第3話 動き始めた運命

月明かりが、眩しく。

「よっ、と!」

トルシアーナ郊外。

国の住人達には、侮蔑を込めて『スラム街』と呼ばれている。親を亡くした子供や、貧困に苦しむ者が最後に辿り着く、非衛生的な地域だ。
「最低限の生活を全国民に」という国の法の下に、つい数年前に増設されたものだが――今でも、住居を求めて訪れる住人は少なくない。
争いの絶えないこの世界では、仕方のない事なのかもしれないが。

国には、魔物の襲撃を防ぐのと領土の明確化の為に、ぐるりと外壁を建てられている。
本来それは、住人の命を繋ぐシェルターと言っても過言ではない。
だが――何故か、その地域の一部だけが破壊され、広大な草原が顔を覗かせていた。

冬眠に入る準備をする魔物の一部には、餌に餓えたものもいる。ここから国の中にでも入られたら、大惨事は免れない。
それを分かっていて、外壁の修理を怠っている大人の職務怠慢には、常々嫌気が差した。
スラム街の住人への被害等、何とも思っていないのだろう。
見た所、周囲に警備組織の人間も見当たらない。

幾ら守護装置があるからって油断してると、今に痛い目に遭うだろうな――と、今しがた瓦礫を乗り越えた少年は思う。

そう推測を行なっていた空色の瞳を持つ彼は、たまたま置いてある箱に腰掛け、休んでいた。
月明かりに照らされた白髪は、きらきらと輝いて見える。まるで、それ自体が発光しているようだ。

この時期は、寒さも厳しい。首に巻いている、青いマフラーをしっかり巻き直すと、周囲を見渡した。

「くそ……。この国は久し振りだから、迷いそうだぜ」

「(すぐそこに、あの白い気障野郎と似たような気配がある気がするのに……)」

早く見付けて、訊き出さなければならない。
目的と、彼女の居場所を。

「大体クロスもクロスだよな。オレが方向音痴なの知ってるくせに……」

この場にいない者に向けぶつくさ愚痴を吐く少年だが、彼は警戒を解いていない。忙しなく辺りを見渡しているのが、その証拠だ。
その辺りの、スポーツに勤しむ同じ年頃の少年達とは、全く似付かない。

休んではいいが、それでも警戒だけはしておけ――それは、少年が慕う上司の口癖だった。
何時、何処で危険に晒されるか分からない立場である以上、周りへの警戒を怠る事は自身の破滅を招きかねない。
特に――近くに、誘拐犯が潜んでいる可能性がある、今の状態ならば。
言った瞬間、相手が服のポケットから煙草を取り出して火を点けたのには、流石に突っ込みたくなったものだが。
公務中に喫煙は、どうかと思う。

――……。

少年が辿る気配が、より一層強くなった。

「……あっちか?」

重い腰を上げ、そう感じた方へ向かう。

とは言え、自分の勘があまり当たった試しがないのに彼が気付くのは、残念ながらずっと先の事になる。
今回は――運が良かったのだろう。

背中に背負う大剣――片手剣よりも刃幅が広く、重量があるものだ――が、彼の動きに合わせて、がちゃりと小さな音を立てた。

  ■   ■   ■

それから、数分後。

クーザンはユキナに呼び出され、近くの公園に連れられていた。

マリノから電話を受け取れば、相手は彼女が言った通りユキナだった。

受け取る前に、「一体全体誰だこんな時間に非常識極まりない迷惑な奴もいるんだないや待てよ一人心当たりがあるな」、と約一秒間の間にあらゆる限りの推測をしたのは心の中に秘めておく。

何時ものように「眠れないー!」と同じ類いの用事だったら、「五月蝿い羊か草でも数えて寝ろ」と言って直ぐに切ろうと思っていた。
が、用事を訊けば、何時もと違ってかなり真剣な声色で話を切り出してきたのだ。

