第62話 その目に映るもの

「目を診て欲しい?」
 アブコットの宿の食堂でコーヒーを横に資料を漁っていたクロスは、今しがた言われた事を繰り返した。
 相手はセレウグ。食堂に来るなり自分と目が合い、名前を呼びながら近付いて来たのだ。広げていた資料を片付けそれに応じると、頼みがある、と言われた後の事だ。
「あぁ。面倒だとは思うが、お願い出来ないか?」
「それは構わんが、治ってはいなかったのか。それに、治癒魔法を使える奴ではなく俺に言う理由は?」
 頭を下げてくるセレウグを見ながら、首を傾げる。彼を保護した直後こそ酷い目の傷の様子を見てはいたが、それ以降は長く伸ばされた前髪や包帯で隠されて目に入らなくなり、本人も特に困った様子もないようだったので、解決したものと思っていたのだ。
 また、医療に関して言えば自分は専門外であり、何故頼んでくるのか理由が思い浮かばない。むしろ頼むべきはリレス、あるいは彼女の叔父ではないのか、と。イオス教授は確か、医療についても知識を有していたはずだ。問われた相手はえーと、と自身の髪を掻きながら唸ると、答える。
「まず治ってなかったって質問。怪我、って訳じゃなさそうだと感じるんだ。皮膚は完全に大丈夫なんだが、視力も戻らないし、そもそもあまり開けられなくてさ」
「私も度々様子を見ていましたが……なんだか、私達では把握出来ない何かが、治癒の力を阻害しているような気がする……そんな気はしていました」
 聞こえていたのか、姿だけは見えていたリレスもわざわざ側に来ると、補足するように口を開いた。胸元に置いた拳に力が入っている。この少女が見かけによらず負けず嫌いなところがあるのは周知の事実ではあるから、大方自身の力が及ばない事を痛感し、心底悔しがっているのだろう。
「で、二つ目。治癒魔法で完全に治らないのなら、《月の力》絡みじゃないか、と考えたんだ。それで、一度セ……いや、クロスに聞いてみたいと思って」
「…………それだけか?」
「それだけだよ。いや、オレの推測に付き合わせるのは悪いとは思ってるんだけど」
 僅かに目を細めながら問う。
 彼は間違いなく、『クロスとして』ではなく、『セクウィとして』診て欲しいといった言い方をした。確かに、そこまで手を尽くして完治しないのであれば何らかの要因が存在するとは思うが、それだけで自分のところに来るには、些か根拠に弱いのではないか。
 暗にそう返したようなものだったのだが、セレウグはまた髪を掻きながら苦笑いをするだけで、それ以上は答えようとしない。
「……まぁ良い。それなら、今から部屋に邪魔する。早い方が良いだろう?」
「あぁ、サンキュー」
「私も良いですか?」
「アタシも行くわ」
「ん、どうぞ」
 宿屋の食堂は、自分達以外にも客が利用している。ここで見る訳にもいかないので、ついてくる数名も連れ、相手の部屋へと向かう。

 部屋に入ると、先に戻ってきていたらしいクーザンが、ベッドに腰掛けて片手剣の手入れをしていた。ぞろぞろと入ってきたこちらに何事かと驚いたようで、事情を説明すると、何故か険しい表情を浮かべられる。
「……クロス、血とか大丈夫だっけ?」
 正直、今更何を聞いてくるのだと思った事は否定出来ない。相手も自分の所属を知っているし、これまでの旅でもジャスティフォーカスの任務に付き合わせた事もあった。それを知っていながらそんな事を聞かれれば、誰だってそう思うのではないか。と言うより、セレウグの目を診るだけなのに、何故その問いが来るのだろうか。真意が読み取れず、クロスは問い返す。
「お前も知っているだろう? 任務で日常茶飯事に見ているから、慣れているが」
「いや、……お前、一回実家で見た時、ふらついてただろ」
 言いにくそうに小声で返してきた言葉に、ようやく相手の危惧していた理由を把握した。言われて思い出したが、クーザンには、自分の実家の状況を直に見られていたのだった。
