第20話 破壊への足音

「人を迎えに行く?」

ギレルノは、今しがたディオルに言われた事を反芻させる。

四人は、数日前にピォウドを離れダラトスクで任務を終了し、ソルクの街へ移動している途中だった。ギレルノの折れた腕は魔法で増幅された治癒力によって既に完治している。後遺症は幸いにも残らなかった。

「そ、追加任務。ソルクの入国審査所に寄って、そこにいる人を連れてきて欲しい、そういう内容」
「偶然私達が近くにいたから、ハヤト先輩が連絡してきたの」

ディオルとエネラの言葉に、ギレルノは僅かに眉を潜める。
その彼の珍しい行動に、二人は首を傾げたようだ。ネルゼノンだけは、何の反応も返さなかった。

「出来れば……ソルクには行きたくなかったが、仕方がないな」
「え? ギルの故郷じゃないの?」

ギレルノの言葉が意外だったのか、エネラが驚いたように訊く。確か前に訊いた時、言っていた筈だ。それとも、記憶違いだろうか?
戸惑うエネラを横目に、ギレルノはふいと顔を逸らし、一言

「……察してくれ」

とだけ返してきた。

「えぇ?」
「ま、誰にだって言いたくない事の一つや二つあるさ。エネラ、足元注意しないとコケるよ」
「大丈夫ですぅ」
「何も中まで入る訳じゃない。相手は審査所の待合室にいるって言われたから、長居はしないさ」
「……分かった。なら、付いていこう」

本当に気分が乗らないようだが、本来彼らは任務に従順でいるべき組織の一員、仕方ないとしか言えない。
ギレルノは憂鬱になりながらも足を動かし、先ずは目の前の道を辿る事に専念する事にした。

「……しかし、一体その人物は何者だ? 何故俺達のような迎えがいるんだ」
「さぁ……ハヤト先輩の話だと、『お前らでないと、お互い居辛いだろうからさっさと行ってこい』って事だったんだけど」
「居辛い?」
「益々謎よねぇ。ワタシもう分かんない」

クスクスと零しながらも、エネラはギレルノとは反対に足を弾ませていた。

それからひたすら白い道を歩いていると、今現在の目的地であるソルクの国の壁が見えてきた。
ソルクは、炭鉱が多い事で有名であり、魔力を帯びやすい鉱石が豊富なお陰で、それを求めてさ迷う魔物にも襲われやすい。
故に、国を囲む壁は他の国の物よりもずっと強固に造られており、中の住人達を魔物から守っている。

そして、一番危険なのは、

「グギャウ!」
「ヴヴォ……」
「ウルフとゴブリン!」
「ギルとエネラは下がれ!」

入国直前と、直後。

国に襲撃しようと周囲を彷徨いている魔物がいる場合が多いのだ。国から出る時は緊張しながらの為対処しやすいが、国に着く直前は油断が伴う為、襲われる例がある。

突然道の前に現れたウルフの群れとゴブリン二体も、恐らくソルクに行こうとしていた魔物。
ディオルの言葉に、打たれ弱い術師二人に退くよう指示したネルゼノンは、腕に装着しているグローブから鉤爪を引き出させた。
ディオルは持っていた杖のロックを外し、仕込まれた刀身の細い刀を出す。
エネラとギレルノは何時でも動けるよう、自身の武器を構えていた。

「っは!」
「ギャウ!」

先ず動いたのは、ディオル。
素早くゴブリンの懐に侵入し、刀を一閃させた。切っ先は相手の腹部を切り裂き、吹き出す粒子が触れる前に後ずさる。
隣では、ウルフ二体を鉤爪で薙ぎ払ったネルゼノンがもう一方のゴブリンに向かっていた。
エネラは箒を掲げ、攻撃魔法の詠唱を開始。

