第32話 転生の果て

そもそも転生と言うのは、人が死に、その魂が次の世に生まれる事を指す。魂が分かれる事は、本来なら先ず起こらない。たまに生まれる一卵性双生児は、例外の一つであるが。

また、出逢った瞬間に魂が惹かれるような感覚を感じるのは、非科学的だが、それらが元は一つの魂だったという逸話もある。

他にも、様々な推察が沢山の人間達から提唱されている。が――自分達は、それらの現実的な常識からは外れている自覚があった。

まだ平和な時代、僕らは笑っていた。

「な、ゼルフィルの事、そないに怒らんといてよ」

金髪の少年は、人当たりの良い笑みを浮かべる。

特徴的な帽子に被われた彼の金髪はかなり短く、襟足だけがユーサ達のように長い。
白いシャツをだらしなく着つけ、黒いネクタイは後ろの先が胸のポケットに納められている。
何処かの民族衣装なのか、肩にかけている布は派手な印象を受けた。

彼と自分は記憶こそ無けれど、神官の一人トキワの魂を受け継ぐ者だ。
己も、彼も、生まれた瞬間は覚えていない。否、そんな瞬間等なかったのだから、知らなくて当然だ。
それだから、勿論親、なんてのもいない。彼と自分は、唯一の肉親であり、双子の兄弟のような存在だった。年は流石に違うが、それと似たようなものがある。

「アイツさー、あれで可哀想な奴なのよ。何でじゃかは知らん、何やそないゆー感じしはるもん。さかいに、優しーいオレが開運グッズやて提供したろかと思って追ってんの」
「……タダではやらないんじゃないか」
「ま、ねー? それが商人の性ってもんよ」

自分は、彼のがさつ、と言うか大雑把な所が好きだった。商人という職業柄、何処か胡散臭い雰囲気ではあったものの、それさえも彼は自らの武器としていた。
何かにつけて金銭を請求しようとするのは、問題ではあったが。

まるで神のように――いや、流石に大袈裟過ぎるか。そう、教師のように語る彼に向け、常々抱えていた疑問をぶつけてみる。

「君は……殺されかけたというのに、何でそんなに彼を庇うの」
「ん? ……一緒、さかいにかいなー」

不躾な自分の問い掛けに、彼は少し迷って答えながら、はにかむように笑った。

魂が、と。

   ■   ■   ■

「ユーサ?」

ゼルフィルの静かな声音に、夢現の中で彼の言葉を思い出していたユーサは、我に返った。
慌てて相手を見るが、彼はさっきと同じ位置に立ったままだ。まさか、自分が現実に引き戻されるまで待っていたのか。

彼は、天高く漂う赤い月を見上げ、自嘲するような笑みを浮かべて静かに語り出す。
ひとつひとつ言葉を選び、また思い出すように。

「あの時――激怒し、我を失っていた神には呪いをかけられ、衰弱死したトキワ=アエーシュマの魂が、呪いにより分かれた――貴方達は正真正銘の、彼の偽物ですよ」

そして、呪いは転生した彼等にも受け継がれ身体を蝕み、苦しめ続ける。

ユーサは馬鹿にするような視線を彼に投げ掛け、腕を組んだ。

「何で今更復習するんだ。分かり切っている事だ、子供じゃあるまいし。あと、自分の事も忘れてるみたいだけど?」
「分かっていないようですから、貴方が。つまり、タスクの力を欲するのは、自らの力を取り戻したいと願う限り」
「『必然的』、そう言いたいんだろ」

ユーサの答えに、ゼルフィルは満足そうに頷く。元が同じなら、一つに戻ろうとする意志が働くのは当然かもしれない。

そして、ゼルフィルもまた、トキワの魂から分離して生まれた存在だった。

「そうです。そして、それなら」
「だけど、貴様がタスクの力を手に入れても、何れ歪みが現れる。“心”をなくした貴様には、それは完全には使えない。ラルウァと何一つ変わらない、貴様には!」

