翌日の、昼頃。
クーザン達は、街へ繰り出し情報収集の続きに打ち込んでいた。
宿があったのは、ギリギリ農業エリアに所属する場所だった。
水田や田畑が広がるこの地域は、空気も澄んでいるように感じる。
やがて、周囲にちらほらと建物が増えてきた。
住宅は高くても精々ニ、三階が主流のこの国では、特に目立つ建物はない。敢えて取り上げるならば、中央に聳え立つ王族の城位だろう。
市場にはたくさんの物が溢れ、何人もの行商人が気合いを入れて客寄せ中だ。
売っているものは食料から雑貨、娯楽品、挙げ句の果てには用途不明のものまでが安価で売られている。
俗に言う、『叩き売り』をやっている店も少なくない。
「よぅ兄ちゃん! 旅人だろ、何か買わないかい!?」
「あらお嬢さん、可愛いわねぇ。え? 旅人さんなの? なら、うちの店で何か買っていかないかい?」
あらゆる店員の誘惑を器用に躱しながら先へ進む事、十数分。
「……あら?」
そんな中、サエリが店の一角に目を留めた。
彼女の視線の先には、大勢の少年少女が写った写真が額に入れて飾られている。
色褪せもそんなに酷くない事から、撮られてからまだそんなに経っていないのだと判断出来た。
しかし、当然ながらサエリが気になったのは色褪せではない。
その、写っている人物達である。
「この店、《ワールドガーディアン》が来たのね」
「え?」
「ほら、写真が飾ってあるじゃない」
「お嬢さん、良く気が付いたね」
と、店の店主が写真を見て話しているクーザン達の様子に気付き、一行に近寄ってきた。
呼んでもいないのに客に構う店主というのは、どうやら何処でも同じのようだ。
それにしても、別に商品について話していないと言うのに、サービス精神旺盛な人である。
「何年前だったかな。粛清される前、《ワールドガーディアン》の一行がこの地を訪れた時に、わしが無理を言って撮らせて貰ったんだ。彼らは有名な青少年だけの、大陸を護っているグループだからな」
《ワールドガーディアン》。
その力は世界を守る為の刃となり、盾となると謳われた、男の言う通り少年少女のみで組まれたグループの事だ。
全6名という少数精鋭で、一人ひとりに敬意と僅かながらの畏怖を込めて二つ名が与えられている。
グループのリーダー、《穏健なる審判者》ザルクダ=フォン=インディゴを中心とし、《異眼の拳王》、《豪力の巨剣》、《深淵より出し悪魔》、《友愛の聖女》と続く。
残り一人の二つ名は全く判明しておらず、一部では《存在しない存在》と呼ばれている。写真には、その最後の一人は写っていなかった。
まるで自分の事のように生き生きと話す店主の話に、リレスとサエリは興味津々と聞き入っていた。
が、
「……」
クーザンだけは、仏頂面をあからさまに浮かべて始終黙っている。
性格上、相手の長話をのんびり聞くのが苦手なのだろう。
そして、それに気が付く者はいない。
リレスは店主の話を聞き、ふと疑問に思った事を口にする。
「……リカーンが粛清されかけた時ですか? 確かに、その時《ワールドガーディアン》の方々はこちらにいらしていた筈です」
粛清とは、たくさんの人が国が、無かった事として『リセット』される事件の事である。
それによって潰された国や街は、随分昔のも合わせて百はあるだろう。一体誰が行なっているのかは知らないが、住人達からしてみればいい迷惑だ。
そして、その粛清を阻止するのが、《ワールドガーディアン》である青年達の役目であった。それ程までに、彼らは慕われている。
「確か、六人の勇者って呼ばれていたわね。この国も救われたのよね」
「ああ……あれは酷かった。わしらも逃げる算段を立て、死ぬ覚悟で相手にたてついたのだからな」
「でも、粛清される国には必ず何か落ち度があった筈ね」
サエリが、昔の事を怯えながら話す店主に訊いた。
