第31話 本物と偽物

「で、問題の啼き声だが……そん時に聞いた海神リヴァイアサンの啼き声に似てんだ。多分、間違いない」
「……ちょっと待て。そしたら、まさかリヴァイアサンがこの遺跡に出現していると言う事か!?」

半ば興奮したように問い掛けているのは、やはり学者の血が騒ぐからか。
未知の生物への期待に胸を膨らませるイオスに、ドッペルは顔を歪ませる。

「多分な。でも、良い事なんて一つもないぜ」
「どういう事だ?」
「もしリヴァイアサンが復活しているのなら、それは《月の力 フォルノ》の封印が解かれている事になるんだ」
「封印……?」

伝承を調べていた時には聞き覚えのない言葉に、イオスは再び首を捻る。ウィンタは自分には分からない話と割り切っているのか、何も口を挟まず、黙って聞いているようだった。

「《月の力》は、俺達魔物やお前らが使ってる魔力よりも、遥かに濃密な力なんだ。それが、リヴァイアサンに力を与える。奴だけじゃない、ラルウァや他の魔物にもな。ディ――、月の姫が持つ力は、そん位強大なもんだ」
「それは確かに、封印して然るべきものだな」
「実際、そいつを浴び過ぎたリヴァイアサンが暴走して、バハームトを襲った訳だしな」
「え? 月の姫の力は、結局カイルの力によって解放されずに済んだんじゃないのか?」

最も有力な伝承では、《ソーレ》という少年が月の姫に力を解放するよう脅したが、神官カイルの力によって彼は倒されたという話だ。
しかし、ドッペルは首を横に振る。

「確かに、その時は解放されなかった。問題はその後だ」
「……《空白の時間》」
「その通り。残念ながら、その後に何らかの理由で《月の力》が解放され、リヴァイアサンとバハームトは戦う事になった」
「君でも、分からないのか?」
「あぁ。俺はあくまでも魔物だからな。そんな人間のやる事、一々気にしてられない時期だったんだ」

大袈裟に肩を竦め、ドッペルは言う。

「……さっきから、その《月の力》が濃くなってる気が拭えないんだ。神殿中に、濃密な力が漂っている。リヴァイアサンがいても可笑しくない」
「その、封印はどんなものなんだ? 私が以前ここに来た時、そういった類いのものは見当たらなかったが」
「詳しくは分かんね。俺も深く関わってた訳じゃないし」
「そうか……」
「ただ、確実に何かが変わってる。来た時と、今と力の濃淡がはっきり違うからな。多分満月のせいでもあるけど」

そこまで言うと、ドッペルは息を吐き小休止した。流石に、歩きながら話し続けるのは厳しい。

「イオス、学会に発表はするなよ。俺からの話だけじゃ、確実性はないからな」
「分かっている。もっと詳しく調べなければ、例え発表しても邪険にされるだけだ」
「宜しい。……所で、何か変な臭いしないか?」

ドッペルは自らの鼻を押さえ、左右の部屋を見渡す。さっきから通りすがる部屋は必ず調べていたのは、それがあったかららしい。

「臭い? いや」

イオスは二、三度鼻を動かしてみるが、変化は感じない。しかし、人間と魔物で気配やそういったものの敏感さを比べれば、天と地の差程もある。

「こっちだな」
「ユーサはどうする?」
「アイツなら暫くは大丈夫だろ。今のとこ、呼ばれる感覚もねーし。それより、ちょっと行ってみようぜ」

ドッペルはイオスの問い掛けにあっさり返し、道を逸れた。それだけ、ユーサを信頼しているのだろう。

取り敢えず彼に付いていこう、とイオスはウィンタの方へ向き直る。

「済まないね、帰れるのはまだまだ先になりそうだ」
「仕方ないですよ、こんな状況じゃ」
「誰かに合流出来れば良いんだが、な……。セレウグか、クーザン君辺りに」
『イオス!』

