第9話 事情

石造りの部屋に不釣り合いな、様々な形の機械が陳列していた。
中には、何に使うのか見当がつかない物もある。
そこに女性はいた。

赤い髪を高い位置で結ったポニーテールに、女性にしては切れ長の瞳。赤いワンピースと黄色のネクタイ、と赤を基調としたコーディネートだ。

彼女は脇目も振らず、一心不乱に文字の書かれた四角いマス――キーボードと液晶画面だけを往復させた。
タッチメソッドと呼ばれる、手元を全く見ずにこれを打つ動作は、かなり熟練した者でないと習得でさえ難しい。

その時ノックもせずに入口に、金髪碧眼の青年が入ってきた。

「スウォア、これ、直せる?」

青年に振り向くことなく、機械のひとつを指差して女性が言った。

細長い形状で、至る所に細い穴が開いている。上と手前には受け皿のようなものがついていて、上の方には紙が何枚か差してあった。これと先程の液晶画面、キーボードで、膨大な量の情報をプリントアウトしてファイリングするのだ。

青年は、暗くて分かりにくかったが、リカーンでクロスを追いかけていたスウォアという青年だ。
右肩を左手で揉みながら現れた彼は不機嫌に舌打ちをし、訊き返す。

「今度は何をやった」
「ちょっと調子が悪かったから、叩いただけよ」
「叩く時点で駄目だ。もっと大事にしやがれ、クソババア」

今度は、という言葉から分かるように、これは初めてではない。
スウォアは彼女が示した機械の前に座り込み、それを分解し始めた。

彼は、意外と言われる趣味――機械弄りが転じて、彼女が使う機器を管理する役目を負っている。簡単な機械なら、自力で直せた。

「ったく……機械が可哀想だ」
「良く言うわ機械オタク。それと私はババアではないわ」

少し前のスウォアの言葉を訂正しながら、尚も言い合いを続ける女性。
その正面の机には、金髪碧眼の少年と黒髪の少年の写真が載っていて、無表情に笑っていた。

彼女は、スウォア達の同胞の一人、キセラ=フォルディオン。
スウォアとゼルフィルが直接動くのなら、キセラはそれをサポートする情報を集めるスペシャリスト、と言ったところか。

カチャカチャカチャ、とスウォアが機械を弄っているのを見ていた彼女は、不意に口を開く。

「スウォア」
「あ?」
「この前、アンタが連れてきた子。逃げ出した子も一緒に、もうここにいるわ。で、今人手が足りないでしょう?」

作業をする手は止めなかったが、スウォアはキセラが言わんとする事が分かった。

「何故俺に訊く」
「ちょっとね」

キセラは妖艶な笑みを浮かべ、話を終わらせる。

   ■   ■   ■

「狭」

ホルセルが開口一番、口を尖らせて言った。
それもそのはず、クーザン達が借りていたのは四、五人で雑魚寝が出来るスペースしかない部屋だったからだ。
最低限の家具は設置されているが、それだけである。もっとも、旅をする根なし草の彼らには、それさえもあまり必要なかったのだが。

元々クーザン達は、この部屋で全員で寝るつもりだった。
年頃の男女が一緒の部屋で寝る等、何が起きても文句は言えないと思うのだが――サエリとリレスが、宿代節約を頑なに主張した結果だ。

道中の魔物との戦闘で、そいつが旅人から奪ったはした金は持っている。あと、学生なりにこつこつ貯めてきた貯金は。
だが、何時まで旅が続くか分からない以上、節約するに越した事はない。それが、彼女らの言い分だ。