大抵の場合は「魔物が潜んでいる」「戦争に発展するような物騒な武器を造ろうとしている」等の噂が一人歩きし、それが事件の張本人の耳に入って粛清される、というパターンだと、何時だったか新聞か何かに書いてあった筈だ。
酷い時は「極悪犯が潜んでいる可能性がある」という理由で粛清された街もある。
事件後の街は、見るも無惨なものになっていた――と、ジャスティフォーカス構成員の口から発表されていた。
しかし、店主はとんでもない、と答え、
「リカーンには落ち度はなかった。元々農業国なんだ、そんなやましい事をしている暇はない。あるなら、それは皆仕事に宛てようとするだろうしな」
「……よね」
じと、と疑いの目を向けていたサエリもこれには納得し、店主から目を離した。
そして、幾つかの傷薬や保存食を手に取り、購入する。
サエリはまたも「安くならないかしら?」と交渉していたが、今回はあまり下げてくれなかったようだ。
店を出て、町に向かう三人。
クーザンは買い物の時から、一言も言葉を発しなかった。
「……クーザンさん?」
「!?」
それが気になったのかリレスが声をかけると、彼は驚いたような顔をして反応を返す。
クーザンには珍しく、目を見開いた無防備な驚愕の表情だ。
「……な、何?」
何故か、たどたどしく返事をするクーザン。
挙動不審な態度の彼にリレスは気にした様子はなく、話を続ける。
「大丈夫ですか? 何だか顔色が悪いような……」
ずいっ、と顔を覗き込むようにリレスが近付けば、クーザンは先程とは違う意味で驚き、慌てる。
「な、何でもない!! ほ、ほら、宿行くぞ!」
「……?」
話を反らすと、クーザンは顔を隠すようにして一番前に出る。
序でに通り掛かった人に話し掛け、聞き込みの続きを行なっていた。
二人からすれば、学校で噂を聞くクーザンの人物像と違い、今のように張り切ってくれる事は嬉しい事だ。
しかし、やはり可笑しいと言えば可笑しい。何かを隠しているような、そんな違和感を感じる。
知り合ったばかりの自分達には話せない事なのかは分からないが――十中八九、そうなのだろう。
「……何なのでしょうか?」
「……何かあるとは思っていたけど……」
サエリは頭を掻き、クーザンの後を追おうと足を動かす。
一瞬見えたクーザンの表情に僅かに同情したが、自分は関係のない事なので気にしない。
確かに違和感も感じたが、今回のあの慌てようは確実にリレスの行動のせいだろう。彼女に「男と話す時はあまり顔を近付けてはダメよ」と言ってやろうかと思ったが、「どうしてですか?」と返されるのがオチなので、結局何も声をかけなかった。
彼女が悪い訳ではない。悪いのは彼女を構成する「天然」という要素だ。
それは無意識と似たような形であり、本人に自覚はないのだから。
何処までも天然な彼女がある意味羨ましいが、別の意味で妬ましくも思ってしまう自分がいる事には目を瞑り、もう姿が見えにくくなったクーザンを追いかける。
――数時間後。
「あー、もー……」
サエリが、溜息にも似た声を上げた。その表情には、心底疲れたような色が浮かんでいる。
情報が見つからない不安だけではない、慣れない旅にも少量ながら疲労が溜まっているのだろう。
リレスも同じように疲労の色が浮かんでいるが、気丈に振る舞っているようだった。
「やっぱり、私達みたいな余所者には……誰も教えてくれませんね」
「それもあるけど、理由は恐らく……」
「?」
「……何でもない。さ、また誰かを捕まえて聞かないと」
昨日の聞き込みでは収穫ゼロ、今日も手がかりでさえ掴めない。
捜索ニ日目にして、完璧な手詰まりの状態である。
まぁ予想はしていたのだが、こうも予想通りだと逆に気分も滅入るというものだ。
情報収集の定番である酒場はクーザン達の年齢と治安の悪さから使えない、海に面していないこの国には港もない。