 とはいえ、あれが特別だっただけで、別に普段の任務に差し支えている訳ではない。それを伝えると、そっか、と向こうも納得した様子で頷いた。
「まぁ、一応覚悟してから診なよ」
「? 何故だ?」
「落ち着いて見る分なら大丈夫だから」
「答えになっていないんだが」
 気をつけるポイントが把握出来ない以上、見ない事には目の状態が分からないのだ。一体何に気を付けろと言うのだろうか。
「クロスさん、包帯外しましたよ」
 クーザンと会話しているうちに、セレウグの左目を覆うように巻かれた包帯を外してくれていたようで、リレスから声をかけられる。そちらに移動し、閉じられている左目に視線をやる。
 皮膚自体は、発見した当時よりもだいぶ治癒しているが、鋭利な何かで縦に斬られた跡が薄っすらと残っている。瞬きに影響がある程ではないと思われるのだが、それでも思うように目が開けられないらしい。
「失礼する。……?」
 無理矢理瞼を少し持ち上げさせ、ちらりと見えた瞳は、血のように赤い。
「お前、右と左で目の色が違ったのか」
「ん? あ、悪ぃ……大丈夫か?」
「いや、大丈夫だが」
 クーザンの注意はこういう事か、と納得する。オッドアイ自体珍しいものではあるし、その色がどんなものであろうとあまり興味はない。ただ、右の山吹色と違い片目だけが血を彷彿とさせる色、というのは確かに今まで見た事はなかった。この大陸の文化の一部では、血のような色の瞳を持つ者は忌み嫌われているところもある。
 とはいえ、目が開けられない事への直接的な原因の正体らしきものの気配は感じられるものの、瞳のほうにもその何かを捉える事は出来なかった。これは、人の目では無理か。そう判断し、目を閉じて自身の姿を変質させる。
 『クロス』である身体は、人の世に紛れ込む為に得たものであり、人として違和感を感じない程度の能力しか持ち得ない。一方で『セクウィ』としての身体は、神として《月の力》による様々な力を有しており、人の身体では視認出来ないものでも見る事が出来る。
「……ああ、やはりな」
「え、何が?」
「目に覆い被さるように、鎖みたいなものが絡まっている。これは……ラルウァの血を浴びた時と似たようなものではあるが、呪い、だな。このままだとじきに使い物にならなくなる。その上、あらゆる解呪を受け付けないよう、細工されているな」
「ホントに呪いだったのね」
 サエリが驚いた声音で言う。確かセレウグが目を覚ました時に、ホルセルが呪いではないかと言っていたのを思い出したのだろう。
 ラルウァの血は、人の魂を縛り付けて徐々に侵食し、それが全身を回ると、同じラルウァに変化させてしまう。血から異質な肉体を生み出し、魂自体を覆ってしまうのだ。覆われた魂はそこから自力で抜け出す事も出来ず、輪廻の輪に還る事も叶わない。
 それと異なるのは、ラルウァの皮膚のように黒いものが鎖のように象っている事。セレウグ自身の魂の、左目の部分だけを覆っている状態である。いくら治癒魔法をかけても、症状が改善されなかった理由も分かった。
「これは、誰にやられた?」
「ゼルフィル……のはずだけど」
「……ゼルフィルにこの呪いは使えない。だが、考えられるとするなら……奴の攻撃に乗じて、ソーレが呪縛を施させたか」
 とはいえ、何もなくて狙うはずがない。ソーレが恐れて、わざわざここまでしてセレウグの左目を狙った理由とは――。
「お前、その目を狙われた理由、分かるか」
「……多分、今想像した通りだな」
 セレウグの返答に、なるほど、と頷く。ひとつだけ浮かんだ心当たりだったが、どうもそれで正解のようだ。
「ならば、みすみす失う訳にはいかないな……荒療治だが、仕方ない。無理矢理解呪してしまうか」
「そんなん出来るのか?」
「出来るが、荒療治と言っただろう。サエリ、ルナサスを呼んできてくれ」
「ん? リレスがいるのに、ユキナじゃないと駄目なの?」
