SaS04

 翌日、バトルフロンティアの入口で待ち合わせていたユウキとハルカの二人と合流し、一行はその建物の中へと入った。バトルフロンティアの施設のひとつだと言うのに、ホウエンのバトルリゾートにある各施設がまるごとひとつの建物に入れられたかのような広さで、ユウキがワクワクとした表情を隠そうともせず周囲を見渡している。今日はここの施設を一つ借りて、三人がここに来た本来の目的である『他の地方のトレーナーとの交流試合』が行われる予定なのだ。
「あ、ゲンさん!」
 たくさんのポケモントレーナーがロビーで自分の名を呼ばれるのを待つ中、見覚えのある特徴的な青い帽子を見付けたユウキが、彼の名を呼んで駆け寄って行く。声に振り向いたゲンが笑みを浮かべ、「こんにちは」と律儀に挨拶を口にした。ポケモンはボールから出していたらしく、ルカリオとメタングの二体は彼の傍におり、ユウキの姿を認めたメタングが嬉しそうに近付いてくる。
「あれ? まだひとりかい?」
「ちょっと、困った事になってしまってね」
 だいぶ約束の時間に近いというのに、彼とタッグになるであろうトレーナーの姿が見えない事に疑問を抱いたダイゴがそう問うてみると、ゲンは眉尻を下げて言った。
「私のタッグをお願いしていた相手が、今日本土から来る予定だったんだが……交通機関の影響で、来れなくなってしまったみたいなんだ」
「えっ? じゃあ、ゲンさんのタッグパートナーがいない……?」
「代役を立てるにもギリギリだしね……アテも外れてしまったし」
 ゲンは、既にこの島の別のエリアに住んでいる知り合いにも連絡してみたが、別件の先約があると断られてしまった、と肩を落とす。企画元であるトレーナー協会への連絡はこれからだと言うが、このままでは企画自体が実行不可能になってしまうだろう。ふむ、とダイゴは思考を巡らせ、確認するように問いかける。
「足りないのは一人だけ、だよね?」
「? ああ」
「じゃあボクが出るよ。それで四人だ」
 ダイゴは片手を軽く挙げ宣言するが、ユウキとハルカがえっ、と怪訝な表情を浮かべた。
「ダイゴさんが出たら、話がややこしくなりませんか? それに、『親善』目的のタッグバトルなのに、三人もホウエンのトレーナーじゃ……」
「そこだ。まず、その前提を変えるんだよ。元々、シンオウとホウエンのトレーナーが交流を兼ねてポケモンバトルを行う、という話だったろう? それを、他の地方出身のトレーナーも巻き込む形に見せるんだよ」
「……あ、もしかしてオレ?」
 ユウキが何かに思い至ったかのように、メタングを抱えていない方の手で自身を指し示す。ダイゴは、肯定の意味を込めて大きく頷いた。
「そう。ボクとハルカちゃんはホウエン、ゲンはシンオウから変える事は出来ないけど、ユウキくん。キミは間違いなく『ジョウト』出身だろう?」
「うん。正真正銘、ジョウト地方のアサギシティ出身だね」
「なるほど。趣旨としては間違ってないな」
「うーん。それは分かりますけど、普通にここにいるシンオウのトレーナーから、誰か誘うほうが良いんじゃないですか? ダイゴさんだと、何ていうか、その……」
「? ダイゴ君が出たら、何か問題があるのかい?」
 ゲンが何でもない事のように問うてくると、ユウキとハルカはじとりとした目をダイゴに向ける。うん、何を言いたいのか、聞かなくても分かってます。苦笑いを浮かべその視線を受け止める自分の姿に、ただ一人その理由を知らないゲンが不思議そうに首を傾げている。
 どうしようか悩むダイゴに業を煮やしたユウキは、腰に手を当てあのさぁ、と口を開いた。
「ダイゴさんなら因縁付けられたところで、返り討ちなんて余裕でしょ。ホウエンリーグの元チャンピオンなんだからさ」
「え? ……え?」
「わぁ、ユウキくんばっさり」
「ユウキくん……豪快にバラしたね……」