かと言って、新聞は旅の始めのクーザン達には少しキツい出費だ。
出来るだけ、人の情報に頼ろうとしていたのだが。
「……」
「そこらに情報落ちてないものかしら……」
あまりに上手く行かない事からのストレスか、無茶苦茶な事を言い出したサエリの横で、クーザンは沈黙を守っていた。
他の手を考えていた、と言った方が正しい。
「仕方ないですね。今度は居住エリアに行ってみましょう?」
「……そうね」
リレスとサエリが進路を変え、居住エリアの入口に向かおうとする。
クーザンもそれしかないか、と頭の中で納得し、二人に付いていこうと足を踏み出した。
路地の向こう側には、もうじき収穫の時期を迎える小麦や、米の田畑が見える。品種改良を重ねたこの国の米は、頻繁に収穫され出荷されるのだ。
ちらほらと、人も歩いている。
建物の高さや大きさもそんなにない事から、行き交う住人の姿形も見える事は見えた。
住人とは言っても、やはり悪魔や天使の風貌を持つ者は少ない。
サエリが浮いて見える程だ――彼女が典型的な悪魔の風貌をしているだけで、実際にはいるのかもしれないが。
見渡せば、クーザンのような黒髪の男性や茶髪の女性とありきたりな風体をした者もいれば、珍しい白髪を逆立たせた少年も遠くに見える。
白髪なんて、まだ若いのに苦労しているんだな……と的外れな考えをしかけ、クーザンは気が付いた。
「――っ!!」
「! クーザンさんっ!?」
気が付けば行動に移すのは早く、二人が振り向く直前にクーザンは足を動かす。
見逃す訳にはいかない。
「ちょ……クーザン!? 何処行くのよ!?」
突然走り出した彼にサエリとリレスが気付いて名を呼ぶが、本人はそれに構わず走っている。
慌てて二人も追い掛ける為に、走り出した。
やがて、農業エリアの入り口辺りでクーザンは走るのを止める。
「……はっ、はっ……。いない……」
「も、もう、どうしたんですかっ!?」
漸く追い付いた二人も息を切らし、リレスが声を絞り出すように問いかけた。
魔法を主力とする彼女には、突然の運動はキツ過ぎたか。
クーザンはもう一度辺りを見回し、追いかけていたものが見えない事を確認すると、諦めたように口を開く。
「一昨日の……彼が見えた気がしたんだよ」
「一昨日? あの白髪の?」
クーザンの言葉に、サエリも驚いたように声を上げる。
トルンの公園で銀髪の青年と戦った時、半ば強引に加勢してくれた白髪の少年。
彼は、妹を奴等に拐われたとか何とか言っていた筈だ。
読みが間違ってなければ、彼も自分達と同じように奴等を追っている。
話が訊ければ、何か情報が手に入ったかもしれないのに……!
「……仕方ないわね、諦めなさい。人違いかもしれないし」
「くそっ……」
「焦っても何にもならないですよ、ゆっくりいきましょう。ひょっとしたら、またすれ違うかもしれませんし!」
リレスにそう言われ、クーザンは渋々捜すのを諦めた。
内心では、一刻も早く情報を手に入れてユキナを連れ戻したかったが。
「(まぁ、確かに人違いかもしれないし……でも、本人だったら……!)」
いや、寧ろ本人だった可能性の方が高い。白髪の少年など、そうそういないのだから。
無力な自分が歯痒くなり、クーザンは爪が皮膚に食い込む位の力で拳を握り締めた。
「リレス、平気?」
サエリは、まだ呼吸が荒い親友を気遣う。
リレスは困ったような表情を浮かべ、両手を胸の前で左右に振ってみせた。
「あ、はい。まだまだ大丈夫ですよ」
「そうじゃなくて……まぁ、良いわ。クーザン、今度から走るなら走るって言ってからにしてよ」
「……尽力するよ」
そして、数時間後。
「駄目だ」
「右に同じ」
クーザンとサエリが、大きな溜め息を吐く。
その後も情報を集めようとしたが、やはり結果は同じだった。原因は、国の住人達が、事件について語ろうとしないからだろう。