のんびり会話を交わしていると、ドッペルが慌てた様子で帰ってきた。ユーサの姿ではなく、霊体で。

『早く来い! 餓鬼が血塗れで倒れてる!』
「何だって?」

イオスが駆け付けた場所は、酷い有り様だった。
煉瓦が敷かれた地面は真っ黒に染まり、至る所に灰も広がっている。

「これは……」
『先ず間違いねぇ、ラルウァに襲われたな。それも一匹二匹じゃねぇ』

ラルウァが死ねば、黒い血が溢れて周囲を穢す。人間が浴びれば皮膚は焼け爛れたようになり、飲めば即死の毒だ。

その向こう側に、彼らは倒れていた。ドッペルが言った通り、遠目から見ても身体中血塗れで、ぴくりとも動かない。

「おやおや、若いのに無理をしたみたいですね」
『若いから無理出来るんだろ。お前と違って』
「失敬な。私だってやろうと思えばやれます」
『どうだろうな。って、話してる暇があるなら回復してやったらどうなんだよ』

不毛なやり取りをしている暇があるなら救命を、とドッペルが促す。確かに、その通りだ。

「ですねぇ。ドッペル、周りに敵の気配は?」
『今のとこ、ない』
「じゃあ、見張りを宜しくお願いします」

イオスは急いで彼らの元へ近付き、詠唱を開始した。
何故か一人だけ離れた所で倒れていたが、魔法が届かない訳ではないのでそのまま発動させる。

「尊き命に救済を――《リザレクション》!」

少年達をイオスが治療し始めたと同時に、ドッペルは地面にあるものを見付けた。
拾い上げてみると、鳥の羽根に見える。魔物の羽根にしては、かなり大きい。

『(……月の力? まさかこれ……)』

ドッペルは倒れている少年達の方を見やり、直ぐに頭を振った。

『(……んな訳ないか)』

まさか、奴までここにいるはずはない。そう思い直し、彼は見張りを続けた。

   ■   ■   ■

『え? これ、僕のですか?』
『あぁ。……私は多分もう、永くない。お前には、何から何まで迷惑を掛けっぱなしなのだが』

そう言う相手の手には、鈍く光る鉄の塊があった。彼の白い肌と比べれば、そのずっしりとした印象を抱く黒は、より一層恐ろしさを増す。

それを受け取ると、自分が不敵な笑みを浮かべるのを感じた。
青年の、途方もない時を生きてきた木々を思わせる、美しい翡翠に向けて。

そして、その木々の名を持つ己は、銃を暫く観察し、呟きながら弄ぶ。

『何を今更……君が謝るなんて、月が三回回って落ちる位に愉快で不吉、到底あり得ない現象ですよ?』
『……何だ、その犬みたいな阿呆のする行動の喩えは』
『あくまでも喩えですよ? 何時もなら、姫の言い付けだけ伝えてさっさと帰っちゃうじゃないですか』
『お前は、』
『ん?』

青年は頬を軽く掻くと、何かを言い出そうとして口をつぐんだ。

束の間の、沈黙。

『……いや、良い。何でもない』
『ちょ、何ですか。気になるから言え!』

だが青年は、結局頭を振り何も答えず曖昧にはぐらかすと、己に銃を託しただけで背中を向けかけた。そこには、少なからず哀愁が漂っている。
だから――

それが、彼との最期の戯れだった。

   ■   ■   ■

「気分悪いなぁ……」
『うーん、おかしいな。やっぱ、あん時と何か変わってるよな……』
「……」
『ユーサ?』

その呟きに丁寧に返すドッペルだが、直ぐに黙り込んでしまった契約者の名を呼ぶ。彼の表情は、不機嫌そのものだ。
いや、不機嫌と言うより警戒と不快がない交ぜになった、戸惑いのある表情と言った方が適切か。

イオスと別れ、ユーサはずんずんと神殿内部を歩いていた。
侵入者を阻む為か複雑に絡み合う造りになっている廊下と部屋だが、彼は然程迷わずに、神殿の最奥部へと向かっている。
まるで、元から知っているかのように迷いのない行動だ。

「「ぎゃしゃぁ!!!」」
『お、魔物……』

横の部屋から飛び出してきた鎌鼬とレッドキャップに、ドッペルは直ぐ様臨戦態勢を取った。

その瞬間、パァン!と何かが弾けた音と共に、頬ギリギリを銃弾が通り過ぎる。霊体である彼の頬が本当にそこなのかは、判断し難いが。

銃弾は真っ直ぐレッドキャップの心臓部を仕留め、持っていた斧を残して消え失せる。
あまりの出来事(主に自らの命の危険)に放心状態のドッペルの背後では、つまらなさそうな表情を浮かべたユーサが銃を携えていた。銃口からは、紫煙が立ち込める。