クーザンは、一応は全力で拒否したのだが「アンタが気の迷いさえ起こさなければ大丈夫よ」と聞く耳を持ってくれなかったのだ。

そんな彼らの事情を知らないホルセルがそう感想を抱いても、仕方のない事なのだろう。
サエリは気に障ったのか表情を歪め、彼を睨んで返す。

「庶民に格を求めないでよ」
「へっ」
「本当に、違う意味でムカつくわ……」

本気で一発殴ってやろうと、サエリが握り拳を作った所で、クロスがわざとらしい咳払いをした。振り向けば、やはり不機嫌な表情を浮かべている。

「今はそんな悠長な事を言っている暇はない。早速、お前達が遭遇した敵の事について聞こうか」
「え……彼から聞いていないんですか?」

彼の発言に、てっきりホルセルから全て聞いていたものと思っていた三人は驚く。自分達の特徴と共に伝えられている、と考えた方が自然だろう。

だがクロスは頭を振ると、ホルセルを一瞥して口を開いた。

「それなんだが。役立たずのこいつが、お前達の特徴と大ざっぱな経緯しか覚えていなかったんだ」

聞いた瞬間、クーザン達は漫才師がやるように大袈裟ではないがずっこけた。直ぐに、夜中だという事に気が付いて慌てて体勢を整える。

「あぁ、だから昨日ぶつかった時びっくりしてたのか。でも普通、逆じゃない?」
「だって、あん時は戦ってるのに集中してたんだよ」

クーザンは昨日クロスとぶつかった時の事を思い出し、納得しながら訊いた。
恥ずかしさからか不貞腐れたような返事を返すホルセルに苦笑を洩らし、話を始める。

夜ユキナに呼び出された、と話を切り出すと、サエリはニヤニヤとしていたが気にしないでおく。
幼馴染が夜会って話すのの何処が可笑しいんだか。ユキナしか話す女友達がいないので、クーザンには彼女の考えが分からない。
「銀髪の青年……やはり……」

やがて話は終わり、クーザンはクロスの反応を待った。
彼は腕を組んだまま黙考していたが、暫くすると考えを纏めるように言葉を呟く。

話を締めた後の、意味ありげに呟いたクロスの言葉が気になったが、それよりも。

「君達も教えてくれないかな? 妹さんの事」

クーザンは、何よりその事を一番訊きたかった。
ユキナを捜すにしても、やはり情報がなければ前にも進めない。
自分と同じ境遇にいるホルセルは、クーザンからしてみれば恰好の情報源だった。

しかしそれを聞いた瞬間、ホルセルの肩が竦んだように震える。顔にも冷や汗が流れたように見えた。

「あ、何か……ヤバかっ、た?」

黙り込んだホルセルを気遣ってか、クーザンが恐る恐る訊いた。

「……覚えて、ないんだ」

さっきまでとはうって変わった、快活さの全くない沈んだ声音で、ホルセルは呟く。

「え?」
「妹が……リルが拐われた時の事、最後の辺りが、ぽっかり抜けてるんだ。まるで、記憶が消されたみたいに。気が付いたら、返り血まみれになってた」

ホルセルは、自分の身体を抱くようにして言った。彼でも怯えるものがあるのか、と思ったが、直ぐに考えを改めた。
人間なのだ、怯えるものがあるのは当たり前である。

「だから、オレに訊かれても答えられないんだ! 分かったかよ」
「記憶障害のようなもの?」
「多分違う。三年位前から、ずっと。戦いが始まるのは覚えているのに、気が付いたらベッドの上、とか」
「……」

クーザンはちら、とクロスの方を見る。
こちらも、複雑な表情を浮かべていた。ただホルセルとは違い、彼の場合は何か隠している事を明かされるのを怯えているような、そういう怯えに見えた。

