第58話 中立神

 もうそろそろ、日が落ちる頃。一行は、以前仕掛けを解いて入った場所もあっさりと通り、ようやく家に着く事が出来た。
 ともすれば夢だったのかと思わせる、朧げで儚い記憶の中にいるような感覚を感じさせた家も周りの庭も、数日前訪れた時から何一つ変わらずにそこにあった。しかし、一つだけ――家に入る玄関の、テラスから続く階段に誰かが座っている、という前回との相違点が、すぐに目に入った。

「クロス!」

 目が良いホルセルにはすぐに分かったのだろう、彼が名を呼ぶと、あちらは空を見上げていたのだろうか、ゆっくりと視線を下ろし、こちらに顔を向ける。紫がかった長髪と紫の瞳、額に青いバンダナ――彼はいなくなる前の姿そのままで、そこにいたのだった。

「……久し振りだな」
「お前、今までどこに行ってたんだよ! お前がハヤトさん達に演技持ち掛けたりしてる間、こっちは大変だったんだぜ!?」
「お前にいちいち報告する必要も、義務もないと思うが?」
「う……」
「ホルセル君から聞いたんだけど、君がここに来いって言ったんだって? どうして、君がここを知ってるのかな」

 放っておけば話が進まないと判断したのか、ホルセルが怯んだ隙にユーサの横槍が入る。クロスは彼に視線を向け、答えた。

「知っていたら悪いか?」
「悪くはないよ。でも、ここは普通の人なら気付けないように、元々結界がある。視界に入れても『ないもの』として認識されるような、そういう類の力を持つ結界なんだよ」
「幻など、そこにあると分かっていれば脅威でも何でもない。俺はここを知っていた、ならば迷わずに来るのはそう難しい事ではないだろう?」
「君、言ってる事無茶苦茶なの分かってる?」
「貴様こそ。ならば問うが、貴様はどうしてここに来られた? 『普通の人』なら来られないはずだろう?」
「今は僕が聞いてるんだけど」
「俺は貴様に聞いているが」

 あれ、と思った。
 二人が直接話すのはこれが初めてのはず、だ。ユーサと共に行動するようになったのと入れ替わりで、クロスはいなくなっていたのだから。だから、二人は初対面と言っても過言ではない。
 なのに、今目の前で繰り広げられている応酬には、どこか既視感を感じさせた。互いに遠慮のないこのやり取り、前にもどこかで見たような、と首を傾げる。
 だがその答えが出るよりも早く、クロスがその会話を打ち切り、背後の家を差し示して言った。

「そんな事よりも、今日は中で休むと良い。明日、貴様らを連れていかなければならない場所があるからな」
「場所?」

 てっきりクロスからの話が聞けると思っていたクーザンは、第三者の存在に思わず思考を打ち切って聞き返す。自分だけではない、皆が各々目を丸くしたり、驚いた表情を浮かべていた。
 それは予想通りの反応だったのだろう、彼は頷いてから続ける。

「俺はさしずめ、案内人といった所だ。貴様らが知りたい事への答えを持つ者がいる場所への、な。この森とはいえ、夜は危険な上にそれなりに歩く。体力を回復させてからでも遅くはない。……今は、それで手を打ってくれ」
「それで、僕達が従うとでも?」
「嫌なら真実を知れないだけだ」
「まぁまぁ、教えてくれるってだけ儲けもんだろ。疲れてる奴もいるだろうし、今日は休もうぜ」
「……。分かったよ」

 まだ言い足りなさそうなユーサだが、渋々従う旨を告げると我先にと家の中へ入ってしまう。セレウグがそれを追い掛け、次にサエリとリレス、レッドンとアークが続く。

「クロスーっ!」

 その横で、待ち兼ねたと言わんばかりの勢いでクロスに駆け寄り、勢いのままに飛び付いたのはリルだ。受け止めた彼は一瞬顔を歪ませたがすぐに呆れ果てた表情に戻り、彼女の白髪を優しく撫でる。

「リル、突然飛び付くなといつも言っているだろう。受け止めなかったら、怪我をしている所だぞ」
「だってクロス、いつもちゃんとリルを受け止めてくれてるよ?」
「それはそうだ、お前が転ばないようにしているからな」