「……何してるの、ドッペル」
『はっ! ゆ、ユーサ! 今のは危なかったぞ!?』
「君霊体なら当たらないでしょ」
『いやいやいや今の白弾だったしあと一ミリずれてたら確実に頬持ってかれた!』
「バレてたか。悪かったよ」

挙動不審な彼の台詞に、まぁ本当に危なかったのは認めるので、ユーサは謝った。

ドッペルが構える後ろで、ユーサはホルスターから自らの武器――黒い銃を手に取り、発砲したのだ。
衣擦れの音さえも警戒させる事なく、攻撃を仕掛けたユーサの射撃の腕は、素人と言うには優秀過ぎる。たった数年修行を積んだ若年者には真似出来ない、体に染み付いた動き。

しかし、ドッペルはそちらに疑問を持つ事はなく、焦りを通り越した存在しない首を捻る。

そこへ残った鎌鼬が、牙を露にして良く斬れそうな脚の刃を振り回した。
軽く跳んで避け、引金を絞る。戦闘中に気を抜くのは、自らの危険を招くのだ。

『ユーサ、』
「まだ鎌鼬倒してないから、後でね。倒さないと面倒」
『あぁっ! 忘れてた』

パァン、パァン!

二回続けて放たれた銃弾は、漂う二体の鎌鼬の額に、吸い込まれるように撃ち抜かれた。
鎌鼬は絶命し、粒子になって消える。

ユーサは銃から立ち昇る煙を全て吐き出させ、弾倉を新しいものと取り替えた。今ので、丁度空になった。
次に安全装置をかけて、腰のベルトに引っ掛けているホルスターに仕舞う。この作業も、侵入してから一体何度繰り返したのだろうか。

すると、下手すれば体よりも長い腕を力なく垂らし、項垂れるドッペルが口を開く。

『……すんません』
「何が?」
『いや、何となく』
「別に……ドッペル何もしてないじゃん」
『二つの意味に捉えられるんですが、その台詞』
「ま、次は気を付けなよ」

そう返すと、ユーサは再び歩き出す。
ドッペルも置いて行かれないように慌てて歩く――というより、滑りだした。

周囲の雰囲気は、既に神秘的を通り越し、恐怖を覚える位の静けさだ。
壁に取り付けられた燭台が、月光を反射するせいで青白く光っている。廊下は、入口辺りよりも幾分広い。中心部が、近いのだ。

ユーサは腕を組み、辺りを注意深く警戒しながら進む。

彼はしばらく無言で、ただ足だけを動かしていた。ドッペルも話し掛ける話題もなく、ユーサに付いていく。
だが最奥に近付いた頃、ポツリと話し掛けた。

『ユーサ』
「何?」
『ひょっとして、ゼルフィルの気配が近いのか? さっきからピリピリしてるよな』
「!」

ドッペルの問い掛けに、ユーサの歩みが一瞬乱れる。図星らしかった。さっきから、何となく様子が可笑しいように思えたのだ。

溜息を吐き、ユーサは相手に向かって肩を竦める。

「多分。僕のゼルフィル嫌いセンサーが激しく警告を鳴らしているよ」
『ユーサさん、例えが馬鹿っぽいよ』
「うん、今のは僕も阿呆だと思った。だから、この苛々を早くあの変態馬鹿野郎で発散してしまいたくて、うずうずしてる」
『……(散々な言われようだな)』
「それにしても、何で分かっちゃうかな。普通にしていたのに……」

ユーサの台詞に、ドッペルはあの銀髪の青年を思い浮かべ同情した。
しかし、彼とゼルフィルの関係を振り返れば、仕方のない事なのかもしれない。

「まぁ……別に、ゼルフィルじゃなくて他の奴でも良いんだけどさ。蜂の巣にするのは変わらないから」

再び歩き出したユーサは、辺りをキョロキョロと見渡しながら話す。
やはり、落ち着きがない。何時もなら面白可笑しく弄られているはずのドッペルも、その様子には目を白黒させるだけだ。――赤いが。
平和なのは良いが、彼を相手にそう感じるのは、逆に怖い。

その刹那、ユーサが目を見開いた。

「!」

ガキィ!