「崇高なる神々の怒りを受け給え! 猛ろ雷鳴、駆けろ稲妻――《ジャッジメントサンダー》!!」

空の雲の隙間に電気が走り、ガラガラと轟音が鳴り始める。直後に空から稲妻が落ち、ウルフ数体とディオルによって弱ったゴブリンに命中し、それらは光の粒子となって消えた。
雷はホーミング式になっている為味方には安全なのだが、敵に近づいている前衛の者は誤って当たる場合がある。ネルゼノンはその恐怖を幾度か味わっているのだが、
見ている限りでは今回も若干危なかったようだ。

「あ、危ね……」
「あとアレだけよ!」
「りょーかい」

残りのゴブリンとウルフを瞬殺させ、四人は無事に戦闘を終えた。かいた汗を拭い、本を下ろしたギレルノにエネラは声をかける。

「ギレルノ、出番なかったね~」
「別に……召喚は使わないで良いなら使いたくない」
「だね。さ、ソルクへレッツゴー!」

目的地まではあと少し。
一行は、再びソルクを目指して歩き始めた。

   ■   ■   ■

一方クーザン達は、ブラトナサの街で食料調達ついでに情報収集をしていた。

クーザンはあれから体に変化はなく、ホルセルは朝ちゃんとベッドに眠っていた。血塗れにはなっていなかったが、皆が彼の寝坊を珍しがっていた。
そして、案の定彼は夜の事を覚えていない。クーザンがそれとなく訊くと、

「昨日はホラ、クーザンと居辛かったから街ふらついてて、日付が変わったら帰ろうと思ってて……公園のベンチでうつろうつろしてたとこから記憶がないんだよな。あ、昨日はその……ごめんな」

と返ってきた。気にしないで、とだけ告げ、再び聞き込みに戻る。

一体どういう事なのか。
また謎だけが増えてしまい、クーザンは溜息を吐いた。

「どうしたんですか? 溜息を吐いたりして」
「え? あ、いや、何でもない……」
「?」

溜め息を吐いたのをリレスにバレたのに気が付き誤魔化すと、再び街を見回す。
相変わらず、色んな種類の占いの旗が一面に立ててある。流石は占いを研究する魔導師の国だ。

――魔導師?

そう言えば、誰かが魔導師だった気が……。

「あ、そういやリレス達の知り合いって魔導師の男子だったよな?」

ホルセルが、クーザンが考えていたのと同じ事を口にした。

が、サエリとリレスは少し困ったような顔をし、目を合わせた。サエリだけは若干、迷惑そうな表情を浮かべていたが。

「アイツはこの国には帰らないよ」
「え?」
「レッドンは、確かにこの国出身なんですけど……国が嫌いなんです」
「故郷が嫌い?」
「理由は私にも分かりませんが……」

これ以上は私達には、と謝るリレスに気にしないよう言うと、彼女は更にしゅんとしてしまった。
性格上、仕方ない。

「あ。それで、次ゼイルには行くのか?」

クーザンは次に気になっていた事を訊く。

「ゼイルは……本当に何もないわよ?」
「でも、碑を見るなら訪れた方が良いかと思います。ほら、何か気になりますし……」
「そうなんだが……」

確かに、今まで碑が建っていた場所には、必ずと言って良い程魔物――もしくは化物が生息していた。次もそうだと言う可能性はないが、完全にないとも言えない。

しかし、クロスが言葉を濁した。何時も物事をはっきりと言う彼にしては、かなり珍しい。

「あら? 行かないって言うの?」
「……いや、行くが……」
「???」
「……ま、行ったら何か分かるかも知れねーし、行こう! はい決まった!」
「相も変わらず勝手に決めたねホルセル」

クロスをおいて決めたホルセルにしっかり突っ込みを入れ、同時に溜め息を吐く。
今日は何回目だろうか。

   ■   ■   ■

「着いた!」
「お疲れ~」

ネルゼノンが壁を見上げながら声を上げ、ディオルが労う。四人は早速審査所に入り、中にいる職員を捜し始めた。
審査所の職員は実はジャスティフォーカスの軍課の者達である。
軍課、と見分けが付くのは、必須着用である黒い軍服と帽子のお陰。一応建物内なので帽子は外している者も多い。

