第17話 旅人

「寒い」

クーザンが呟いた。

気付けばもう、季節は冬。
特にエアグルス大陸の冬は厳しく、荒野の道を乗り切るのは至難の業。

そんな道を歩くクーザン達は、吹き荒ぶ雪と格闘していた。

「そうか?」
「平気なのはアンタだけだと思うわ」
「全く……だから馬車を借りると言ったんだ」

口々に文句を言い始める面々だが、この天気でかなりの体力が削られている。
リレスなんかはとっくの昔にダウンしかけており、せめてもの抵抗とばかりに上着の上から防寒具を羽織っていた。セーレは、全然平気そうに歩いているが。
――そもそも、半袖で冬の季節を乗り切ろうとするのが無謀だと思える。

「……ん?」

ゴウゴウとしか聞こえない音の中から、他の違う音がした気がして、クーザンは後ろを見る。その際、目に雪が入ってきたが我慢した。

「どした?」
「今何か……音が聞こえた気がした」

――ブロロロン!!!

刹那、雪のカーテンの向こう側から鉄の塊が凄い勢いで走ってきた。かなり大きい鉄の塊である。

「危ねっ!?」
「わっ」

――キキーッ!!

轢かれそうになった一行は慌てて移動し、それは少し通り過ぎてから止まった。
ドアが開かれる。

「あらら! まさかこんな所に人がいるなんて思わなかったから……大丈夫かしら?」
「だ、大丈夫です……」

降りてきた青年は大声で話しながら近付いてきた。勢いで雪に尻餅をついてしまったので、ズボンが濡れてしまっている。

青年の身なりは良い方で、緑色の肩までの髪に見た事のある制服を着ている。
……思い出した。テトサント大学の制服だ。
髪と同じ色の細目だが顔立ちも良く、見た目は何処かの貴族のようだった。言葉遣いが女なのはこの際気にしない。

と、リレスが青年を見て驚く。

「……つ、ツカサさん?」
「ん? ……リレス? リレスじゃないの!」
「ツカサさんじゃないですか! え? どうしてファーレンに?」
「コッチで仕事だったのよ。とは言え、シアンやアニス、ファイは向こうにいるけどね」
「珍しいわね。キボートスヘヴェン中心ではなかったの?」
「あら、サエリ! 久し振りじゃない。ま、それは秘密にね」

和やかに会話をし、リレスがクーザン達に向き直る。相変わらず風が強いので、声は聞こえ辛い。

「紹介します。私の姉の知り合いの、」
「ツカサ=ミクリヤ。リレスがお世話になってるわね」
「本名はミクリヤツカサだったかしら?」
「……ファミリーネームが先? 琉の人間か」

琉大陸。
エアグルス大陸とは違った文化を受け継ぐ、陽と陰に別れた大陸。
確か、その大陸だけがファミリーネームは先に来ていたはずだっだ。それだけでなく、言葉の独特な響きが特徴的でもある。

「そ。もう今は慣れたけど。――ここで話すのもなんだし、車にいらっしゃいよ。立ち話をするには、厳し過ぎるでしょう?」
「え……」
「あ、やっぱり車だったんだあれ」

エアグルス大陸での移動手段は、馬車が主。が、車が普及していない訳ではない。
それこそ貴族のような者達が、ちょっとした移動に便利な道具として所持する位である。
だから一般市民には到底手が出せないし、『車』というもの自体認識していない時もある。

「そう。最も、スクラップ工場にあったガラクタを使って造ったボロだけど」
「造っ……」
「秘密ルートにいるのよ。そういうのを生業にしている人間が。さ、入って頂戴」

中は、外で見るよりずっと広くて、快適だった。
二層に別れていて上は寝床、下は生活スペースにもってこい。しかもソファーを倒しても寝れる。
簡易キッチンも設備は完璧で、その向こうに運転席が見える。

