第24話 吐いて良い嘘、悪い嘘

「ラルウァには極力近付いちゃ駄目だ!」

ユーサ(と言うらしい)が新しい弾倉をセットしながら、叫ぶ。
近付けと言われても、あんな怪物に近寄る気にはなれないな――そう思いながら。

短い打ち合わせの後に、先ずはラルウァと呼ぶ怪物を倒す事になった。兵を倒しても、また復活するからだ。
とは言え、それを狙っている間も兵士は攻撃してくる。それは、クロスとサエリが引き受ける事となった。

リレスが自身の呪杖を掲げ、呪文を唱える。本人曰く花が象られた呪杖の、中心部に埋め込まれている赤い宝石が光を集めた。

「穢れ無き白よ、彼の者達に時間の加護を! 《アクティブ》!」

前衛に移動していた彼らの足下に、円陣と文字が描かれた魔方陣が現れ効力を発揮する。
彼女の補助魔法で身体が軽くなったように感じたクーザンとセレウグ、ドッペルとホルセルは、迷う事なくラルウァに向かっていった。

クーザンはラルウァの攻撃がギリギリ届くか届かないかの位置で足を止め、一旦剣を鞘に収める。
目を閉じて精神を集中させていると、ラルウァが攻撃範囲に入って来た気配が感じ取られた。

その一瞬を狙い、

「《光破》!」

鞘から剣を一気に引き抜き、そのまま横に一閃。確かに羽根に当たったのだが、

「「ぐええぇえ!!」」
「効いてない……!」

ラルウァはそのまま自分に向かって突進してきたので、慌てて飛び退く。辛うじて衝突は免れたが、突進時の風で少しバランスを崩した。
そのクーザンに再び向かうラルウァに、

「させっかよ!」

ホルセルが大剣で翼の攻撃を防ぐ。ギリギリと一進一退するが、僅かにラルウァの方が力が強いようだ。
もう後少しで押し返されてしまう、そう思った瞬間、何処からか声が聞こえた。

「ちゃんと避けるんだよ!」
「へ?」

声が聞こえた方を見ると、ユーサがこちら側のラルウァに狙いを定め、武器を構えていた。
但し、先程まで彼が持っていた黒光りする銃ではなく。

「(あれ!? あの銃って……)」

何処かで見た覚えのある、白い銃だった。

ぱん!

銃から放たれた銃弾は寸分違わず額を貫き、ラルウァが苦しみに悶える。
銃弾の大きさの穴が空いた場所から、目映い光と何か黒い液体が吹き出し始めた。

「二人とも離れて! それを浴びたらヤバいから!」
「うわわわっ」

ラルウァだった物体から吹き出す液体も、黒い色。触れば何の害があるのかは分からないが、触らないに越した事はない。
取り敢えず、一匹は片付けた。残りの一匹は、セレウグとドッペルの二人が応戦している。
どうやら、先程ゼルフィルに浴びせた呪いを今度はラルウァにかけているようだが、暴れている事に変わりはなかった。

「これで、終わりっ!」
「「があアぁあァあああ!!!」」

ユーサが再び白い銃を構え狙いを定めると同時に、ラルウァが戦慄く。
幾ら本物の鳥ではないとしても、その姿は怪鳥と表現出来る程禍々しく。その鳴き声は例えるなら、地獄からの呻き声に等しい。

そんな鳴き声を近い位置で聞いた一同は、頭が割れるような耳鳴りに反射的に耳を塞いだ。

「うわあぁっ!?」
「頭が……っ!」

そして、例え知能がなくとも、そんな好機をラルウァが逃す筈もなく。
ラルウァは鳴き止み、膝をついたクーザンに真っ直ぐ向かってきた。

空気抵抗を少なくする為に羽ばたきを止めて羽を直し、鋭い嘴を全面に押し出す姿は、正に弾丸。
降り続ける雨などお構い無しに、かなりのスピードが雨粒を弾いていた。

「クーザン、避けろ!!」
「ちっ、余計な事を!」

辛うじて顔を上げたセレウグが、そのラルウァの動きに気が付き、またドッペルは瞬時に影に潜りラルウァを追い掛ける。が、間に合わないのは明確だった。

クーザンはまだ耳鳴りが残る頭を無理矢理上げ、後50メートルというタイミングで自分がラルウァに狙われているのに気が付いた。
避けなければ――そう頭では分かっているのだが、先のラルウァの鳴き声が脳の平衡感覚を狂わせたらしく、身体が思うように動かない。
あと、25メートル。

