御伽噺:09

 ――六百年後。
 ディアナ達が住んでいた国《ワリス》は滅び、過去の出来事を後世へ伝える為の偶像と化した。
 唯一生き残った真相を知る者、リツは人知れず姿を隠していた為、大陸の住人はただ神官を《勇者》だと崇める。しかし時が流れ世代が変わると、それも次第に薄れていってしまった。
 結局――真実は、明るみに出ないまま御伽噺となっていく。

「――“そして姫と神官達は、平和になった世界で幸せに暮らしました。”――終わり」
 パタン、と本を閉じた女性だが、その姿を見た少年がえー?と声を上げる。
「またよんでよ! おはなしききたい!」
「もう、今何時だと思っているの? 良い子は寝る時間よ」
「うー……」
 窓から見える空は、夜の帳に包まれ真っ暗だ。二つの月の輝きも、地上まではあまり届かない。
 この御伽噺は普通のものよりも若干長く、全部読み終わるまでにはかなりの時間がかかってしまう。が、不思議な事にこの子はいつも、この《月の姫》を読んでくれとせがむ。
他にも、様々な物語があるというのに。
「また明日読んであげるから、今日は寝なさい? ね、良い子だから」
「……はぁい」
 少年はまだ諦めていないようで、不満げな様子で返事をした。そして胸元にまでかけていた布団を被り、直ぐに寝息を立てる。
 そんな我が子に、女性は呆れたように微笑みを浮かべ、寝室を後にした。

 世界は、生き続ける。
 そして、いったいどこへ行ってしまったのか分からない神々も、きっと。もしかしたら人間達が知らないどこかで、世界を見守っているのかもしれない。それは、誰にも――恐らく世界でさえも、分からない事。

 呪われた運命を背負う事になった“彼”の行方も、同じだ。人知れず――己も全て忘れてしまったまま、

 どこかで生きているのかも、知れない。

            FIN