関心しながら車に上がると、少年が一人寛いでいたらしく、ツカサを見るなり歩み寄ってきた。

「ツカサ、何してたんだ」
「ごめんねぇ。リレス達を轢きかけちゃったから、謝っていたのよ」
「お久し振りです、フェイク」
「っ! リレスさん!?」

少年――フェイクは、ツカサにはつっけんどんな物言いをしていたが、リレスの姿を認めると途端に姿勢を但し、頬を赤く染めて向き直った。
横で見ているツカサは必死で笑いを堪えているようで、肩が微妙に震えている。

「お、お久し振りです! 今日はどうして此方に!?」
「旅をしているんです。探し『者』の旅を」
「探し物? 何か無くされたんですか?」
「……ふふ、内緒です」

一瞬、リレスの表情に翳りが見えたが、彼女は意地悪く笑って口元で指を立てた。
そんな少しの仕草にもいちいち赤くなるフェイクも大変だ。

『クーザン』
「……?」
『ああ言うタイプが一番厄介だよな』
「……」

否定はしない。

自己紹介を終え、ツカサがクーザン達もブラトナサまで同行する事をフェイクに伝えると、案の定嫌な顔をした(分かってはいたが)。
が、リレス共々外の吹雪の中に放り出す事を考えたのか、渋々頷いてくれたようだ。

「フェイク、次は貴方が運転ね」
「はぁ? 俺運転出来るけど一応無免だぞ?」
「良いじゃないの。こんな吹雪の日にしかも荒野にジャスティフォーカスはいないわよ」
「……コホン」

わざとらしく咳払いをしたクロスに、ツカサとフェイクは顔を向けた。

「クロス、今回は見逃そーぜ? どっちみちこの寒い中歩きたくないし」
「……だから甘いと言っているんだ」
「あら、二人はジャスティフォーカス構成員だったのね。どうする? 見逃してくれる?」

にこっと微笑むツカサに、クロスは一つ溜め息を吐いた。

「別に上に言うつもりはない。が、普通は常に周りにいると思って行動しなければならないからな」
「はいはい。ほら、フェイク! 早く運転しなさいな」
「……ちっ」

フェイクは舌打ちをしながらも運転席に着き、エンジンをかけて車を走らせ始めた。
流石近代の文明の産物、車は吹雪をものともせず走り出す。

「さて、フェイクも向こうに行ったし。リレス、話を訊きたいんだけど」
「……何の話でしょうか?」
「惚けないの。アンタがレッドンを連れてないなんて、ワタシ幻覚でも見たのかと思ったわよ?」
「……」
「ま、色々あってね。今はアタシがついてあげてるから心配ないでしょう?」
「サエリ。でも、リレスは」
「ツカサ!!!」

ツカサが何かを言おうとした瞬間、サエリが何時もより厳しい目で怒鳴った。
今までクーザン達が見た事もない態度で、正直近寄り難い。

「……平気よ。レッドンだって何もせずいなくなった訳じゃない。それに、元々アイツが言い出していた事よ」
「サエリ……何の事? ツカサさんも」
「……分かったわよ。だから、そんな怖い顔止めて頂戴。美人が台無しだわ」

何時からか蚊帳の外に追いやられていたクーザン達は、ヒートアップする話に付いていけていない。
発言の機会さえ与えられず、事情も分からないとなれば、人間の取るべき行動は沈黙しかないだろう。

ただ、一人を除いては。

「(……あの時の、サエリの言動)」

まるで壊れ物を扱うかのようにリレスに接する彼女の行動に疑問を持っていたクロスは、今尚疑問を深める事になった。
ツカサの目の前に座っていたクロスには、サエリの怒鳴り声に遮られて聞こえなかった言葉も理解出来た。
読唇術など訳もない(ホルセルは出来ないが)。

