SaS02

「じゃあ、あたしたちが買ってくるので、席を取って待っててくださいね」
「了解。頼んだよ」
「オレ、何食べよっかなー」
 緑に囲まれ、中央に綺麗な水が流れる川がある、リゾートエリア。夏の季節には、避暑へと訪れた者達で賑わう町だが、時期外れだというのに観光客の数も多い。明日、バトルフロンティアで行われるイベントを見に来ているトレーナーも多いのだろう。
 砂嵐吹き荒れる道路から一度撤退してきたダイゴ達は、そのまま南に位置するポケモンセンターへと駆け込んだ。
 青いスーツに、特徴的な鍔がついた青い帽子という出で立ちから勘付いてはいたが、並走していたルカリオは彼の手持ちポケモンなのだそうだ。ダイゴ達が通り掛かるまでに一匹で主人を守っていたルカリオもダメージは溜まっていたので、青い青年に促されるまま大人しくボールに収まり、傷付いたダンバルと共に預けられた。
 しかし、回復には時間がかかる。空いた時間をどうするかと問うと、すかさずユウキが腹が減ったとのたまったので、空いた時間のうちに遅い昼食に向かう事となったのだ。注文をユウキとハルカに任せ、席の確保を任せられた大人二人は、先に空いている席に着く。
「さっきは助かったよ、改めて礼を言わせて欲しい。私はゲン、普段はシンオウのミオシティに滞在している。ええと……」
 ふう、と落ち着いたところで、青い青年――ゲンと名乗った彼は帽子を取ると、名乗りながら右手をこちらに差し出してきた。そういえば、あの場から撤退するのに必死で、自己紹介もまだだ。
 彼にならい襟元を正し、ダイゴは握手に応じる。
「当然の事をしたまでだよ。ボクはダイゴ、ホウエン地方のトレーナーだ。ポケモンバトルに慣れているようだけど、どこかのジムトレーナーなのかな?」
「いや、ミオにある『こうてつじま』でルカリオとバトルの修行をしている暇人、と言うべきかな。この島には、暇なら行ってみてはどうだ、と知り合いに言われて、初めて訪れたのだけれど」
 なるほど、それでダンバルというポケモンの事を知らなかったのか、とダイゴは一人納得した。
 ダンバルは、どの地方でも希少なポケモンだと言われている。ダイゴのメタグロスも元々野生であったが、それはもう発見にも、捕獲にも大変苦労したものだ。しかも臆病で逃げ足も速い、というよりは巧妙なところがあり、それが捕獲の難しさに拍車をかけている。弱っていたとは言え、ゲンにあそこまで早く捕まえられるとは思っていなかった理由は、ダイゴがこれを知っているからだ。
 よって、このシンオウ地方でも例に漏れず、ダンバルの出現情報は少ない。シンオウのトレーナーが知らなくても、当然だろう。
 ふと、ミオ――もといミオシティのトレーナーだと聞くと、ダイゴにはもう一つ疑問が生じた。確証はないが、聞いてみる。
「もしや、ミオシティジムリーダーのトウガンさんが仰っていた『腕利きのトレーナー』と言うのも、キミの事だったりするかい?」
「……トウガンさんを、知っているのかい?」
「ん? ……あ」
 彼は目を丸くする。困惑、と言うより驚愕のように見えるその表情に、ダイゴはやってしまったか、と少し後悔した。他所の地方のトレーナーの口から、リーグチャンピオンならともかく地方のジムリーダーの名が出てくれば、誰だって驚くという事を失念していた。
 知っている理由として「実はボク、ホウエンリーグの元チャンピオンだったんだよね」と伝えるのは容易いが、ここは人が多い場所でもある。とりあえずは、一般トレーナーだと言っておいたほうが良いか。
「ああ、以前シンオウを訪れた時に彼と会った事があってね。その時に、自慢げに話していたよ。ジムリーダーにならないか誘ってみたが断られた、腕利きのトレーナーが知り合いにいるって」
「その話なら、間違いなく私の事だね。彼とは、長い付き合いの友人で」
「長い付き合い……?」
 ダイゴは、彼は自分と同年代だと思っている。だが、だとするとその発言は違和感しかない。
 ミオシティジムリーダーであるトウガンは成人した息子もいると話していたし、例えるなら『友人』と言うよりは『近所のおじさん』といった関係に思っていた。訝しげに視線を向けるこちらの思考を察しただろうに、ゲンは何も言わずに苦笑を浮かべる。
「はいお待ちー」
「お待たせしましたー!」
 そこへ、ユウキとハルカがトレイを掲げて席にやってきた。色とりどりの具材を挟んだサンドイッチやドリンクをテキパキとそれぞれの前に配膳し、二人も席に着く。
 いただきまーす!と食べ盛りの二人が手を合わせて食べ始めるのを見ながら、ゲンが改めて自身の名を名乗った。
「『ゲン』? 明日の親善試合の相手の一人も、同じ名前じゃなかったかな?」
「え? 何故それを?」
 ドリンクを口にしていたハルカが首を傾げて言うと、ゲンがそう返した。言われてみれば、親善試合でシンオウから来ると言っていた相手の名をきちんと把握していなかった事に気が付く。あの後別の要件が入り、とんぼ返りをするように外出してしまったからなぁ、と思い返した。
 話の中心から外れたので、頼んでいたアイスコーヒーを手に取り口元に持って行く間、ユウキが口に含んでいたホットドッグを飲み込んで、発言する。
「あ、オレ、ユウキと言います!」
「あたしはハルカです。ダイゴさんに声をかけられて、明日の親善試合に参加する為に、シンオウに連れて来てもらったんです」
 二人が名乗ると、ゲンは得心がいったらしくああ、と声を上げた。
