのかユキナが脇から顔を出すと、その先にいた人物に同じく動きを止める。
「サマさん……!」

 ――大きな太陽が静かな城門の向こうに沈んでいく頃。
 いつだったか、幼いクーザンとユキナ、ウィンタはそれに気が付かず夢中で遊んでいた事がある。ほぼ全員、日没までには帰ってきなさいと言われていたにも関わらず。気が付いた時には、周囲は真っ暗。とりわけ親が厳しいらしいウィンタは帰るのを嫌がっていたが、そこに迎えが来ていた。
「ウィンタ、帰ろう。みんなも危ないから、途中まで送ってあげるね」
 綺麗な海を彷彿とさせる青の髪を僅かに揺らし、彼は微笑んで手を差し出してきた。二人は喜んでその手を取っていたが、クーザンはついぞ、彼に自らの手を差し出す事が出来なかった。
 最後まで帰るのを渋っていたウィンタも、クーザンとユキナを送ってしまうと彼の手に引っ張られるように――ではなく、共に歩み家路について行く。そんな後ろ姿を見ていると、クーザンは無性に姉の傍にいたがるようになったのを覚えている。
 そう、彼の名が――

「――サマ=ケニスト……」
「……覚えていてくれたんだね。クーザン君」
 本当に嬉しそうに笑みを零し、彼――サマは言った。
「ウィンタの兄ちゃん!? でもアイツ、そんな事一言も」
「ああ、うん。あいつ、あまり家族の事を話そうとしないから、聞かれない限りは自分から言わないわよ」
「はは。君は弟の友達かな? 俺はサマ=ケニスト、よろしく――」
「……で……」
 ホルセルの疑問にユキナが答える。やはり驚く事実である事は間違いないらしく、サマも苦笑を浮かべた。その時、クーザンが口を開く。
「何で、あなたがここにいるんですか?」
 誰もが初めて聞いたような、低い声だった。顔をうつむかせているので前髪に隠れて表情は見えないが、肩や腕は僅かに震えている。そう言えば、声も少し震えていたような。
「ウィンタの両親に言われたんですか? ウィンタが家を出たのは俺のせいだって……俺が、」
「――違うよ」
 それは、久しく会っていなかった知り合い同士の会話にはどこか不自然だった。サマは寂しげな瞳をクーザンに向け、はっきりと否定の意を口にする。
「俺がここにいるのは、ただ単にこの教室の責任者だからだよ。父さん母さん、それにウィンタの事は全く関係ない。それに――アイツが家を出たのは、アイツ自身の意思だ」
「…………」
「信じて欲しい。俺は、君に父さん達のような感情は抱いてないって」
「……分かりました」
 ぽつりと、だがクーザンからしてみれば相当の気力を使った返事を返した。
話が終わったのを察したカナイは、妙な緊張感を振り払うべく、パンパンと手を叩いて一同を注目させる。
「みなさん、良くお越しいただきました。ボク達も表立った行動が出来ないので、イオスさんに協力して貰ったんです」
 彼の説明によると、緊急で自分達に伝えたい事がある為、イオスを経由して呼び出して貰ったのだと言う。孤児院のほうに向かう選択肢を取らなかったのは、場所を知られた上に襲撃にまで遭っている以上、危険だと判断した上だそう。
「そうだ、オレ達の冤罪はどうなったんだ!?」
 ホルセルが慌てて問いかける。ビューに言われた日時までまだ少し時間はあったが、彼らが自分達の元に現れたと言う事はそう言う事だろう。厳しい表情を顔に張り付かせたハヤトは、重々しく口を開いた。
「結論から言わせて貰う。今回奴は組織からの脱走をしでかしたが、クラティアスが敵の手先だったという証拠が不十分で、正直前のようにと言う訳にはいかねぇ。ホルセルは脱獄、この前の騒ぎで本部にいた何人かは不法侵入及び器物損壊の疑いがかけられてるからな」
「そんな……」
「だから、総帥は一つの罰をお前達に与えた。クラティアスの確固たる裏切りの証拠或いは身柄の確保、そして大陸の被害状況把握に努めろ、とな」
 ぴら、と一枚の紙を机の上に広げるハヤト。そこには達筆な文字で『以下の者に、前軍課長の近辺及び行方の捜索を命じる』と書いてあり、下方にホルセル達の名前と総帥印があった。