因みに捜査課は、トップの人物自身が制服嫌いな為、着用しなくても良いようになっている。職権乱用ではないと思う、多分。

「こんにちは!」

そんな中で、誰に声をかけたら良いのか迷っていた一行に話しかけた人物がいた。
黒い軍服に帽子、少し頼り無さそうな顔付きをした青年。少なくとも、ネルゼノン達よりは年上のようだ。

「とある人物を迎えに来たのは、君達で良いのかな?」
「はい。えと……」
「カナイ=アラレイ。本名霰石奏生です。ハヤトさんに話をしたのも僕です」

よろしく、と言って差し出された右手に慌てて握手をするネルゼノン。と、ディオルが横から質問をする。

「ハヤト先輩と知り合いですか?」
「うん。彼とは僕が軍課の下っぱの頃からの付き合い。……とは言うものの、今だって下っぱだけどね」

たはは、と力なく笑うカナイ。
そう言う彼の胸元には、《准尉》の地位を示すバッジが光っていた。軍課の仕組みがどうなっているのかは分からないが、本人が言うのならそうなのだろう。

「付いてきて。迎えに来て貰った彼の所に案内するよ」
「はい」

ここで話も何だからという彼の提案で、四人はその人物がいる部屋へと向かう。

審査所の中は至ってシンプルに造られている。
普段出入りする住人達から見えるのは、備え付けられた待合室と入出国管理カウンターのみ。
そのカウンターの後ろにある職員用階段を上り、二階に上がる。

二階は今は人気がなく、シンとしていた。五人分の足音だけが響く。この、独特の静けさと緊張感はいつになっても馴染めそうにない。
カナイがある部屋の前で足を止めたので、四人も同時に立ち止まる。
部屋のプレートには、『謁見室』と書かれていた。

「入るよー」

必要最低限なノックと挨拶をしてドアを開けるカナイに多少呆れたものの、四人も続いてドアを潜る。

直後、

「おにーちゃん、おねーちゃんっ!」
「きゃっ!」
「あ……リルちゃん!?」

エネラ目掛けてタックルをかまして来たのは、彼らも良く知る人物。
白色の少し特徴のある髪型の少女。ネルゼノン達の同僚の少年の妹で、行方不明になっていたリルだった。
ネルゼノン、エネラ、ディオルが驚いていると、中にいたもう一人の少年が立ち上がって礼をしながら挨拶を口にする。

「こ、こんにちは……」
「……もしかして、アークっていう奴か?」

ネルゼノンが不躾に訊く。
目の前の少女と少年――リルとアークは、何日も前から行方不明になっていた筈だ。
それなのに、何故ここに?

「詳しい話は彼から聞いて。僕は次に行かなきゃならないから、後は君達に任せる。行く時は下の誰かに一言かけて行ってね。じゃ、気を付けて!」
「ありがとうございました、カナイさん」
「うん、幸運を祈る!」

バイバイ、と手を振って、カナイは本当に退場していった。余程急ぎの仕事でもあったのだろうかと、少し申し訳なく思ってくる。

残された一同は、取り敢えず自己紹介を簡単に行った。今から少しの間とは言え共に行動するのだ、名前が分からなければ不便である。
最後に今まで黙っていたギレルノに視線が集まると、一つ溜め息を吐いて、