暫くあの、ね、と躊躇った後、

『話があるの。クーザン家の近くの、公園に来られる?』

そう言われて、今に至る。

公園とは言え、小さい子供達が楽しめるような遊具は、あまりない。
見える範囲では、ブランコや滑り台、鉄棒位か。
どちらかと言えば、日中は子供よりも犬や猫を遊ばせる人間が多いのを思い出す。
何れも、かなり年季が入っている。

軽く見渡すと、ユキナが滑り台の降り切った部分に座っているのが見えた。

ゆっくり歩いて近付けば、俯いているように見えた彼女はこちらに気が付き、顔を上げる。
滑り台の部分に背中を預け、話しかけた。

「何だよ、話って?」
「……」

話を促すが、ユキナは一向に口を開こうとしない。
話そうかどうか、ではなく、第一声をどう言おうか迷っている感じだ。

「おい」

正直飯も喰わずに出てきたものだから、腹を空かしたクーザンは不機嫌な声音で先を促した。
何時もこの位の時間に食べるのだが、今日は何故か余計に。
恐らくは真面目な話なのだろうが、こう躊躇われてはいつ帰れるか分かったものじゃない。

漸く決心したように前を向いたユキナは、クーザンの緑色の瞳を見詰めながら口を開く。

「……あの、さ。お別れ……言おうと思って」
「は?」

思わず、聞き返す。
何を言い出すのだ、コイツは。

「あたしね、クーザン達の近くにいちゃいけないんだって。本来いるべき場所に、戻るべきなんだって……」
「……馬鹿らしい。お前にそれを言ったのは誰だ? それさ、」

訳を問い質す為に、今度はクーザンが口を開く。
何処かの悪徳商法ばりのユキナの説明には、納得出来なかった。
本気で言っているのなら、何とか説得しなければ。本来の場所とか言って、何処に連れて行かれるか分かったものではない。
その思考が、まるで彼女の親のようになっているのに気が付かない、クーザン。

が、その言葉が続く事はなかった。

ザッ。

耳を澄ましていなければ絶対に聞こえない足音だったが、クーザンはとっさにユキナの前に移動し、彼女を庇うように立つ。
反射的に、護身用として腰のベルトにぶら提げていた剣の柄に手をやった。