 それはつまり、総帥のお墨付きで堂々と調査が出来ると言う事。罰と言うには拍子抜けするような内容である。
「事実上の組織追放だが、なるほど……最後まで落とし前付けて来いと言う訳だな。ビューのやりそうな事だ」
「じゃあ、オレ達まだ旅を続けられるんだな!?」
 よっしゃ!と細かい事を気にしないホルセルは声を上げ、呆れたようにクロスが肩を竦める。旅から離脱する可能性もあっただけに、喜びも大きいのだろう。
 そんな二人の様子を見ていたハヤトは、口にくわえていた煙草の火を揉み消した。
「……ホルセル、クロス。それにリル……お前らには、話しておきたい事がある」
「先輩、」
 突然雰囲気を変えた彼に、名を呼ばれた三人は戸惑いの表情を見せた。カナイにはハヤトが何を話そうとしているのか分かったらしく、心配そうに声をかけるが、大丈夫だ、と答える。
「どのみちいつかは話すつもりだったんだ。それに、クラティアスが関係していると言うのなら、余計に伝えておく必要がある」
「そうですが……」
「こいつらなら大丈夫だ、俺はそう思っている。――アーリィとクレイの話だ。お前らの育ての親は、ラルウァに殺された」
 唐突にもたらされた事実に、ホルセルは勿論、クロスまでもが目を見開き茫然とした。
「知らない奴もいるだろうから、ざっくり説明しておくぞ。ジャスティフォーカス構成員の中でも、あまり話題にしないようにしている話だ……五年前、多数の犠牲を出した事件があった。大陸の辺境の町が何者かに襲われ、その調査に向かった構成員が、ほぼ全員命を落とした。コイツらの育ての親も、な。事件の名は≪厄難事件≫……。これまで、ガキ共には『原因不明の爆発に巻き込まれ死亡した』としか言っていない」
 《月の力》の存在が知られた今は当時ほど危険ではなくなっていたが、それでもその事態を恐れる者は多い。一般の人物でもそれは同じで、サマが軽く宙を仰ぎ呟く。
「五年前……大陸ではラルウァの情報が全くなかった頃ですね。倒す手段もなくて、ジャスティフォーカスや士官学校では恐れられていた」
「そうだ。あの事件は多数の犠牲者を出し、生き残っていたのは俺とカナイ……だけだと思われていた」
 ハヤトの瞳に光はない。まるでその時の光景を思目の前に再現しながら見つめているようで、心が感じられなかった。
「粛清された街の調査の任務を請け負っていた俺は、二人にも同行してくれないか頼んだ。もし俺がそんな事を言い出さなければ、二人はまだ生きていたのかもしれなかったのにな」
「先輩」
「……もしかして、ハヤトさん」
 『自分が任務に誘ったから二人は死んだと思っていて、その贖罪としてオレ達を引き取って育ててくれていたのか?』。ホルセルはそう問いかけようとしたが、思ったように口が動いてくれなかったので何一つ言わずに留まる。何を言おうとしたのか察したのかはどうか分からない、ハヤトは彼を一瞥し、だが何も言わず元の方向に向き直った。
「粛清された街で、俺達は野営をしていた。夜中、不審な鳴き声が聞こえたと監視に当たっていた構成員から聞き、俺とクレイ、カナイは武器を持って野営テントから飛び出した。そこで見たのは、暴れている黒い化物――ラルウァが構成員の一人を喰い殺しているところだった」
 壮絶な事件。想像するだけでも吐き気を催すような情景を、彼は見てきたのだ。
「正直、あの時は死んだと思ったな。それを救ったのは、――お前の親父だ」
「え? 父……さん?」
 思わぬ所で振られた話に、クーザンはどもりつつも反応した。
「あぁ、グローリーは強かった。ツーハンディッドソードという重い武器をいとも簡単にブン回し、あっという間にラルウァを倒しちまった。だが、俺は見てしまった……そのラルウァがな、アイツだったんだ」
「ま、まさか」
「消えていくラルウァの残像の中に見えたのは、アーリィだった」
 ギリ、とハヤトが握り締めていた拳が鳴る。
「俺だって、信じたくはなかったさ。仲間がラルウァになり、同志達を虐殺していたなんて……こんな事を知るくらいなら、正体が分からないままで――いや、あのまま何も知らずに死んでいた方が良かったとさえ、思ったよ」