「君は、何か知らないの?」
「…………知らない。目撃者が少な過ぎる」
「ふぅん……」

答える前の沈黙が気になったが、敢えて聞かない事にする。

彼の記憶の喪失は、恐らく『殺人を楽しむ人格』が表に現れた事で、彼自身の人格は裏で眠って(或いは気絶して)いる事から来るのかもしれない。あくまで、憶測だけれども。

実際に、目を覚ましたホルセルはさっきの騒動を知らなかった。
その、彼の妹が拐われた時に彼が人格交代を行なっていたとしたら――成程、知らない訳だ。

そして、クロスも。
ホルセルに人格の事を伝えずに組んでいるなら、裏でコソコソと隠蔽作業をやっているのかもしれなかった。

それを自分やリレス、サエリという出会って間もない他人に知られたら、何処で本人に伝わるか知れたものではない。

「(ま……ただ単に、それを口止めされてるだけかもしれないけど)」

「つまり、私達の目的は、一緒って訳ですね」
「え」

一人思考を巡らせていたクーザンは、話に置いていかれていたらしくリレスの言葉に驚くが、サエリが構わず続ける。

「アタシ達もアンタ達も、拐われた人に繋がる敵を捜してる。お互いが知らない情報を持ち合わせてる」
「何が言いたい」

問い掛けつつも、クロスは彼女が言わんとしている事は大体予想がついているのだろう。表情が、先程よりも若干不機嫌そうになっていた。

そして、サエリは言う。

「手、組まない?って事」

彼女は悪戯を見つけたような微笑を浮かべて、彼の予想通りの言葉を口にする。

『   様。手を組みませんか?』

突然、頭の中で言葉が反芻した。

「っ!?」

「? どうしたのよ、クーザン」
「いや……」

誰かが話しかけたのだろうか、と突然辺りを見渡したクーザンに気が付き、サエリが訊く。リレスも小首を傾げたまま、むっとした表情でクーザンに視線を向けた。
その仕草は、大人っぽい彼女にしては年相応に見える。

「大事な話の途中なのに、お腹減ったんですか?」
「いやそんな事ないから。……ちょっとは減ってるけど」

昨日から思ってはいたが、リレスは随分とマイペースな所があるようだ。
それにしても……先程のは幻聴なのだろうか? にしては、やけにリアルだった。

「…………」

傍目から見ても狼狽しているように見えるクーザンを宥める(茶化している?)サエリとリレスの三人を、ホルセルはポカンと見ていた。
クロスだけが、そんな微笑ましい光景さえも厳しい目で見つめている。

やがて、話を戻すかのようにサエリがクロスに目を向けると、咳払いをひとつして話を続けた。

「どうかしら?」
「公務を妨害したら、どうなるか知ってるのか」
「ええ。“お偉いさん方に取り押さえられ、拷問ないし質問の雨で、やがては刑務所に行く”んでしょう?」

大抵の場合は質問と何ヶ月かの拘束で済むようだが、サエリは敢えて、何時しか大陸の住民達に広がった悪い噂の方を答えた。

「ちょ、オレ達はそんな事……!」
「例え貴様等でも、俺は庇うつもりはないからな」

偏見を正そうと慌てて発言したホルセルだが、彼の言葉は奇しくも自らの仲間によって遮られる。

それは、暗に手を組むのを了承した言葉。クーザン以上に無愛想な、彼らしい言い方だ。

「クロ……」
「お前は黙ってろ。話がややこしくなる」
「良いのね? 下手したら、アンタ達も情報漏洩で降格するかもよ?」
「下っ端が降格して悲しむ奴はいない。……いや一人いたか……寧ろ、これをきっかけにして行方不明者が見つかったら帳消しだ」
「考え方が大人ねぇ」