菱形の積み木が、綺麗な四角の穴には通らないように。
本来の力の持ち主の魂を抱いていようと、種族の違うゼルフィルには、出来過ぎた異形の力は行使出来ないのだ。
正しくない使い方をすれば、遠くない未来、必ずガタが来る。

そう言い放ったユーサの言葉にゼルフィルは一瞬、ほんの一瞬肩を震わせたが、直ぐに何時もの自嘲を浮かべた。

「君がタスクを攻撃した時に気が付いた。君が人間じゃなく、ラルウァに近い存在だという事は。だから脳天を撃っても死なないし、幾ら傷を負わせても直ぐに治る」
「……」
「そしてタスクの力を貴様が得た今、僕が生き延びるには貴様を殺すしかないって事。幸い、僕なら貴様を殺す事は可能だからね」
「そうですね」

ゼルフィルは、ユーサが構える黒い銃を一瞥する。

「《遺産[エレンシア]》に宿る月の力を放出させれば、確かに私は、当たった瞬間行動不能になるでしょう。残念ながら、私にはそれを逃れる術がない。ですが、」
「……が?」
「大人しく撃たれるつもりは、微塵もありません!」

タン。と、もう何度目か分からない硬質な音が谺し、それがユーサの耳に届く頃には、ゼルフィルは彼の直ぐ隣にいた。
懐に飛び込むと、素早く天に向かい真っ直ぐ拳を突き出す。
両手を組んでガードしようか、と躊躇うが、ユーサは結局背中を仰け反らせ避けた。

その反動を利用し、相手の脳天目掛け蹴り上げる。
しかしやはり、足は宙を蹴った。翼を出して上空に一時避難したのだ。

逃げるつもりは更々ないのか、暫く滞空した後ゼルフィルが、翼を消して着地する。右膝を折り一度深く座り込む着地は、落下の衝撃を防ぐ意味でも適切だ。

それまでの僅かな時間に、ユーサは既に銃を構え終えていた。銃は、月光を浴びて真っ白に光輝いている。

「《滅ビ唄》!」

ぱ――――――――――!

再び連射になった銃は幾度も小爆発を起こし、銃口からは、勢い良く弾が発射される。
跳弾した弾がゼルフィルの足の皮膚を擦ったが、彼は僅かに表情を強張らせただけで、動きを止める気配は見せなかった。
弾の力が発揮するには、その程度では足りないのだ。

その時――。

ガラアアァ!!

「!?」

何らかの物が崩れるような音を聞いたユーサは、反射的に音のする方を見やる。ゼルフィルも気になったのか、その間に攻撃を仕掛けようとはしていない。

目を向けた先には、部屋自体に変化はないものの砂煙が上がっているのが確認出来た。
予想出来る事態は、ただ一つ。だからこそユーサは、

「……………………は?」

と、自らの状況に似合わぬ間抜けな声を上げた。
ゼルフィルも、予想される事態と事の重要さに気が付いたのか、盛大に溜息を吐く。

「歴史建造物破壊、公的建造物破壊、不法侵入による罪状がつきましたね」

元々観光するには、結構面倒な手続きを踏まなければ入れない、歴史の解明に繋がる建物。不法侵入という点ではゼルフィル達も同罪だが、後でどうとでもなる。
それよりも、今しがた遺跡を豪快に破壊した者の罪の方が重いのは、明らかだろう。

「(あちらは……リスカの持ち場でしたね。一体何が……)」

彼女に何があったかは皆目検討がつかないが、直ぐに合流して状況を把握する必要がある。
出来る事なら、彼との戦闘には他人を加えたくなかったが――そうも言っていられない。

ゼルフィルは腕を掲げ、ゼイルシティでやったように合図の音を鳴らす。

「……作戦を変更します。各個武器を持ち、彼を捕らえて下さい。生きていれば、五体不満足でも構いません」
「――!」

ざっ、と決して少数ではない数の足音が鳴り、気が付けばユーサの周囲は、統一された服を纏う者達に包囲されていた。恐らく、彼らもゴーレムだろう。
一方ユーサは、新たな冷や汗が頬を流れるのを感じていた。