当然と言えば、当然である。
拐われた少年達に共通点が見つからない今、この事件は所謂「無差別誘拐」のようなものだと民衆には認識されているも同然だ。
翌日には自らが狙われているかも知れない、そんな恐怖に駆られていては、今隣を歩いている人間にも不信感を抱かずにはいられないのだろう。
下手したら、余所者である自分達に疑いがかからないとも、言えないのだ。
「こうなったら、かなり手探りにはなるけど……アンタが言っていた、この前の奴を捜してみる?」
サエリが、クーザンに向き直って提案する。
勿論『この前の奴』とは、さっきクーザンが見かけたという白髪の少年の事だ。
「でも、まだいるかも分かりませんよ……。いるなら、手掛かり入手になりますが……」
リレスが否定するが、その表情は辛そうな顔をしている。
そもそも、クーザンが見かけた彼が本人かどうかも分からないのだ。可能性が高いだけであり、確実に彼だとは言い切れない。
捜すとしても、相当な博打になるだろう。
「大丈夫でしょうか……レッドンとアーク」
「アンタはレッドンに執心してるからねぇ」
意地悪な笑みを浮かべ、サエリがリレスを茶化す。
その表情は、数日前にクーザンを弄っていたウィンタのものと似ていた。だから、クーザンは何となくサエリが言いたい事が分かる。
案の定、リレスは顔を赤らめて、
「! ち、違っ……」
と否定した。
が、その顔は明らかに真っ赤に染まり、慌てている。
「クーザンは知らないのよね。レッドンはリレスの彼氏なのよ」
何となく予想は出来たが、改めて言われると納得する。
元々クーザンと彼女らは別のクラスなのだ、知らなくて当然だ。
感心したように「へぇ」と呟くと、リレスが慌てて否定するように首を振った。
「わ、私は……っ!」
「はいはい。どーせ、『私はそんなつもりないですっ!』とか言うんでしょ? アンタはレッドンの心配でもしていれば良い……」
リレスの声を真似しながらサエリが言うが、ふとその言葉がピタリと止まった。
クーザンも気がつく。
「(ヤケに静かだな……?)」
周りの気配が、時間帯にしてはシンと静まり返っている。
辺りを歩く人間は、クーザン達以外には見当たらない。
二人が突然黙り込んだ事に更に戸惑いを見せたリレスは、キョロキョロと辺りを見回した。
「……」
「こっちね」
「サエリ、何が……」
「しっ、静かに」
サエリの注意により、全員が息を殺す。風の音だけが、側を通り過ぎていった。
たたたたたたた。
たんっ。
足音一つ。
極力音を立てないように走っているようだが、少しずつ此方に近付いてきている。
そして、その足音は彼らの頭上で止まり、
――ザッ!!
「!」
「!? 貴様ら……!?」
屋根の上から飛び降りて来た人間が、三人を見て微かに眉を寄せる。人がいるとは思っていなかったのだろう。
三階建ての屋上から平気で飛び降りる人間はいないと思っている三人も、同じように吃驚した表情を浮かべる。
彼の両手には、片刃の二振りの短剣が握られていた。
石突きの部分には留め具が付いていて、それで二本を一本の剣にする事も出来るタイプだ。
「君は……昨日の?」
クーザンは、呆然と呟く。
彼は、昨日市場周辺でクーザンがぶつかった、あの長髪の少年だったからだ。
特徴的な、額に巻かれた青いバンダナ。間違いない。
少年は早々に驚愕から立ち直り、眉間に皺を寄せて激昂する。
「このエリアは今、侵入禁止区域になっている! 一般人はいない筈だった! ――くそ、何故入れた……!?」
何やら何処かで聞いたような呼び方で、クーザン達を呼ぶ長髪の少年。何処で呼ばれたかは、思い出せなかった。
しかし、果たして自分らが歩いてきた途中に、『立ち入り禁止』などと注意書きがあっただろうか?