『サエリ。でも、リレスは命を彼に……』

そう言っていた。

何かの比喩だろうか?
いや違う、と直ぐに否定する。
サエリの行動やリレスの体力の無さが、クロスにそれを否定させた。

では、その通りの意味なのだろうか?
例えば、リレスはそのレッドンとか言う奴に命を預けているとか、支えられているとか。

まぁ、良い。
いずれ、分かる時が来るかもしれない。

『かもしれない』等と仮定しながら、クロスは心の何処かで絶対に分かるだろうと言う自信があった。
何故かは、分からない。

   ■   ■   ■

やがて車は、ブラトナサ近郊のゲートに着いた。
時間的には、クーザン達が歩いていては到底着けなかった時間である。
雪は相変わらず降っているが、風はあまり気にならなくなっていた。
運転していたフェイクが車を止め、窓を開けると、門番の一人を呼んだ。一言二言会話を交わすと、彼が手に何かを持って門番に見せている。

「最近国の出入りも難しくなったわね。何かにつけて身分証、なんだから」
「本当ですね。治安が悪くなったのでしょうか?」
「それはオレらへの当て付けと解釈して良いのか、リレス」
「あ、そういう訳ではないですよ」

ゲートを無事に潜り、車は国内の空き地に止まった。フェイクが運転席から立ち、後ろに歩いてくる。

「着いたぜ」
「ご苦労様。リレス達はどうする? もう出発するの?」
「そうさせて貰います。急ぐ旅だし」
「この国で情報収集するだけだけど。大した情報ないかもしれないしなぁ」
「情報? ……もしかして、神隠しの?」

ツカサの思いがけない言葉に、クーザン達は驚いたように反応した。注目された彼は困ったように笑う。

「最近聞いたんだけどね、神隠し。ワタシの知人が情報を集めてたのよ」
「あぁ、あいつかぁ。確か、犯人を捜してるって言ってたな」

フェイクも心当たりがあるのか、僅かに嫌そうな表情を浮かべながら言う。

「……ソイツは、ジャスティフォーカスか何かなのか」
「まさか、違うわよ。ただ、神隠しに遭った者の知人というだけ」
「俺達みたいなものか」
「その、情報を集めてる人って?」

クーザンが急かすように訊くが、ツカサは首を振る。

「今、ソイツどこにいるか分からないのよ。突然旅に出るって言って、連絡手段も言わないまま行ったの」
「そうか……」
「特徴だけ教えておくわ。夜のような人よ」
「夜?」
「そ。抽象的に言えばね」

どういう比喩なのだろうか。
兎に角、その『夜のような人』に会えば何か分かるのだろうか?

「旅してたら、もしかしたら会えるかもしれないな」
「分かったわ。……じゃ、ありがとうツカサ、フェイク」
「ええ。貴女達に月姫(ディアナ)の加護がありますように――」

「さて」

ツカサやフェイクと別れた一行は、ブラトナサの街を歩いていた。
ここは、魔導を極める者達が造った国と云われている。リカーンとは違い、少し雰囲気が暗い。
道々には占い師の店が立ち並び、客の呼び込みに必死だ。

「もし、そこの少年」

ふと、後ろを歩くクーザンに占い師の男が声を掛けた。声は、男にしては少し高い。
何処かの民族衣装を身に纏い、大きなフードを頭にすっぽり被っている。テーブルの上には、何もない。

「貴方の運命、占ってしんぜよう」
「……良いです。占いとか、信じてないし」

断ってホルセルの後を追おうとしたクーザンに、男が尚も話す。

「ふむ……大切な少女が連れ去られて、今日まで捜す為の旅をしてきたが、情報が掴めず焦っていますね? つい最近は、アラナンでそっちのマントを被った彼に会っていますね。これからはどうしようか、と迷いながら、ここブラトナサにやってきたという所ですか」
「――!?」