サエリが、感心したように呟く。
しかし、クロスは何か気に障ったような表情を浮かべ、彼女を睨み付けて返した。

「少なくとも、貴様等よりは年上だ」
「「「え?」」」

彼の発言に、三人は同時に驚きの声を上げる。じろじろとクロスを観察し、やがて口をついた言葉は、

「アンタ、何歳?」

だった。
そして、返答も至ってシンプルに。

「十七だ」

クーザンと(恐らく)ホルセルが十五、サエリとリレスが十六なので、確かに歳上である。

しかし、彼は大人びているとは言え、自分達と同い年にしか見えない。と言うか、てっきりそうだと思っていたのだ。

「クロス、それは言わないって自分で言ってなかったっけ」
「……口が滑ってしまった」

自分に呆れたように言うクロスに、クーザンは、まだ彼らが自分達に隠している事があるのに気付いた。いや、この場合は『彼』か。

知り合ってからの時間を考えれば当然の事だが、念の為訊いてみる事にしたクーザンは、恐る恐る口を開いた。

「何?」
「関わるなと言っている」
「関わりたい訳じゃない。知りたいんだ。もっとも……」

「(もう、関わり過ぎている気がするけど。)」

ボソッと続けるが、恐らく彼らには聞こえていないだろう。
その証拠にクロスはまた眉間に皺を寄せていたが、何も言わずにそっぽを向いた。

「分かったわ、聞かないでおく。で、明日はどうするのかしら」

手を組む事になった以上、明日からは彼らと行動を共にする事になる。まだどうするか決めていなかったクーザン達にとっては、好都合だが。

「ああ。アラナンに行こうと思っている」
「アラナン?」

アラナン――別名『天使の里』は、文字通り天使が創り出した国だ。
ホワイトタウンに似た白を基調とした町は明るく、毎月様々な祭りが行われると有名だ。ひょっとしたら、今も何か行われているかもしれない。

「アラナンに何かあるんですか?」
「いや、寄るだけだ。着いてから、ブラトナサかゼイルのどちらに行くか決める」
「成程」

情報不足なのは彼らも変わらないらしく、恐らくアラナンで情報収集をして行き先を決める、という事なのだろう。と、クーザンは判断した。
そう簡単に尻尾が見付かる訳はないのだから、異論は全くない。

「それと、言い忘れていたが。俺達と手を組むのなら、任務には有無を言わさず付いてきて貰うからな」
「承知の上よ」

始終主導権がクーザン達に握られていたのが余程悔しかったのか、最後にそう言ってきたがサエリにあっさり返され、クロスはまた不機嫌な表情を浮かべたままになっていた。

「さて、今日はもう遅い。ホルセル、帰――」
「なぁクロス」

クロスの発言を遮り、ホルセルが口を開いた。

「何だ」
「帰るのめんどいから、もうここの部屋取んない? 荷物は明日行く途中に取りに行けば良いしさ」

それにもう眠いぜー!と続けたホルセルの姿に、クロスは早々に諦めたようだった。眉間に手を当て、溜息を吐く。
全く、誰のせいでこんなに疲れていると思っているのか。

「お前の給料から落とすからな」
「了解。てかそうでもしなきゃ貯まる一方だから全然構わないぜ! つ~訳でクーザン、だったよな。買い物行こうぜ!」
「え、あ、うん、分かったから、服を放してくれないかな。首が締まって苦しいから」

クーザンと、彼を引き摺って連れ去るホルセルがドアの向こうに消えるのを見送ると、クロスは後ろに妙な気配を感じ振り返った。

案の定、その先にはサエリが仁王立ちになって彼を睨み付けている。驚いた事に、リレスはその様子に臆する事なくニコニコと笑っていた。このダブルパンチは……ある意味、怖い。

そして自分は、彼女らが訊きたい事の当ては付いている。

「……今日の事を話せ、って顔だな」
「当たり前。クーザンみたいに甘ったれてはないわよ、アタシ。事情位は教えてくれなきゃ」
「何の為に、彼が退室するのを待っていたとお思いですか?」

逃れる事は出来ない。直感的に、そう思った。そして、言える言葉もひとつだけ。
クロスからすれば、不本意だったとはいえ彼女らに助けられた借りがあるのだから。

「何から話せば良いんだ?」

小腹が減ったというホルセルを連れたクーザンは今、宿屋から数分先にある、夜営の雑貨屋にいた。

「(何か……人数増えたなぁ。最初は一人で行く筈だったのに)」

一応、宿屋にいる三人の晩飯も適当に見繕って手に取る。
これから野営ばかりが続く事はお見通しだ。今日は、栄養のつくものを買っておこう。

「(……これ、俺の事悟られずに行けるのかな)」

クーザンは無意識に、林檎を持っている左腕のリストバンドに目をやった。
そうこうしている間に足音が耳に入り、続いて声をかけられる。

「クーザン、買ったか?」

ホルセルだ。考えに没頭してしまったらしく、クーザンは慌てて彼の方を振り向き、

「まだ勘定は済ませてな……。何その量」

絶句した。

「え? この位普通だろ?」
「明らかに大量なんだけど……」

振り向いた彼が見たのは、腕に様々な食品を抱えたホルセルだった。量的にはクーザンの四人分の食料よりは流石に少ないが、それに近い。一人で食うのかこれ。

そして、会計時。

「おばちゃん、これ代金一緒で良いから」
「あいよ、2129ルーンだね」
「ちょ、俺達の分は出すって!!」
「別に良いって。つか、こうでもしないと金が減らないからさ。はい」
「毎度ー」