 見事な潔さでダイゴの正体をバラしたユウキの台詞に、ゲンは目を丸くしてこちらを見る。元とはいえ、まさかこんなところにホウエンリーグチャンピオンがいるとは、誰も思わないだろう。よく見ればルカリオも驚いたような顔をしていて笑ってしまいそうになるが、自分は笑うべきではない。「すまない」と一言謝罪をし、黙っていた理由を語る。
「あまり言いふらすものでもないと思ったんだ。トウガンさんと知り合ったのも、別地方の四天王やチャンピオン、ジムリーダーが一堂に介する機会があったからだよ」
「…………うん、驚きはしたけど納得もしたよ。なる程、通りで強い訳だ」
「照れるな」
「ま、そのチャンピオンの座は、実質オレがもらったんだけどね」
 ユウキがえっへん!と胸を張って自慢げに付け加えるのを、ダイゴは聞き逃さなかった。ハルカが「また始まっちゃった」と言いたげな顔をしているのが視界の端に見えたが、ここは黙っていられない。笑顔を浮かべたまま目を細め、ユウキに向かって口を開く。
「絶対にリベンジを果たすから、首を洗って待ってると良いよ。ユウキくん」
「へへ、いつでも待ってるよ。負けるつもりもないけど」
「もう、ダイゴさん、ユウキくん! 二人とも大人気ないよ!」
 火花を散らすダイゴとユウキの間に割って入るハルカが、必死で止めようとしてくる。このリベンジの約束は会えば必ず話題に上がる定番となってしまっているのだが、彼女も流すという選択肢が浮かんで来ないようで、毎回こうして仲介に入るのであった。
 そんなやり取りを眺めていたゲンが、やがて呆れたように苦笑する。
「……私達は、とんでもないトレーナーとバトルをする事になっていたみたいだね」
「怖気付いたかい?」
「いや。ポケモントレーナーとして、ここまで心躍る事もないんじゃないかな」
「『強い相手と戦える喜び』って奴かな?」
「うん。俄然楽しみになってきたよ」
 なにせ、元チャンピオンとそれに打ち勝ったトレーナーだ。一般トレーナーが知ればバトルし辛くなるのではないかと危惧したのだが、ゲンがそれは杞憂だと首を横に振り、答えた。冷静そうな顔をしているのに、言っている事はまさにポケモンバトルが好きなトレーナーのそれだな、と意外に思い、ダイゴは今度こそ堪えられずに笑ってしまった。
「ダイゴさん。それなら、バトル形式もタッグじゃないのに変えない?」
 趣旨が固まったところで、ユウキが口を挟む。それまでメタングを弄りながら、ゲンをじいっと見つめて考え込んでいたようだが、それに関する事だろうか。
「うん? タッグじゃなくて?」
「どうせなら、あまり機会がなくてやれないバトルをやろうよ。オレ、四つのコーナーに分かれて、最後まで立っていたポケモンがいるコーナーが勝者ってヤツ、やってみたい。外国のほうで行われているバトルらしいんだけどさ、それを各一体ずつのガチンコ勝負でとか、めちゃくちゃ燃えると思うんだ」
「ああ、バトルロイヤルのことか。でもなぁ……」
 ユウキが言っているのは、アローラ地方で昔から伝えられているという『バトルロイヤル』の事だとすぐに分かった。トレーナー四人で一試合、四コーナーに分かれて行われる特殊なバトルで、誰を狙うかは自由。時には敵を援護したり、敵を味方にして突破を目論んだりという、通常のバトルとはまた違った駆け引きが求められるのだ。
 ダイゴ自身、その存在を知って多少体験してみたいと思ってもいるのだが、平常時ならまだしも、今回はゲンがいる。自分の一存では決められないな、と視線を向けると、彼はそれだけで意見を求められていると分かったようで、こくりと頷いた。
「私は構わないよ」
「やりぃ! そう来なくっちゃ!」
 ぱちん!と指を鳴らし、大喜びでポケモン達に報告するユウキの年相応な反応を眺めていると、彼に気付かれないよう、ゲンに小声で話しかけるハルカの声が耳に届いた。
「ゲンさん、ほんとにいいんですか? ユウキくんに付き合ってもらっちゃって」
「ああ、良いんだよ。私は彼に気を遣われたみたいだから」
「ユウキくんが?」