『――動け』

「!?」

突然、何処からか声が静かに響いた。仲間の誰とも違う、しかし懐かしく思える声音。
声は淡々と言葉を紡ぐ。

『貴様は死ぬべきではない。生きて、貰わねば困る』
「だ……誰だよ」
『受け取れ……我が愛しの――』

「クーザン、避けろぉー!!!」

叫ぶ事で耳鳴りが余計に酷くなるが、そんな事はお構い無しにホルセルは叫ぶ。仲間のピンチなのだ。
あと15メートル、彼ならまだ避けられるはず。しかし、クーザンは俯いたまま動かない。
雨のせいで身体が動かないのか。

『――御出座しか』
「!?」

不意に、ホルセルの耳に声が届いた。
辺りを見回すが、仲間達は絶体絶命のクーザンの方に目が行っていて誰も話し掛けた素振りは無かった。

そして、距離は残り7メートル。クーザンが動いた、ような気がした。

ズバァン!

一瞬。
ついさっきまで時間はかなり遅く流れていたのに、この何かを斬ったような音が耳に届く前後のそれは早かった。
ラルウァは中心から両断され、飛んでいた勢いのまま公園の木々に追突し、黒い血を吹き出した。

そして、斬った本人――クーザンは、淡く輝く剣を鞘に納めずに、こちらに右目だけを向けた。

「――っ!?」

違う。
ホルセルは、直感的に目の前のクーザンが、彼じゃない、と察した。

「(クーザンは、あんな冷たく、何もかも絶望したような虚ろな目はしない!)」

背筋に悪寒が走り、金縛りに遭ったかのように体が動かない。
と、クーザンの翡翠色の瞳からそんな気配が消え、何時もの彼のものになる。

「……あれ、斬れた」

台詞からも、さっき感じたような冷たさは微塵も感じなかった。
寧ろ、今の今まで絶体絶命の危機に陥っていた奴の言う事じゃない。

「クー……ザン……? だよな?」
「え? 何言ってるの?」

何時ものクーザンだ、間違いない。なら、さっきのクーザンは……?
『御出座しか』って、さっきのクーザンの事か?
いやそもそも、あの声は誰だ!?

普段あまり使わない頭で様々な疑問を繰り返し考えたが、残念ながらホルセルに答えを出す事は叶わなかった。

「アンタ達、終わったの? 一応こっちは片付けたけど」
「どうやら二回は蘇生出来ないようだな……助かった」
「うっし、何とか凌いだなー」

離れた場所で戦っていた仲間もこちらに集まり、口々に安堵の息を吐いた。
クロス達が引き受けてくれていた不死の兵士達は姿が見えず、灰も見当たらない。
戦っていた間に、雨足も少し弱くなっているようだった。

「クーザン、危なかったな! オレひやひやしたぞ?」
「っわ、セーレ兄さん止めて」

セレウグが笑顔を浮かべてクーザンの黒髪をぐしゃぐしゃにする。やられる本人は、そんなに嫌がっていない気もするが。
その時、ユーサが二人の様子を複雑な表情で見ていた事は、ドッペルとリレスしか気が付かなかった。

「……ドッペル、行こうか」
「ん? ああ」
「! ユーサ」

黙っていたユーサがドッペルと共に去ろうと踵を返し、それに気が付いたセレウグが声を掛けた。
彼は半ば面倒そうに振り向くと、口を開く。

「セーレ、今日は君も忙しいだろうし僕らはさっさと帰るよ。……精々頑張って真実を話す事だ」
「待てよ! つか、バラしたのオマエの癖に逃げんなよ!」
「知らない。バラしたの僕じゃないし。――ドッペル!」
「あいよ」