咄嗟に、足のバネをフルに使ってその場を飛び退く。着地した地点で、神殿とユーサの影が交わった。
一瞬後、並外れて高い神殿の天井から落ちてきた鎌が、ざくっ!と廊下の煉瓦の隙間に突き刺さる。衝撃で、僅かに鎌がぶれた。

魔物は、一例を除いて基本的に武器は持たない。
ならば、この鎌は誰かの武器と考えるのが妥当だ。ユーサは、自らを狙う敵で鎌を武器とする人物は、一人しか思い付かなかった。その姿を探して、周囲を見渡す。

そして、思った通りの人物の声が、上空から届いた。

「おやおや。鎌を落としてしまいましたか」
「気を付けろ。只でさえ重いのに、刃まで付いてるんだから。ゼルフィル」

天井を仰げば、蝙蝠の二対の翼を背中に生やした銀髪の青年――ゼルフィルが、ユーサを見下ろしていた。
紺色のマントをはためかせながら地上に降り立つと、羽根の具現化を解いて赤黒い眼を向ける。

「全く……馬鹿と何とかは高い所が好きだと言うけど、その通りだね」
「隠す所を間違ってますよ?」
「つい本音が。――で、もう僕の目的は分かってるだろうから言わないよ。君は、何しに来たの。そっちから来るとか、珍しい」

腕を胸の前で組み、油断なく澄んでいる群青色の瞳をゼルフィルに向ける。そこには、僅かな油断さえ見逃さないという強い意志が映っていた。

ゼルフィルは背後に続く、10メートル先は暗くて良く見えなくなっている廊下の先を一瞥しながら、微笑を浮かべる。

「この先に行かれると、こちらも困りますから」
「ふーん……」

という事は、恐らくこの通路の先で、何かが起こっている。
実際、先程から感じている月の力はそちらからの物が一番濃いし、この先は間違いなく“月の間”だ。

ユーサは曖昧な返事を返しながら、ドッペルの気配がない事に気が付いた。
自身の影に潜った様子も見られない事から、恐らくはこの場から退いたのだろう。確かに、ゼルフィルとの戦いに手を出されたくはなかったが――ドッペルのクセに、空気を読んだと言うのか。

「(まぁ、イオスさんの方も怪しいし……そっちに行ったかな)」

戦力は減ったが、ユーサにとってはむしろ好都合だった。
これで気兼ねなく、相手を殺せる。
ゼルフィルもそれには気が付いているはずだが、次に口にしたのは全く関係のない言葉だった。

「……こうやって合い見えるのも、一体何度目でしょうか。貴方とも、長い付き合いになりますねぇ」
「…………」
「野暮な事を言いますが、まだ元気そうで何よりです。私の心配は、今は杞憂に終わりますね」

過去を憂えるかのような口調で呟いたゼルフィルの纏う雰囲気が、張り詰めたものになる。

ユーサは手を横に振って見せ、敢えて呆れたような口調で返した。

「……生憎、まだまだ動きますよ、と」
「そうですか。なら」

地面に刺さっていた大鎌の柄を手に持ち、一気に引き抜く。
その瞬間を狙って、ユーサはホルスターに仕舞っていた銃を抜いた。
一瞬で安全装置を解除し、ハンマーを下げ、引金に手を掛ける。
照準も、相手の頭部に合わせた。後はこの引金を引けば、銃弾はゼルフィルの頭部を貫き、破壊するだろう。

しかし、同時に大鎌の切っ先が、彼の項を捉えた。もし撃っていれば、力をなくして倒れるゼルフィルの重さに引っ張られた大鎌の刃が、ユーサを首と胴体に斬り分けている。
倒れれば、の話だが。

