【一次現代】03

 翌日、朝一番のニュース番組。毎日と言って良いように起こる事件の、そのほんの一握りをテレビ局は報道する。
 曰く、日本の政治の行方。
 曰く、今日はどこぞで何らかのイベントがあると言うリポート。
 曰く、有名人の失踪。夕べの、黎明町のとある一角で起きた殺人事件を報道していた所は、一件もなかった。

 だがそんな何時も通りの、平和なニュースとは一変した場所があった。黎明町警察署だ。
「喜多巡査が行方不明だと?」
 朝っぱらから携帯に入っていた留守電を受け、飛鳥は学校を休み警察署に出勤していた。《蒼天》のチームに属する飛鳥達は、その元締となっている宵口俊郎の命あらば、そちらを優先しなければならない。とは言え、常に成績トップクラスを弾き出し続ける飛鳥にはあまり関係ないが。
 話を戻し、出勤早々不穏な事を報告された飛鳥はそれを反芻する。連絡に現れた男――当然自分よりずっと年上で、妙にオドオドしている大人らしくない男だ――は、私の言葉にどもりながら肯定の声を上げ、続ける。
「喜多巡査は、先日は残業の為我々よりも長く署にいたものと思われます。彼の担当していた書類の提出も、先日の分は間に合っていたと返答が」
「……つまり、いなくなったのは喜多巡査の帰宅時間から今まで、か」
 昨日までは普通に仕事をしていたという彼。とても失踪をする前とは思えぬ勤労態度だった、と署内の者達は口を揃えている。だが、誰も喜多巡査が帰宅していったのを見ていないという。現在は最後に彼を目撃した人物を捜している途中で――と、男は困ったように口を閉じた。
「しかし、総帥は何故私をお呼びになったんだ……?」
 《蒼天》はあくまで警察署内部では独立したグループであり、そういったゴタゴタとは普通なら無縁である。それなのに自分を呼んだのには、何かあるからだろうか?
 だが、答えは意外にも返って来た。
「光が関係している可能性があるからなんだよ、飛鳥」
「! 夜中」
 現れたのは、蒼天のメンバーの一人である夜中章良。長身で身に纏う雰囲気と相反する童顔で、これでも飛鳥達より五歳も違う二十二歳だ。黒のジャケットを身にまとい、そこからスラリと伸びたスラックスといったラフな格好。髪は焦げ茶色と表現出来る短髪で、寝癖かと言いたくなる程ピンピン好き勝手に跳ねている。本人は天然パーマだと言っているが、本当なのか定かではない。
「喜多巡査は、内密にされているけど単独で散らばった光の行方を捜索する責任者だったんだ。こう言った考えは安直かもしれないけど――光を求める人物が彼を誘拐したという可能性も、なくはないからね」
「何だと?」
「光は優れる武器と同時に警察をも脅かす凶器だから、当然と言えば当然なんだろうけど」
 飛鳥は初耳だった。確かに、現代光を求める人間は少なくない。目的はどうあれ、普通の刀剣類よりもごく少数しかない貴重な物品なのだから。
「彼は黎明町の、朔月地域の担当らしいよ。今から行ってみようと思うのだけれど、飛鳥はどうする?」
「当然、行くに決まっているだろう」
 朔月と言えば昨日朱音達から話を聞いたばかりだったなと思いつつ、飛鳥は同行の誘いに頷く。必要ならば情報収集も行うだろう。飛鳥の回答に、章良は満足そうに頷くと早速署の出入口へと足を向けた。

   ■   ■   ■

「はよー、日向! ……ん、いつになく眠そうだなお前」
「放っとけ」
 日向は元々朝に弱い。夜に強いせいで下手をすれば翌朝まで起きている時もあるので、そういった時の翌朝はすこぶるテンションが低くなる自覚がある。もっとも、昨日は真っ当な理由があった上での夜更しだが。
「一体何やってたんだよ。まさか、この前新発売したゲームやってたんじゃないだろうな」
「残念だがあれは三日間徹夜してクリアした。そうじゃねーよ、ちょっと夕べ色々あってな……」
 ゲーム業界の人間が聞けばハンカチを噛んで悔しがりそうな台詞をサラリと口にし、閉じそうになる目蓋を無理矢理押し上げる。そう、色々あったのだ。