掛け声と共にドッペルの体が光り出し、それが止む頃には美しい白銀の龍が姿を現していた。雄々しく背中の翼を羽ばたかせながら、地上に降り立つ。

「……あれ?」

それを見たホルセルは、妙な既視感を感じる。
が、どう考えてもそんな龍は見た事はないし、そもそも龍という崇高な存在にさえ会った事はないのだ。そんな素晴らしい存在に会ったら、忘れられないと思うのだが。

乗り込もうとユーサが龍に手を掛けると、またもやそれを止めるように声を掛けられる。

「お前、あの時の奴か?」

クーザンだった。

「……何の話」
「策略の碑。白い銃で、さっきと似たような怪物を倒したマントを被った奴――お前だったのか?」

あれはアラナンに建っている《策略の碑》での事だった。
ラルウァに襲われて苦戦していた一行を助けるように現れた、マントを被った人物が持っていた銃とユーサのさっきの銃は、一緒だった。

「……別に、ドッペルに乗ってたらたまたま見かけただけ。助けた訳じゃないよ」
「お前、誰なんだよ! 何で俺達に味方する!?」
「だから、味方してる気もないんだってば。……もう行くよ。僕、雨嫌いなんだ」

二度も撤退を中断されたせいか、機嫌の悪いユーサが怒鳴るように叫んだ。
最後にセレウグがもう一度名を呼んだが、それにはもう返事さえせず、ドッペルゲンガーが変身した龍に乗って、雨の空へ去って行った。

一行は早い内にサエリの家に戻り、冷えた身体を温める為に順番に風呂に入った。
順番を待つ者は、レイニィが淹れてくれたホットミルクを飲んで寒さを凌いでいる。
その間、皆無言だった。

夜には雨はすっかり止み、雲がかかった月が煌々と輝いている。
満月までは、あと二日。

   ■   ■   ■

「悪かったな」
「……仕方ない、だろ」

夜。
クーザンとセレウグの二人は、ゼイルシティの景色が良く見える場所に立っていた。

セレウグは手摺に後ろ向きになり、体重を預けている。クーザンは全く逆で、手摺の上に手を置いている。

話の内容は、当然セレウグの『記憶喪失のフリ』の事だった。

「大方――俺が皆に何も言っていないまま一緒にいるって気が付いたは良いけど、セーレ兄さんの事がバレたら俺の事もバレると思ったんだろ」
「ま、そんな所だ」
「……逆に作用しちゃったみたいだけどね。多分、皆俺を疑ってる」

実際、クロスやサエリは結構頻繁に自分の様子を伺うように見ていたのにクーザンは気が付いていた。
……そろそろ、潮時か。

「騙すんじゃなかったな。だけど、言ったら言ったでまた面倒だったろ? 違うか?」

肩を竦めながら自嘲気味に笑うセレウグは、ガリガリと頭を掻く。
それを一瞥したクーザンがまた町の景色に視線を戻し、

「やっぱり、嘘は下手くそだ。セーレ兄さんは」

そう呟いた。

「……え」
「自分が言いたくないって、正直に言えば良いのに。セーレ兄さんが頭掻いて笑うのは、困ってる時か嘘吐く時だ」
「……」

自分の癖を指摘され、セレウグは黙り込んだ。
暫く二人の間に沈黙が落ち、風の音だけが耳に届く。

「……クーザンがオレを拾った時さ、」

ポツリ、と呟くようにセレウグが口を開いた。その表情には、さっきまでの陽気な明るさはない。

「怪我、してたろ」
「まだ目が治らないしね」
「ああ。負けたんだよ、アイツらに」

改めて本人に言われると、やはりショックだった。
幼い頃から付き合いのあったセレウグは、クーザンからすれば『強いけど優しい兄さん』というイメージが染み付いている。旅の道中、度々衝突したゼルフィルやスウォアも、正直に言えばセレウグよりは弱いと思っていた。
何度も、「兄さんがいてくれたら」と思う事さえある。
世界からも頼りにされるワールドガーディアン達ならば、勝てると思っていた。