 尤もな疑問である。人間であれば、そこに疑問が行き着くのは仕方ない。だが自分が答えるのよりも先に、別の声――クーザンが、その答えを指し示した。
「ラルウァの血を浴びたのと似てるって位だから、普通の治癒魔法じゃ駄目って事だろ。な?」
「そういう事だ。普通の治癒魔法とルナサスのそれは似て非なるもの、解呪した後にこの目を治すには、アイツの治癒じゃないと意味がない」
「なるほどね。分かったわ、呼んでくる」
「それと、お前達も外に出ておけ。あまり見れたものではないぞ」
 クロスは頼んだサエリがドアの向こうに消えるのを確認しつつ、残ったクーザンとリレスにも声をかけた。腰の短剣の柄を手に取る。と、それを見たセレウグが、顔を引き攣らせながら口を開く。
「……なぁ、何で短剣を持ったんだ?」
「ああ、目を斬る訳ではない。だが痛みはあるから覚悟しろ。……怖気づいたなら、止めておくか? 断言するが、それは自然治癒する事もないし、下手をすると悪化するぞ」
「…………」
 敢えて何をするかは伝えない。人にこの目で見た事を伝えるのも難しい上に、伝えたところで恐怖が増すのは、『人として』の感覚で知っている。
 しかし、恐らくこれで引くような人物ではないだろう。その証拠に、セレウグは数秒黙り込んだ後、いや、と口を開いた。 
「やってくれ。オレには分からんが、自分の目に何かついてるって知った以上、このまま平気でいれるはずもないからな」
「……だろうな。承知した」
 予想通りの返答。ひとつ頷くと、握った短剣を逆手に持ち直し、始めるぞ、と口にするのだった。

 ――そして、十数分後。
 ふぅ、と息を吐き、握り締めていた短剣を腰の鞘に収める。終わりだと告げるなり、ボスッとベッドに倒れたセレウグは、「死ぬかと思った……」と力が抜けた声で呟いていた。
「終わったぞ、クーザン。ルナサスは来ているか?」
 外にいるはずのクーザンに呼びかけると、間髪入れずに「来てるよー」と返事があった。直後扉のドアノブが回り、返事をした本人と、サエリに呼ばせたユキナが入ってくる。クロスではなく自分がいるのにユキナは盛大に驚いたが、それを気にかけずに、セクウィは少年の姿に戻り、セレウグに声をかけた。
 明日になれば、目にこびり付いていた《月の力》は霧散して消えるだろうが、暫くはそのまま包帯を巻いておく事。動いても構わない事。そう伝えると、感謝の言葉と共に了承が返ってくる。次に、ユキナにセレウグに治癒をかけてくれ、と伝えると、彼女もすぐに頷いて、治癒を施し始めた。
「で、結局セレウグの目に呪いがかけられた理由って、一体何なの?」
 いい加減聞くわよ、と言わんばかりに前のめりになったサエリの問いに、治癒される為に起き上がったセレウグは、両腕を組んで首を傾げる。
「んー、ちょっと説明しにくいんだよな……。まず間違いなく、オレの目が邪魔だったから使えないようにしたんだろうけど。この目が見れるのは普通の世界じゃなくて、《月の力》の流れなんだ」
「《月の力》の流れ?」
「神官シオンが使えていたとされる、《神眼》に近いものだな。あいつのは果てしなく広範囲だと聞いてはいたが」
「え、そうなのか」
 ディアナの側近であった神官、シオン。そういえば彼も、セレウグの左目と同じ色のそれを持っていたな、と思い返す。
 名の通り、本来であれば神のみが持つ事を許される目。それを、どういう訳か持って生まれてしまったのが《忌み子》なのだ。
「リレス、いつだったかオレがお前を助けた時があったろ? あの時、何でオレが来れたか分かるか?」
「え、あれは……近くにいたからじゃないんですか?」
「いや、あの道はスラムでも入り組んでいて、とてもじゃないが人が寄り付かない場所なんだ。つまり、通りすがりなんてもんはないに等しい。タスクに頼まれてお前を捜していたオレは、お前が持つ《月の力》の動きを見て見付けたんだ」
「私の、《月の力》の動き? でも、私……」
