第14話  碑と青年と化け物

神官シオン。
汝、数多の目を受け取らん。
さすれば、神官カイルの強大な助力となろう。

その代償は、汝の真に持つ《眼》。

さぁ、その瞳を抉り、
掻き出し、
神の身許に差し出さん。

怯む事は在らず。
ただ、ただ、
神に身を委ねよ。

総てを、災いから救って魅せよ。

   ■   ■   ■

結局、二人は幾度となく手合わせを続け、宿屋に帰ってきたのは午後七時頃だった。
ちなみに戦歴はクーザン十五勝、ホルセル十二勝だ。
リレスとサエリの二人も帰ってきている。どうやらちゃんと指定された買い物はしてきていたようだ。

今日の夕飯はカレー。
作ったのは勿論女性二人であり、じゃがいもと人参、玉葱等がごろごろと入っていて実に旨そうである。

「あのさ、ちょっと小耳に挟んだんだけど」

カレールーがかかった柔らかいじゃがいもを切りながら、ふとサエリが口を開いた。それを皮切りに、皿のサイズがデカい上、既に二杯目であるホルセルを始めとした全員が顔を上げる。
がつがつと豪快に平らげていく姿は、成長期である少年の姿そのものだ。

「ピォウドって街があるじゃない? ほら、バトルトーナメントが毎年あってる街。そこにあるドームで、何か事件があったそうなのよ」
「……何?」

サエリの話に拠ると、買い物で出掛けた先にあったラジオから、ピォウドのドーム崩落事件があり、ジャスティフォーカスの構成員が捜査をしているそうだ。

バトルトーナメントは、毎年行われる武道大会の事。
エアグルス大陸一のイベントであり、大勢の観客と参加者が集まる。観客はトーナメントの行方を賭けて楽しみ、参加者は誰もが自身の腕を磨く為に参加するのだ。

「……」
「ピォウドドームに何かあったら、今年のバトルトーナメントはどうなるんでしょうか……」
「……あ、クロス! ピォウドにはあいつらが……」

あいつら?と聞くクーザン達には構わず、クロスは「分かっている」と返事を返す。
同時に、パソコンのような機械のキーボードをカチャカチャと打ち続ける。

クロス達と一緒に行動してから、クーザン達はパソコンのようなものを初めて見た。
黒光りするボディに、ノートのサイズと同じ位の大きさの機械。
ホルセル達は『パーソナルノート』と呼び、クロスはそれを使って色んな書類を作っていたり、本部との連絡を行っていた。

「ジャスティフォーカスには、オレ達の他にも捜査を担当する構成員がいる。そいつらは四人組だけど、一応二人組で登録されてる。そいつらが、確か今ピォウドに滞在してた筈なんだ」
「へぇ……」
「オレよりも頼りになる奴らだけど、そん中の一人は……」
「ホルセル」

ホルセルの言葉を遮ったのは、クロスの声。
彼が怪訝な表情を浮かべて振り向いた先には、不機嫌そうなクロスが彼を睨んでいた。

「幾ら怪しくとも、奴もあいつらの仲間だ。疎外するんじゃない」
「……はいはい」

バツの悪そうな顔で、ホルセルが返事をする。ご丁寧に肩まで竦めて。
一体何の話なのかクーザン達は知る由もなかったが、そんな事は露知らず話は変わる。

「で、連絡ついたの?」
「いや……無理そうだ。何処かで電波障害が起こっている。また色々と厄介になっているようだ」
「そう、ですか……」
「また少し経ってから、連絡するさ」

パーソナルノートをなおし、再び食事に戻る。

「……ねぇ、これからどうする? 結局、ここではめぼしい情報は無かったし」

稽古をしていて情報収集していないはずのクーザンが、スプーンを置きそう話を切り出した。帰ってくる時に少し声をかけていたのだろうか。

「そうね。考えてなかったわ」
「次の国に移動して、また聞き込み作業を繰り返すしかないんじゃね?」
「うん、そうだけど……ちょっと、寄り道させてくれないかな」
「寄り道? 何処にだ」
「この国の北側に、ある歴史的建造物があるのは知ってるよね。あのお伽噺に関係している」
「『策略の碑』か」

クーザンの問いかけに、クロスが答える。食事は彼のみとっくに済ませていた。

アラナンの北側には、『策略の碑』なる歴史的建造物がある。
《月の姫》を守っていた神官の一人、シオン――策略の道化師を祀る、現代にとっては昔を知る一つの手掛かりである。