だが、セレウグはゼルフィル達に負けた、と認めた。認めてしまった。
なら、アイツらは一体誰が勝てるのか。

「そんでさ、オレ……ザナリアを守れなかった」
「!」

力無く呟かれた言葉は、震えていた。
クーザンの位置からでは、元々隠れている顔半分は見えないが、泣いていると分かった。

「アイツだけは守る、そう約束した……のに、守れなか、ったんだぜ。ホント、情けない、よな。ザルクダも、ザナリアも、皆……っ」
「……」
「なのに、オレはのうのうと生き延びて……理由は分からない。分からないけど、何でオレが生きてるんだって、何で他の奴らじゃないんだって!! それを考えたくなくて、記憶が無くなってるフリをした! お前の為なんかじゃない、オレ自身が、忘れてしまいたかったんだよ……!」

グローブを嵌めていない拳に力が籠り、赤くなっている。ここに来て、抑えていた悔しさと悲しさ、戸惑いが一気に爆発してしまったのだろう。

声を押し殺して泣くセレウグを直視する事は流石に気が引けるので、クーザンはぼんやりとゼイルシティを見続けていた。

「……そう、姉さんも……」
「……っ、すまん……っ。お前とも、約束してた、のに」
「セーレ兄さんのせいじゃない。相手が悪かった、そう思うしかないんだ」

そう言えば、横の気配は一瞬身体を強張らせた……ように思う。

いっその事、罵れば良かったのだろうか。しかし、クーザンはそんな気にはなれなかった。

一方、クーザンとセレウグがいないサエリ宅の、男性陣に与えられた部屋では。

「やはり奴は、只の傭兵ではなかったな……」
「ま、薄々そんな感じはしてたけど」

クロスとサエリ、ホルセルが話していた。リレスは、少し体調が優れないようで一足早く休んでいる。

「学校でも、アイツ何かと人に関わろうとしてなかったし……ユキナとウィンタ以外と一緒にいるのは見た事も無いわ。もっとも、アタシとクーザンのクラスは違ったけど」
「手合わせとはいえ、戦う訓練を受けている力馬鹿を退ける剣術を持ち、ガーディアンを『兄』と呼び人と関わろうとしない……。ここにきて、一気に謎になってしまった」
「……」

クロスとしては『力馬鹿』を厭味のつもりで横にいる相棒に向けて言ったのだが、当の本人はぼんやりと宙を見つめている。

「……」
「ホルセル?」
「……」
「おい」
「……! へ?」

あまりに反応がないのでサエリが目の前で手を振ると、漸く反応が返ってきた。

「へ?じゃないわよ。さっきからぼんやりとしてるわよ、らしくもない」
「あ、悪ぃ……」
「……何かあったか?」

クロスが何かを察したのか、はたまた長い付き合い故に何らかの勘が働いたのかは分からないが、彼にしては少し控えめに訊いてきた。
ホルセルは一瞬躊躇うように視線を逸らしたが、直ぐに口を開く。

「……『有名人と、仲良くなりたいとか思う?』」
「え?」
「祭りの時、クーザンが訊いてきたんだ。そん時はただ訊いてきただけだと思ったんだけど……今思えば、少し寂しそうな顔してたな、と」

祭りと言えば、この一つ前に寄ったブラトナサでの祭りの事だろう。
サエリは最初の内に抜けたので知っているはずはないが、「あぁ」と軽く相槌を打ってくれた。

「……セーレさんの事だったんだ」
「確かに、三年前の彼とは少し変わっていたから気が付かなかったが……」

クロス達とて、ワールドガーディアンの面々と面識がない訳ではない。

リーダーとされる少年がジャスティフォーカスの構成員だった事に加え、数年前まだ彼らが有名でない頃にはしょっちゅう顔を合わせていたのだ。
当然セレウグにも会ったし、話した事もあったのだが……雰囲気がガラリと変わっていたせいもあり、クロスでさえ全く気が付かなかった。ホルセルは論外だろう。

しかし、人間がたった三年の間に変わるものだろうか?