顎に手を当てて考え込むように話す男の言葉は、全てクーザンの過去に当てはまった。
フードの下の口元は、ニコニコと笑っている。

「どうです?」
「……」

クーザンは胡散臭い、怪しいという意味で男を睨み付けていたので気が付かなかったが、その時、セーレは深く被ったマントの下から無言で男を見ていた。
まるで、何を言っているんだ、とでも言うように。

「……腕は確かみたいですね」
「お誉めに預かり光栄です。御礼に、貴方が今後どういう道を歩いて行くのか、少しだけ教えてあげますね」

男が腕を胸の前に翳し、掌に光が集まる。それは水晶のような光を放ち始め、やがて球体へと変化した。

「――貴方はこの後、ある理由で何処かの洞窟へ向かいます。そこで、運命の導き手が現れる筈です」
「運命の……導き手?」

未だに胡散臭いと思っているクーザンは、男をジロリと睨み付ける。フードから、緋色の髪が見えた。
男はニコ、と微笑むと、光の水晶を宙に消し、腕を組んだ。

「まだ、運命は動いてはいません。序章に過ぎない――月の協奏曲のね」
「……そうですか。なかなか訳の分からない占いですね」
「意味は、自分で見つけるものですから。……おっといけない。行かなくてはなりませんね」

男は再び微笑むと、踵を返して建物の陰に消えていった。

「クーザン? どしたー?」

先に歩いていったホルセルが、自分の姿が見えないのに気が付いたのか戻ってきた。男が去っていった路地を最後に一瞥し、クーザンはくるりと顔を背ける。

「……いや、ちょっと胡散臭い占い師に勝手に俺の未来占われて、しかも意味は自分で探せとか言われてただけ」
「……ホントに何してたんだ」

みんな先に行ったぜ、と続けられた言葉に促され、クーザンも早々にその場を離れた。
セーレも、黙ってそれに従う。

「(フフ、セーレは無事みたいですね)」

男は路地裏をずんずんと進む。
歩きながら、着ていた民族衣装を脱ぎ捨て、緋色の長い髪を一つに束ねる。隠し持っていた眼鏡を顔にかけ、正面を見据えた。

今まで民族衣装を羽織り顔を隠していた男は、今、イオス=ラザニアルの何時もの姿に戻った。

「おい、オッサン」

道を左に曲がった所で、彼は柄の悪い男数人に道を塞がれる。
何れも体格の良い若者で、尚且つ民族衣装を羽織っている。が、一人だけラフな格好をした男がいた。

「おや。貴殿方は先程の。民族衣装、用がなくなったので通りのゴミ捨て場に捨ててしまいましたよ? なかなか見つからないものですね、人は」

男達は、イオスが着ていた民族衣装の持ち主だった。彼が交渉して、半ば強引に借りたのだ。

イオスは懐に手を入れ、そのまま動かない。

「んだとぉ? 金で返せや」
「生憎一文無しです」
「じゃあ身体で払って貰う。奴隷になりやがれ」
「そんな趣味ないので慎んでお断り致します」
「がたがた言うなクソジジィ!!!」

ついに痺れを切らした男が、イオスに向かう。

「ふ……まだまだ青二才ですね。忍耐力がまるでない」

懐に入れた手を引き出し、男の胸元を一閃する。
直後、ずがぁっ!と有り得ない音が周囲に響いた。丁度、男の頭があった所の後ろの壁が崩れる。

「な……っ」
「そして単発、単純。初々しくて羨ましい限りです」

手に持っていたのは、先が鋭利に尖っていて、もう片方の先には風の抵抗を受けないよう作られた矢。
ナリは細いのだが、同じ物が崩れた壁に刺さっているのを見ると、どうやら今の現象の犯人は彼のようだ。