「ユーサが言ってただろ、お前にも何か違う力を感じるって。アイツは見えてる訳じゃないけど、オレはそれが見える」
 奴の場合、また別の理由があるがな。心の中でそう突っ込みながら、ここにいない人物の背中を思い出す。本人が口にしていないので何も言うつもりはないが、ユーサの場合はまた異なる。彼は見えてこそいないが、代わりに生まれ持った――それこそ『トキワ』であった頃からの――性質のようなものであるはず。
「ともかく! 人には見えないものが見える、それがこの目。……ま、代償の方が大き過ぎて、有り難みなんて全くないんだけどな」
「あ……」
 人には見れないものを見れる力は、裏を返せば人外の力である。彼は力を得る代わりに、人々に疎まれる眼を押し付けられたのだ。例え《月の姫》を支える神官と同じ力とはいえ、それを本物と信じてくれる人間などいるはずもなく――そもそも、あの御伽噺は一般の者には『架空の物語』でしかない。故に、紅い、血を彷彿とさせる暗みを帯びた眼を持つ者は忌み嫌われる。《不幸を呼ぶ》として。
 その事に思い至ったのであろう、リレスは口を手で隠し、うう、と唸り。ぐるぐる考えているであろう数秒間が過ぎた後、でも、と言った。
「セレウグさんは、それを……その力を使って私を助けてくれました。なら、私は嫌ったりしません!」
 幼い頃から刷り込まれた情報を覆すのは、なかなか難しい事だ。だが彼女はそれを押し退け、彼自身を信じると言った。そう決断をするのも、とても勇気が要る事だろう。
 言われたセレウグは目を丸くし、数回瞬かせてから、ふは、と笑顔を浮かべ、礼を告げた。

   ■   ■   ■

「アーク、クーザン呼んできてくれねぇ? これ多分クーザンのリクエストだ」
「うん、行ってくる!」
 アブコットを発ち、再びホワイトタウンに戻って来た時には、ジャスティフォーカスの総帥に告げられた日まで、あと二日となっていた。帰還するなり、ジャスティフォーカスの襲撃に遭ったとイオスから聞いた一行は、早めにここも移動した方が良いのではないかと誰かが提案していた。だが、残念ながらまだ自由に動ける身ではない以上、迂闊な行動にも出れない。
 取り敢えず連続した旅の疲れを癒すべき、とシアンさんに促され、先の事はまた翌日に回す事にして早めに休息を取る事になった。アークはそんな中、買い物に向かう一行に付き合っていて、帰ってきたところだった。
 孤児院の玄関から真っ直ぐ数歩、そして右側の大きな扉を開ければ、その部屋はここに住む人達の憩いの場。目的の人物もいる可能性が高い。
「クーザン! ホルセルが呼んで……る……」
 ガチャ、と扉を開けるなり、顔を出して目的の姿を見付ける――前に、リビングのチェアに座っている綺麗な金髪の女性の碧眼と、目が合った。続くはずだった言葉は尻切れになり、消えていく。
 知らない人、のはずだった。なのに、その人を知っているような、懐かしい気持ちが湧き上がってくる。
「……スウォア?」
 その女性が、アークを凝視したまま口にした言葉。それは、ここにいる皆が知っていて――だが、彼女から発されるとはとても思っていなかったものだ。アークは目を見開いたまま、えっと、と言うのが精一杯だった。
「スウォア!? スウォアでしょう!? 良かった、生きていたのね……!」
「あ、えと、その」
 彼に駆け寄り心からの笑顔を顔に浮かべる女性とは真逆に、アークはどうすべきか分からず、戸惑う。そうこうしている内に、彼女は泣き出してしまいそうだ。取り敢えず二人共落ち着いて、とツカサさん達に告げられ、取り敢えず席に着く事にした。

 彼女――ファイは、シアン達楽団とたまに一緒に行動する、所謂副団員という立場であるらしい。それでここにいたのか、と取り敢えずの疑問が解消し、アークはひとつ息を吐く。これから彼女に伝えるのは、きっと残酷なものだ。どう受け入れられるのか分からない、本当は逃げ出したい。でも、ここは逃げてはならないのだ、と自分を奮い立たせた。