 茶髪少年を抱え上げ自分の家へ戻った彼を、清一郎は目を丸くしながら迎えた。おでんを持って帰ってくるはずだった日向が、人間を持っていた事に驚いたのだろう。とりあえず客間にゲスト用の布団を敷きそこに茶髪少年を寝かせると、居間に戻り清一郎と源三に事の顛末を話した。
「――そんで、コイツがあいつから取り上げたブツだ」
 カタン、とちゃぶ台の中心に短剣を置く。一応拭き取りはしたが、まるで刃が吸ってしまったかのように血の臭いがうっすらと漂う。スリムなフォルムに、派手ではないが質素でもない装飾がなされたそれ。刃は光に当てるとうっすら緑色が混ざった色になり、また放つ輝きからは曇りを感じさせない。風をそのまま絵にするとすれば、こんな感じになるのだろうか。
 それをしげしげと見詰め、やがて源三が手に取る。
「……間違い無いな。翠玉だ」
「翠玉?」
「宵口魁が所有していた同家の家宝にして、光の一つとされる刀剣だ」
「なっ……つー事は、あのひ弱少年はあの“宵口家”の子供!?」

日向が声を上げるのも無理はない。

“宵口家”と言えば、黎明町の暗部に関わる者なら必ず耳にするもの。
話に出てきた宵口魁は、生前あらゆる悪人を正義の名の許に裁いてきた経歴を持つ。詳しくは知らないが、暗殺計画で彼の名を聞かない事はない。
家長は現黎明警察署署長にして、数年前までは暗部を牛耳る程の力を持ったとまで言われていた宵口俊郎。目的さえ達成出来るならば、その手段や犠牲は疑問にも思わない冷酷非道な人物であり、日向も源三から会ったら注意するようにと再三言われ続けてきた。

そんな家柄を聞かされていただけに、先日茶髪少年の狼狽ぶりを目にしていた日向は直ぐに彼と宵口家を結び付ける事が出来なかったのだ。

だがそんな彼の言葉に、源三はううむと唸って首を振った。

「まだ子供とは決まっとらんぞ。彼が命知らずなどこぞの少年で、金欲しさに宵口家から盗って来たのかもしれん」

と言いつつも、源三は自らの推測を差程信じてないように日向には見えた。

「……とりあえず、こやつが起きん限りは分からんだろう。ところで日向、お前はおでんを買いに行っていたんじゃなかったか?」
「こんな真剣な話を強制的に終わらせる手段におでんを持ってくんのかこのジジイは。重要な話だろうがオイ」
「ワシからすればおでんも重要だが?」
「明らかにおでんなんかよりこっちが重要だろうが! 優先順位さえ分かんなくなったかこのもうろくジジイ!!」

横で静かに聞いていた清一郎が、そんな祖父と孫のやり取りに思わず噴き出す。
時刻は、午前零時を回っていた。

先日の事をぼんやりと思い出していた日向は、悟の呼びかけで現実に引き戻された。どうやら考え事に没頭していたせいで、心地良い眠りに誘われかけていたようだ。

「お前まさか、第二ラウンドとか言って夜の試合やってたんじゃねーだろうなリア充め」
「訳分かんねぇ比喩使ってんじゃねーよ。んな訳ねーだろ」

そんな下らないようなはしたないような罵り合いを繰り広げていると、突然後頭部に衝撃が走った。
激痛に頭を押さえ、悟を睨み付ける。が、彼は自分じゃないとばかりにブンブン首を振る。じゃあ誰が、と背後を振り返ると、ようやく昇り切った太陽を背に長身の青年が立っていた。

「よぉ日向、相変わらず眠そうだな」

黒髪を短く刈り上げ、番犬のような獰猛な輝きを目に宿す彼は、日向を見下ろし冷笑した。適当に着ている衣服は、日向や悟が着ている黎明第一高校の男子用と同じもの。
だが日向も負けじと恨みがましく睨み返し、言い返す。痛みに涙が溜まっているものの、その眼力は青年に負けずとも劣らない。

「正護先輩……頭粉砕したらどう責任取ってくれるんすか。しかも今の、金属のバックルが付いた側でやったでしょ……」

彼は自身の先輩、朔耶正護。
日向の父親の兄である伯父の息子で、幼少の頃から付き合いのある人物の一人だ。要は従兄弟。

正護はケケケと怪しく笑いながら、鞄を肩にかけ答える。

「オメーの石頭は、こんくらいで砕ける程柔じゃねぇだろ」
「あれ、俺今手で頭押さえてるよね? 明らかに痛がってる格好だよねこれ?」
「夕べの礼だ。人が今まさに寝ようとベッドに入った瞬間仕事を寄越しやがったテメェに、な」
「え? 夕べのは――」

