蒸気の城:01

『荒廃した大地にぽつんと存在する、巨大な蒸気機関を搭載した都市。ここでは、蒸気を利用した機関の研究が、盛んに行われています。
 蒸気機関による発明品は、またたく間に都市の住人たちを喜ばせました。あなたはここの住人のひとりとして、目覚ましく発展していく街の歯車となります。
 都市の更なる発展のためには、様々な素材が必要です。研究者はまだ見ぬ素材を求め、《探索者》はそれを依頼として受け取り遂行します。成功させれば、更なる街の顔が生まれるかもしれません。あなたの探索が、この都市をより素晴らしいものに変えていくのです。
 さぁ、新たな生活を、《Vapor Arx》で始めてみませんか?』
 そんな触れ込みを伴ってリリースされたMMORPG《Vapor Arxワポルアルクス》、通称《VA》。スチームパンク風の街を中心に、《探索者》となって様々な冒険を織り成すオンラインゲームである。その世界観と、戦闘以外にも豊富な収集要素が人気を博し、リリースから半年以上経った現在も、多くの人々がプレイしているそう。
 ――これはそんな世界での、とあるプレイヤーたちの物語である。

   ■   ■   ■

 蒸気が立ち上る煙突が集まり、まるで大きな城のように見える都市――おおよそ現実には存在し得ない風景。それを背景に、少し南西に向かった森の中。寂れた研究所跡へと続く荒れた道の途中には、そこら中に蒸気機関の部品だったであろうガラクタが転がっていた。何でも、町中では行いにくい研究を行っていた場所のようで、設定上では現在は廃墟となっている。理由は定かではないが、ロクなものでなかったのは明白だろう。
 そのガラクタを踏みしめるようにして、機械仕掛けの玩具のような存在が数匹。犬に似た四足歩行を行うそれは、遠吠えの代わりに蒸気を噴き出しながら、廃墟から去る道の途中に立ち塞がっている。
「ロッカ、そっち行ったよー!」
「あいよ」
 犬型モンスターを追いかけながら叫ぶ少女は、自身が持つ武器の銃口――銃と呼ぶには独特な形をしたそれを構えた。カシャ、と小さく音を立てたのを合図に、現れた照準器を通して獲物を見据え、隙を待つ。
「セツカさん、そちら任せて大丈夫ですか?」
「おっけーです! 96くろさんのほう行ったげてください!」
「助かります!」
 セツカと呼ばれた少女は、敵モンスターに定めた視線は変えずに、かけられた声に返す。それを受け取った男性は礼を告げ、そしてガシャンガシャンと鎧が音を立てて動く音が、耳に届いた。彼は軽さを犠牲に防御力を得られる重装備であるにも関わらず、機敏に動いてくれている。
 照準器の先では、黒髪にヘアバンドをした青年――少女がロッカと呼び、返事をした相手だ――が、細かい装飾が施された特徴的な片手剣を両手に携えて、犬型モンスターと対峙していた。じり、じりと狭めていく互いの距離を確認し、彼に当たらないと判断すると、銃の引き金を引く。ズドン、という音と同時に射出された弾丸は真っ直ぐ犬型モンスターの中心部に当たり、狙い通り、統率は乱れる。
 その隙を逃さず、ロッカが両手の剣を薙いだ。元々攻撃しようと思えば届く距離にはあったが、犬型モンスターは警戒心が強いため、威嚇されている時に攻撃をすると、手痛い反撃を受ける。だからこそ、中距離攻撃が可能なセツカが遠慮無くぶっ放して大きな隙を作り、前衛のロッカがトドメを差しに向かったのだ。
 犬型モンスターは耳障りな悲鳴を上げたかと思うと、体の一部である部品を周囲に撒き散らしながら、ぱたりと地面に倒れる。体を動かす機構が停止したのだろう。それを認知したシステムにより、モンスターの体はしゅわんと消え、代わりにごとんごとん、とアイテムが現れる。敵を倒したことによる報酬ドロップ品だ。回復アイテムや賞金が主だが、モンスターによってはレアな素材が落ちることがある。
「よし、流石ロッカ!」
「お褒め頂きどうも、と言いたいけど」
 報酬品を素早く回収し、労いの声をかけられたロッカだが、眉を顰めた表情で周りを見渡しつつ、右手の指を一本ずつ折っていく。それが四本倒れたところで、セツカ、と名を呼んだ。