さっきの宿代といい、ジャスティフォーカスの給料の良さに言葉も出ないクーザンは、雑貨屋の店主への礼もそこそこに店を後にした。

「…………」
「……? 何かオレの顔に付いてんのか?」

まだ自分の顔を見つめるクーザンに、ホルセルが言う。
相手は同性とはいえ、自分の顔をじぃっと見られるのは誰だって恥ずかしいだろう。クーザンは、思った事を言った。

「いや。ただ、トルンで会った時とは全然違うなぁって。性格が」
「ああ」

彼は納得したように呟き、白髪を掻いた。何故か、ばつの悪そうな表情を浮かべている。

「よく言われる。仕事の時と、普通にしてる時と、何か違うって」
「え?」
「仕事の時は、いつも不機嫌そうって言うか……それに、妹を捕まえてった奴らがいたからな」
「成程。今のままが結構付き合いやすいけどね」
「だろ? 後々冷静になって考えたら、クーザンと友達になりたかったって思ったもん」
「え?」

訝しんだクーザンが、問い掛ける。困ったように苦笑すると、ホルセルは言った。

「ロクな友達いないからさ。友達、欲しかったからさ」

「三年前は、あんな事はなかった」

半ば強制的に説明させられるクロスは、そう切り出した。

「普通に笑って、普通に怒って、普通に泣く。二重人格なんて、微塵も感じなかった」
「それが、三年前から一変した?」
「ああ。初めて見たのは、少女や少年を売春する犯人を取り押さえる時だったか。あれも任務の時だった」

犯人を追い詰めたは良いが、運悪く兄の仕事に興味を持ってつけていた彼の妹が、犯人に人質に捕らえられた。それが、始まりだった。

「ジャスティフォーカスに来た時とか、三年前とか、オレ、結構苛められたんだ」
「イジメ?」
「原因は知らない。ただ、昔はそれが嫌で、多分原因のひとつであるこの白髪を隠して暮らしてた」

「最悪な事に、その光景を一部の構成員に見られ……口封じはしたが、それが転じて奴は苛められていた」

何も知らない部外者から見れば、狂ったホルセルは畏怖する存在。確かに、そんな者がいたら軽蔑するだろう。
いつ冷たく、怪しく、鈍く光るあの双眸が、刃が自分に向くか分からない状況では。

「一緒にいて、心から笑える友人なんて、何人かしかいなかった。だから、友達欲しいって願望がかなり強いんだよな。オレ」
「そういう事か」

クーザンは、ホルセルの言う苛めの原因は見当がついていた。
正直、恐ろしいとは思う。思うが、不思議と恐怖は感じないのだ。

「じゃ、ホルセルは俺の事、友達だって認めてくれたの?」
「もっちろん! お前、結構気が合いそうだしさ! クロスの奴お堅いんだもんよー」

酷い言い様だな、とクーザンは苦笑する。確かに、あの性格の少年が相棒だと肩身が狭いだろう。

「彼……クロスさんって、ホルセルの友達なの?」
「ん? いや、クロスは……兄弟、かな」
「兄弟?」

クーザンの問いに、ホルセルは僅かに表情を陰らせた。
が、それも一瞬で消え失せ、直ぐにさっきまでの明るい表情に戻る。

「そ、もう何年の付き合いかな。苛められるオレを助けてくれたり、ジャスティフォーカス構成員になるって決めた時も、一緒になってくれたり。報告書作成なんて、クロスに任せっぱなしだしさ……友達っていうよりは、家族に近いかな」