 きょとんとした表情で返された全幅の信頼とも取れる言葉に、彼女がどれだけクロスを慕っているのかがよく分かる。溜息こそ吐いている本人も、そこから更に言う事はしなかった。

「ふふん。クロスはやさしいってリル知ってるからね! だからね、兄貴もクロスも、ちゃんとはなしてなかなおりしてほしいな。ふたりがケンカしてるの、リルはいやだーっ」
「……リル、これはだな」
「ちゃんとごめんなさいしないとダメだよ。でないとリル、兄貴とクロスにめってする」

 クロスに抱き着いたままのリルが、んむーと頬を膨らませながら、名指しされた二人を見上げて言った。二人とも互いに顔を見合わせ、やがてどちらともなくひとつ息を吐いた。ホルセルはともかく、クロスも彼女の言葉には弱いらしい、という初めて知った一面に、自然と笑みが漏れる。

「えっと……クロス、お前を怖がってごめん。分かってないのは、オレの方だった」
「……気にしていないし、もう諦めている事だ。何の躊躇いもなく人を殺す人間は、異端扱いされ化物を見るような目で見られるからな」
「でも、オレはお前はお前だと思うし、人を殺してたのだって任務だったんだろ? クロスは人を殺すのに躊躇いがないって言うけど、オレにはそう見えない」

 任務遂行の為に、汚したくもない手を血に染める。そんな人間が、この世界には一体どれだけいるのかは分からない。
 少なくともホルセルは、クロスがそんな人間の一人にしか思えなかったのだろう。殺される側の痛みを自分より知る人だからこそ、躊躇いも迷いも胸の裡に押し込めてその刃を振るっているのだと。

「……それに、化物って言うならオレだって……」

 ポツリ、とホルセルは地面に視線を落として呟く。何の事を指して言っているのかは、クーザンでも察しがついた。

「もしかしたら、またクロスに不快な思いさせちまうかもしれないけど、オレ……ちゃんと真実を受け止められるよう、頑張るから。何があっても、自分の大切なものを間違えないよう頑張る。それで、守れるように」
「……そうか」
「ああ! ――リル、これで良いか?」
「うん! 百点まんてん!」
「まぁ、お前にしては考えた方じゃないのか」
「うるせぇ。どうせオレは、クロスみたいに頭良くねーよ!」

 兄弟のように言い合う二人の潤滑油になる少女。これが、三人の『日常』なのだろう。言葉とは裏腹に安堵したかのような表情でやり取りする姿が少し羨ましくもあり、また、喜ばしい事のように思えた。
 さて――自分からもクロスに話したい事や言いたい事はあるが、兄弟の戯れを邪魔するのは忍びない。また後でゆっくり話すか、と判断したところで、突然後ろから背中を押され、うわ、と体勢を崩す。何とかその場で踏ん張ったクーザンは振り返り、声を上げた。

「何するんだお前!」
「クーザンがドン臭いのが悪い」

 犯人――クーザンの少し後ろに立っていたユキナは仁王立ちになり、心底不機嫌そうな顔でこちらを見ている。

「はぁ? 誰がドン臭いって?」
「あんたもさっさと謝んなさいって言ってるの。これ以上先伸ばししたところで意味ないでしょ」
「少しは空気読めよ!! どう考えても――」
「……貴様ら、俺をダシにして痴話喧嘩するんじゃない」
「痴話喧嘩言うな!」
「痴話喧嘩じゃないわよ!」
「いやいや」
「痴話喧嘩だろう、どう見ても」

 ほぼ同時に言い返したが、二人に否定され、誠に遺憾である。ではあるが、尚も言い募ったところで口で勝てる自信もないので、大人しくそこで言い合うのは止めて、クロスに向き直った。

「遺跡では悪かった。あの後反省して、再会出来たら謝りたいと思ってたんだ」
「……いや、俺も言い過ぎた。冷静に考えれば、会って間もない者に自身の突っ込んだ事情を話すなど難しいし、話せない事情もいくらでも思い付く。……あの時は頭に血が上って、冷静ではなかった。すまない」

