第18話 洞窟探検隊

夜の帳が降りた。

外から見ても、上空から見下ろしても、荒れた街。いや、遺跡と言った方が良いのだろうか。
道だった地面に落ちた瓦礫は数え切れない。住むべき人間を失った建物は全て朽ち果て、まるで棄てられたのを悲しんでいるようにも見える。

遺跡の中心に建つ、一際高い建物。
壁があるべき所は棒が建てられ、吹き抜けの屋内のようだ。
天井には十字架のようなものがあるが、頭の部分が折れてしまっていた。

その建物――神殿、と呼んだ方が良いのか――に備え付けられている、僅かなスペース。
と言うより、一室に繋がっているベランダだろう。そこに、少女が佇んでいた。

ベランダの手摺に腕を組んで載せ、その上に顎を載せてぼんやりと遺跡と空を見ている。
長い桃色の髪が、風に靡く。

「……クーザン」

ポツリ、と彼女の幼馴染の名を呼んでみる。しかし、彼が応える筈はない。

離れたい、とは思っていなかった。寧ろ逆で、ずっと一緒にいたい人だった。
不器用で、感情表現がちょっと乏しいし、毒舌な所がたまにあったけど、優しくて大好きだった。
けど――だからこそ、巻き込んでしまいたくなかった。

『貴女がどんなにそれを望もうとも、貴女の力を欲する者達には通じません。勿論私にも』
『何で!?』
『貴女が《パーツ》と呼ばれる存在だからです。……話はこれだけです。大人しく付いて来ないのなら、貴女の周りの人間を一人ずつ殺します』
『……』
『出来ないとお思いですか?』

あの日、あの男に言われた言葉が脳裏に浮かぶ。

「……っく、」

少女――ユキナの目に涙が溜まり、やがて零れ落ちた。

   ■   ■   ■

翌日。

「ったー……」

クーザンは、頭を押さえて立ち上がった。
上を見上げると、自分が落ちてきた穴から光が差し込んでいる。ホルセル達が自分を呼んでいるのが分かった。

「クーザン! オレらも中に入るから、クーザンもそっちから中に入って、先で合流しよう!」
「了解」

ほんの数分前。
クーザン達は、ホルセルとクロスに与えられた任務を全うする為洞窟に向かった。セーレは念の為に、ブラトナサの宿に残って貰った。
洞窟の入り口は蔦が生え人間の侵入を拒んでいるかのようだったが、何とか入れそうである。

魔物達さえいなければ。

入り口周辺を彷徨いている魔物を撃退しなければ洞窟に入れない。ならば、倒すしかない。

そう判断したクーザン達は、果敢にも魔物達に向かって行った。

一行は順調に敵を倒していた……はずだった。

ずっ!

「っ!? うわっ……」
「クーザン!!」

地面から現れた黒い植物の蔓がクーザンの足に絡み付き、身体のバランスが崩れる。
そのまま、横に開いていた地面のホールに落下した――と言うか、引き摺り込まれた。

そして、冒頭の会話に戻る。

「はぁ~……冗談じゃねぇ……」

疲れたように息を吐き、改めて腰に提げている剣を確認する。相変わらず、その柄は取りやすい位置にあった。

「……」

一瞬躊躇し、しかし剣を鞘から抜く。入り口のように、魔物が彷徨いている可能性を考えたのだ。
上にいたホルセル達は、もう先に行ったらしい。

「……眠い……」

ぶつくさ呟きながら、クーザンは奥へと進んで行く。

それを、忍び見る影が一つ。

洞窟は思ったよりも広く、複雑だった。
三叉路に出会したので仕方なく全ての方位を歩いてみて最後の道が正解だったり、床に水が張っていたり、天井には蝙蝠が徘徊していたり、魔物に襲われたりエトセトラ……。
それを器用にスルーしながら、クーザンは先に進んだ。