クーザンは気になった事に考えを巡らせたせいで、彼が最後に呟いた言葉を気にする事はなかった。
「な、何ですって?」
「そんな事何処にも……」
「兎も角!! 早く逃げろ、でないと……」
まるでその話を追求させないかのように、彼はサエリ達の発言が途中にも関わらず声を荒げる。
切羽詰まった表情でクーザン達に逃走を促したが、それを言い切る事はなかった。
ゴッ。
不吉な気配を纏う一陣の風が、吹いたからだ。
「――っ!」
「みぃ~つけた」
気が抜ける台詞が、耳に届く。
その声に顔を上げれば、少年が落ちて(飛び降りて)きた屋根の上には何時の間にか癖のある金髪の、碧眼の青年が立っていた。
青いラインが特徴的な白い服に身を包み、それと同じ色のマントが、クーザン達の立っている場所より強い風に煽られる。
切れ長の瞳からは、並々ならぬ闘志が感じられた。
手には、細かな装飾がなされた細身の剣――レイピアが握られている。
「……へ? 嘘?」
「あれ?」
「くそ、追い付かれたか……!」
サエリとリレスがその青年の姿を認めた時、二人揃って呆気に取られたような声を上げた。
そんな彼女らとは逆に、長髪の少年は直ぐに反応して振り向き、クーザン達を庇うような位置に立って短剣を構える。
「そんな奴らほっといて、さっさと逃げれば良かったのになぁ?」
「……」
話を察するに――この長髪の少年は、今上にいる金髪の青年に追われていたのだろう。
少なくとも、知り合いではないらしい。
「黙れ!!」
「フン……。見過ごせなかったって奴か? そうだよな。《正義の力》を掲げるお前達にはなぁ。でも良いのか? お前の相棒を置いてきて?」
金髪の青年の言葉に、長髪の少年がギリッ、と歯軋りをする。
そして、言葉の一部に反応したリレスは、口許に手をやりながら言った。
「正義……? もしかして貴方は、《ジャスティフォーカス》の構成員の方なんですか?」
「………………ああ」
チラリとリレスを一瞥した長髪の少年は、かなり渋ったようだがそれを認めた。
隠せない、と判断したのだ。
《ジャスティフォーカス》は、この大陸で規律を取り締まる巨大組織だ。
魔物退治から犯罪者の取締り、また孤児の保護等も活動内容に含まれる。
保護された孤児は組織の者の養子となったり施設に預けられたりするので、彼のような少年構成員がいてもおかしくはない。寧ろ、そちらのパターンが多かったりするのだ。魔物と戦う機会が多い、この大陸では。
長髪の少年が、金髪の青年をキッと睨む。
「貴様を倒して、アイツとは合流する。去れ」
「……残念。それは出来ねぇ。それに、そっちの奴らにも用はあるしな」
「何?」
意地悪く笑うと、金髪の青年は長髪の少年の言葉には返さず、クーザン達の方に視線を向けた。
レイピアを突き付けるように構え、口を開く。
「どうだよ? 大切な彼女がいなくなった気分は」
「――っ!! お前……まさか、この前の奴の仲間なのか!?」
クーザンが叫び、同時に腰の鞘から剣を抜いて構える。
それを見ても、金髪の青年は怯む事もなく顔をにやつかせたままだ。
余程度胸のある青年である。いや、もしかすると、戦いという行為自体を好む戦闘狂なのかもしれない。
「やれるのかよ、お前に? ゼルフィルが背を向けても、犬みたいに怯えて動けなかったお前が!! ははっ、こりゃお笑いものだぜ」
「……何……?」
「ユキナを返せ……」
馬鹿にするような金髪の青年の言葉に、クーザンは地面を蹴った。
怒りで頭に血の上った彼は、長髪の少年の呟きは聞こえなかったようだ。
吃驚したように呟いた長髪の少年だったが、流石に飛び出したクーザンを認めて我に返り、叫ぶ。
「! おい、貴様が敵う相手では……!」
「返せえぇぇっ!! 《空破刃》っ!」
勢い良く振り抜いた片手剣から発生した衝撃破は、真っ直ぐに金髪の青年に向かって行く。
「おせーよ」
クーザンの一撃目である《空破刃》の衝撃破を、金髪の青年は易々と避けた。
地上から三階建ての建物へ、というタイムラグはあるものの、そんなに簡単には避けられない筈なのだが――それだけ、金髪の青年の身体能力の高さを窺わせる。
衝撃破はそのまま真っ直ぐに進み、空中で勢いが霧散した。
彼はクーザンの次の攻撃が来る前に、見事地上へ着地する。
風の抵抗でマントが下りきらない内に立ち上がり、リレス達の方へ向かった。
「させるもんですか!」
相手の意図を察したサエリがクロスボウから矢を発射し、進路を妨害する。
だが、それをレイピアを打ち付ける事で叩き落とした金髪の青年は、四人の中で一番打たれ弱いであろうリレスを狙って走った。
本人は己が狙われている事に気が付いて離れようとしたが、彼のスピードはそれよりも圧倒的に速い。
「貰っ――」
ガキィン!