 ルナデーア遺跡でクロスと仲違いしたのを詫びると、彼も初めて固い表情を崩し、申し訳なさそうに言った。下手をすれば初めて見た年相応のそれで、クーザンは苦笑を漏らす。

「後で時間をくれると嬉しい。全部話すよ、俺の事」
「こちらは構わないが、話しても良いのか? 話さなかったのは、何か事情があったからだろう」
「良いんだ、ホルセルにも話したし。……はは、何があっても動じないって、難しいな。お前を見習って、俺も精進するよ」
「俺も完璧ではないと言うのに、見習ってどうする。第一、お前がそうなるには迷いがあり過ぎる」
「相変わらず手厳しいお言葉で」

 予想通りの厳しい返答。喧嘩別れしていても変わっていないその向き合い方に、クーザンは感謝の気持ちを込めて笑みを返した。
 そして、張り詰めていた空気を大きく吸い込み体を伸ばす。新鮮な空気と共に、良い匂いがした。

「さて、それじゃあ俺達も中に行こうか」
「そうね、お腹空いちゃった」
「先に行っていてくれ。俺はもう少し夜風に当たりたい。後で行く」
「分かった。早く来いよな!」
「来いよなー!」

 リルが兄の真似をしながら、ホルセルと共に家に入っていく。クーザンは少しだけ足を止め、瞳を細めて月のなくなった空を見上げた。
 話している間にすっかり日が落ちてしまった夜空には、個々を主張する星達が浮かんでいるが、やはりその光は地上に到達させるには弱過ぎる。まるでこの世界の行く末を暗示しているかのようだ、という考えが過ったが、そんな訳がないと頭を振った。

「……そうか。もう、隠している必要はなくなっていたんだな」

 そのせいか、クーザンの耳にどこか寂しそうで、悲しそうなその呟きが届く事はなかったのだった。

   ■   ■   ■

「逃げられた裏切り者の捜索?」

 カマエルが、相変わらず目の悪くなりそうな暗闇が下りる長官室で問い返した。視線の先には、部下を引き連れたクラティアスが頭を垂れひざまづいている。

「それをどうか、我が軍に命じて頂きたい。必ずや、あの餓鬼を捜し出してみせましょう」
「ふむ。大した自信じゃの」
「我が軍の力は、総帥もご存じかと」

 相手からは見えぬよう、密かに口元を歪ませる。それはレキアが見ていれば『邪悪そのもの』とでも返してきそうな、歪な笑み。だが、カマエルはそれを見る事は叶わない――つまりは、悪意を察知する事が出来ない。

「そうじゃのぅ……なら、任せるとしようかの。捕まえた暁には、お望み通りお主の好きにするがいい」
「そのお言葉、忘れぬようお願い申し上げたい所存にございます」
「余は約束を破らぬ」

 カツ、と鳴らされるヒール。カマエルが腰を上げ、カーテンがかかる窓の近くへ移動したのだ。

「ギブアンドテイク、則ち等価交換。それさえしっかりしておれば、人間はどんな者でも動くからの。それに、約束を破るような責任感のない人間と同類にはなりたくないのでな?」

 口元を開いた扇で半分隠し、くすりと笑う。クラティアスはその、何でも見通しているかのような得体の知れない目で射抜かれるのが、反吐が出る程度には気に入らない。が、曝け出しそうな激情を敢えて押し殺し、了解致しました、と答えた。

   ■   ■   ■

 翌朝、彼らは何とも言えない緊張感に包まれていた。それは恐らく、クーザンだけが気が付いていたものではない。何人かがそわそわしているのを見る限りは。
 体調が優れなさそうなアークは家に残して休ませていた方が良い、と判断し、アイラとレッドンに任せている。心配ではあるが、立ち止まっている場合でもない。

 今日もまた、森を歩く。昨日と違うのは、案内する為に先頭にいるのがクロスだという事。一体、彼は誰のいる場所へ自分達を導いているのだろうか。それが、気になって仕方なかった。
 道中には、たくさんの種類の動植物が棲息していた。主にホルセルとリルが興味津々に周囲を見回していたが、ユーサやセレウグもそれなりに気になっているようだ。ジング兄妹とは、異なる意味で。