「噂が広まらないよう今まで尽力していたが、まさかこんな所でバレてしまうとは……」
「ああ、だから言いそうになったアタシを睨んでいたのね」

サエリは、かける言葉が見つからなかったのか、それだけ呟いた。

「? お前、気が付いて……」
「あぁ、アタシじゃなくて、クーザンが。痛かったわよ~背中」
「……あいつが」

睨んでいた事には謝罪せず、クロスはまた考え込んだ。どうやら、バレていないと思っていたらしい。

やがて、再びギロリ、と二人を睨み付けるクロスからは、殺気が感じられる。サエリとリレスは、流石に慣れてしまった。慣れとは恐ろしい。

「貴様等、これを他人にバラしたらどうなるか分かってるよな」
「安心して下さい。絶対に言いませんから。さ、今日も遅いですし、もう休みましょう」
「分かった」

クロスが部屋を出ようと、ドアのノブに手を掛ける。
その瞬間、

「ただいま~!」

ばんっ!

タイミング悪くホルセルが外からドアを開けた為、近くにいたクロスの顔面に、ドアが思い切りぶつかる。

「って……あっ!? く、クロス!!」
「貴様……」

顔を押さえて静かに怒るクロスは、恐ろしい形相になっていた。
蛇に睨まれた鼠の如く、ホルセルは苦笑いを浮かべながら後退りをする。

「ワザとじゃないから、許してあげなよ」
「……フン」

ホルセルの後ろから声をかけるクーザンを一瞥し、クロスは部屋を後にした。

「クロス! 飯!」
「要らん!」
「せめて何か喰っとけって! おにぎり投げるから取れよー!」

夜は、更ける。
月は、世界を変わらず照らしていた。

  *  *  *

カツン。
響く材質で出来た廊下に、乾いた音が谺する。薄暗いそこには、良く響いた。
その足音の主は、黒を基調とした制服を身に纏っている為どんな容姿かは分からない。辛うじて、体の線が分かる位だ。

しかし、それでもはっきり分かるように。

男は静かに、口角を上げた。

  *  *  *

翌日。
一行は出国審査を受ける為に、ゲートの隣に建てられている審査所へ一旦向かった。ホルセルとクロスの荷物は、既に回収済みである。

ここにいる人間は、大抵が旅人か商人だ。リカーンの住人は全くと言って良い程存在しない。ごくたまに、外からの客人を迎える者がいる程度である。

クーザン達が入った時も、審査所の休憩室には人がいなかった。旅が盛んな時期でもないので、それは大して気にはならない。ならないが、

「……?」
「何か……可笑しいわね」

その静けさに、クーザンやサエリは違和感を感じた。
住人は兎も角、審査員が中をうろうろとしていないのだ。人数も少なく、閑散としている。

「こんなもんだろ?」
「そうですね。丁度出勤の時間ですし、まだ来てないんですよ」
「……一理あるか」

考え込んでいたクロスがリレスの言葉に応じ、審査受付のカウンターへ足を向ける。
恐らくは、彼もクーザン達のように違和感に気が付いていたのだろう。足を止めていても始まらないか、と残りの者もクロスに倣った。

審査受付に立っていたのは、男だ。
前に鍔の付いた、青色の帽子を目深に被っているせいで目元まではっきりとは見えないが、何故か覇気のない表情をしている。

「済まないが、お前がこの国の審査員か? 出国したいのだが」
「ん? ああ、私です。何人ですか?」

クロスの掛けた声に反応し漸く感情の起伏を見せた審査員は、後ろにいるクーザン達を見ながら人数を確認した。五人よ、と言うサエリに頷く。

「本人確認書類を見せてください」
「ほい」

ホルセルとクロスは懐からジャスティフォーカスの構成員証を、クーザン達三人は学生証を出して見せた。
審査員は一つ一つ確認し、帳簿に書き留めていく。

やがて、顔を上げた審査員から書類を受け取り、後はこのままリカーンから出るだけとなる。
念の為、ここに設置されている道具屋で残りの買い忘れた道具を購入して行こうと、一行は審査所の中を散策し始めた。

数分後の悪夢を知る者は、まだ誰もいない。