伯父さんに頼んだはずなんだけど、と口にしかけ、直ぐに閉口する。
正護の父征二は、曉家のいわゆる掃除屋と言った職を担っている。ただの掃除ではなく、例えば――事件現場の隠蔽、といった類いの裏家業だ。
昨日日向が連絡したのは正にその為で、依頼を受けた征二は正護を連れ立って、あるいは押し付けて作業を完了させたのだろう。

何も知らない悟は、日向と正護を交互に見て所在無さげに立っている。

「あー、まぁ、寝るの邪魔してすみません。こっちも緊急だったんで」
「別に、報酬さえきっちり寄越すんなら構わねーよ。忘れんなよ」
「じゃあそこのラーメン屋で――」
「もう一回殴られたいか?」

本気で鞄を構えようとする正護に冗談ですよ、と笑いつつ、日向は再び学校に向かって足を踏み出す。

瞬間、気配があった。
水のように、だが一度刺激を与えればたちまち荒れ狂うような危険さを持つ殺気。
残念ながら、出所を辿る前にそれは消されてしまったが――逆に言えば、それだけの殺気を消してしまえる人物は相当場慣れしている。

日向は何でもない風を装いながら、正護と悟の二人と話し続けた。周囲を行き交う人々を観察しつつ。

「――この辺りか? 気配があったのは」
「そうみたいだね、記録によれば……」

青年と少女にすれ違った際、耳にそんなやり取りが届き素早く視線を向ける。

二人は日向達が歩いてきた方向に向かっているらしく、もう大分離れていた。
それなのに、少女の容姿は遠目でもはっきり分かるように調っている。肩まで伸ばした黒髪、女性にしては切れ長の瞳、そして自分とは違う、黎明高校の制服。
鞄とは逆の手に、薙刀か剣道をやっているのか、長めの棒に布を巻き付けたものを持っている。

同行している男も、その辺りの学生や会社員に比べるとやや異質な雰囲気を纏っているように感じる。日向には、それが気になった。

――あいつら、まさか……。

「悪ィ、俺一限サボタージュ!」
「あっおい、日向!?」

悟と正護にそう告げると、日向は脇目も振らず駆け出した。

幸い、先程の二人組は直ぐに追い付いた。
二人は一言二言会話を交わし、そこの分かれ道で別行動をするようだ。
どうするか少し迷い、日向は少女の方に付いて行く事にする。

この辺りの道は、自分にとって最早庭のようなものだ。
先程の大通りから横道に逸れ、ひたすら真っ直ぐ行けば文化会館が、もう少し行った先で曲がれば商店街。
そしてその逆は、先日自分が茶髪少年とやり合った路地が。

少女はキョロキョロ左右を見渡しながら、少し早足気味で歩道を歩いている。日向は見付からないよう極力足音を消し、息を潜めて――。

「誰かは知らないが、さっさと出て来た方が身の為だぞ」
「!?」

――ヤベ、見付かった。

自身の追跡能力がどれ程かは比較対象がいないので分からないが、それでもこんなにあっさり見付かるとは思っていなかった日向は内心焦る。

少女は追跡者に出てくる気配がないと判断したのか、仕方ないというばかりに溜息を吐き方向転換する。

「出てこないという事は、私達に仇為す集団の一人と見ても文句あるまい。光の気配もするようだし――力づくで行くとしよう」

そう忠告とも取れる台詞を言ったが最後、彼女は手に持つ棒状の物体を構える。これはいけないと、とりあえず日向は両手を上げながら、慌てて彼女の前に姿を現した。

「タンマ! 悪かった、何もするつもりはなかったからさ」

そうすると、彼女は一瞬眉間にシワを寄せ訝しむ表情を見せた。恐らく、自身の予想と反する事だったのだろう。

「……学生か。自分から将来の可能性を潰す事をやるとは、貴様も死にたいらしい」
「ストーカーでもねーし。ただ往来の激しい大通りで人目に付く美人がいんなーと思って見てただけ」
「人はそれをストーカーと呼ぶ」

もっともだ。
彼女の台詞に内心同意するが、ここで引き下がれば犯罪者にされかねない。マフィアの家系とはいえ、自分はまだ罪を犯した事はないのだから。

それにしても、改めて見れば見る程端麗な容姿を持つ少女である。黎明高校の女生徒の制服を着ている事だし、自分と同い年位だろうか――それにしては胸の膨らみが小さいように思えるが。
少しすれ違った時には見えなかったが、胸以外は女性特有の曲線的なラインが整っているように見える。切れ長の瞳に意志の力を宿し、スカートから伸びる足も程良い肉付きだ。