「……ギレルノ=ノウルだ」

と短く名乗った。
すると、アークは驚いたように目を見開く。

「イノリさんと同じ名字……?」
「! イノリに会ったのか?」
「うん、ボクらを助けてくれた。キミだったんだね」

思わぬ所で出てきた自らの妻の名前に反射的に訊き返したギレルノだったが、直ぐに渋い顔をする。

「またか……無茶していないと良いが」
「ボクらが道端で倒れているのを見付けて、家に匿ってくれたんだ。でも、何かイノリさんの家に誰か来て、それが追っ手だと言われて、ボクらは家を離れた。どうしようか悩んで、取り敢えずジャスティフォーカスに頼ってみようと思ってこっちに来た」
「そしてオレらに依頼が来たって事か……」
「取り敢えず詳しい話は、ピォウドに行く途中で聞きましょう。今は、早くここを離れた方が良いかも」
「……申し訳ないけど、ボクもそれに賛成だよ。ボクらを捕まえた敵がまた襲って来ないとも限らないし」
「ああ。早速行くか」

何とも落ち着かない旅だと誰もが思ったが、良く考えてみればいつもの事だ。既に慣れてしまっている。
アークとリルを加えた六人は、再びピォウドを目指す為に審査所を出た。

辺りはあと二時間もすれば暗くなってしまうが、明日迄に目的地に着くには早めに移動した方が良い。幸い買い足すものも見当たらなかったので、直ぐに移動する事にしたのだ。

「あの……」

ふと、アークが隣にいるギレルノに話しかけた。
身長はギレルノの方が高いので、アークは必然的に少し上を向く形になる。

「何だ」
「えと……どっかで会った事ないかな?」

彼の問いに、ギレルノは僅かに目を見開いた。

ギレルノはアークに会うのは本当に初めてだが、心の何処かで『彼を知っている』と訴えてくる何かがあった。ただそれは根拠のないぼんやりとしたもので、『何となく』そんな感じがしたのだ。
とは言うものの、一体何処で会って知ったのかは分かる筈もない。
それを訊いてきたという事は、彼も何処かで会ったような気がしているのだろう。

「いや、ない」
「だよね……? 何でだろ」
「なぁアーク、一体誰に捕まってたんだ?」

ネルゼノンが横槍を入れてきたのでこの話はうやむやになってしまったが、まぁ気のせいだと思う事にしたギレルノは、彼の問いに考え込むアークから視線を外した。

「えっと……ボクは多分、首都に連れて行かれそうになってる時に途中でリルちゃんと逃げたからあまり分からないんだけど……。金髪の人に襲われたんだ」
「金髪?」
「男の人で……ボクに似てた。でも、ボクらはこうして逃げられたけど、ボクと一緒に捕まったレッドンはそのまま……」

しゅん、と落ち込んでしまったアークにかける言葉が見付からず、結局は「大丈夫」「無事だよ彼も」と月並みの言葉しか掛けられない。

しかしアークは直ぐに立ち直り、とんでもない事を口にした。

「そうなんだ、アイツらの目的なんだけど――」

   ■   ■   ■

ツンツン頭の短い黒髪を揺らしながら、黒と白のコントラストが目立つ服装の少年は歩いていた。

「ったく、何でワイがパシられなアカンのや」

少年――サンがいるのはブラトナサ。
同胞に届けてきて欲しいと頼まれ、遥々やってきたのだ。
届け物は、普通の手紙。
郵送を待っていては間に合わないし、元々相手は動き回っていて特定した住所がないのだ。
故に、一番動きやすいサンが手紙を届ける事になったのだ。

「面倒……さっさと終わらせて帰るわ」

そう呟き、彼はある宿のカウンターに向かっていった。

   ■   ■   ■

「神を呼び寄せて、大陸を沈めるだぁ?」

テーブルに置いてある灰皿に煙草の灰を捨て再びくわえたハヤトは、眉をしかめて繰り返す。

あれから1日歩き通しピォウドに着いた一行は、直ぐにハヤトの元へ報告に向かった。
そしてアークが、昨日ネルゼノン達を絶句させた話をハヤトに話している所だった。

「ボクにも詳しくは分からないけど、そう言ってたんだ。お伽噺を知っていますか?」
「どの話だ」
「《月の姫》。人間の身勝手さに絶望したソーレが引き連れていたリヴァイアサン、それに匹敵する神を呼び出す為に、《パーツ》と呼ばれる人々を集めてる、そんな感じだった」
「……何つー狂信者だ」