「この年になると、なかなか無鉄砲な行動が出来ないんですよねぇ。……さ、次は誰がこのダーツの的になりますか?」

イオスの浮かべた笑顔は、男達の背中に冷や汗が流れる程の恐怖を称えていた。
しかし、彼にしては満面の笑顔であった。
まるで、本当のではないが……彼の息子のような。

ダーツの矢を指の間に持つと、威嚇するようにイオスは男達に向き直った。

その日、路地裏からは断末魔の叫びが聞こえたという。

   ■   ■   ■

「スウォア」

部屋にあるソファに寝転がる金髪の青年――スウォアを呼んだのは、彼の仲間の悪魔。
ゼルフィルだ。

「……んだよ。どうせ逃げた《パーツ》の責任を負えとでも言うんだろ」

黒魔導師と一緒に捕らえた天使の少年が、あの日閉じ込めていた牢から脱走したのは記憶に新しい。その際に、別件で連れてきた白髪の少女までいなくなっていたらしい。
見張りに就いていた兵はスウォアの管轄の者で、散々キセラにどやされた。

「それもあります。それで、」
「へいへい。捜して来ますよ、ゼルフィル様」
「……貴方が言うと鳥肌が立つので止めて下さい。そして話を聞いて下さい」
「あ?」

あまり話をしたくなくて適当に流していたのだが、逆にゼルフィルの怒りを煽ってしまったようだ。仕方ないので、黙って話を聞く態勢になる。

「貴方に、逃げた《パーツ》の捜索をお願いします。見つけた場合は、ルナの方に」
「ルナに?」
「えぇ。もうじき、月も満ちます。……それと、始末するターゲットを一人追加します」

ゼルフィル達は、目的の為に邪魔な者を『ターゲット』として敵視している。
スウォアが知らされているだけでも、ワールドガーディアンの生き残り、ジャスティフォーカスの者、そしてユーサ=サハサ。数は多い。
今度はどんな奴だ、と期待しながら、スウォアが訊く。

「へぇ。誰だ?」
「クーザン=ジェダイド」
「……あの餓鬼?」

クーザンと言えば、確か白髪の連れの少年。あんな奴を、ターゲットに?

「正体はまだはっきりとしませんが、奴は危険です。それでなくても、ユキナ=ルナサスを追い掛けてくるだけで標的の理由になる」
「ふーん、雑魚とか言ってた割には慎重だな。了解」
「……殺しますよ、スウォア。そういえば愚問かとは思いますが、奴の太刀筋に覚えは?」
「ねぇ」
「そうですか」

もう話はない、とでも言うように、スウォアはソファから立ち上がった。ゼルフィルが入ってきたドアに向かう。

「何処へ?」
「飯」

それだけ言うと、スウォアはドアをバタンと閉めた。
ドアの向こうで、彼の気配が消えると同時に魔力が動いた。
恐らく、移動魔法で何処かへ移動したのだろう。

ここ最近彼は、夜遅くにしょっちゅういなくなっていた。
理由など知った事ではないが、昔に比べると回数が増えている。
悟らせまいとして必死に体の不調を隠していたから、理由は分かっているが。

「……あのポンコツも、もうそろそろ壊れそうですね」

一人だけになった空間で、ゼルフィルはポツリと洩らした。
表情は仲間を心配するものでなく、ただただ笑っていた。
嫌な笑顔だった。

   ■   ■   ■

同時刻。ある国で、一人の女性が庭で洗濯物を干していた。

燃えるような赤い髪を二つに束ね、大きい上着を腕に引っ掻けて肩を出している。結構露出が多く、派手な印象を与える服装だが、彼女は気にしない。

「おねーちゃん!」

と、建物の中から九、十歳位の少年と少女が出てきて、庭にいる女性に駆け寄ってきた。
その後ろから、同じ位の少年が苦笑しながら付いて来ている。彼は手に本を抱えている。

「何~、リュウカ」
「おねーちゃん、読んで! ご本を読んで!」
「ごめんなさい……リュウカがどうしても、って」

大きな帽子を被った女の子――リュウカが、女性の服を引っ張りねだる。彼女に良く似た男の子が、申し訳なさそうに言う。
二人より年上の少年が、やはり困ったようにシアンに補足の言葉を投げ掛けた。