「……それで、クラティアスがどう関係してるんだ?」
 低い、怒りを必死で抑えた声。ハヤトが顔を上げると、ホルセルが真っ直ぐ自分を見ていた。悲しそうな、だが気丈に振る舞わなければという感情の籠った表情。それを見た彼は、ふ、と僅かに目を細め、すぐに彼の求める答えを導き出す。
「さっきも言った通り、生き残っていたのはオレとカナイの二人だけだと思われていたんだ。ある日突然、奴が本部に帰還してくるまではな。聞けばその街の生き残っていた住人に拾われて、体調が回復するまで匿われていたと言ったらしい」
「らしい?」
「俺はその時意識を失っていたから、本当かどうかは分からない。一週間は安静にしていなきゃならなかったもんでな。――それに、奴はクレイや俺に良い感情を抱いてはいなかった」
 一週間、と聞いてクロスがあぁ、と何かに気が付いたように声を上げる。
 粛清が行われた街の生き残り。今まで確認された中でその例は極端に少なかったが、アークのように人知れず生きていたケースもある。真実かどうかの証明には少し弱いだろう。
「今回奴が組織を裏切った事で、俺はこう考えている。クラティアスはそこでお前らの敵に拾われて、仲間になり組織の情報を流すのを条件に命を助けて貰ったのではないか、と。あるいは、もっと前から――」
 そこまで話すと、ハヤトは大きく息を吐き煙草に手を伸ばし、火を点けた。
「……まぁ、これもお前らを迷わせようとしている戯言に過ぎん。忘れろ」
「忘れろって……」
「先入観や人の意見に左右される事は、真実を求めるのに不必要だ。これは俺の考え、お前らはお前らで真実を探せ。……話は、これで終わりだ」
 言下するなり、彼は椅子から腰を上げ出口へと向かう。カナイも慌ててハヤトに従うが、「あ、そうだ」と振り向く。
「ユーサ、セーレ! バトルトーナメントだけど、もし参加するなら急いだ方が良いよ。ピォウドも色々あって、厳重な警備体制になってくると思うから」
「了解。ありがとな」
「うん。みんなも気をつけて!」
 セレウグがカナイの声に応え手を振ると、彼もにっこり笑って応じた。そのまま遠くなっていたハヤトを追いかけ消えていくと、全員が張り詰めた雰囲気を解すように息を吐いた。
「バトルトーナメントねぇ」
「ん? どしたの、サマ」
「いや、毎年参加者の武器の整備に、優秀な腕を持つ鍛冶師を雇っていると聞いた事があって。ひょっとしたら、弟も行っているんじゃないかなとふと思っただけだよ」
 意味ありげに言ったサマの台詞に、クーザンが僅かに肩を震わせる。
 武器は長く使っていればいる程、斬れ味や強度が弱まって行く。常に万全の状態を保つ為に、数十名の鍛冶師を雇いバトルトーナメントが行われる数日の間ピォウドに呼び寄せるのだと、聞いた事がある。ウィンタの師が雇われていれば当然弟子を連れてくるはずなので、その可能性は十分あるだろう。
「ウィンタにまた会えるかもしれないのか! 楽しみだな、クーザン!」
「え、あ……うん」
「弟に会ったら、よろしく言っておいてね」
 本人に他意はないのだろうが、クーザンからしてみれば何だかプレッシャーをかけられている気分になってしまう。サマの笑みでさえ、今はあまり見たくない気分だった。

   ■   ■   ■

「さて、ジャスティフォーカストップの総帥の許しも貰った事だし――次の目的が決まったね」
「バトルトーナメント、か?」
 ルミエール孤児院に帰宅し、子供達の遊び相手になって散々遊び息を抜いていると、すぐに夜も更ける。遊び疲れて眠ってしまった子供達がいないリビングに一行は集まり、情報交換を行っていた。
 ユーサの発言にギレルノが問い、そう、と返す。
「前に大陸を統治する一族に会う必要があるって言っただろう? 冤罪は無くなったけど、今度は彼女らに謁見する権利を得ないとね。……誰かさんが協力してくれれば、そんな面倒は要らないんだけど」
「誰の事だろうな」
 それは確か、ホワイトタウンに到着した日の話。御伽噺で月の姫が大陸を統治していたのなら、今現在の領主はどうなっているのかという疑問が沸く。虚像と言われていたそれが真実である以上、彼女らも何らかの関係があるのかもしれない。