「――おい! 聞いているのか!」
「あ、いやすまん聞いてなかった」

少女の怒りの声に、見惚れていた日向は正直に答えた。これで言葉遣いがもう少し女性らしければ完璧そうだと、余計な事を頭の中で呟きつつ。
そんな日向の反応は機嫌を損ねてしまったらしく、彼女は両目を吊り上げて口を開いた。

「何故私を尾行していた。そして、何故貴様から光の気配がする」
「だから言ったでしょ、アンタに見惚れてナンパしようと――」
「そんな誤魔化しが効くか!!」

ツッコミがボケに突っ込むがごとく勢いで、少女が棒状の物体を横凪ぎに払う。

日向はそのまま立っていれば、その武器が体に当たって骨にヒビくらいは入っていただろう。だが、体を守ろうと反射的に防衛反応が働いた運動神経は、それが描く軌道を的確に判断し、ヒョイっと避けてみせた。

斬撃を避けられるとは思ってもいなかったのだろう、彼女は目を見開き自身の元に武器を引き寄せた。

「……っぶねぇ!! お前マジで当たってたら病院直行じゃねーか、そんな危ないもんブン回すなよ!」
「私の一撃目を……避けた、だと?」

その呆然とした呟きに、日向はしまったと舌打ちをする。

少女が何者なのかは知らないが、だからこそ悪目立ちすると標的にされかねない。ちょっとやそっと調べられたくらいで曉家の事を知られる訳はない。だが、出来る事なら面倒事は避けた方が無難なのである。

思った通り、少女は伏せていた顔を上げ布にくるんでいた棒状の何かをさらけ出した。
刀だ。それも、漠然とだが普通の刀じゃないと、日向の勘が告げている。

――間違いねぇ。アレ、光だ……。

「お、オイオイ。女の子がこんなトコで刀振り回してっと、直ぐ補導されるぜ?」
「安心しろ。その補導をするのが、私の役目だ」

内心焦りながら、ボロを出さないように説得を試みる。光の存在を知っている者だと、知られてはならない。それ即ち、関係者であるからだ。
だがその言葉もきっぱり斬り捨てられ、刀を鞘に納めたまま彼女は真っ直ぐに日向に突っ込んでくる。迷いも躊躇いもない。

突進を右に避け、日向は周囲を一瞥する。
左右に伸びる道に人はいない、前後は住宅。右側に行けば昨夜の現場、彼女を近付かせるのは得策ではない、気がする。
ならば、と進路を左に。

自分が逃走を図ろうとしているのに気が付いたのだろう、少女が脇目も振らずに妨害に動く。“敵”と認識されてしまった以上来るとは思ったが、正直困った。

その時、

「こっちだよ」

という横道から聞こえた声に、日向は無意識に反応する。
それが聞き覚えのある声だったのもあり、後先考えずに声がした横道に飛び込んだ。

――逃走を図る気か!
飛鳥はあっさり背を向け、自分と逆方向に走り出す追跡者を逃がすまいと追い掛ける。

最初は単独の女を狙ったストーカーかと思い適当にあしらおうと思っていたが、相手が《光》の気配を帯びている事に気が付きその選択肢を捨てた。
一言二言やり取りをしたが、飛鳥自身はあまり関わり合いになりたくないタイプの男。だが、何としても捕まえて、問い質したい。
《光》の気配をまとう者など、可能性は二つしかない。それを所持する者に接触した人物か、あるいは――所持者か。どちらでも、当たりではある。

飛鳥のそんな淡い期待は、だが男が消えた横道に辿り着いたと同時に泡となった。

道の左右は、飛鳥の身長よりも低い高さの塀に挟まれている。どちらも人が通りそうな穴は開いておらず、かと言って他の横道も見当たらない。
男は確かにこの道に入った。だが、完璧に見失ってしまったらしい。