「(マズいな……)」

ゼルフィルだけを相手にしていれば、何とかなるとタカをくくっていた。が、新手となると、話は全く違ってくる。
ゴーレムの一体二体増えた位なら、勝てる自信があった。が、数は確認出来る範囲で二十はいる。背水の陣――いや、この場合は四面楚歌か。
武器も、スタンダードな片方剣から大鎌、弓と来れば、ユーサには勝ち目がないと言っても過言ではない。
銃の有利な間合いは、中距離から遠距離だ。

となると、一番妥当なのは隙を見て逃走を図る事、か。
そう判断しかけ、直ぐに首を振る。

「(逃げた所で、あいつ[ゼルフィル]が諦める筈もない。やるしかない)」

逃げられないなら、最後まで抗ってみせる。
ユーサは両手を交差し、精神を集中させた。召喚を行う気なのだ。

「天地の狭間に棲みし――」
「! させません!」

だが、詠唱に気付いたゼルフィルの大鎌が彼に飛んできたせいで、ユーサは中断せざるを得なかった。
バック転しながら退き、軽く悪態を吐くと銃を吼えさせる。やはりまともに召喚をするには、一対多では不可能だ。

「そんなナマクラ弾、当たらぬ!」
「続け!」

直線的な軌道を走る弾を避け、数人の兵士が奇妙な笑みを浮かべたままユーサを襲う。一番近いのは、槍の兵士か。
右に避けようと身体を動かすが、そちらにゼルフィルが移動しようとしているのを確認し、逆に動いた。

そのまま全力で部屋の端に移動し、柱の一本に隠れる。挟み撃ちをされたら終いだが、尽きた弾倉を替えなければ、応戦する事もままならない。

自分を追って大勢の兵士が雪崩れ込んでくる気配を肌で感じながら、素早く弾倉を替える。更に息を無理矢理整え、柱から一気に飛び出した。
飛び掛かってくる大剣兵と短剣兵の二人の内、大剣兵の腕を狙って二発撃つ。

ぱん!

「ぐっ!?」

腕に当たった衝撃と激痛で大剣兵は武器を手放したが、彼に集中したせいで短剣の攻撃に間に合わない。
更に、大剣兵の代わりにゼルフィルの大鎌も迫っていた。
刃は、直ぐそこ。

がっ!

「! っ……!?」

しかし、刃はユーサを貫く事なく、乾いた音を立てて地面に落ちる。その隣に遅れて落下したのは、人の拳大はある瓦礫。
一体何処から飛んできたのだろうか、その瓦礫はゼルフィルと短剣兵の腕を直撃し、骨への衝撃からくる麻痺によって武器を落とさせた。結果的に、ユーサを助けるようなタイミングに。

そして、そんな好機を彼が逃す訳がない。

ユーサは一瞬だけの小康に、再び詠唱を開始した。
今度は全ての言霊を紡がず、短い詠唱に集中する。攻撃力はかなり低下するが、そうでもしなければ間に合わない。

「激昂の業火を司りし帝王、此処に! イフリート!」

光が収束する。
目映い光が象った形に、色が映えた。
形容し難いが、真っ赤な肌に同じ色の髪――生き物自身が、揺らめく炎のようだ。

焔を司る、ジン族の精霊イフリート。シルフィ、ウンディーネに続く属性の象徴だ。

イフリートはその図太い豪腕を掲げ、自らを鼓舞させる。彼が逞しい胸板と拳を打ち付ける度に、空気と摩擦して発生した炎がちらついた。

『久々の外だ。思う存分、燃やし尽くす!!』
「今回は許可してあげる――その身に受けよ、神霊たる御霊の業火! 《猛ル狩人》!」

ユーサの声に応じるように彼らの周囲に陽炎が発生し、それがゼルフィルを始め兵士に向かって地面を疾走る。噴き出すように燃え上がる炎は、まるで空気を切り裂く幾本もの矢。