足音がした方には、公園の街灯の光が届いていない。
音の正体は、まだ分からなかったが――少なくとも今の擦った音は、人間が履く靴と地面が擦る音そのものだった。

「……誰だ?」

クーザンは精一杯低い声で、闇に向かって誰何の言葉を口にする。
何もしないよりは、少しは威嚇になるだろう。

暗闇には誰もいないように見えるが――いる。

誰かが、或いは何かが。

「いやぁ、お取り込み中すみませんね? あまりにも彼女が不甲斐ないので、つい」

絶対零度の氷のように冷たく感情のこもっていない声に、背筋が凍り付く感覚に襲われたが、しかしそこから目を離さない。
目を逸らせば、負けるような気がして。

それ故に、彼は気付かなかった。
ユキナが、青冷めた表情で俯いたのに。

「もう行かなければならないと言うのに……。困った《姫君》ですね」
「誰だ、って訊いてるだろ!?」
「答える必要はありませんよ? 貴方には関係ないのですから」

先程までの呑気な言葉遣いから一転し、冷たい口調に変わる相手に、クーザンは僅かにたじろぐ。

「な……!」
「さあ、《姫君》よ。参りましょう」

暗闇から生えるように、ぬっと手が現れた。一応、人間のようだ。
クーザンとユキナがいる方向に手を差し伸べると、おいでおいでをするかのようにそれを揺らす。

「何言って……! ――!?」

クーザンが否定しようとするが、言葉にはならなかった。

ユキナが、クーザンを避けるように、だがゆっくりと暗闇にいる人間の許へ歩き始めたのだ。

「ユキナ!?」
「……あたしは、二人の近くにはいられない。巻き込んでしまうから……」
「だから、何がだよ!?」

訳の分からない事しか口にしない彼女に、短気気味なクーザンが苛つき、叫ぶ。
元々そんなに気の長い方でもないので、そろそろ我慢の限界だったのだろう。

ユキナは振り向いて、さっきまでの怯え戸惑う色を消した瞳で、クーザンを見据えた。

「止めるなら、クーザンでも容赦しない。もう、決めたの!」

ザッ。

ユキナが、自身の武器であるブーツを鳴らす。砂煙が少し舞い上がるが、直ぐに風の中に消えていった。

彼女のブーツは高さがある故に、見た目によらず攻撃力が高い。たまにふざけて蹴られるものだから、その恐ろしさは嫌という程知っていた。

「……本気か?」
「本気よ!」

向かい合う二人は、お互いの目を見つめ合った。
それが、本当に本当の気持ちなのか、読み取ろうとしたのだ。

やがてクーザンはあからさまに溜息を吐き、剣を鞘から抜いた。
剣先は、闇の中に潜む何者かにではなく――ユキナに。

「……例え本気だとしても、俺はお前を止める。力ずくでも」
「っ、何でよ!」
「そいつに何言われたか知らないけど、怪しいし」

チラリ、と暗闇にいる人物――声からして男だろう――を一瞥し、言う。
クーザンの返事に、ユキナは僅かに目を見開いたが、直ぐに慌てたように怒鳴った。その返事は、予想外の事だったのだろう。

「これは、あたしの意思なの! 誰かに何かを言われたからとか、関係ない! あんたが止めるなら、あたしは逃げるっ!」
「……なら、私も協力しますよ。《姫君》」

そう呟いた暗闇から、漸く手の主――青年が現れた。

光に輝く、短い銀髪。
襟足だけが少し長いが、他は肩に辛うじて届くかと言う長さだ。
瞳は魔物と同じように怪しく蠢き、赤い。それでいて、冷たい光が宿っている。
声のイメージそっくりだ。
見た目は、クーザンより年上のよう。
先日、彼らを見ていた――監視していた青年だ。

本に出る吸血鬼のような出で立ちは、恐怖を煽るには充分である。
ちなみに、クーザンにもユキナにも、勿論ウィンタにもこのような知り合いはいなかったはずだ。

青年は、何が可笑しいのかクスクスと静かに笑いながら、クーザンを蔑むような目で一瞥する。

「漸く出てきたかよ、一体ユキナに何を吹き込んだんだ? こんな奴連れて行っても、何の役にも立たねぇよ」
「ふ……まぁ、貴方に話す必要はありませんよ。ただ、彼女は私達の理想に必要不可欠、とだけ言っておきます」
「何を考えているのかは知らないけど……ユキナは意地でも返して貰う」

剣先をユキナから青年に向け、自らの意志をぶつけるかのように睨み付ける。黙って連れて行かせるつもりは、微塵もなかった。

そんな彼の様子に、青年は肩を竦めその瞳を睨み返す。魔物に狙われたような恐怖を感じたが、クーザンは怯まなかった。

「愚かな人間ですね。黙って流されていれば良いものを……。強行手段に出させて頂きます。皆さん、出てきて下さい」
「!」

青年の合図――軽く手を上げ、掌を下に曲げた簡単なものだ――に、周囲から別の足音が響いた。
見渡せば、何時の間にかクーザンの周りには、統一された服を着た人間達が武器を構えている。
剣や弓矢、様々な武器を所持しているようだ。何処かの国の兵士、と言われても頷けた。
防具で表情はあまり見えないが……隙間から覗く双眸は、虚ろに揺らぐ。