「アンタ、何体倒した?」
「ん? 私は多分、一体も仕留められてないよ?」
「だよな。……まずいな。一体、数が足りない」
「え、うそ」
「「うわああぁ!?」」
 セツカが呟くとほぼ同時、どこからか二人分の叫び声が耳に届く。
「96さんとU字ユージさんの悲鳴!?」
「足りない敵はあっちか……!」
 その声は先程まで聞いていた相手のそれで、ということはつまり、同行している二人が敵に襲われているということ。慌てて声の方へと駆け出す。すぐに捜していた人物の姿は見付かったが、その向こうに見える敵を見て、二人は声を上げた。
「っ!」
「あれ……!?」
 倒しそこねていた犬型のモンスターに混じり、何やら大きな敵がそこにはいた。いかにもと言ったような、配管が何本も巻き付いた図体のそれ。ふしゅー、ふしゅー、と風体に似合わぬ気の抜けた音を立てながら、機械仕掛けの腕をゆっくりと振り上げ、振り下ろす。それを間一髪受け流していた重装備の男性が、ふたりに気が付いて声を上げた。
「ロッカくん、セツカさん! こいつ、突然現れたんだ! 援護を――」
「レアエネミーだぁ!」
「レアエネミーだ、U字さん」
「え!? これが!?」
 ほぼ同時に発した二人の言葉に、重装備の男性ことU字が驚きの声を上げる。と、相手が再び腕で攻撃する素振りを見せたので、彼は慌てて一旦距離を取った。
 レアエネミー――中規模戦闘対応蒸気兵。予告もなく、どこからともなく現れる可能性のある敵。遭遇するにはかなりの運を要するが、倒せばランクの高い素材や武器をもらえる、《レアエネミー》と呼ばれる種類のモンスターだ。ただし、その強さは汎用モンスターの比ではない。犬型モンスターは初期から現れる雑魚であるため討伐も容易いが、中規模戦闘対応蒸気兵はレベルが高く、初心者が相手にすれば、間違いなく一方的に倒されてしまう。
 逃げ仰せていたモンスターの遠吠えを聞いて呼ばれたのだと推測し、ロッカが剣を構えながら、驚愕でぽかんとしているU字に声をかける。
「U字さん。敵の攻撃、引きつけられるか?」
「あ、ああ!」
「頼みます。96さんはいざとなったら離脱する準備を。セツカ!」
「わ、分かりました!」
「了解!」
 同行している二人、U字はセツカやロッカよりもレベルが低い剣士で、96は最近始めたばかりの初心者。新米相手にレアエネミーは荷が重いが、説明する暇もない今の状況でそれを弁えてくれるのは、とても有り難い。
 指示に従い、それぞれが配置に付く。中規模戦闘対応蒸気兵は火力こそ高いものの、攻撃範囲は比較的狭い。耐久力のあるU字に攻撃を引きつけてもらいつつ、彼よりは攻撃的なビルドであるロッカが大きなダメージを与え続ければ、倒せない敵ではない。しかし、いくらU字が耐久寄りであろうとも、高レベルのモンスター相手に何度も攻撃を受け続けるのは不可能だ。出来るだけ迅速、確実に討伐するのを要求される状況で、指示ではなく名を呼ばれた自分のやるべきこと、望まれていることを察したセツカは、両手に持った銃を構えた。
 中規模戦闘対応蒸気兵が一体、犬型が三体。前衛のロッカが雑魚を先に片付けているのは、以前対峙した時の経験から、相手が相当高い防御力を持っていると知っているからだ。照準器越しに、一際大きな敵を見据える。体が大きいぶん、装甲もより強固なものを使われているそれは、攻撃が通りにくいとも言われている。だが、蒸気機関である以上、必ずどこか脆い部分はあって然るべき。考えられるとすれば――アンバランスに付けられた腕の付け根か、妙に細い脚か。うーん、と一瞬悩み、銃口を向ける。と、その時。
「セツカさん、危ないっ!」
「ふぇ? ――きゃあ!」
 突然背中を押され、前につんのめるようにして体勢を崩す。直後、後頭部のすぐ近くで風を切る音が聞こえ、後ろに控えていた96の剣だろうか、嫌な金属音が響いた。振り向けば、そこにはどこから現れたのか、雑魚の犬型モンスターの腕が。どうやら、セツカが近接されていたのに気が付かずに攻撃を向けられていたのを、96が察知して守ってくれたようだった。彼はくっそ、と悪態を吐きながら、慣れない剣で犬型モンスターと相対する。