何だか気まずい雰囲気が場に流れそうになった時、不意に機械音が響いた。
慌てて音源を探ると、テーブルの上に置かれているパーソナルノートだった事に気が付く。どうやら、何かを受信しているらしかった。

開いて見れば、受信しているのは通話だ。
送信先は――。

『こら、さっさと出らんか馬鹿共』
「っ、ハヤト先輩!?」

クロス達の上司とも言える、ジャスティフォーカス捜査課長のハヤト=ドネイトその人だった。不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、画面の中から三人を見ている。

捜査課長の彼自らが、只の一構成員であるホルセル達に連絡が来るのは珍しい事ではある。

『ったく、折角吉報を伝えてやろうと思ったのによぉ』
「すまない、話に集中して……吉報?」
『あぁ。行方不明者の内二人を保護する事に成功した。ネルゼノン達の功績だ』

ネルゼノン、と聞いて僅かに顔を歪めるが、それよりも、確かにこの情報は吉報だと言えた。今まで何処にいるかも分からなかった行方不明者を発見出来たのだから。

一方ハヤトの話を聞いたサエリは、掴みかかる勢いで画面の彼に叫ぶ。

「ちょっとアンタ、その行方不明者って誰よ!?」
『ん? ……お前は?』
「魔導学校の生徒です。事情があり同行させています」

見慣れない人物が現れた為か、ハヤトが一瞬警戒の表情を向ける。クロスが答える事によって、その表情も直ぐに消えたが。

『成程。嬢ちゃん、名は?』
「サエリ=ノーザルカ。いなくなったレッドンとアークの友人よ」
『そうか。……で、保護された行方不明者だが。その前に、お前らは何処まで把握している?』
「何処まで……と言うと?」
『まず行方不明者から行こうか』

早く答えを聞きたいのだが、生憎彼は答えなければ話してくれないようなので仕方なしに思い出す。

第一の事件、リカーンでの少女が行方不明に。これは、ホルセルの妹リルの事だ。
第二の事件のトルシアーナでは、一気に3人。アークとレッドン、ユキナがいなくなった。

そこまで話すと、ハヤトが頭を振って口を開く。

『その後で、同一犯と思われる者によりピォウドの襲撃、そしてアラナンの少年の失踪が起こっている』
「何ですって!?」

ピォウドの件は知っていたが、アラナンの話は初耳だ。

『アラナンから消えたのは、鍛冶師見習のウィンタ=ケニストだ』
「――! 嘘だろ……!?」

今まで沈黙していたホルセルが、知っている名前が出た事により動揺の声を上げた。時期を考えて、自分達が去って暫く経ってからだ。

『……知り合いか』
「ああ。旅の道中、ホルセルの剣を修復する為に寄った鍛冶師の工房にいた。別の同行者の友人だ」

ついさっきまで話題にしていた少年を思い出し、クロスが答える。新たな被害が判明したと言うのに、彼はあくまでも冷静な態度を貫いていた。

『何故捕まったのかは判明していない。それ以前に、奴らに捕まったのかさえ曖昧なままだ』
「……多分間違いない。ウィンタは、捕まったんだ」
『ほぉ? そう思う理由を聴かせて貰おうか、ホルセル』

そして、三人はあーでもない、こーでもないと言いながらハヤトに今までの経緯を説明する事になる。

説明が漸く今日――いや、昨日の話になる頃には、既に日付は変わっていた。

「ただいま……。?」
「あれ、話し中か」

クーザンとセレウグが戻って来た時、三人が話を中断し一斉にそちらに注目した為少し後退りする。
それにより、セレウグはパーソナルノートの画面に誰がいるのか見えてしまった。ハヤトの方も、角に写ったセレウグを見て目を見開き、