もう殆んど残っていない煙草を灰皿に押し付け火を消す。
そのまま考え込むように顎を組んだ手の甲に載せる。

「で、お前さんやリル、今も行方不明の奴らは、奴ら曰く《パーツ》だって事か」
「多分……」
「そもそも、神を呼び出すのに何故人間が要る……? 人柱にでもする気か?」

それは皆が疑問に思った事だった。
普通生き物を召喚するには、召喚者本人の魔力が必要になる。

魔力を行使して異世界――に限った事ではないが――とのつながりを築き、出来た道を通って呼び出された者がこちらの世界に現れる。
だが、今の話だと、まるで神を召喚する儀式の準備をしているように感じる。

と、ふと思い出す。

「この前のギレルノの召喚……リヴァイアサンを召喚した時、ギレルノは倒れたよね」
「正しくは俺が伸した」
「う……でも疲弊はしてた。じゃあ、普通の召喚師が同じようにリヴァイアサンを召喚しようとすれば、どうなるんだろう?」
「それは、多分魔力が足りなくて、……そうか!」
「へ?」

ディオルの質問に普通に答えようとしたハヤトだったが、途中で気が付いたのか手を打った。
ネルゼノンとエネラはポカンとしている。

「あの召喚は、俺の体力、生命力、魔力をフルに使ってやっと出来る物だった。瀕死だった俺があのまま召喚していれば、只では済まなかったと思う。お前達は、俺の魔力の包容力が異常に高いのを知っているだろう」
「えと、つまり?」
「つまり、《パーツ》は魔力が高い人の事じゃないかって事!」

ギレルノの説明でも分からないネルゼノンに、ディオルが結論を口にする。

しかし、ハヤトは頭を振った。

「いや、それだと何故こんなに人が連れ去られてるのかが分からない。ただ魔力を集めるのなら、炭坑に行くなりすれば直ぐに集まる」
「うーん……」

ハヤトの尤もな意見に、再び唸り出した一同。

そんな中口を開いたのは、アーク。

「……三年前」
「え?」
「三年前からなんだ。ボクが、可笑しな力を使えるようになったの」
「可笑しな力?」

ハヤトの言葉に力強く頷き、アークが話し出す。

「ボクは、昔の記憶がないから本当の所どうなのかは分からないけど、光魔法と闇魔法、殆んどの種類の魔法が使えるんだ」
「光と闇?」
「魔法は本来、天使は闇を、悪魔は光を使えないとされてる。けど、ボクは何故か使えるんだ。三年前に国の外で無意識に魔法を使った時、それは闇魔法だった。それ以前は使おうとしても反発して発動すらしなかったのに」

確かににわかには信じられない力だが、それが何に繋がるのか。
しかしハヤトは、「待てよ」と言って黙り込み、やがて口を開いた。

「リル」
「?」
「お前、初めて草木の声を聞いたのは何時だ?」
「九つの時だよ」

これはもうジャスティフォーカスの中では周知の事実だが、リルには「命あるあらゆるもの」と話す事が出来る力がある。
簡単に言えば、草木や動物達と話せる、そういう事だ。

それよりも、彼女は今十二才。
九才と言えば、三年前に値する。

「……ホルセルもだな」

ハヤトがぼそりと溢す。
その呟きは、ディオル達には聞こえなかったらしい。

「で、ギルも《パーツ》……」
「もしかして、三年前に何らかの理由で特殊な力を得た人物の事を《パーツ》と呼んでるって事か?」
「多分、いやそうかもしれない。ただ、断定は出来ない」
「……」