「そこに寄りたいんだ。碑がどんなものか見てみたいし、旅に出る前から行ってみたいと思ってた場所」
「……歴史的建造物に興味があるのか?」

若干驚いたような表情で聞き返してくるクロスに苦笑し、頷く。

「珍しいでしょ。昔、一緒に暮らしていた人の影響でさ」
「そう言えばアンタ、歴史学だけは良かったわよね、成績」
「私達が知らないような細かい所まで知っていましたし……」

学校での話を持ち出し、本人を置いて賑やかになる食卓。ホルセルまで加わり、言わなくても良い事まで言われる始末に、クーザンは溜息を吐きクロスを見た。
何かを考えているような姿だが、彼の思考など分かるはずもない。ただ黙って返事を待つ。

「……まぁ、寄るだけなら構わないが」
「よーっし! 明日はまた早起きだぁ!」

ホルセルが拳を突き上げて気合いを入れる。クーザン達も、それなりに彼の真似をした。

「じゃあ、取り敢えず……食事を終わらせましょう」
『ごちそうさまでしたー』

   ■   ■   ■

食事を終え、イノリが食器を片付けようと椅子から腰を上げる。
アークも手伝おうとしたのだが、「お客さんは座ってなさい!」という彼女の一言により大人しく座っていた。
カチャカチャと陶器が奏でる音を聞きながら、ふと少女の様子を見る。

「あら? お腹一杯?」
「……」

彼女の前に置かれていた食器には、まだ幾らか食べ物が残っていた。しかし、少女はもう手を付けようとしていない。

「あらあら、仕方ないわね」

イノリが少女の前に置かれている食器に手を延ばした刹那、

「……っ、ごめんなさい!!」
「え?」
「ごめんなさい、ごめんなさいっ……!」

少女が突然、泣き出した。
自分の頭を庇うように手で覆い、身体を小刻みに震わせ、イノリから2,3歩離れるように後退する。
まるで、恐怖の対象から逃れるように。

「……」
「……」
「もしかして……」
「イノリさん?」

訝みながら少女に近付くイノリに、慌ててアークが静止しようとする。が、彼女に「良いから良いから」と逆に静止されてしまった。

少女は近寄ってきたイノリにびくりと肩を震わせ、更に泣き出しそうな顔になる。後ろに退がろうとするが、壁に阻まれていた。
イノリは少女の目の前に座り込む。少女は恐怖に身体を震わせ、しかし――震える彼女の小さな身体を、しっかりと抱き締めた。

「!」
「あ……」
「もう怖くないから……ね?」

驚いて目を見開いた少女の頭を優しく撫でてやると、イノリはそう言った。見る者に安心を与える、穏やかな笑顔だ。

「……ん、で……?」
「ん?」
「な、んで……? リルは、悪い子なんだよ……?」
「何で悪い子なの? 貴女は何もしていないでしょう? リルちゃんは、悪い子じゃないですよ」
「リルは、悪い子じゃ、ない?」
「うん。だから、怖がらなくていいんだよ。安心して?」
「……うん……」

イノリの言葉に泣き止んだ少女――リルは、大きな空色の瞳をゆっくりと降ろし、彼女の腕の中で寝息を立て始めた。
安心したのだろう、彼女の表情にはもう切羽詰ったような様子はなかった。

「きっと、とても怖い思いをしていたのね。こういう子って、抱き付いてあげるだけで安心しちゃうのよ。――貴方達が何処から来たのかなんて、私は訊かないわ。でも、やっぱり放っておけないのよねぇ」
「……」
「ねぇ。もし困っているのなら、ジャスティフォーカスを頼ってみない?」
「ジャスティフォーカス……」

アークも、聞いた事がある。
大陸の国々の治安を守っている、『正義の力』を名乗る巨大組織。
確かに……そこに身を寄せれば、追われている自分達にもまだ手は残されているかもしれない。

「ジャスティフォーカスに行けば……“カイル”が見つかるのかな」

ポツリと呟いた言葉を聞いたイノリが、え?と訊き返してきた。あまりに小さな声だったので、聞こえなかったのだろう。
少女をソファに起こさないように寝かせ、毛布をかけてやると、改めてアークと向き直る。

「ボク、人を探しているんです。友達に、“カイル”って人を捜せって」
「カイル……また、珍しい人を捜してって言われたものね」
「?」
「“カイル”って名前は、今ではこの世界にはいないわ。最も畏敬される名前だから。神を崇める姫の下に仕えながら、死の神と契約を交わした裏切り者として」
「……そんな」
「まぁ、御伽話だから理由は様々だったりするけど……嫌われているのは確か。あまり口にはしない方が良い言葉だもの」

だったら。

彼は、レッドンは、

一体『誰』の事を……?