やがて、少し開けた場所に出た。床に煉瓦が敷いてある。ちゃんとした通路と部屋のようだ。

「……ん?」

薄暗いので良くは見えないが、部屋の中に何かが……いや、誰かがいる。
警戒しながら近寄るが、その誰かはピクリともしない。どうやら、気絶しているようだ。

黒髪を隠すように赤いバンダナを頭に巻き、動きやすい身軽な服装をしている。顔立ちはまだ幼く、クーザンより少し年下か。
クロスから聞いていたジャスティフォーカス構成員の特徴と一致する。
彼の肩を掴んで少々乱暴に揺すりながら、呼び掛けてみる。

「お~い」
「……」
「……起きないか」

仕方ない、とクーザンが次に起こした行動は、

「起きろ」
「……いたたたっ!!?」

何時だったかウィンタに喰らわせた、耳朶をぎゅ~、と音を立ててつねる行為。
流石に堪えきれないのか、少年が悲鳴を上げる。

「った~……。あれ、どちら様……?」
「君が、エッジ?」
「あ、はい……。エッジです」

耳朶を押さえながら、畏縮したように受け答えをする彼は、やはり捜していたエッジという少年だった。

「応援要請を受けて来た構成員の連れ。話は合流してから本人達に訊いて。行くよ」
「はい……って、ああ! ち、ちょっと待って下さい! そっちは危険です!」
「危険?」

ゆっくり話している暇はないので素っ気なくそう伝え、早くホルセル達と合流しようとしたが、余りの慌てように流石に気になったクーザンは彼に聞き返した。

「えぇ。大蛇でしたけど、洞窟の主みたいで凄く獰猛で、手がつけられませんでした……。シグとは逃げる途中にはぐれてしまうし」
「……面倒臭い」
「え?」
「いや、何でもない」

ぼそっと呟いたクーザンの言葉は聞こえなかったらしく、エッジは首を傾げた。
わざとらしくため息を吐くと、クーザンは足を件の洞窟の通路へ向ける。

「行くよ」
「え、話聞いてました?」
「聞いた。他に出口に行ける道は?」
「……」
「置いてくよ」

わざわざ注意したのに……と聞き返したエッジを黙らせ、クーザンが歩く。

元々こういう性格の相手は苦手である。自分で自分を抱き締めるような仕草をするエッジは、クーザンの中で「ナルシスト」に位置付けられた。

「道がないなら切り開くしかない」
「嫌だな~、オレまだ死にたくないですよ」
「……」

生涯人を殺すような事はしたくないと思っていたクーザンだったが、今この時だけは相手を黙らせたいと思った。

   ■   ■   ■

一方。

「……」
「……」
「……」
「……」

地上の入り口から洞窟に侵入した四人は、喋る事もなく黙々と足を動かしていた。
しかし何処にでも、重苦しい上に湿っぽい空気が嫌いな人間は必ず一人はいる訳で、

「何か喋れよもー!!」

と、ホルセルが両腕を振り上げて叫ぶ。
他の三人は呆れたように、だがちゃっかり耳は塞いだまま、彼に視線を向けた。

「話す暇があるなら足を動かしなさい、足を」
「だから動かしてるじゃんか!! 何時になったらクーザンと合流出来るんだよ!?」
「落ち着け」

ぱしん、と彼の頭を叩き、物理的に黙らせるクロス。

「アイツは大丈夫だと思うがな。でなければ、自分一人で先に進め、と言われて断らないはずはない」
「全くその通り」
「……でもよ~」
「大丈夫ですって。クーザンさんは」

クロス、サエリ、リレスにそう言われて、ホルセルは何も言えなくなった。

「……でも、本当に」

ふと、何かを思い出したかのようにサエリが呟く。

「アイツは何者なんだろうね。色々と隠してるみたいだし、誰かと一緒で、アタシ達といる時も警戒してる」
「……誰の事だ」
「さぁね?」

暗に自分の事を言われたのだと察したクロスが訊き返したが、サエリはにやりと笑って流す。

「ああもあからさまにされたら、流石にちょっとムカつくわね」
「フン。信用されていない証拠だ」
「……」
「ホルセルさん?」

クロスとサエリのやり取りを聞いていたホルセルは、何故か悲しそうな顔をしていた。

気になったリレスが声をかける。

「……リレスは、知ってたのか?」
「えと……何となく、でしたが、気が付いてはいました。クーザンさんが、何処か近付けさせないような雰囲気を纏っていた事は」
「……全然、知らなかった」