「96さん!?」
「こちらは大丈夫です、セツカさんはお二人の援護を!」
 初心者である96を援護するか否か、と悩んだのは一瞬。彼の必死な、けれど強い言葉に頷き、改めてロッカとU字が抑え込んでいる中規模戦闘対応蒸気兵に向けて、狙いを定めた。腕と足、どちらを狙うか――今度は、悩むのは一瞬。
「ええい、弱点でなくとも当たれば儲け! それっ!」
 ぱぁん、とU字が相手と距離を取った一瞬を縫うように放たれた銃弾は、中規模戦闘対応蒸気兵の脚に当たった。衝撃でバランスを崩された図体はふらりと揺らぎ、片膝を付く。
 その横槍の一撃を待っていたロッカが、それまで振るっていた剣よりもふた周りほど大きなそれで、躊躇いなく敵を振り抜いた。装甲の薄い関節部分を狙ったのに加え、それまでの蓄積ダメージにより少しずつ弱っていたところにより強い衝撃を与えられた装甲は、守っていた蒸気機構とともにメリメリとひしゃげて、形を変えていく。
 慟哭にも似た蒸気の音が完全に消えた頃、代わりにピロローン、と気の抜けた音が、周囲に響いた。ロッカの一撃が止めとなったようで、中規模戦闘対応蒸気兵は雑魚と同じように機能停止し、体の部品を盛大に周辺にばらまき、その破片が地面に落ちる前に姿を消した。クエストクリア。その七文字が、四人の視界に表示される。
「クエスト完了〜! どうなることかと思ったけど、お疲れ様でした!」
「お疲れ様。ナイスアシスト」
「そうでしょうそうでしょう。もっと褒めなさい」
「はいはい、また後でな」
 二振りに戻った剣・・・・・・・・を腰の鞘に収めるロッカに駆け寄り右手を掲げると、ふ、と笑みを浮かべてハイタッチに応じてきた。直後の労いへの言葉を適当に受け流されたのは腑に落ちないが、それはまた別の話である。残りの二人もこちらに歩み寄ってくると、U字が助かりました、と頭を下げ、眉尻を下げたままで口を開く。
「こいつの武器のための素材が足りなくて困っていたからお願いしたんだけど……まさか、レアエネミーにまで遭遇してしまうとは」
「お二人はご存知なかったんだから、仕方ないですよ。ちゃんと倒せたし、大丈夫です! 96さん、さっきは本当にありがとうございました。危ないところでした」
「いえ、お役に立てて良かったです」
 そもそもではあるが、確かに今回のクエストは彼の頼みでもあった。『町外れの研究所跡周辺に現れるモンスターを討伐し、そいつらが持っている鉱石を持ってきて欲しい』。NPCノンプレイヤーキャラクターに頼まれたクエストの一環で、四人はそれを遂行しに来ていたのだ。
 本来であれば低レベルユーザーでも数さえいればクリア可能なクエストだが、96程ではないとはいえ、U字もまたこの世界に来てからの経験は浅い。そこで彼は、初心者の時にたまたま声をかけてくれたプレイヤー、セツカとロッカに協力を頼み、二人も二つ返事で引き受けたのが今回の経緯である。
「セツカの言う通りです。レアエネミーはなかなか遭遇出来ないから、対処法を知らないままパーティが全滅する事が多いので、気を付けてください。まぁその代わり、ドロップも雑魚よりワンランク上のものが出てくるんですけど」
 そう言いながら、ロッカがストレージを操作しようとする。レアエネミーが落とした素材を取り出そうとしたのだろう。が、それに気が付いたU字が「ああ、良いよ良いよ」と制止の声をかけた。
「それはロッカくんたちが持って行ってくれ。今回の、僕の授業料と思ってくれて構わないから。君たちがいなかったら、我々は今頃リスポーンして素材の集め直しだっただろうしね」
「え、でも」
「気持ちばかりのお礼だよ。大丈夫、本来欲しかった素材は手に入ったからね」
「ありがとう! ほらロッカ、お礼お礼」
「……分かった。ありがとう、U字さん」
 横から満面の笑みで、割り込むようにセツカが礼を言えば、ロッカに言えることはもうない。大人しく受け取ることにして腕を下ろし、彼もまた、お礼の言葉を口にした。

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