「(二、三……ざっと見て十人位か)」

自分を囲むように立っている兵の人数を数え、改めて剣の柄を強く握り直す。
倒せる自信はないが、やるしかない。幸いここは夜の公園、他人を巻き込む事もないだろう。

「減らず口を叩いた事……後悔しないで下さいね」
「それはこっちの台詞だ」

そう返した自分を見て、青年が怪訝そうに首を傾げる。
珍しそうに投げ掛けられた視線を真っ向から受け、クーザンは露骨に嫌そうな表情を浮かべるが、そんな事はお構い無しに青年の口が疑問を紡いだ。

「珍しい人ですね、大概は恐怖に怯えながら逃げるというのに。何故戦うんです? こちらは他に兵士もいる。対して、貴方は一人。勝てる訳がない」
「さぁ……ただ言えるのは、勝算のない戦いでも尻尾巻いて逃げたくないだけって事か」
「男のプライド、という奴ですか。そうやって自分の力を過信する輩こそ、道化のように身を滅ぼす……貴方、早死にしますよ。必ず」
「忠告ありがとう。自分でもそう思う」

そのクーザンの返事と礼を聞くなり、銀髪の青年の瞳の光がより鋭く、冷たく光る。

お互い膠着状態になり、緊張の糸が張られた。
その糸が切られた時、互いの剣は静かな空に向け、高らかに音を鳴らすのだろう。

「━━がはぁっ!?」
「?」
「!?」

しかし緊張の糸は切れる事なく、想定外の事態に二人の意識から吹き飛んでしまった。
構えるクーザンの背後にいた兵士が、悲鳴を上げながら突然崩れ落ちたのだ。勿論、自分もユキナも、銀髪の青年でさえ動いていない。

クーザンは驚愕を顔に貼り付かせ、青年は煩わしそうにそちらを一瞥する。

「……多勢に無勢は関心しないぜ」

そこには、大きな剣を構えた白髪の少年が立っていた。

見た目、十代の後半。丁度クーザンと同じ位だろうか。
彼が身に付けている、青く長いマフラーが風に煽られる。
その他には、特に飾り気のない服装━━旅人だろうか。

「(……誰だ?)」

見に覚えのない少年の登場にクーザンは眉間に皺を寄せたが、同時に妙な既視感も感じた。

と、青年が再び可笑しそうに笑う。明らかに、蔑みの意が込められた笑みだ。

「……おやおや。貴方は、この前私達に完敗した」
「完敗じゃねぇ!! ていうか、前の事はどうだって良いんだ」

白髪の少年が、銀髪の青年を睨みつける。

クーザンは、どういう事なのか事態についていけないが、突然現れた彼が味方なのかどうかを見定めようと努めた。新手の敵なら、かなりマズい。

「妹を返せ……この、誘拐犯が!!」
「心外ですよ。誘拐なんてしていません」
「んだと?」
「彼女が、付いて行くと言ったのです」
「嘘を吐くな!!」

白髪の少年は右手を大きく払い、大剣を握り直す。

彼の話を聞く限り━━やはり、銀髪の青年は信用ならない。
突然現れた白髪の少年を信じる、と言うのも可笑しな話だが、クーザンは彼を信じたかった。

と、白髪の少年はおもむろにこちらを見やる。
向けられた瞳には、はっきりとした意志が込められ、見る者を奮起させる力があるように思えた。
だが、

「おい、そこの一般人!! 」

と叫ばれた事には納得が行かず、少し苛つく。
確かに一般人ではあるが、同じ年位の少年に言われては、誰だって機嫌を損ねるだろう。

「何」
「お前、弱いなら逃げた方が良いぜ。アイツヤバいから」

そっけなく返事をすれば、向けられた言葉に更に不機嫌になる始末。
一体何様なんだ、と文句のひとつでも言ってやろうかと思ったが、残念ながらそんな余裕はなさそうだ。

「冗談。俺は、ユキナを連れ戻せれば良い。後は勝手にしろよ」
「……お前が良いなら良いさ。死んだって何も弔いはしない。足だけは引っ張んじゃねーぞ」
「死なないから安心して」