どうやら、皆が気付いていた事を自分だけ知らなかった事にショックを受けていたらしい。
終いにはのの字を書き始めている。
はぁ、とため息を吐いてクロスが口を開く。

「無理もない。あまりに自然で、注意深く見なければ分からん」
「そうよ。アンタは注意深くってのが出来そうにないけど」
「……苦手だよどうせ」
「ま、気にする事じゃないわ。誰だって得意不得意はあるものよ」
「っ、お、おいっ!?」
「あら、初めて?」

サエリはホルセルの腕に抱き着き、直ぐ耳元で話した。
産なホルセルはそれだけで真っ赤になる。年齢に比べ大人びている女子に触れられるのは初めてなのだろう。
ちなみに、彼女はさりげなく胸を押し付けていた。それはホルセルでなくても照れると思われるが、それは置いておく。
クロスはその様子を見て呆れていた。
ふと、サエリがホルセルの耳に口を近付け小さな声で、

『でも、アンタは分からなさ過ぎてムカつくわよ』

と、確かに言った。

「――!?」
「ははぁ、昔から女の子と縁がなかったのねぇ。そりゃそうよね、あんな堅物が何時も隣にいるんだから」
「誰が堅物だ」
「サエリ……からかうのは止めた方が……」

一瞬だったが、サエリがホルセルにしか聞こえない様に呟いた時……目が、氷のように冷たかった。
怖い、と思う暇もなく、会話は普通に続いた。クロスも、リレスも、ホルセルがサエリの言葉に固まっているなどと思わない。
クーザンがいないだけで、何時もとあまり変わらない。
言ったサエリも、何もなかったかのように笑っている。

心臓が、どくん、と高鳴ったような気がした。

和気藹々と話していた時、遠くから何かの唸り声が聞こえてきた。
地獄に住む怪物、或いは魔物の唸り声なのだろう。
楽しげな雰囲気は一気に消え、各々武器を手に取る。声は、四人の進む先の暗闇からだ。

「……」
「この先……だな」

神経を張り詰めさせ、一歩一歩を慎重に歩く。
闇が晴れたその先は、

   ■   ■   ■

クーザンは、ひたすら走った。後ろから着いてくるエッジには悪いが、結構本気で。

「ちょ、おにーさん! 早いっすよ!」
「ジャスティフォーカスならこれ位簡単だろ」
「勝手な偏見を信じないで下さい! 僕は中距離支援型で体力はあまりないんですよぉ!」
「知らない」
「ああもう何でこんな事に! つかシグどこに行ったんだばかあぁ!!」
「(……五月蝿い)」

さっさと終わらせてしまいたい。そう思い、走る足に力を込める。

随分長く走ったような気がしながら通路を抜けると、また少し開けた洞窟内の部屋に着いた。
エッジが倒れていた部屋と似たような作りだったが、また先に続く通路の入口があった。

「階段は……」
「多分もう一個先の部屋です。こっちから……」
「きゃああぁ!!!」
「!」
「今のは……リレス?」

洞窟内に、甲高い女性の悲鳴が響いた。音量は少し低く、結構遠くのようだ。
そして、その声は、一緒に行動していた白魔導師の少女の声に似ていた。

「こんな所で……女の人の声?」
「っ……! 行くよ!」
「あっはい!!」

「(まさか、手遅れか……!?)」

高鳴る動悸を抑え、声のした方に向かう。

「……う……っ、かはっ……」
「リレス!?」

悲鳴が聞こえた方を目指して辿り着いた部屋は、他の部屋よりかなり広い。
中心には大きな四角い石が建てられ、何かが彫られている。

そして――その石の側に、リレスを捕まえた生き物が佇んでいた。

全身が茶色く細長い身体、滑らかでいてうねうねと気持ち悪い動き方をする大蛇。身体には蔓が生えていて、それがリレスの華奢な体を浮かせていた。
赤い一つ目が、ギョロリとクーザンを見る。