『……あっ!?』
「……げっ」

互いに驚きの声――セレウグのみ悪戯が見つかったような声だが――を上げる。

『セレウグ! お前、一体今まで何処ほっつき歩いてやがった! いや、その前に何故そいつらと一緒にいるんだ!?』
「い、いや、その……」
『言い逃れは許さん! さっさと吐け』

狼狽するセレウグを横目に、まだ状況を理解していないクーザンにホルセルが「オレらの上司」と説明した。

ガーディアン達の中心となるザルクダ=フォン=インディゴは、ジャスティフォーカスの組織の一員。成程、セレウグがホルセル達の上司と知り合いでも何ら違和感はない。
それで納得したのか、口を挟む事なく傍観している。

「ハヤトさん、ちょっと待ってくれよ」
『何だ』
「もう深夜だ、詳しい説明はそっちに行った時に話すから……」
『それを俺が認めると思っているのか馬鹿者』
「いや、えーと……」

セレウグとしては、まだクロス達に話すには心の準備が出来ていないので出来れば見逃して欲しかった。それに多分、ショックを受けて戦えなくなってしまうし。

まさかそれを言う訳にもいかず、しどろもどろになって話を逸らそうとする。
そんな様子のセレウグを見てハヤトも何かを察したのか、呆れたように溜息を吐く。

『……。分かった』
「へ?」
『そういう事か。なら仕方ない。……士気が下がるのは、こっちも願い下げだ』

まさかハヤトが退いてくれるとは思わなかったセレウグが気の抜けた声を出し、画面を凝視する。
他の4人は、「え、テレパシー? 読心術?」と突っ込みかけていたが。

『さっき言った事忘れるなよ。……それと、お前らが訊きたがっていた、保護した行方不明者だが』
「!」
「誰なんだ?」
『アーク=ミカニスと……リルだ』
「リルが!?」

ホルセルが一気に明るくなるが、クーザンやサエリに気が付いて直ぐに真面目に戻る。

『あいつは人見知りが激しいからな、お前らに合流させようと思っている。……ルナデーア遺跡は知っているな?』
「ルナデーア!?」

知っているも何も、一行が次に向かう場所である。数日前のスウォアや、昨日のゼルフィルの台詞からして、遺跡に何かあるのは確実だ。
その事を伝えるとハヤトは更に眉を潜めたが、何も追求はしなかった。

『丁度良い。そん時合流してやれ』
「分かった」
『で、セレウグ。お前、逃げたら承知しないからな』
「は……はい……」

それだけ言うと、ハヤトが一方的に通信を切断したらしく画面が暗転した。セレウグが凄く青い顔をしているが、誰も気付かない。

「じゃ、アタシはもう戻るわ。遅いし」
「あ、あぁ」
「明日は直ぐに出発する。ルナデーアに、明後日の夕方迄には着かなければならないからな」
「分かったわ。……明日?」
「間違えた。今日、だ」

了解、と苦笑しながらサエリは隣の部屋へ戻った。
クーザンが、何だかんだ言いつつもクロスとサエリは仲が良いように見えるよな……と、こっそり思ったのは言うまでもない。

そして、ホルセルは困っていた。

「(クーザンに、言うべきだよな……ウィンタの事)」

ウィンタはクーザンの親友。捕まったとなれば、やはり伝えるべきだと思う。
だが、何処か心の奥で「言ってはいけない」と思う自分がいる。何故かは分からない、ただ嫌な予感だけがそこを渦巻いているのだ。

しかし元々、ホルセルは嘘を吐くのが苦手だ。
隠し通せる自信はない。

「じゃあ、寝ようか。今日も早いんだろ?」
「そうだな。特にお前は寝起きが悪いしな」
「……悪かったね」

うじうじ考えていると、ホルセル以外の皆は既に寝る準備万端だ。

結局、クーザンに伝えるタイミングを逃したホルセルが言い出す事はなかった。

運命は、動き出したのだ。いや――「動き出して」いたのだ。
役者は、既に揃いつつある。月の夜の演奏会に向けて――。

NEXT…