「あの、ファイさん。落ち着いて聞いて下さい。ボクは記憶喪失になってしまっていて、あなたの事を覚えていないんです。ごめんなさい……」
 そう前置きをし、簡単に自分の状況を説明した。大怪我をしたまま倒れていたのをサエリに拾われ、唯一記憶に残っていた『アーク』という名を今は名乗り、旅をしている――詳しい事は伏せておいた。特に、スウォアの話は。それでも長い話なのには違いなく、終わるまでに時計の針が一周しかけていたのだが。
 話を聞いたファイは悲しそうに眉尻を下げ、暫く黙り込んでいた。その空気はきっと数分程度のものだったが、アークにはとても長く感じた。
 そして、彼女が次に顔を上げた時、自分が想像していたものとは異なる表情が浮かんでいた。意を決したような、強い感情がそこにはあった。
「正直に言うわ。私は、貴方達は死んだものと思っていたの。でもこうして、生きて会えただけでも本当に嬉しい。記憶が戻らなくても、貴方は私の大切な弟よ。そうだ! 私と一緒に暮らしましょう」
 それは、願ってもない誘いだ。魔導学校の寮にはいつまでも居られないし、だからと言ってまたサエリの家に厄介になる訳にもいかない。――だけど、とアークは首を横に振った。
「…………ごめんなさい。それは出来ない、です」
「どうしてか、聞いても良いかしら?」
「ボクはまだ、この旅でやらなきゃならない事があります。それを成し遂げなきゃ、絶対後悔すると思うんです。だから……」
 誘われてすぐに思ったのは、『旅を終えたら、スウォアはどうするのか?』という疑問。
 無論、ここで戦線離脱しても平和に暮らせる保障はないだろう。だがそれよりも、アークはスウォアの問題を放る訳にはいかない、と思った。自分が彼を闇に堕としてしまったのなら、尚更。
 その決意をどう取ったのか、ファイは暫し無言でアークを見て――そう、と微笑んだ。
「私は、この国に住んでいるけど、たまにシアン達の楽団について行かせて貰っているの。だから、いつでもまた来てちょうだい。ね?」
 本当は、一緒にいたいと思っているであろう事は明白だった。何せ、何年もの間行方知らずとなっていた兄弟と再会出来たのだから。これは、アーク自身の我が儘だ。

 外はとうに日が沈み、町は静かに佇んでいた。
 ファイを始め楽団メンバーは、それぞれの家へと帰っていった。遅い夕飯時だから、そろそろここにいなかった以外の者も現れるだろう。
 生き別れの姉と再会出来て良かったのか、悪かったのか。それは、アーク自身にも分からない。けれど、帰る場所がまた増えたのはきっと、喜ばしい事なのだ。

   ■   ■   ■

「さて、これからの話なんだけど」
 その日の夕食時、ユーサはそう発言し皆の注目を集めた。
「先ず、これから話す事には第一条件として、ホルセル君とクロス君の冤罪が証明されなくちゃいけない。その点については、ジャスティフォーカスの総帥がどうにかしてくれると――」
「その事だがな、」
 突然彼の言葉を遮り、ライが手を挙げた。何事かと、今度はそちらに視線が集中する。
「貴様らがファーレンに行っている間、ザルクダ達が組織に入り込んでいる敵の決定的証拠を入手した」
「ザルクダ!? アイツ、生きてたのか……!」
「でも、何でザルクダさんがオレ達の冤罪証明の手伝いを?」
 セレウグが喜び半分、驚き半分で反応した。確かに何故、ワールドガーディアンの彼が一介の構成員にかけられた冤罪の証拠捜査に協力していたのだろうか。
 ホルセルのもっともな疑問に、ライは煩わしそうに答える。
「ジャスティフォーカスで、貴様ら以外に敵を知っている人間だからだ。それと、下手に表立って動くと面倒臭い事になる総帥や、貴様らの親の指示でもある。で、その裏切り者の名だが、マーモン=クラティアス。軍の総指揮者だ」
「アイツが……!」