サエリは叩きつけられたのか、壁に凭れ掛かって気絶している。
ホルセルは膝を地面に付け、腹を抑えて項垂れていた。大剣は側に落としてしまっている。
クロスは、今なお大蛇に武器を向けていた。息は荒い。
側には倒れている少年が一人。

「クロス、ホルセル!」
「シグっ!」
「クー……ザン……!」
「済まない、リレスを捕まえられた」
「見れば分かる」
「後、頼む……」

ニ人は既に疲弊している。
満足に動けるのは、自分だけ。

「気持ち悪いから、さっさと終わらせてくる」

剣を構え、大蛇とクロスの間に飛び込んだ。その際、エッジに後ろに下がっているよう注意を忘れない。
大蛇はクーザンを標的に捉え、リレスを捕らえているもの以外の蔓を彼目掛けて飛ばしてきた。
大きく跳躍してそれをかわし、斬りつける。
が、大蛇の皮膚は硬く、剣からがきぃ、と嫌な音が鳴った。
それに反応して蔓がクーザンの方を向いてきたので、間一髪跳んで避ける。

再び蔓を斬りつけ、跳躍。
クーザンが一瞬前まで立っていた場所から蔓が生えてくる。

「ぐっ……あ、かはっ……」

リレスが苦しそうに喘いだが、蔓は一向に力を弱めない。このまま、殺すつもりなのだろう。

剣を持ち直し、再び走り寄る。
飛んできた蔓がクーザンの腕を斬り裂いたが、本人は構わず走る。

「クーザン、後ろ!」
「!?」

ホルセルの呼び掛けも虚しく、ブォン、と風を切って蔓がクーザンを殴りつけた。脇腹に直撃し、ゴツゴツした岩肌に吹っ飛ばされる。

「……っ~!!」

肺が重力に押し潰されて、一瞬呼吸困難に陥った。
動けないクーザンに蔓が先を尖らせたが、それが襲い掛かって来る事はなかった。

「こっちだ!」

黒い翼を背中に生やしたクロスが、大蛇の右目を貫いていた。
大蛇は痛さに呻き声をあげ、体力的に限界だった彼を尻尾で振り落とす。
が、クロスは激突するギリギリの所で翼を羽ばたかせ、何とか壁にスタンプは免れた。

その間に呼吸困難から立ち直ったクーザンが、剣を頭の上に構える。精神を集中させ、リレスを捕らえている蔓の塊に狙いを定めた。

「クロス、避けろ! 《空破刃》!!!」

思い切り振り下ろした剣の風圧が刃となり、空気を切り裂く勢いで、一直線に大蛇へと向かっていく。
クロスは忠告通りに大蛇から離れていた。

「っぐぎやゃぁああ!!」
「きゃああっ!」
「リレス!」

狙い通りにリレスを捕らえている蔓を斬り裂き、よろめいた大蛇の蔓からリレスが解放される。
重力で落下する彼女をギリギリでキャッチするが、落ちた時に気絶したのだろう、少し苦し気な表情で目を閉じていた。
リレスをサエリの隣に寝かせ、止めを刺すべく再び大蛇に向かう。

右目から血を流した大蛇は既にクーザンとクロスを狙い定めており、口からは赤い炎が吹き出ていた。

――炎?