「襲って来ないな」
「純粋な魔物だからだと思うよ。獣の王様がこっちにいるんだから、怯えてるんじゃないの」
「あぁ……そういう事か」
「それだけじゃないとは思うけど」

 チラリと前方を一瞥しながら、ユーサは呟く。視線の先では、サエリ達がクロスと話をしている。

「まだ疑ってるのか?」
「怪しさ満点だからね。それに、警戒するに越した事はないよ。ジャスティフォーカス本部のカナイのように」
「そこは安心していい。本人で間違いない」
「それは、セーレ兄さんの勘? それとも、」
「オレの目がまだ使えないの、忘れてないだろ? 勘だよ」
「……とはいえ、君の勘って当たるんだよねぇ。目の影響なのか知らないけど」

 クーザンが突っ込んできたのが意外だったのだろう、彼は目を丸くしてこちらを見、困ったように肩を竦めた。
 セレウグは今でこそ誰とでも気軽に話せるような人当たりの良い人物だと思われがちだが、自分が知る過去の彼は、その真逆を行く性格の持ち主だった。視界に入る人という人から逃げ去るような、何かに怯える姿を良く覚えている。
 だからこそ、なのか――彼は常人では見分けられない、人の本質や気配を見抜くのも上手い。それはクーザンにも分かる事であり、ユーサもまた知っているらしい。

「俺、前に混ざってくるよ」
「おう。警戒任せた」

 そうなれば、気になるのはクロスが別行動していた理由と、その間の話。前にいるサエリ辺りが聞いているかもしれないと思い、クーザンは断りを入れて前方へ向かう。

「そういえばアンタ、一体どこに行ってたのよ」

 前を歩いていたのはサエリとリレス、ジング兄妹とギレルノ、そしてユキナとクロス。
 クーザンが追い付いた時には、サエリがじと目を向けながら、言い逃れは許さないといった様子で腰に手を当て詰問しているところだった。問い掛けられた本人、クロスはひとつ溜息を吐き、答える。

「ダラトスクやソルクに行っていただけだ。情報収集にな」
「それにしてもクロス、良く無事だったよな。オレと同じで指名手配されてたのに」
「一応変装はしていたからな」
「まぁそれは良いけど、一言位残して行く考えはなかったのかしら? あの後結構捜したのよ」
「エネラさん達も心配されていましたし……」
「何度も言っているだろう、時間がなかった。それだけだ」

 その答えに何それ、と彼女は更に口を挟んできたが、クロスはどこ吹く風とほとんど動じない。結局、クーザンもいくつか質問をしてみたものの、彼は『着けば分かる』との一点張りの姿勢を崩さなかった。

 そして辿り着いたのは、森が拓けた大きな湖がある場所。プルガシオン湖と違うのは、聳える崖から大量の水が落ちる滝がある事か。大きさは、多分あちらの方が大きい。
 しかし、そこにクロスが自分達に会わせたいと言う人物がいる気配はなく、向こうがまだ来ていないのだろうかと首を傾げ、問いかけた。

「ここなのか? 誰もいないけど」
「ああ、ここで合っている。――悪いがクーザンとホルセル、それとギレルノ。ちょっと来てくれ」
「ん、何だ?」
「良いから」

 三人を名指しで呼びながら、クロスは湖の縁へと歩み寄る。呼ばれた三人と、恐らくは好奇心からであろう――クーザンにくっついたまま、ユキナもそれに倣い歩を進め。他の呼ばれなかった者は、一体何をするのだろうと彼らを視界に入れながら、成り行きを見守っていた。
 足が湖の周囲に生える草を踏み締めた直後、地面から音も立てずに何かが生えてきたのが見えた。それは薄い光の膜で、僅かに明滅しているようにも見える。あまりにも突然の事で、クーザンも飛び退く事は出来ずに足を止める。