二人はそのままの状態で動きを止め、互いを睨み付ける。
どちらかが相手を仕留めれば、自らも命を落とす為迂闊に動けないのだ。

「相変わらず、速いですね」
「速さは自信あったんだけど? 僕」
「それは、悪い事をしました」

自分達の置かれている状況にも関わらず、二人は暢気に会話を交わす。少しでも気の緩みを見せれば、自分の命が危ないと言うのに。
「答えろ。タスクは何処だ」

ぐっ、と引金にかける力が強くなる。
ゼルフィルは数日前の、ゼイルシティでの事を思い出したのか、双眸を細めて同意した。

あの時は、「記憶を無くしていた」と偽っていたセレウグが邪魔をしたお陰で、撃つ事が出来なかった。
今は、誰もいない。自らが最も殺したい人物と、二人きり。

改めて問うユーサに、ゼルフィルは答える。

「いませんよ。この世には」

ぱん!
返事を聞くや否や、ユーサは引金の残りを引くと銃弾を発射させた。ゼルフィルが僅かに顔を反らし、大鎌を引き寄せる。

だが鎌の刃は僅かな衝撃の後空を斬り、先が地面に当たって煉瓦を砕く。
撃った瞬間、ユーサが右腕に着けている、弾倉を入れたポーチを刃にわざと当てさせたのだ。先程の衝撃は、その弾倉と刃が当たったものだった。
その隙にユーサはしゃがみ、真っ二つを免れたという訳だ。
外れた銃弾は、歴史的建造物である神殿の壁に当たって跳ね返った。もしイオスを始めとする学者がここにいたら、保存がどうとか壊すと太古の資料が、と言い出しそうだ。
だがいない今、二人には、最早眼中にない事である。

「どういう、事?」

瞳に獰猛な色を浮かべながら、ユーサが訊き直す。最初の彼と今の彼は、同一人物ながらに別人のような印象を受けた。

大鎌を振り抜いたような格好のままであるゼルフィルは、大袈裟に肩を竦めると口を開いた。

「タスクが、ラルウァ共を作る要因なのは知っているでしょう」
「……タスクが生み出してしまうラルウァを破壊する為に、僕がいる。知らない訳がない、忌々しい呪いだよ!」
「その通り。要は、その力を取り込みたかったんですよ。ラルウァは人の成れの果て、ゴーレムよりも強力な存在。そんな素晴らしい戦力を、私達が見逃すはずはないでしょう」
「そんな事の為に!」

ギリ、と歯を噛み締めながら、ユーサが激昂する。

近年、正体不明の全身真っ黒な異形の生物の出現が目立っていた。
それは必ずしも、月の力に関係する場所に現れる。碑、遺跡、そして――それを知らずの内に宿す者の近くに。
碑には、造り上げた古代人の力が宿っている。同様に、その人物らが一堂に介していたという、遺跡にも。

かつて、そんな怪物を意のままに操り、作り出し、破壊していた人物がいた。
それが、ユーサ『達』を苦しめた存在だった。

「何とでも言えば良いじゃないですか。力に恵まれて生まれた貴方に、出来損ないの気持ちなんて分からないでしょうし」
「あれは、行使してはならない力だ! 人間の命を弄び、侮辱し、蔑む人道最低最悪の! だからこそ、タスクが何れだけ苦悩してたか」
「それこそ、知った事ではありませんよ! 人間である、貴方の考え等!」

そこで、ゼルフィルが初めて感情を露にした。
ユーサが知っている限りでは、この男がこうやって叫ぶのを見た事はない。何時だって、冷徹で嫌味な微笑を浮かべた表情しか見せないのだ。ある意味、自分とは正反対の性格をしている――と、思っていた。

だが今の彼には余裕などなく、餌に餓えた魔物を思わせる濁った瞳がそこにはあった。
犬歯を擦り合わせ、ギリ、と歯軋りの音が鳴る。

「貴方達が、その力を恐れているのなら――私はそれを利用するまで。そう考えたからこそ、タスクを捕まえて喰らったんですよ……!」

大鎌を振り上げ正位置で構えると、ゼルフィルが地面を蹴って突進するように向かって来た。彼にも、ユーサにも、最早余裕は見られない。

ユーサは彼の足元に数発撃ち込み、直ぐに弾倉を交換し装填する。その間にもゼルフィルが大鎌を振り回して来たので、避けるのが精一杯だ。
その上、悪い事は連続して起こる。