 思わず声に出してしまい、ハルカに「ダイゴさん、声!」と注意される。慌てて口を塞ぎながらユウキを窺うと、幸い聞こえていなかったらしく、まだポケモン達と話しているようだった。ゲンもその光景にまた笑みを浮かべ、それから問いに答えてくれた。
「タッグを組むとなると、それなりにトレーナー同士の信頼関係は必要だろう? 君達は信用に足るトレーナーだと思っているけど、つい先日知り合ったばかりの私は誰と組んでも連携を取るのに時間がかかって、不利になる。だから、シビアな連携が必要ないバトル形式を提案してくれたんだと思う」
「あ……そっか」
「……そういう事か。ユウキくんらしいな」
 タッグバトルであれば、年下二人は元々その為に声をかけたのであるし、ダイゴはゲンと組むつもりであった。だが、互いへの信頼も少なからず影響してくるタッグバトルにおいて、実質一日も共に行動していないゲンと上手く連携出来るかと問われれば、無理とはいかないまでも、難易度は高い。恐らく気心の知れた仲であるユウキやハルカと組んだほうがまだ上手く行くだろうし、それは彼女にしても同様だ。
 時に大人顔負けの判断と行動力を見せるユウキだが、バトルに対しては純粋に楽しむという姿勢を一貫させている。ある意味、ここにいる面子の中で一番『ポケモントレーナー』らしい思考をしていると言えた。
「私はどちらでも構わなかったけれど、せっかくの良い機会だからね。お言葉に甘えることにしたんだよ……修行にもなるしね」
「ならよかった。楽しもう、ポケモンバトル」
 何にせよ、楽しまなければ損だ。ダイゴは最後にそう声をかけると、よろしく頼むよ、と返って来るのであった。

 早速企画したトレーナー協会に連絡を入れ、事情を説明して企画の変更を了承して貰えば、まるで予測していたかのように自然に流れが決まった。
 シンオウのバトルフロンティアにはバトルロイヤル形式のスタジアムももちろんなかったが、そこに所属しているスタッフでアローラのポケモンバトル事情に詳しい人物がいたのも幸運だっただろう。かくして、当初予定していた企画とは丸ごと変更にはなったものの、親善試合は無事行われる事になったのだった。
 バトルロイヤル、各自手持ちポケモンは一体のみ。メガシンカについてはゲンが出来ない為不可にしようと提案したのだが、その当人が「是非使ってくれ」と提案を一蹴したので、使用可となった。何でも、後学の為に一度使える者達と戦ってみたい、と思っていたそうだ。
 準備が整うまでロビーで待機する事になり、ユウキがハルカと会話を交わしているのを遠目に見ながら、ダイゴは作戦を考える。自分が出すポケモンは迷う事もなく決まっているが、問題はひとつある。
 ――ユウキくんは、恐らくジュカインかハッサムを選んでくる。問題は、ハルカちゃんのバシャーモか。
 『鋼』タイプのポケモンの天敵、『炎』タイプを持つポケモン。しかも『格闘』タイプでもあるバシャーモは、ダイゴの相棒であるメタグロスが不利になりやすい、要注意ポケモンだ。有利に立ち回るには、まず間違いなくバシャーモを選んでくるだろうと予想を立てる。幸運な事に、こちらのメタグロスの複合タイプは『格闘』に有利な『エスパー』。立ち回りやすくする為にも、バシャーモの早期撃破は必至。何なら、ルカリオを選んでくるであろうゲンと序盤は手を組んで、一点集中で倒す必要もあるかもしれない。
 そうしているうちに準備が出来たと呼ばれ、トレーナー協会のスタッフに案内されスタジアムに向かった。本来であればタッグバトル時に使われるそこは、各コーナーの隅に四色の旗が立てられ、誰がどの色なのかも分かるようになっている。撮影については気にしないで、普段通りバトルをしてくれればそれで構わないそうだ。観覧のトレーナーもちらほら見えるが、このバトルは建物のロビーに設置された大画面のテレビでも見る事が出来る。ホウエンの元チャンピオンがいると広まれば観客も増えるかもな、と考えていると、前を歩くスタッフから声をかけられた。
「いやー、粗末な出来で申し訳ないです」