「!?」
「クーザン!」
「何だこれ……!」

 立ち込めた光はクロスに近寄ろうとしていた四人を閉じ込め、一行を分断していた。外側にいた者達は慌てて駆け寄ろうとするが、不思議な事に光を通り抜ける事は出来ない。
 あろう事か、それはクロスを中心に、円を描くように大地を走っている。四人は円の内側に入っており、中の者が外に出る事も出来ないようだ。
 呼び寄せた張本人、湖に顔を向けたまま振り向こうとしない彼に、ホルセルが問う。

「クロス、何だこれ!?」
「邪魔が入らないように……な」

 その返事を聞くまでは、クーザンもあらかじめ仕掛けられていた罠に全員が引っ掛かったのだと、思っていたのだ。だが、その甘い考えはあっさり跳ね退けられる。明らかに自分がやった、と言っているようなものだ。
 そこでようやくこちらを向いた彼はフ、と笑みを零す。

「全く、貴様らは相変わらず警戒心というものがなさ過ぎる。いや、素直過ぎる……と言ったほうが正しいか。俺が敵であったならば、この数瞬で殺されているところだぞ」
「く、クロス……?」
「いや、それが人間というものか。久しく忘れていたな」

 クロスが顔を上げる。紫色の瞳の瞳孔が、ゆらりと揺れた。
 と、周囲に一際風が巻き起こり、クーザン達の視界を奪う。目を守る為に腕で覆うが、その風は吹き始めた時と同じように、唐突にその威力を鎮める。一体何の風だったんだ、と再び目を開けた時には、そこにクロスはいなかった。
 ――否。そこにいる彼は、クーザン達が知っている彼ではなかったのだ。
 地面に届くかという長さの、紫がかった白髪。背中には蝙蝠ではなく、灰色の鳥の羽根が生えている。トレードマークである額のバンダナはそこにはない。
 二本の短剣、そして一本の刀を構える彼は、こちらに視線を向けた。普段の彼の表情ではない。力を抜いているように見えて、獲物を狙う鷲の目そのものに見える。とにかく、人のものではない。
 クーザンは、呆然とした様子で呟いた。

「その、格好……」
「――改めて名乗ろうか。我が名はセクウィ。或いはジズ……と言えば分かるか?」
「驚いた、まさか本人だったとはね。何となく感じていた気配から、繋がってるとは思ったけど」

 その名前に、覚えがないはずはなかった。
 ピォウドのジャスティフォーカス本部で総帥が、滝の家でアイラが口にしていた、空を守護する中立の神の名そのもの。カマエル家が《ジャスティフォーカス》という組織を形成するに至った、始まりの存在。それが、今目の前にいると言うのか。
 光の外から、ユーサが驚いたと言うにはそうでもなさそうな顔で言った。言葉通りに予想していたのだろう、ここにいる者の中では唯一あまり動じていないようだった。クロス――否、セクウィが彼に視線を移す。

「それで、彼等と僕等を分断させてどうするの? 罠に嵌めたって言うなら、容赦はしないけど」
「お前は相変わらず短気だな、トキワ。……勿論、目的もなく騙した訳ではない。――お前達にはここで、俺と戦って貰う。真実が知りたければ、俺を負かす事だ」
「……もし、勝てなければ?」
「その時はこの世界を不要だと判断し、終結させる」
「正気か」

 突拍子もない言葉に、ギレルノが問い掛ける。世界を終結――つまり、今在る生を全て終わらせる、という事。

「世界は今や、ギリギリの状態で平穏を保っている状態。このままでは、取り返しがつかなくなる。俺が今まで、ふざけた態度で物事を言った事があるか?」
「…………」

 ホルセルが目を見開いたまま、黙り込む。ショックで何も言えない、と言った方が正しいか。それはそうだ、幼い頃から慕っていた相手が人間よりも崇高な存在であり、自分を殺すと同義である事を言われているのだから。
 クーザンは腰の剣の柄に手をかけ、すらりと引き抜く。不思議な事に、戸惑いや躊躇いは全くない。あるのはただ、目の前に立つ『敵』への対抗心のみ。――いや。強き者と戦えるという、胸躍る喜びか。間違ってはいない、きっと。