イマイチ事態が理解出来ないが、一人よりも二人の方が良いに決まっている。十人を相手に一人では、体力が尽きた隙に殺されるのがオチだ。
適当に返事をし、前を見据える。

クーザンが剣を払い、白髪の少年は大剣の柄を握り直した。
ユキナは、再びブーツを鳴らす。

そして青年は、何処から取り出したのか柄の長い大鎌を構える。
その瞳には先程迄の穏やかさは見えず、鋭い光を放っていた。

「屑が束になってかかってきても、同じ事。返り討ちにしてあげますよ」
「やってみろよ……。返り討ちなんかにはさせない。寧ろ、お前の罪を暴かせてやるよ」

白髪の少年が振る大剣が、ぶぉん、と風を切った。
それが、戦闘開始の合図となる。

火蓋は、切って落とされた。

クーザンや、白髪の少年の周りにいる兵が二人に襲い掛かり、それを退ける。

白髪の少年は、闘い慣れているのかどんどん敵を薙ぎ倒していた。
たまに、クーザンのサポートにも入ってくれている。足を引っ張るなと言ったのは向こうだが、助けられるのなら甘えておく。
クーザンも、授業で実践したり稽古をしていたお陰か、差程苦労する事なく敵を地に伏した。

しかし、所詮は少年。訓練を受けているであろう兵士達の前では、それも長くは続かなかった。
それに、倒しても一向に敵が減っていない気さえする。

二人が、それが比喩ではないのを知る事はなかったが。

「……はぁ、はぁ……キリがない……。何で?」
「くそっ、闘いにくい……っ!」

背中合わせになって立つクーザンと白髪の少年は、口々に呟いた。
額から流れた汗を拭い、周囲の敵を確認する。

魔物なら未しも、人間を相手にしているのだ。峰打ちに留めながらの戦闘は、がむしゃらに斬り付けるよりも難しい。
その峰打ちもまだまだ浅いのか、兵士は幾ら行動不能にしても立ち向かってくる。
まるで、疲れ知らずの傀儡人形のように。

ドッ、とまた峰打ちで兵士を倒した白髪の少年は、額に流れた汗を拭いながら呟く。

「こうなったら……一か八かやってみるか……」
「何を?」

彼の言葉に反応したクーザンが、聞き返した。
周りに立ち塞がる集団を見据えたまま、発言した彼は早口に答える。

「コイツらをまとめてんのは、あの銀髪野郎だ。アイツさえツブせれば、敵じゃない。けど、アイツを狙おうとすれば、この雑魚が守ろうとして寄ってくる。なら、この雑魚をアイツ等から引き離せば良い」
「……つまり、囮が必要って事?」
「ああ、オレかお前、どっちかな」

確かに、幾らでも沸いてくる錯覚を起こす兵士の相手をするよりは、片方が囮になって敵を引き付け、もう一人が中心を叩く戦法の方が効率は良いだろう。

だが、それは同時に、囮に徹した方が危険に晒される事にも繋がる。白髪の青年は、それを危惧しているのかもしれない。

彼から見れば、自分はその辺りの普通の少年と変わらないだろうから。

「……分かった、じゃあそっちは中心任せた」
「は!? お前、待てって……! 無謀な奴だな、ホントに!」

クーザンは彼にそう言い残すと、兵士の一瞬の隙をついて駆け出す。

白髪の少年が止めようとするも、既に兵士が何人か彼についていってしまった。
呆れたような物言いをし、自らは改めて残りの兵士に大剣を向け直す。
さっさと片付けて、中心である銀髪の青年に取り掛からなければ、戦闘には素人であるクーザンが何時まで持つか分からない。

どちらかと言えば、頭脳的ではなく本能的に戦う彼は、最後までクーザンが一般人だと思い込んでしまっていた。

「はあああぁっ!」
「遅っせぇよ! 《旋回剣》!」

向かってきた兵士二人をギリギリまで引き付け、白髪の少年は大剣の柄をしっかり握り締めた。
そして、自分の左斜め下から思いっきり振り上げる。
剣は彼を中心として勢いがつき、遠心力の力も上乗せされ、回転しながら兵士二人を巻き込んだ。
軽装の鎧を着こんでいるとは言え、腹部に衝撃を受ければ暫くは動けないだろう。

二人の兵士を瞬殺し、白髪の少年は真っ直ぐ銀髪の青年へ向かった。
重量のある大剣を振りかぶって襲いかかるが、彼は大鎌の柄でそれを受け止める。

ギィン!