「っ!?」

後退った地面に運悪く瓦礫が転がっており、それに気が付かず踏みつけたユーサはバランスを崩す。
がくっ、と膝が曲がった。
ゼルフィルはその好機に、一度大鎌の刃を向け、背筋が凍るような冷笑を浮かべる。

直後、地面を蹴り一瞬で彼の懐に潜り込むと、大鎌を引き寄せるように振り上げた。
その大鎌は、僅かに赤みがかっている。

前の動作に続けての振り下ろし、袈裟という連撃は避け続けていたのだが、そろそろ体力も限界だ。
「っ――!」

ザン、と勢いよく斬られた。
脳に焼けるような激痛が走ったと同時に、斬られた腕に手をやる。辛うじて体を反らした為、胴体を斬られるのは免れた。

痛みは尚も続いているが、血はあまり出ていない。確かに斬られた筈、と直ぐに後退してその箇所を見れば、焼けたように爛れている。これは、

「《輪舞する炎[ロンドファイア]》!」

その傷の状態により、ユーサはひとつの事を思い出した。

これは、ゼルフィルの得意とする技のひとつで、自らの武器である大鎌に炎の力を宿らせ、斬り付けるもの。
先程感じた痛みは比喩ではなかった。寧ろ、正しかったのだ。
大方斬ると同時に皮膚が焼け、傷口が塞がれたような状態になった為に、あまり出血しなかったのだろう。
過去に受けた事のある技を再び喰らってしまった苛立ちを舌打ちで紛らわし、直ぐに立ち上がる。
ゼルフィルは再び、炎を宿した鎌をユーサに振り下ろしてきた。飛び退いた大地に刃が刺さり、砂が焼け焦げる。

「逃げるばかりでは、楽しくありませんよ!」
「言われなくても!」

ゼルフィルの挑発とも取れる台詞に、ユーサは敢えて乗った。
右腕のポーチではなく、腰のベルトに仕込まれた内ポケットに手をやり、そこから先程とは若干形が違う弾倉を取り出した。
まだ使い切っていない弾倉を排出させると左手に持ち、もう一方のものを填め込む。
かちっ、と機械的な音を発した銃を構え直し、引金を引く腕に力を加え、

両者、動きを止めた。

オォ、ォン……。
神殿の何処かから、魔物の声が響いて来たのだ。それも、啼き声からしてかなりの大物。

ユーサは――いや、二人はその啼き声の持ち主を知っていた。

「リヴァイアサン……!?」
「……始まりましたか」

ゼルフィルは炎が消えた大鎌を構え直し、空を見上げた。
丸い形をした満月が、赤く見えている。

「何でリヴァイアサンが! どういう事だ、ゼルフィル!?」
「私は、時間稼ぎの駒だったと言う事ですよ。月の力解放の為の」

銃を構えたまま叫ぶユーサに、ゼルフィルは肩を竦め呆気なく答える。

「リヴァイアサンが現れたという事は、今頃神殿中に凶暴化した魔物が、獲物を求めてさまよっています。序でに、私が予め作っておいたラルウァも」
「まさか……封印を壊したって言うのかい!?」
「その、まさかです。何らかの力によって封印されていた《ディアナ》の月の力は、今封印から解き放たれ、漂っています。鍵がなかなか見付からなくて困ってたんですよ? まさか、あんなものに隠されていたなんて。記憶を辿れば、呆気ないものです」

つまり、敵対組織の中枢を担うゼルフィルでさえ、月の力を解放する為の布石に過ぎなかった、という事か。
そして彼の言葉を信じるなら、ユーサのもう一つの目的は、果たせない。

「(セーレの奴何処までヘタレてるんだよ!? 封印が解かれてるって事は……!)」

心中でかつての仲間に悪態を吐きながら、ユーサは再び銃をゼルフィルに向けた。期待していた訳でもなければ想定もしていなかったが、そう言わずにはいられない。
ここからは、本気の殺し合いだ。

「……タスクの苦しみと、僕の怒り。それら全て、貴様に刻み付けてやる……!」

使い切った弾倉を取り出し、再びそれを銃身にセットする。そして、敵意を剥き出しにしたまま地面を蹴った。

NEXT…