「っ……」
「うわっ!?」

ゼルフィルは直撃こそ免れたものの、やはり無事では済まず服のあちこちが焼け焦げている。兵士の何人かは、今ので再起不能になったようだった。
しかしその代価は大きく、ぜぃはぁ、と息を切らせたユーサも、かなり疲弊している。
短縮させた詠唱の代価は精神力と、魔力とは違う力。下級魔物なら未しも、召喚したのは強力な魔族だ。力のある魔物を呼び寄せた為、ユーサ自身に負担がかかったのだ。

「(――っ!)」

ドク、ン。
心臓が、疼く。まるでそれを鷲掴みにされたような、激しい痛み。

「(まだ……っ、まだ死ぬ訳には、いかない……っ!)」

がくっ、と地面に膝を付く。
力が拡散したせいでこの世界に留まれなくなったイフリートは、我が主を心配そうに見やりながら、静かに消えていった。

「もう終わりですか? 貴方は『トキワ』にはなれない。大人しく消えて下さい!」

激痛に動けないユーサを狙い、これで最後になるであろう大鎌の斬戟を繰り出そうと、ゼルフィルが動く。

『消えるのはお前の方だ、ゼルフィル』

刹那、ゼルフィルの胸部から鋭利な刃物が生えた。真っ直ぐな、片手剣の両刃の刃。
兵士は動いていない。ならば、この剣の持ち主は?
心臓を貫かれた彼は、ごふっ、と血を吐く。だが、月の力を帯びていないその剣では、半ラルウァ体である彼の命を奪う事は出来なかった。
ユーサも、目の前にある想定外の出来事に、唖然として声も出せない。

片手剣はずるっと嫌な音を立てながら抜かれ、支えを失ったゼルフィルは完全に地面に横絶えた。
そして――彼の背後から現れた姿に、先程とは違う意味の驚愕で言葉を失う。

立っていたのは、酷く曖昧な存在だった。
短い白髪に、対照的な色の黒い法衣。それらには何故か、赤黒い血液が付着している。特に、右脇腹辺りが酷い。
向けられるは、虚ろな翡翠の瞳。ただただ、機械的に周囲を映す。

ユーサが、呆然と呟いた。
知っている、だが有り得ない。

「カイ、ル……!?」

そう、彼は――。

右手に携えた片手剣を構え、曖昧な存在である彼はゼルフィルなど見向きもせず、召喚術で怯んでいる兵士らに向かった。ゆったりとした法衣を着ているというのに、その行動には無駄がなく、流れるような動作に目を奪われる。

自分が狙われているのを悟った兵士の一人は、自らの武器を水平に保ち片手剣を受け止めた。金属同士が擦れ合い、ガチガチ、と音が鳴る。

きぃん!

力の押し合いに発展させない彼は、片手剣を押し出し無理矢理相手のバランスを崩させた。不意に後ろへ傾いた体勢を整える為には、バックステップで距離を取った方が早い。
しかし――彼はそれを許さなかった。
後退した兵士に尚も近寄り、何の迷いもない一太刀を彼の体に刻み付ける。近くにいた他の兵士も、斬戟の餌食となった。
圧倒的な、強さ。

「っ……ば、化けモノ……っ!?」
『…………』

出血する腕を押さえ、自らを守る武器を落としてしまう兵士。
そのまま、ゼルフィルと同じように倒れた。

残ったのは、その曖昧な存在である男とユーサのみ。
だが、彼は自分を一瞥しただけで、斬りつけはしなかった。

彼は何かを話す事もなく、部屋の入口に近付く。
それは、丁度《月の間》に繋がる廊下だ。
一部始終を見ていたユーサは未だに驚きを隠せなかったが、彼の何か言いたそうな表情を見て、顔を引き締めた。

「……付いてこい、って事……?」

一言問い掛ければ、肯定を示す動作が返ってくる。そのまま、入口の先へと続く闇の中に進み、溶け込んでしまった。

「(今の……、間違いないよ、ね)」

取り敢えず、彼はユーサを助けてくれたのだという事だけは理解出来た。
朧気な記憶に眠る、一人の人物。
彼と、今の彼は容姿が瓜二つ。つまり、同一人物という事になる。
だが、一体何故?