 ユーサはぼそりと呟きながら、横目でクロスを見やるが――肝心の彼は、素知らぬ顔で流した。
「一族に聞けば、《月の力》についても何か分かるのかしら」
「そうだな。さっきのハヤトさんの話も、少し気になる事があるし」
「……グローリーさんが、何故ラルウァを倒せる力を持っていたのか、か。そういや、オレ達も知らねーな」
 サエリの言葉に同意しつつ、ホルセルが言う。セレウグも疑問に思っていたらしく、首を捻らせた。というか、何故今まで疑問に思わなかったのかが不思議な位だ。
 ラルウァを倒せる力を持っているのは、現在の所《遺産エレンシア》を持っているクーザンと、ヴィエントの意志をその身に宿すホルセル、正体は生ける唯一の証人であるクロス、《月の力》を攻撃の手段として活用出来るスウォア、そしてディアナの生まれ変わりであるユキナ。それ以外はいないのだ。もし《遺産》を持つ者以外に倒せる手段があるのなら、これからの戦いの戦況にも関わってくる事だろう。
 そもそも、とクーザンはクロスに向き直り、問いかけてみる。
「《遺産》を使えるかどうかって、どうやって決まるんだ?」
「簡潔に言うと、『《月の力》の制御法を知っているかどうか』だ」
「制御法?」
 そうだ、と肯定してから、クロスは指を二本立てて、片方ずつ指し示しながら言葉を続ける。
「《遺産》には二通りある。俺の刀や短剣のように神が所持しているものと、ユーサの持つ銃のように人工的に造られたものだ」
「え? 《遺産》って、人工物も有り得るの?」
「有り得るも何も、お前が使っているディアナの弓も、神官ミシェルの製作物だが」
「はぁ!?」
「……だからかぁ」
 しれっと言ってのけるクロスの発言に驚くサエリと逆に、アークは納得した声を上げる。歌姫の滝の家で見付けた弓を、彼が彼女に使うように勧めていたのを覚えていたクーザンも、なるほどと頷いた。
「人工物ではない、つまり神から授けられた《遺産》は、人工物のそれよりもずっと強大な力を持つ。言ってしまえば、セレウグの《神眼》もそうだな。故に、《月の力》を制御する力量に差があると、《遺産》の本来の力は使えない。この本来の力というのは、ラルウァを倒せる倒せない、の差も含まれる」
 サエリが《遺産》の弓で戦っていてもラルウァに傷付けられなかったのは、彼女がその方法を知らないから、と考えると、確かに辻褄が合う。だが、《月の力》の制御法など、普通に生活していればまず習得する機会すらないだろう。ならば。
「……父さん、そんな事一言も言ってなかったんだけど、いつ覚えたんだろう?」
「俺は直接会った事がないから、グローリー=ジェダイドが何故ラルウァを倒せたのかについては、はっきりとは分からんな」
「だよなぁ……」
 これ以上を追求するには、情報が少な過ぎる。クーザンは我が父親の姿を思い浮かべながら、更に深まった謎に頭を抱えるのだった。
 一通り説明が終わり、クロスは再び厳しい表情を浮かべると、「話を戻すが」と前置きし、聞いていたスウォアに問いかける。
「スウォア。ジャスティフォーカスの事件がクラティアスのやった事なのかどうか、お前には分かるか?」
「んー……。少なくとも、その推測は当たってるぜ。ヴォスは五年前のその事件よりもっと前に、ゼルフィルに連れられて来た。その、アーリィって女とアイツがどんな関係かは知らねぇけど……多分、ヴォスがラルウァにしたんだろうな。アイツ、強欲で高慢だから」
「……そうか」
 それだけで十分だったのだろう。クロスはそれきり沈黙し、ホルセルも何の反応も示さなかったが、纏う雰囲気の端々から怒りが伝わってくる。リルだけが、困ったように二人を見ていた。
 とはいえ、当面の目標はバトルトーナメントへの出場、エアグルス大陸を統治する一族への謁見。そして、ソーレ達の足取りを追う事。ここで頭を悩ませても解決しない事は、後に回すのが正解だろう。クーザンは様々な思いを抱える者達の顔を見回し、頷いた。
「よし。行こう――ピォウドへ」