「まだまだですね」
「ちっ、余裕かましやがって!」

互いの武器を弾かせながら後退し、瞬時に体勢を整える。

大鎌と大剣、両方とも重量級の武器に分類される為、振り抜くスピードは遅い。
それ故無駄な空振りや動作は、自身の負傷にも繋がる。
加えて、相手の大鎌は大剣にはないメリットがあった。
間合い、だ。

「(長ぇな……!)」

柄の長さに加え、屈折しているとはいえ刃の長さもあるのだ。それは、大剣の比ではない。ある程度の距離があるにも関わらず、斬戟は少年の白髪を僅かに斬り落とす。
不利なのは、白髪の少年だ。大剣では、腕と剣の長さしかリーチがないのだから。

だが、それでたじろぐ白髪の少年ではない。

再び駆け出し、進みながらの袈裟を繰り出した。
やはり柄によって剣の軌道は防がれ、音を立てて弾かれるが、狙いは別にある。

どごぉ!

「っ……!?」

大鎌を片手で振るには、相当力が要る。
イコール必然的に、それを扱う人物の腕力と筋力が問われるのだ。非力な人間は、先ずそれを自らを守る得物とはしない。
だが、銀髪の青年はその問題をクリアーする方法として、両手で持つという動作を行なっていた。
1では足りない力も、2あれば補えるという訳だ。
しかし逆に、それこそが落とし穴になる。
それはつまり――体ごと大鎌に振り回され、咄嗟の回避行動が出来なくなるという欠点が生まれるからだ。

白髪の少年はそれを本能的に察し、弾かれ無防備になった銀髪の青年の腹部に蹴りを入れる事に成功した。
勿論、己も体勢は崩れているから大した力は籠っていないのだが――その体勢で入れられる力は、全て込めたつもりである。

現に、蹴りを喰らった相手は咳き込み、腹部を腕で押さえている。肺の空気を一気に押し出されたせいで、噎せたらしい。
それでいて、彼はまだ赤黒い瞳を自分に向け――いや、あれは睨み付けている。明らかに、憎悪や侮辱の意味が込められている瞳だ、あれは。
胸に付けられている十字架のブローチも相まって、吸血鬼にでも睨まれている気分である。尤も、実際に睨まれた事はないが。

白髪の少年は、ニヤリと笑って右手を突き出し、拳を作った。

「ザマーミロ」

拳は親指を真下に向けるようにひっくり返され、相手を侮辱するジェスチャーを表す。
それはもう、ビッ、と音が鳴っても良い勢いだった。

訪れた小康状態に、白髪の少年はふと気が付く。

「(あれ? あの女は)?」

銀髪の青年の近くにいた、少女の姿が見えないのだ。
あれだけ彼と自分がやり合っていたのだから、乱入してきても可笑しくはなかったのだが。
もしかしたら、と一つの可能性が思い付いたが、今はそれを確認する事は出来ない。
目の前にいるこの男から目を離せば、次の瞬間には息をしていないかもしれないのだ。

「大分、遊び過ぎました。貴方やそちらの少年、二人纏めて消してあげますよ」

呼吸を整えた銀髪の青年が、静かに殺意を燃やし呟く。

そう、それは、
平和な世界では
出逢うはずの
なかった彼らの、

非日常という宴への、
招待状だったのだ。

NEXT…