数分後、イノリがお風呂に入ってきたら?と薦め、アークがお構いなく、とやりとりをし始めた頃。

「すみません、誰かいらっしゃいませんか?」

こんこん、とドアがノックされると同時に、若い男の声が響いた。誰かが来たのだ。

「あ、お客さんですか?」

未だ動揺を隠しきれていないアークだったが、イノリに声をかける。
が、彼女は先程ドアを見やってから、心なしか厳しい表情を浮かべている。ドアを睨んでいると言ってもいい。

「……アーク君。ちょっとこっちに。リルちゃんも抱えてきてくれる?」
「え?」
「良いから早く」

アークがリルを抱えてイノリの後を追うと、家の勝手口のような所に連れて来られた。
色々な道具がごっちゃになって訳が分からなくなっている部屋だが、イノリは真っ直ぐに部屋の中央に向かい、床に備え付けられている木扉を引いた。
その先には、地下へと続く階段があった。

「い、イノリさん?」
「……あれは多分、追っ手が来てしまったの。貴方達の」
「!?」
「外にいる人ね、感情が汚れているわ。だから、分かる。――いい? この階段を下りると小部屋があるわ。そこに旅支度がある。何でも持って行って良いから、兎に角姿を隠して行きなさい。行き先はジャスティフォーカスでも、他の所でも良いわ。兎に角逃げなさい」
「え、ちょっと、待って!? 話が」
「良いから。このまま奴らに捕まったら、貴方の友達にも逢えなくなるし、頼みも聞けなくなる。それは嫌でしょう?」
「……イノリさん。貴女は一体……」

何者なんだ、と問いかけようとしたアークの口元に人差し指を当てると、イノリは悪戯っぽく「しー」と言った。

「私は、只の主婦よ。只のイノリ=ノウルという主婦。……ほら、行って来なさい!」

しばし呆然としていたアークだったが、イノリの瞳をじっと見つめ、やがて意を決したように階段に足をかけた。

「――また、会えますよね。イノリさん」
「ええ、勿論。遊びに来てくれても良いわ、是非」
「はい、本当にありがとうございます。――また」
「またね」

   ■   ■   ■

翌日――。
打ち合わせ通りに宿屋を出発した一行は、アラナンの華やかな街通りを歩いていた。
相変わらずお祭りムードのホルセルははしゃぎまわり、クロスに呆られていた。これから赴く所は国の中であるから、戦闘はしないと思うが――体力は温存していた方が良いに決まっている。力馬鹿なホルセルには、杞憂に終わりそうな話だ。

サエリは、これから行く策略の碑の伝承について自らが知っている事を口頭に上げ始めた。

「『策略の碑』に眠っている神官シオンは、武道の主君としても有名だけど……色々と、変な話も残っているわよね」

彼女の台詞に頷いたのは、歴史学の成績は良いと自負するクーザンだ。

「そう。元は名も無き盗賊だったけど、《月の姫 ディアナ》にその力を認められ、悪しきものと戦う神官として生きていく事になった。一説では、狩りで熊を捕まえて帰って来てたとか何とか……」
「その左目に神の力を宿し、常人では見えないものを、他人の思考を『視る』事が出来た……で合っていますか?」
「合ってるわ、多分。でも、何でまた行こうって思ったのさ」

クーザンに問い掛けるサエリ。
普通の人間なら、ここで「ただの御伽噺だ」と一蹴する所だ。それ以降、話が話題の核に上る事なく、忘れられる。
だが彼は、「昨日も言わなかったっけ」と苦笑しながら返した。最初の頃に比べれば、クーザンも結構丸くなったわよね……と、一瞬思ったが口にはしない。
昨日の夕食時とほぼ似たような動機を話し、そして

「何でだろう。ただ、行かないといけないって思ったんだ」

という一言で締め括った。

『策略の碑』がある公園に着くと、一行はその周囲の様子に首を傾げた。

ただでさえ公園を訪れている人は少ないのに、何だか閑散としていて、寂しい雰囲気を纏っているのだ。
神聖な場所で馬鹿騒ぎをする空気の読めない連中がいるよりは、遥かにマシだが。それでも、鳥の声ひとつしないこの静けさは、異常な気がする。

「……何かあったんでしょうか」
「さぁな。気を抜くなよ」

公園の門をくぐり、碑がある方へ歩く。入口から少し離れた場所にあるが、ここからでも視認は出来る。すれ違う人や碑を見ている人は、皆無に等しい。

「神聖な場所だから静かなのも納得がいくけどさ、何か嫌な雰囲気よね」
「…………」
「何か……呼吸し辛い、って言うか」

舗装された歩道の通りに歩いていくと、人間の背の高さ程もある四角形の石が。表面に文字が彫られているのも分かる。
碑の周囲は木々が囲んでおり、より神秘的な雰囲気を醸し出していた。
それらと同時に感じられる圧迫感に、誰もが息苦しさを覚える。