「世界を滅ぼさせようとしてるんだろ、つまり。なら、全力で止めるだけだ」
「同感だな」

 ざっ、と砂を鳴らし、ギレルノが前に出た。肩に本を載せながら、鋭い眼光をセクウィに向ける。彼も、相手とやり合う覚悟は出来ているようだ。

「で、でも……!」
「大丈夫」

 戸惑うホルセルの耳に届いた強い声は、隣に立つユキナのもの。胸元で両手を重ね合わせ、まるで自分に言い聞かせるように呟く。

「クーザン達なら、大丈夫。きっと、彼と分かり合えるよ」
「…………」
「ホルセル、どうする? やれる?」
「……やる。オレも戦う」

 ちゃき、と大剣を構える。

「――参る」

 光の結界にいる者の中で静かに呟いたセクウィが、一番早く地面を蹴り飛び出した。応じるのはクーザンであり、一歩遅れてホルセルが向かう。
 クーザンが勢い良く前方に剣を突き出し、即座に引く。フェイントを交えて相手の力量を測るのは危険でもあるが、もう既に身についてしまった癖みたいなものだ。
 きゅぱ、とかなり変則的な軌道を辿った剣先は――だが相手に掠る事もなく空を切る。
彼は僅かな動作を、それこそ目にも止まらぬ速さでやってのけたのだ。
 剣が一番体勢を整えるのに時間がかかる位置に着いた瞬間、セクウィが動く。柄の両端に刃が付いている方の武器が、風を唸らせながら襲いかかってきた。

「――くっ……!」

 一端身を引く決断をし動いたが、僅かに遅れたのか斬られた前髪が宙を舞う。

「うおおぉっ!」

 体勢を整えるクーザンと入れ替わるように、ホルセルの大剣が唸る。だがセクウィは刀でそれを受け止め、あっさり跳ね退けた。
 まるで遊ばれているような強さ。一瞬の攻防で分かる、実力差。

「どうした、もうギブアップか?」
「冗談!」
「――駆けろ星光、《サンクテーロ》!」

 クーザンが再び駆け出した直後、ギレルノの召喚魔法が放たれる。《セイクリッドアーツ》よりも弾数の多い光線がセクウィに飛ぶが、彼はそれも難無くかわし向けられた大剣を受け止める。

「くそっ……」
「いつだったか、お前は短剣が大剣に勝てるかと聞いてきたな。いかに自分の武器が相手のそれよりも小さかろうと、使い方次第ではそれに勝る事が出来る。先程のが良い例だな」
「うわ、」

 刀で、大剣にかけられた縦の力を横に受け流され、ホルセルがつんのめる。セクウィはそこを右手の武器で斬り付けようとしたが、割って入ったクーザンの剣に阻まれた。

「ホルセル! 相手は本気で俺達を殺しにかかってる、迷ってちゃ駄目だ!」
「……っ」
「それに……中途半端な気持ちで挑むのは、相手にとって失礼だ。本気には本気で、応えなきゃ」

 難しい事を言っている自覚はあった。姿を変えた長年の相棒と、殺すつもりで剣を交えろなどと。きっとクーザンがホルセルの立場なら、簡単にそうは切り替えられないだろう。
 だが、数瞬の応戦ではっきりと分かった。彼には、仲間全員が全力で挑まなければ勝てない。勝たなきゃならない。負ければ、この先の旅どころか世界の未来が閉ざされる事になる。
 ホルセルは少しの間セクウィを見詰め、大きく息を吐いて頬を叩き、大剣を再び手に取った。決断には、きっと勇気が要っただろう。だがホルセルは相棒であった彼と剣を交える覚悟を決めた。真実を知る為に。己に出来る事を、全うする為に。
 相手を睨む蒼い双眸に、もう迷いは感じられない。

「ごめん、みんな。目が覚めたぜ」
「分かったら早く前に行け。前衛がジェダイド一人では、荷が重い」
「あぁ!」

 後方からホルセルが駆けてくると、クーザンの隣に並び立つ。ちらりと彼に視線を向けると、任せてくれ、と言わんばかりに大きく首肯が返ってきた。
 ――もう、大丈夫みたいだな。そう判断したクーザンも大きく頷き返し、立ちはだかる相手と対峙する。セクウィが、僅かに口元を緩めたような気がした。