促された通りに暗闇へ一歩踏み出せば、自分を待っていたかのように佇む彼。良く見れば、向こう側が透けて見え淡く輝いている。幽霊等の類いではないが、それに似たものだと分かった。

ユーサが出てきたのを認めると、彼は廊下の先へと動き始めた。歩き始めた、ではないのだ。丁度ドッペルのように、滑り出すような動きをしている。それで、やはり生身の人間ではない確証は取れた。
言葉は、ゼルフィルに止めを刺したきり一言も口にしない――いや、あの言葉も『口にした』とは言えない。鼓膜が響いて伝える声ではなく、脳内に直接響いて伝わる声だったから。

正直、疲弊した自分が作り出した幻覚なのではないか、とユーサは思う。
試しに脳に『消えろ』と命じてみるが、半透明な彼が消える事は無かった。これは、やはり夢ではない。

暫く歩いていると、不意に彼は動きを止め、ユーサを振り返った。そして、進行方向へ人差し指を向ける。

「……この、先? 一体何が……」

あるんだ、と問い掛けながら彼を振り向けば、そこは既に何もない空間になっていた。

がらん、と何かが落ちた音が響く。
音の正体は、何の変哲もない片手剣だった。
さっきまで彼が持っていたものとはまるで違う、申し訳程度に装飾がなされた剣。それを使っていた人物と言えば――。

直ぐに、思い出した。

「……せめてさぁ、何があるか位話してくれても良いんじゃないの」

体を蝕む疲労を表に出したくなくて、わざと文句をつけるユーサ。
一つ深呼吸をし片手剣を拾うと、彼が指差した方へ歩き出した。

そして、着いた先には。

先ず目の前に飛び込んで来たのは、様々な赤だった。
瓦礫に付着した赤、地面に影を落とした赤、血溜まりの赤。

更に、息が詰まるような濃度の、月の力。
これでは、それを体に溜め易い人間は直ぐに狂ってしまう。《遺産[エレンシア]》を持つユーサでも、吐き気に似た感覚に支配される位だ。

それを何とか押さえ込み、血溜まりの中心に駆け寄りながら眼を凝らす。

「(あー……やっぱり)」

柱に寄りかかって倒れているのは、少年だ。知らない子ではない。セレウグの弟分――クーザン=ジェダイド。今回の、あいつらのターゲットとされていたはずだ。

右脇腹から、刃物で刺されたのか夥しい量の血液が流れている。周囲のそれの乾き具合から見て、そんなに時間は経っていない。しかし、早急に治療をしなければ命に関わる。

「僕のじゃ、こんな怪我治せないけど……やらないよりマシか。天地の狭間に棲みし、慈愛なる神の落とし子。我の声に応じ現れ出でよ――ファナリィ!」

治癒能力を持っていない訳ではないユーサは、再び召喚術を行って仲間である魔物を呼び出す。

光は先程のイフリートよりも小さく固まり、中から真っ白な羽根を持った可愛らしい生物が現れた。
丸っこい体に短い手足、羽根は頭から生えている。長い尾に付けられた大小様々な宝石が、美しい。

天使の子供であると言われる、今は原石の輝きを持つ生物――これを、ファナリィと言った。

ユーサの前に現れたファナリィは、短い手を口許に当て、何処にあるか分からない首を捻った。

『きゅ?』
「治療。かなりヤバイみたいだから」
『きゅ~、きゅ』

ぱたぱたぱた、と羽根ではなく手足を動かし、ファナリィが返事を返す。
そして祈るようなポーズを取ると、治癒魔法特有の暖かな光がクーザンを覆い出した。
それを確認し、ユーサは手に持っていた物を見やる。