「クロス、逃げ……!」
「がああぁあ!!」
「深淵なる闇よ、如何なる輩も全て呑み込め! 《スプラッシュ》!」

大蛇が口に蓄えていた炎を辺りに撒き散らす。
クロスが間一髪魔法の詠唱を完成させ、何処からともなく流れてきた水流が大蛇を完全に呑み込んだ。

しかし先程下がらせたエッジの方――リレスとサエリ、シグが倒れている――には大蛇が吐いた火球が向かい、クーザンは冷や汗を掻いた。
明らかに間に合わないと分かってはいるが、咄嗟にそちらに走り出す。

「穢れ無き白よ、我の声に応じ我を護りたまえ――《リフレクト》!」
「っ!」

正に四人に火球が激突する直前、シグ達を診ていたエッジが前に両腕を突き出して、防御する膜を張った。
膜に当たった火球は跳ね返り、逆に大蛇を包んだ水流に消えていく。

「ふぅ、間一髪」
「魔導師なのか?」
「はい、一応。守られるだけは嫌なのであまり使いませんが」

さっき彼自身が「遠距離支援」と言った意味が分かった気がする。

水流が止むと、大蛇は影も形もなかった。
恐らく弱点の水を喰らい、水流が消える前に粒子になって消えたようだ。

「……はぁ、疲れた」
「同感だ」

黒い翼を背中から消したクロスがクーザンに同意する。
安心したのか、言った本人はぺたんと地面に腰を下ろした。と、大分回復したようだがまだふらついているホルセルが二人に駆け寄ってくる。

「クーザン、クロス、大丈夫か?」
「大丈夫。何とか」
「ああ」
「お疲れさん」

二人を気遣う言葉に返した二人。
が、その後に耳に届いた声は、ホルセルではなかった。

「!?」
「中々やるじゃねーか」

聞こえたのは、大きな石が建っている方。
石に寄りかかっているのは、エッジ。しかし、彼はクーザンの隣に立っている。

「え、お、オレ?」
「お前は……?」
「はっ、やっぱりこの格好じゃ気付かねーか」

石に寄りかかっているエッジは顔の端に手をやると、薄い皮の様なものを引き剥がした。下から出てきたのは、エッジとは異なる端正な顔。
被っていた鬘を剥がすと、きめ細かい金髪が露になる。

「変装は十八番なんだぜ? 俺」
「……っ!」

まだ新しい記憶が、脳裏に蘇る。
――『みぃ~つけた』

少年がいた屋根の上には、癖のある金髪の、碧眼の青年が立っていた。手には細身の剣――レイピアが握られて――

「スウォ……ア」
「フン、名前位は覚えてたんだな」

石に寄りかかったまま、クーザン達を見やる彼――スウォアは、静かにレイピアを構えていた。

「お前……何しに来た?」
「さぁなぁ……お前ら潰しに来た、って言ったらどうする?」

強ち嘘でもないような表情で言いのけたスウォアだが、殺気は全くと言って良い程感じられない。

「用事があったんだよ。お前らにな」
「!?」
「もう、これ以上関わるな。幸せに暮らしたいのなら、深追いは禁物だ。……いや、ジャスティフォーカスの二人はもう戻れないか」

何故敵がこちらの事を気にかけているのか。
スウォアの言葉は、クーザン達にとって完全に予想外だった。

「分かっているのなら何故?」
「死なれたら困るんだよ。お前らは」
「……それは、お前らの目的の為に、という意味でか?」
「それはゼルフィル達の理由。俺の理由は、ん~……ま、強い奴には俺が勝つまで死なれたくないって意味。俺はなかなか認めないからな、強い奴。な、クーザン」
「俺? つか、何時の間に名前……」
「他に誰だ。……さ、さっさと帰れ。ここは危ねぇ」
「何? 貴様、さっきから何を訳分から――」
「へ?」