飛鳥は舌打ちをし、刀を布に包むと肩に背負い直した。
男が着ていたのは朔月高の制服。それに炎を彷彿とさせる髪と顔付き。それだけあれば、個人の特定は可能だろう。

そう考え直し、飛鳥は大通りに出る方へと歩き出す。
最初の目的は、とうとう思い出す事はなかった。

「……はあああぁ」

緊張で息を止めていた日向は、ぺたりと塀に背中を預け安堵の息を吐いた。

日向がいるのは、先程飛鳥が見回していた横道。そこにたまたま通りかかった人物の力により、彼女の目を欺いたのだった。

その人物に視線を向け、口を開く。

「サンキューです、勇人さん。助かりました」
「良いよ良いよ。その代わり、今度何か奢ってね」

答えた人物、その青年はかけた眼鏡に手を当てかけ直すと、にっこり微笑んだ。

黄土色と言えば良いのか、茶髪と金髪の中間の色合いの髪に黒縁眼鏡がトレードマークの青年。彼は黄昏勇人。
ジャケットにズボンというラフな格好で、顔は優等生なのに、不良と間違えそうな出で立ちだ。口元を被うように上げられた手の指には、銀色の指輪が嵌められている。

「会ったのがアンタで良かった……死ぬかと思った」
「俺の幻覚はお助けアイテムじゃないんだけどね?」
「存在がお助けアイテムじゃないっすか」
「あはははは。ランク高い見返り要求するぞコラ」

軽い冗談のつもりだったが、勇人に小突かれそう答えられる。

少女が道に座り込んだ日向を見付けられなかったのは、たまたま通りかかった勇人に頼んで《陽炎》を作って貰ったからだ。
《陽炎》は、太陽の光が地面に反射する事によって発生する幻。それに惑わされ、少女は日向を見失ったと勘違いし退却した。彼は、現実には有り得ない事象を起こしてみせるいわば手品師。この手品に、一体何度救われた事か。

とは言え、勿論これは人力では出来ない芸当である――という事は、理解している。ただ、必要以上に他人の事情に首を突っ込まない日向は、彼が何故こんな力を使えるのかは、予想は出来ても真実は分からなかった。

そんな自分を嘲笑うかのように、勇人は口の端を吊り上げる。

「まさか彼女に喧嘩を売るなんてねぇ。見掛けて思わず二度見たよ」
「売ったつもりはなかったんですがね、俺としては。……先輩。お助けついでに、情報売ってくれませんか」

『まさか』という言葉は、それを指す主語を良く知っている場合に発揮するものだ。その台詞の裏に隠された真意を読み取り、日向は言葉を返した。
案の定、勇斗は愉快そうに両手を上げ、

「見返りは?」

ニヤニヤ笑顔で言った。

大学に通っているかも定かではない彼は、所謂情報屋を生業としている。ここら一帯を縄張りとする組織の事から、裏の世界に通ずる事まで、何でも聞けば答えてくれるかもしれない程の優秀な情報屋だ。
ただし勿論、それを貰うには代価が必要。日向はニヤリと笑み、答える。

「駅前に新しく出来たケーキ屋」

そう。この男、好物は甘いもの。
日向自身は行った事がないので味が如何程かは分からないが、それは勇人にとって望んでいたものだったのか彼も笑みを浮かべ、頷いた。

「なら、その店のショートケーキ二個で良いや」
「ホントに好きっすね。了解」

気が付いた時には甘い物を食べている事が多い彼だが、体は細い方だ。一体糖分はどこに行っているのか、そして糖尿病予備軍ではないのか多少気にしつつ、日向は苦笑する。
そんな事を考えていると気が付いているのかいないのか、勇人が咳払いをし答えた。

「彼女は東雲飛鳥、黎明高校二年。黎明警察署に頻繁に出入りしている証言あり。両親がそこで職務に就いている事を考慮するべきかは、任せるよ。高校では風紀委員を束ね、成績優秀かつ薙刀部では全国まで参加した経験あり。正に才色兼備って奴だ」
「才色兼備、ねぇ。あれで胸あれば、確かにパーフェクトだな。スリーサイズは?」
「それは本人に聞け」

冗談じゃないすか、と手をひらひらさせる。そこまで情報を持っていると、逆に怖いが。

「とにかく、彼女はこの町で敵に回したくない人物の一人だね」
「ふーん、あの女がね……」
「何、君ああいうのタイプ?」
「ん~……」

茶化すように問い掛けてきた勇人に、だが日向は頭を掻く。
何となく、何かを忘れているような気がするのだ。それはまるで、大切な宝箱を無くしてしまったようで。

「……いや、俺にはたくさんの女の子達が待ってるんで、一人に縛られてる場合じゃないっすね」

その曖昧な感情を表に出すまいと、眉尻を下げたまま笑みを零す。こうでもしなければ、何かを思い出せない辛さに涙が出てしまいそうだ。

そんな日向の様子を、勇人は冷めた――だが何処か申し訳なさそうな、複雑な表情で見詰めていた。

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