黙っているギレルノには気が付かないハヤトは、煙草の箱を手に取り新しいそれを取り出し、火を点ける。ふぅっ、と煙を吐き、

「兎も角、ご苦労だった。今日は疲れただろ、もう良いぞ」
「はぁい……」

話の終わりを告げ、明日またこの部屋に集まる事を告げると皆を解散させた。

翌日。

ピォウドの街で配られた新聞記事には、“またもや神隠しか!? アラナンで少年消える”と書かれていた。
アラナンからの情報では、事件が起きてから暫く経っていた。

「は――……」

一般市民はまだ起きてこない時間、夜勤だったハヤトは机の上で溜め息を吐いた。
目の前には、パーソナルノート。
『大変そうですね、そちらも』
「ああ……またジャスティフォーカスは何をしてるんだ、って来るぞ。ウザいんだからな」
『心境察します。所で、とうとう奴らが動き始めています。次の満月に、事は起こる』
「次……四日後か」

電話の相手は優雅にカップを手に取り、中に入っているコーヒーを一口飲んでから返す。

『はい。ハヤト、貴方はどうされますか? 私と息子は行きます。他の子達も向かうかと思われます』
「勿論行く……と言いたいが、生憎その日は外せない会議が入ってる。行けん」
『そうですか……』
「俺の分頑張ってくれ」
『私は見てるだけなんですがね。取り敢えず分かりました、と答えておきます』

そこで、通話は途切れた。

「は――……」

無意識に、さっきと同じ量の溜め息が漏れる。

それから数時間後、同じ部屋にはハヤトだけでなく昨日のメンバーが集まっていた。
ゆっくり休めたのか、皆昨日程疲れは見えない。

「また任務?」
「あー、今回のは個人的な頼みだ」
「ハヤト先輩から、僕達に?」

ディオルが、ハヤトの言葉に怪訝な顔をする。まさかそんな事を言われるとは思わなかったからだ。

「ああ。潜入捜査」
「また物騒な」
「まぁ聞け。四日後に、ルナデーア遺跡に行って来て欲しい」
「ルナデーア遺跡……?」

ルナデーア遺跡は、ファーレン地方にある歴史的建造物の一つだ。
まだ大陸の国がなかった頃、古代の人々が暮らしていた町の跡とされている。また、その中央にはルナデーア神殿跡が建つ。
観光客でも寄り付かない、正に放棄された廃墟のような場所だ。

「数日前に匿名で『次の満月の夜、月の神殿で何かが起こる』とここに連絡が入った。俺の思い過ごしなら良いが、どうも胸騒ぎがしてな。だが、俺は満月の日は生憎会議だ。そこで、お前らに頼みたいと言う訳だ」
「月の神殿……」

ギレルノが呟き、考え込む。
確かに、今話を聞いた自分でさえ何らかの胸騒ぎを感じた。

「で、アークとリルだが、お前らと一緒に連れていってやってくれ。アークには後で証明を出してやる」
「し、証明?」
「ジャスティフォーカス臨時構成員という、ギレルノと同じ証明だ。これさえあれば、正規の構成員でなくても同等の免除が施される」

ま、身分証代わりだな、と付け加え、安楽椅子から立ち上がる。
全員の視線を真正面から受け止め、最後に問い掛けた。

「行くか?」

答えは、満場一致だった。

「ゼノン」
「んあ?」

ハヤトの部屋を後にし、ギレルノは今しがた浮かんだ疑問を訊くべく、側にいたネルゼノンに声を掛けた。

「リルは……兄に連絡しないで良いのか」
「あ」

ギレルノの問いに、ネルゼノンが口を丸く開けて声を出す。
彼の頬に冷や汗が流れたのが見えた。

「……忘れてたな」
「はい忘れてました。後でメールの一つでも打っとくかな」
「そうした方が良いだろうな。今も必死に捜していたんだし」
「ん。……でも、アイツら今何処いんのかなー」

ま、言っとくよーと言い残し、ネルゼノンは手を振って部屋に入っていった。
プレートには『仮眠室』。

「……」

本当に連絡するのか些か不安が過ったが、気にしない事にした。

NEXT…