「ああいや、無理を言ったのはこちらの方だからね。むしろ用意してくれて、有り難いくらいだ」
「そう言って頂けると幸いです。ジャッジについては、僭越ながら私が担当させて頂きます。及ばないところがあるかと思いますが、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく頼むよ」
「では、こちらへ。四隅に四色の旗を立てていますので、各自好きなところにお立ちください。自分は上の実況席へ向かいます」
 スタッフはそう言うと、足早に階段へと走って行く。ユウキが楽しそうに奥の方に向かい、ハルカがそれを追いかけた。と言う事は自分達は手前の方か、と青のコーナーらしい角に立つ。
 赤コーナーにユウキ、緑コーナーにゲン、黄色コーナーにハルカ。四方の角に全員が着いたところで、到着したらしいスタッフの声が上の実況席から落ちてきた。
『お待たせ致しました! 今回はハプニングが多々ありまして、当初『タッグバトル』の予定だったのを変更し、アローラ地方に伝わる『バトルロイヤル』で行います! では早速ですが、スタジアムにスタンバイしているトレーナーの皆様、ポケモンの準備をお願い致します!』
 青い旗のコーナーに立つダイゴは、懐から自身が最も信頼するポケモン、メタグロスのボールを手に取る。中にいるメタグロスも張り切っているように感じられ、苦笑しながら構えた。
「頼んだよ!」
「行ってくれ!」
「行くよ、相棒!」
「お願い!」
 それぞれが掛け声を上げながら投げられたボールが、スタジアムの中央で開く。現れたのはダイゴのメタグロス、ゲンのルカリオ、そしてハッサムとクチート。ユウキと、ハルカのポケモンだ。
 ――ハルカちゃんはクチート!?
 バシャーモだとばかり思っていたハルカのポケモンの予想が完全に外れ、ダイゴは声こそ上げなかったものの、呆気にとられる。その顔を見たユウキがニヤリと口角を吊り上げ、それにつられたのか、ハルカも意地悪く笑った。
「大成功!」
「ふふ、驚きました?」
「ダイゴさんがメタグロス、ゲンさんがルカリオを選んでくるのは目に見えてたからね。全員『鋼』タイプ同士でのポケモンバトルなんてあんまり見ないし、企画としては面白いでしょ? それに、オレが『ジョウト代表』なら、ジュカインを使う訳にはいかないしね」
 『鋼』『エスパー』のメタグロス、『鋼』『格闘』のルカリオ、『鋼』『虫』のハッサム、『鋼』『フェアリー』のクチート。中央に立つのは、全員が同じタイプを持つポケモンという事になる。なるほど、だから『各自の手持ち一体のガチンコ勝負』を持ちかけたのか。『鋼』タイプのポケモンで、とハルカに提案した当人であろうユウキの「楽しくやったほうがいい」という意図が垣間見えて、ダイゴは思わず苦笑した。彼の言う通り、エンターテインメント性抜群のバトルではないか。
 ――だが。ハッサムは、ユウキがジョウトにいた頃からの付き合いと聞いている。その一人と一匹の絆は、ホウエンリーグチャンピオンの地位を賭けた激戦で、並大抵の強さではない事を思い知らされた。ホウエンを救った勇者が『相棒』と慕う内の一体である事は、間違いない。一方のハルカとクチートも、ホウエンでの戦いで確固たる絆を培っていたのは記憶に新しい。
 決して、ただ盛り上げる為に二人が安易に選定した面子では無い事を、自分は知っていた。これは、『鋼ポケモン使い』を豪語する自分とゲンへの、彼らからの挑戦状だ。ダイゴは、自分が知らずのうちに口元に笑みを浮かべている事に気が付いた。
「鋼使いを名乗るトレーナーとして、負ける訳にはいかないな。ダイゴ君」
「そうだね。鋼ポケモンの、真の強さを見せてあげようか」
 バトルへの高揚を内に留めさせながら、ゲンの言葉に冷静を装って返す。彼もまた自分と同じように、向こう側の年下二人を強気な色を滲ませた目で見据えながら、笑っていた。
 開始の掛け声がスタジアム内に響き渡り、ゴングが鳴る。
『レディー、ファイ!』