碑の前に立つと、ホルセルが碑の文字をしげしげと見つめた。石に彫られた文字は、風化により所々劣化していて満足に読めない。
しかし、例えそれが綺麗に読める状態で残っていたとしても、彼らに読めるはずがなかった。
何故なら、

「……何じゃこりゃ。古代の文字みたいだな」
「ホント。一文字も読めやしないわ」

碑に書いてある文字は、今大陸で一般的に使われている文字ではなく、文法や構成が若干違うもの。
より使いやすく、話しやすく改良されたものとは違う、複雑に組まれた文章は、古代で使われた大陸の文字だ。確かに一部読める場所はあるが、古代文字なら、自分達に解読する術はない。
だが。

「……『未来に生きる、全ての者よ』」
「!? く、クーザン?」

突然喋り出したクーザンを見やると、彼は古代文字の書かれている碑を凝視していた。

「『どうか、誰もが幸せに生きる世界を創って欲しい。誰かが犠牲になる世界など、価値がない。そして、生きろ。
生きてくれ――』」

文字は、ここで終了していた。
この文字を彫ったのが一体誰なのかは分からないが、余程苦しい環境で戦っていたのだろうか。

「クーザンさん、古代文字が読めたんですか?」

そこまで考えた所で、リレスが訊いてきた。古代文字だと思われるものを読んで見せたのだ、不思議に思われても仕方がない。

問われて、クーザンは初めて首を傾げた。
確かに考古学の知識の中に、少しは古代文字のそれはある。だが完璧ではないし、第一自分は学生。今読み返してみれば、全く読めない箇所もあるのだ。
何故読めたのか、当のクーザンにも分からない。

「……分からない。ただ、読めたから読んだだけ。――これは、シオンの死を哀しんだ人々が創ったのかな」
「……でしょうね」
「シオン……どんな人だったんだろう」

ポツリ、と呟く。
死して尚、沢山の人々に慕われた神官。彼の死に、一体何人の人が嘆いたのだろう。

「さぁな。ただ……素晴らしい才能を持つ、仲間想いの人だったって事は分かるな。でなけりゃ、こんな立派な墓は作って貰えねぇよ」
「そうですね」

強く吹く風に靡く髪を抑えながらリレスが返し、ホルセルは再び碑を仰ぎ見る。

「…………」

そんな中只一人、クロスは一言も口を開かなかった。ただ、睨むようにクーザンを見ているだけ。
しかし、視線の先の彼がその事に気が付く事はない。

「…………ん?」
「どうかした?」

ホルセルは何かに気付いたらしく、目を細めて碑の向こうを凝視する。クーザンも彼の行動に気が付き、同じようにそちらを向いた。

彼らが目を向けた先には、公園内でも自然と触れ合えるよう小さな植林がある。まだ植えられて日が浅いらしく、一番背の高い木でも碑の高さに近い位だ。
そして数瞬後、それに最初に気が付いたホルセルではなく、クーザンが絶句する事になる。

「あ……!?」
「え?」
「っあ、おい、クーザン!?」

突然走り出したクーザンを追いかけるようにホルセルが呼び、他の仲間も、何事かと彼を追いかけた。

驚くべき事に、幹が一際大きい木の根元、そこには至る所から血を流して倒れている、青年の姿があった。
死んだように、体はピクリとも動かず、瞳は固く閉じられている。
短い茶髪も血に染まり、一部分乾きくっついてしまっていた。
怪我の症状は身体への切り傷が多いが、それよりも長い前髪に隠れる左目からの出血は、一番酷かった。何か鋭利なもので一閃されたのか、額から左目を経由し、頬にかけて深い切り傷がある。

クーザンは近寄ってみて確信したのか、慌てて彼の体を揺らし始めた。手が血塗れになるかと思われたが、血液自体はすっかり乾いてしまっているようだ。

「やっぱり……! セーレ兄さん!?」
「知り合いか?」
「兄さん! セーレ兄さん!」

クロスの問いかけを無視し、クーザンはひたすら呼びかけるが、青年が起きる様子はない。

「クーザンさん、治癒魔法をかけますから……離れていて下さい」
「……っ」

躊躇いながらも彼女の言う通りに後退したクーザンは、治癒魔法をかけ終わるのを待つ。
リレスが杖を掲げ、詠唱を開始しようとして――ふと首を傾げる。

「(……あれ? どこかで見た覚えが……)」

リレスは、青年の顔を見て、妙な既視感を感じた。
だが直ぐに首を振り、魔法の詠唱に集中。癒しの力が発動し、青年の体を優しく包み込む。

――しかし、癒しの術のスペシャリストである魔導師の力を持ってしても、青年の傷は大して良くはならなかった。
元々、治癒魔法はその当人が本来持っている治癒能力を高める魔法だ。
一瞬で傷を塞いだり、骨折を治したりする事は出来ない。