「(……何でカイルが、この子の剣に?)」

以前共闘した時に見ていたので、この片手剣が彼のものなのは知っていた。
だからこそ直ぐに気が付いたのだが、何故カイルがこれに取り憑いていたのかが分からない。

「(もしかして……カイル、この子の危険を僕に教えたくて、仕方なく現れたのかな……)」

『きゅ~……』
「! ファナリィ?」

悲しそうな表情を浮かべて服を引っ張る使い魔に気が付いたユーサは、思考を遮ってそちらを向いた。
短い腕を精一杯伸ばして指したのは、クーザン。

分かってはいた事だがやはり、力が足りないらしい。血は止まったようだが、傷口はあまり塞がっていなかった。
ファナリィが悲しそうな顔をしているのは、自分の力が通用しない事を嘆いているせいだろう。

「あー……気にしないで、特殊なだけだから」
『きゅ……』

召喚術が使えようと、呼び出した魔物の力が強かろうと、所詮自分はサポート程度の力しか引き出せない。トキワの力を使えるとはいえ、それが魔法の効果を高める要因にはならないのだ。
もっとも今までなら召喚を使わなくても勝てたし、それ以上を求められる戦闘は、忌々しい事にゼルフィルとザルクダ位しか思い付かないが。

クーザンの怪我の具合を見るに、自分の力ではこれが精一杯なのは、分かっている事だった。

「参ったなぁ……」
「全く参ってなさそうな表情して、何言ってんねん。なぁ、兄ちゃん?」
「!」

独り言を呟いたつもりだったユーサだが、返答があった事に驚き背後を向く。
そこには、背の低い黒髪の少年が立っていた。

「お前は……!」
「初めまして、かいな。兄ちゃんと会うんは初めてやからな」

素早く立ち上がり距離を取ると、話しかけてきた人物と向かい合い睨み付けた。左手は、既にベルトのホルスターに手をかけている。
ファナリィはクーザンの前に移動し、彼を守るように立ち塞がった。

「……サン。いや、貴様……ソーレだね? この子を傷つけたのは、貴様か!」
「あ? 何の……」
「惚けるな!」

がっ。

少年――サンの胸ぐらを掴みあげ、ゼルフィルに向けたような陰湿な瞳を向ける。
暫くきょとん、とした表情になったサンは、だが直ぐに、普通の人間相手なら背筋に悪寒を走らせそうな笑みを浮かべた。
ユーサには、流石に効かないが。

『……。これはこれは、横暴だな? それにしても、カイルを誘き出して殺せたと思ったら、序でにその狗まで現れるとは。運が良いのか、それとも悪いのか』

次に聞こえてきたのは先程迄のサンの声ではなく、それよりも幾分落ち着いた声音だった。訛っていた言葉でもない。

「話を逸らすな!」
『何故逸らす必要が? お前はここで死ぬ。そこのガキと一緒にな? 冥土の土産位、くれてやる。代わりに、それと残りの《遺産[エレンシア]》の在処を吐いて貰うが』

サン……否、ソーレが飄々とした態度で見やるは、ユーサの腰のホルスター。イコール、《遺産[エレンシア]》だ。

「誰が……!」
『拒否権はない』

ぱちん、と指を鳴らされた一瞬後、ユーサは首筋に刃が当てられたのを感じた。
掴んでいたソーレの胸ぐらを解放し、同時にその場から飛び退く。
勢い良く振り抜かれた剣は宙を斬り、空気が両断される音を立てる。

周りを包囲するのは、予想通りゴーレムの集団だった。一、二体だがラルウァの姿も見える。

「……うわぁーお」

あまりにも不利な今の状況に、ユーサは気の抜けた声を上げた。こちらは一ラウンドやらかした後だ、どう考えても倒し切れない。
その上、背後には未だに意識を取り戻さないクーザン。まぁ、気が付いたとしても満足に戦えはしないだろう。
彼を守りながらだと、必然的に隙が多くなる訳で……。

「(覚悟……決めるかー)」

ひとつ溜息を吐き、何時もなら最終手段、または予備として所持している短剣と、ホルスターの銃を抜き放つ。

第二ラウンドが開始したのは、それから直ぐだった。

NEXT…