 本人と直接対峙したセレウグ、そしてリレスとレッドンはその容姿を思い出す。ギレルノはスウォアから直接問い質していたので知っていたが、他の者には衝撃的だっただろう。組織に紛れ込んだ者の反抗だと予想はついていたが、まさか幹部クラスの人物だったとは。
「総帥は、恐らく奴を組織から除名するだろう」
「確かに、あの方は制服みたいな物を着てましたけど……」
「ヴォスは他国で『狐』という意味の言葉。そして、狐は強欲を司る魔物の具象化した動物だ。ここまで調べるのは、大変だった」
「問題は、正体を暴かれた狐がどう動くか……だね。ともあれ、冤罪の心配も直ぐになくなりそうだ」
「で、それまでに何かやりたい事があるんだろ?」
 セレウグの確認するような言葉に、ユーサは頷き口を開く。
「この国の碑を見ておきたい。前に行った時は何も感じなかったけど、異変があってからは見てないからね」
「俺も賛成だ。碑には《月の力》が集まりやすい、何かしら変化があるはずだ」
「……何か、アラナンを出た直後の時を思い出すわね」
 二人の意見のやり取りに、サエリが苦笑しつつ言った。
 まだ旅に不慣れなまま辿り着いたアラナン、敵であるはずのスウォアに助けられたブラトナサ、真実に一番近かったユーサに遭遇したゼイルシティ。全て、訪れた碑の前で起きた事だ。そしてまた、自分達は碑に赴こうとしている。最初の頃とは全く事情が違っているはずだ。なのにそれと同じ行動を取る自分達に、何だか笑えてくる。
 とは言え、全員で行動すると流石に目立つ。その為、ユーサは必要最低限の面子で向かう事を提案してきた。碑を見に行くのはクーザン、クロス、アーク、サエリ、セレウグ、ユーサ。そう決まったところで、今まで話を聞いていたイオスが手を挙げた。
「私も一緒に良いかな? 碑の研究にも携わっているから、見に行っておきたい」
「戦闘になるかも……」
「大丈夫だ、自分の身は自分で守る」
 フ、と苦笑を洩らしつつ彼は答える。
「じゃあ、明日朝十時に玄関に集合だよ。遅れないようにねー」
 話が始まった時と同様にパンパンと手を叩くと、ユーサは自身の食器を持って台所に向かってしまった。ほぼ彼が話していたと思うのだが、一体いつ食べたのか。
「……クーザン」
 ふとかけられた声に顔を向けると、ユキナがいた。ディアナの死を目前にした彼女はしばらく塞ぎ込んでいたのだが、昨日辺りからようやく元の元気を取り戻した。
「あのね、話があるんだけど……」
「また傍にいられないとか言うんじゃないだろうな」
 何だこのデジャヴュ、と思いつつ問い掛ければ、彼女も何となく思っていたのだろう、勢い良く首を振って否定した。
「ち、違うよ! ……あたしは、死なないよ」
「!」
「あたしは死なない。ディアナみたいに力に呑まれたりなんか、絶対にしない。生きるから!」
「ユキナ……」
「もしあんな風になっちゃっても、あたしはまた戻ってくる。約束する」
 ラルウァのあの姿の理由、ディアナが死んだ理由を知って尚、彼女はそう言っている。大きな瞳には躊躇いや迷いもなく、それがいかに本気なのか分かった。
 周囲にいる仲間達も、いつもなら茶々が飛んでくる所だが今は静かにユキナの言葉を聞いていた。
「だから、」
 だが、クーザンにとってはこの凛とした決意が羨ましかった。己でさえ守れぬ剣に、この気高き魂を守れるはずがない。守れるはずが――。
「あたしを守って。クーザン」
『私に力を貸して下さい、カイル』
 果たして、彼女はこの思いを知っているのだろうか。知った上で言っているのだろうか。
 いや、分かる訳はない。何故なら、こんなに弱気な事を言った覚えはクーザンにはないから。それでも、この弱い剣をまだ必要としてくれているのなら――俺は彼女の為に、敵を斬る武器となろう。
「……今更」
 フ、と口元を緩めて返すと、馬鹿にされているとでも思ったのだろうか。ユキナは口を尖らせ、何その顔、と不満を言うのだった。