スウォアと言い合っている内に、四人の足元が光り始めた。見ると、リレスとサエリとシグの周りの地面も光っている。

「次の満月、ルナで会おう。あと――クーザン、気を付けろ。奴らの狙いは、お前だ」
「!?」

クーザンが彼の言葉に目を見開き、だが聞き返す暇もなく、後にはスウォア以外の全員がその場から消えていた。

   ■   ■   ■

良く使う移動魔法をクーザン達に使いこの空間から追い出したのは、自分がこれから行う事を誰にも知られないように、あるいは巻き込まないようにするためであった。

「……これでよし、と」

安堵したような台詞とは裏腹に、スウォアの表情は何だか暗い。
肩でゼイゼイと息をし、肌には冷や汗が流れている。

「(流石に、奴らの人数を一辺に送るのは無謀だったか)」

しかし、此処で時間を食っている場合ではないとでも言うように、彼は石から背を離した。

大きな石――良く見ればアラナンの礎に似ている――と周囲を見渡すと、スウォアは息を吐いた。

「いるんだろ? 化け物」

静かに空間に問いかけると、何処からともなく低い唸り声が聞こえた。

「俺を、満たしてくれよな。その為に奴らのトコから抜け出してきたんだからな……」

良く研がれたレイピアの刃が、妖しく光る。
表情は、自然と強張っていた。体は重いが、何とかなる。

「……いるんだろ、化け物」

誰もいなくなった――正確には追い出したのだが――空間に、一人呟くように声を発した。
彼の肩は大きく上下し、疲労の色が濃い。だが、臆する事なく正面を見据える。

うおおぉん……。

地面から、耳を澄ませなければ聞こえない程度の唸りが聞こえた。
刹那、

「!」

スウォアの立っている地面から、真っ黒な手が伸びた。足に絡み付こうとした手を跳んで避け、レイピアを腰の鞘から抜く。僅かに、すらりとした刀身が光を帯びる。

『しゃ、い、ん、コロ、ス』
「趣味悪ぃ……」

現れたのは、全身真っ黒で眼だけが赤く光る化け物。
アラナンの碑の前で、クーザン達が対峙した生物と同じものだ。
ただ、違うのは体の形。スウォアと寸分違わない形をしているが、手だけが異常に大きい。足は普通。赤い目は一つだけ、顔の面積の半分以上を占めている。

うんざりと言った表情で呟いたスウォアは切っ先を敵に向け、構える。元々レイピアは、斬るよりも突く攻撃の方に特化して作られている。自然に、構えも前に重点が行く。

空気を張り詰めさせつつ敵を見据え、走る。

化物が影の手を伸ばして、薙ぎ払いを出してきた。慌てる事なくしゃがんで避け、更に化物に近付く。
さっき避けた手とは逆の手が飛んできたがそれも軽々と避け、大きく跳躍する。

「せいっ!!」
『! ッガギャヤアアァ!』

気合いの声と共に突きを繰り出し、敵の脇腹に当たる位置を刺した。
化物は気持ち悪い声を上げて、苦しまぎれにも手をスウォアに放る。

「……! ちっ、まだ動けるか」

再びレイピアを構え、悔しそうな口調とは裏腹にうっすらと笑みを浮かべた。

次こそ、仕留める!

手を弾き飛ばし、彼は再び全力で突きを繰り出す。今度は、大きいが故に弱点となっているであろう一つ目を狙って。

『グ、キギィヤアァァア!!!』

ぴちゃ!

化物の傷口から、血とは言えないどす黒い液体――何だか生暖かい――が吹き出す。
奴が暴れる度に液体が飛び散り、まるで雨のように周囲に降り注ぐ。
そして、化物の身体はは全て液体になった。叫びも何時の間にか消えている。

真っ白なスウォアの服を、液体が真っ黒に染めていた。
雨のように降り注ぐ液体を嫌がる事もなく、彼はそのまま宙を仰ぎ見る。

「……気持ち悪ぃ……」

だが、先程まで青かった彼の顔色は、少しだけ元に戻っていた。
スウォアは、雨が止んでもまだそこに立ったまま。

――キミにとっての幸せは
僕の考えているものとは
全く違うのかな。

「……ん?」

ふと、何かが聞こえた気がして、目をやる。まだ人間がいたか?

だが、何処をどう見回しても、人間らしき姿は全く見当たらなかった。

「……? 疲れてたんだな多分」

スウォアは、部屋の中央に立つ大きな石を一瞥すると、詠唱を開始。得意のテレポゥテイションの魔法で、迅速にその場を去っていった。

NEXT…