リレスの首筋を狙って突かれたレイピアは、長髪の少年の短剣に阻止されていた。
ちっ、と舌打ちをし後退する。
「!」
退く直前に空気が動いたのを感じた金髪の青年が、ジャンプしてその場を離れる。
背後では、クーザンが袈裟斬りを放っていた。
意識がリレスに向かっている内に斬りつけるつもりだったのだろうが、失敗に終わったのを悟ったらしく表情を歪める。
再び着地した金髪の青年は、余裕をかました表情で一同を見やった。
「ふん……ちっとはやるじゃねぇか」
「はぁ、はぁ……」
「くっ……。速い」
まだ戦い慣れていないクーザンの息は荒く、長髪の少年も彼のスピードについていけない。
まるで、鷹か何かを相手にしているような錯覚を起こしていた。
金髪の青年はそろそろ止めを刺そうと、足を一歩前に出す。
これ位の力量なら、殺す事など彼にとって容易い事だ。
刹那。
――ゾクッと、背筋が凍る。
それは、悪寒と言ったものに似た感覚だった。冷めきった殺気が、自分に向けられたような。
餌に餓えた巨大な何かに、自分を見下ろされたような。
金髪の青年は動きを止め、殺気の発信源を求め辺りを見回す。
だが、それらしきものは全く見当たらなかった。
その殺気はクーザン達も感付いたらしく、戸惑いを見せる。
「な……何?」
「! あの、馬鹿!!」
ただ、長髪の少年だけは悪態を吐き、二振りの短剣を構え直した。
先程よりも、僅かに焦りの表情が見える。
「状況が変わった……。全力で貴様を倒させて貰う」
「はっ、出来るのかよ?」
「出来る出来ないじゃない。やる、んだ」
「ストップ」
今にも飛び出して行きそうな少年を制し、クーザンが声を掛ける。
長髪の少年は何だ、とでも言いたげに視線だけを彼に向けた。
「何かヤバいのは分かる。ここは俺達に任せて行くんだ」
「何?」
「これでも、剣術位は修得してる。君だって、今は一刻も早く仲間の所へ行きたいだろ?」
事情は知らないが、少なくともクーザンからはそう見えた。
なら、ここは自分らが引き受けて彼を行かせた方が効率が良い。
しかし、長髪の少年は頭を振り、一歩前に進む。
「……馬鹿を言え。ここで一般人を見捨てて行ったら、それこそ奴に合わせる顔がない」
「でも」
「俺はコイツを倒して向かう。分かったら貴様らはさっさと逃げろ。さっきので、貴様らでは奴に適わないのは分かっただろう」
確かに、自分達ではこの青年の相手はキツいだろう。
しかし、それは長髪の少年であっても同じだとクーザンは思った。
「あ~おい、話盛り上がってるトコ悪ぃけどさ」
クーザンと長髪の少年の会話に割り込んで来た金髪の青年は、頭を掻きながら口を開いた。
この殺気の中、まだ軽い口調で話せるとは。
「俺、もう行くから。なーんか嫌な予感するんだよなー。という訳で、後はお前らで勝手に暴れてな」
「待て!!」
「やだよ。――俺はスウォア=ルキファー、覚えとけよ? じゃな」
長髪の少年が彼を捕まえようと動いたが、スウォアはそれより早く消えてしまった。
足元で魔法陣が光っていた為、移動魔法か何かを使ったのだろう。ただ、詠唱の類いは全く聞こえていなかった。
一つの驚異が去り、息を吐く暇もなく長髪の少年は走り出す。
恐らくは、先程金髪の青年――スウォアが言っていた彼の仲間の元へ。
「ホルセルっ……!」
「あ、ちょっと……!」
関係はない筈なのだが、クーザンは彼を追いかける為に駆け出す。
何故か、行かなければいけない、と心が命じていた。
「ははは……っ、あははははっ……」
少年は、狂ったように笑い出す。
あかい色。
動かなくなった塊。
あかい色で染まってしまった、長く青いマフラー。
雪を彷彿とさせる、白く逆立った短い髪。
そして、大剣。
多分……それらを映す自分の眼も、赤く染まっている事だろう。
ユラ、と体が動く。
「殺してやるよ……」
未だ動くその標的に向かって、足が動く。
「言えねーなら……殺ってやるよ……」
そして、誰に言うでもなく呟いた。
――ほら、視界も。
あかくなっちまったよ……。
NEXT…