「シアン姉さん、ごめんね。オレじゃどうしようもなかったよ。リュウカは言っても聞かないし、ヘイズは泣きそうだし」
「あらあら、仕方ないわね。アルトだってそれなりに感情込めて読めているのに」

困ったように溜め息を吐く女性――シアンが、ヘイズとアルトに向かって言う。
少し黙考し、これからやらなければいけない事とそうでない事を分け、終わる時間を推定する。結果、

「よし、読みましょう! た・だ・し、おやつは無しよ?」
「わーい!」

リュウカはかなり嬉しそうな表情でぴょんぴょん跳ね、シアンはそんな彼女に苦笑した。
洗濯籠を片付け、庭に備え付けてあるベンチに子供達を座らせる。

「さ、今日は何のお話?」
「『かたよくとおちたてんしさま』!」
「『片翼と墜ちた天使様』? また難しいものを」

リュウカは何時も難しい本を持ってくる。悔しいが、年の割には彼女は博識だった。

シアン自身は、小さい時こそ学校に通っていたものの、十歳の時には叔父の手伝いの為に働き始めていた。
元々、音楽や踊る事が好きだったので、仕事は迷いなく楽団の一員になる事に決めた。今の生活は、それなりに楽しんでいる。
リュウカから本を受け取り、シアンはページの最初を開く。
そして、読み始めた。

『ある日、国には二人の天使が産まれました。天使の一族は大変喜びましたが、驚くべき事が分かりました。

その者達は、天に愛されし子であり、天に嫌われし鬼子だったのです。

純白の翼を黒に染め上げた、堕天使。

魔力の源である翼を片方失った、片翼の天使。

一族は話し合いました。

この天使をどうするのか。

血を吸う事でしか生き永らえない、哀れな天使を。

そして――』

   ■   ■   ■

「はぁ?」

クーザンは、思い切り間抜けな声を上げた。

今彼らは、宿屋の一室で休息ついでに打ち合わせをしていた。その流れで、ホルセル達が持つパーソナルノートに連絡が入ったという旨を告げられたのだ。

「いや、救援が要請されたんだよ。ジャスティフォーカスの」
「同じ穴の狢として任務を遂行する俺達には、救援が要請された場合、その地点から近い者がそれに当たるようになっている」

洞窟を調査していた構成員の救出。簡単に言えば、そういう事だ。

「あの占い師……一体どうやって」
「?」
「いや、こっちの話」

不本意ながら占い師の言う通りになってしまった自分を恨みながら、クーザンは話を聞く。
彼らと手を組むと言った時、ジャスティフォーカス構成員である二人に任務が下された場合、そちらを優先するという条件だったのだ。断るつもりはない。

「救援要請を送って来たのは、俺達よりもジャスティフォーカスにいる時間が短い奴らなんだ。まだ戦い慣れていないし……お前達も来るか?」
「そう、だね」
「行ってみましょうよ。困っている人がいるなら尚更です!」
「リレスが来てくれると助かるよな! オレら回復魔法使えないからさ」
「……」

戸惑うフリをして横を見ると、笑顔で言うホルセルをサエリが黙って睨み付けていた。されている本人は気が付いていない。
どうもツカサと会ってから、様子がおかしいと思う。

「では、明朝洞窟へ向かう。今の内に必要な道具は準備しておけ」
「分かりました」

この任務に於いて真っ先に賛同したのは、皮肉にもリレスだった。

ここ最近、グループ内で少しよそよそしい感じがする、とクーザンは思う。
ホルセルの事といい、リレスの事といい。隠し事を必死に隠している、そんな感じ。
クロスとサエリは、どんな気持ちで二人が突っ走るのを見ているのだろうか。

勿論、俺も人の事は言えないのだけど、とクーザンは一人ごちた。

NEXT…