サエリが「もう良いわよ」とリレスに声をかけ、一旦治療を止めさせる。青年の怪我の度合いを確認すると、苦虫を噛み潰したような表情で口を開いた。

「これは、医者に連れてった方が賢明だね。傷が酷過ぎる……」
「オレ、呼んでくるよ」

そうと決まれば、ホルセルが勢い良く走り出し町の方へと駆け出す。サエリもリレスに少し休んでいるよう念を押すと、彼を追い掛けるように碑に背を向けた。
が、

「! 何だコイツ!?」
「っ!?」

突然目の前に、見た事もない魔物が立ち塞がる。
人型をした獣のようなそれは、赤黒い血の色をした双鉾をぎらつかせ、クーザン達の退路を塞いだ。
肌と思われる部分は黒く、オカルト映画に出てくるような化物。魔物とは、どことなく違う気がする。

「あれは……!」
「「ヨコセ」」
「? 今のはこいつが!?」

クロスの驚いたような声は、だが何者かの声により阻まれる。
頭に響いた声は、仲間の誰のものでもない。とすれば、目の前の化物しかいない。
脳内に直接話しかけられているような感覚に陥り、ホルセルがそれを見た。
化物は体を左右に揺すりながら、紅い目を蠢かせる。

「「イマイマシキツミビト。ワタシヲコロシタソイツヲヨコセ」」
「ソイツ……って、まさかその男?」
「そんな事あるはずがない! セーレ兄さんが、そんな事……!」
「「ヨコサナイノナラ、コロス」」

化物が、その腕を変形させ、鋭い刃をクーザン達に向ける。彼らもすかさず自らの武器を手に取り、クーザン以外の全員が迎撃の構えを取る。
ホルセルが大剣で刃を受け止め、化物が僅かに躊躇した所にサエリが弓矢を放つ。
化物はそれを避け、そこにクロスの双剣が牙を剥いた。

手応えはあったが傷口から血が流れる事はなく、化物も平然としている。想像を裏切る事態に、彼らは愕然とした。

「んだよこいつっ!? 訳分かんねぇっ」
「喋る暇があるのなら応戦しなさい!」

致命的な怪我を負わせられないなら、自分達に不利な状況になる。
だが、がむしゃらに攻撃を仕掛ければ、もしかしたら倒せるかもしれない。
僅かな希望を胸に抱き、再び化物に向け刃を走らせる。

「「アマイヨ」」
「……っ!」
「「ソイツ、ワタシテモラウ。《シャイン》ニケサレタクナイ、ワタセ」」
「《シャイン》……?」

化物が口にした言葉を復唱してしまい、僅かにホルセルに隙が出来た。
その瞬間、ザシュ!と肉を裂かれる音が響く。体の大きさ故行動が遅いと思いきや、化物は彼の隙を逃さず攻撃したのだ。

「っがあぁっ!」
「ホルセルさん!!」

ホルセルの太股にその攻撃が当たり、血が滲む。
がくっと膝をつく彼を守るようにクロスが前に出て、第二刃を受け止めた。鍔競り合いが続く最中に背後のホルセルに向かい、怒鳴る。

「……の、大馬鹿者! 敵の眼前で隙を作る馬鹿が何処にいる!! 下がれ!!」
「わ、悪ぃ……」

双剣では重量のある刃は受け止め切れず、彼が下がったのを確認しクロスは横に転がって重い一撃を避ける。
そして、サエリが魔法の詠唱を行い始めた瞬間、

「ソイツは普通の刃では倒せないよ」

――ぱぁん!

「!?」
「「……ナン、デ。コノカラダハ、シナナイ、ハズ」」

銃声が轟き、クロスと力勝負をしていた化物の体が揺らぐ。化物の額(と思われる場所)には銃痕が空いていた。
銃弾が放たれたと思われる方角を見やると、闇色のコートを纏った人間が走り去っていく所。その手には、真っ白い銃が握られている。

「待て!」
「『セーレ』を頼んだよ!」

クロスが制止の声を上げるが人間は止まらず、口元に笑みを浮かべそれだけ言って消えた。

NEXT…