「君達が明日の対戦相手の、ホウエンのトレーナーか。私は誘われた身だけど、よろしく頼むよ」
 本当はトウガンさんとヒョウタ君――彼の息子が誘われていたんだけど、と申し訳なさそうに付け加えられた言葉に、ダイゴは何となくハメられたな、と察し、苦笑した。どうやらトウガンは、余程自分と会わせてみたかったらしい。この青い『鋼』ポケモン使いの青年に。
 そんな、良い意味で図られたなどと微塵も思っていないゲンは、コーヒーを一口飲んでから話を変えた。
「それにしても、君達は何故あの道路に? 親善試合が行われるバトルフロンティアからは、意図しなければ訪れる必要がない場所だと思うんだが……」
 確かに、バトルフロンティアで行われる親善試合だけが用事であれば、別のエリアなどに移動する必要はなかった。彼がそう考えるのも当然と言える。――しかし、それがそのまま自身へのブーメランとなっている事は気が付いていないのか。突っ込もうか悩んでいる素振りを見せているハルカをどうどう、とやんわり制止しながら、求められた答えを提示する。
「いや、その前の広場で妙な噂を聞いてね。ふたりが気になると言うので、調べに来ていたんだ」
「もしかして、ポケモンが誘われるように消えるという奴かな」
「それだ!」
「それです!」
 ほぼ同時に声を上げたユウキとハルカの肯定に、ふむ、と右手を顎に当てて考え込むゲン。何かと仕草が様になっている。
「私とルカリオが聞いたものと同じだな……」
「しかしキミ、あの道を防塵ゴーグルもなしに彷徨うろつくのはあまり感心しないぞ? 視界が砂で遮られて動き辛かったろう?」
「え? あ、ああ。まさかこんな場所があるとは、思ってもいなくて。だが、『ギンガ団』が関わっているのであれば話は……あ、いや、今のは忘れてくれ」
 ゲンはつい、と掲げた右手を宙で揺らし、軽く目を見開く。そして何事もなかったかのように手を下ろした。
 彼が口にした組織名と思われる一言を聞き逃さなかったダイゴは、ユウキとハルカに目配せをする。二人とも、険しい表情をしていた。ここは自分の出番か、と話を振ってみる。
「キミは、ホウエン地方に『マグマ団』、『アクア団』という組織があったのを知っているかな?」
「え? ええと……確か、ポケモンや人の理想郷を求めて、ホウエンじゅうで活動していた二つの組織の事だったかな。その組織が伝説のポケモンを呼び出し、ホウエン地方を中心に大災害を起こしたのは、知っているけれど」
「大体合ってるよ、ゲンさん。マグマ団は『人間の理想郷を追い求めて陸を広げようとした』組織で、」
「アクア団は『ポケモンの理想郷を築く為に海を広げようと目論んだ』組織だったんです」
「なるほど、互いが真逆の目的を持っていたんだね」
「マツブサさんもアオギリさんも、最終的には自分が悪かったって謝ってくれましたけどね」
「二人共、不器用だから想いがヒートアップしちゃっだけだと思います。根は本当に優しい人たちで」
「…………?」
 双子か、と突っ込みたくなる二人の、テンポの良い台詞は、まるで知っている相手の事を語るような口振りのそれ。人々が恐れるような天災を起こしてしまったような人間と、目の前にいるまだ幼い子供たちとは、この短い間にもたらされた情報だけでは繋がるはずもない。ゲンが困惑の表情を浮かべているが、それはごく自然な反応だと思う。ダイゴですら、当事者でなければ信じられないと思うのだから。
 やがて、彼が聞いて良いのか駄目なのかうかがうような視線を投げて来たので、ダイゴは苦笑しつつ答えてやる事にした。このトレーナーになら、話しても悪い事にはならないだろう。
「その二人は、大人でも手を焼いていたマグマ団とアクア団に対抗してきた、優秀なトレーナーでね。ボクも何度か負けた事があるくらいだ。――つまりね、この地方で悪さをしているような奴がいるのなら、遠慮なく話して欲しい。そう言いたいんだ。力になれるはずだからね」
 余所よそ者が何を言っているんだ、と問われそうな言葉ではあるが、苦しんでいるポケモンを救いたいという気持ちだけは、住んでいる場所が異なっていたとしても同じはず。ゲンはユウキとハルカを見、ダイゴに視線を向け、ひとつ息を吐く。次に顔を上げた時には、真剣そのものな瞳が、彼の意志を物語っていた。
「シンオウには、『ギンガ団』と呼ばれている組織がある。彼らは新エネルギーの開発等を行い、経済情勢にも貢献していると世間では持てはやされているが、中には彼らにひどい目に遭わされた、と口にしている者もいる。私個人としては正直なところ、世間で言われているような組織には思えない、と不信感を抱いている」
「『ギンガ団』、『新エネルギー』か……」
 思い返されるのは、流星の民が関わった一連の事件。大隕石の破壊の為に大勢の人間を、そしてポケモンたちを苦しめる手段を選択しかけたダイゴには、とても笑い話には聞こえなかった。
「つまり、キミはこのポケモンが行方不明だと言う話の裏に、そのギンガ団が関わっているかもしれない、と疑っているんだね?」
「いや。『関わっているかもしれない』ではなく、『関わっている』と思っている。私の勘みたいなもので、根拠は説明出来ないけれど」
 ゲンは眉尻を下げ、申し訳ない、と続ける。勘と言うには、やけに確信めいたものを感じているように思えた。『根拠はない』ではなく『根拠は説明出来ない』と言っている事からも、それは読み取れる。
「シンオウのポケモンを脅かす者を、許す訳にはいかない。私は、このポケモン消失の事件について探りに行くよ」
 見た目によらず、頑固な性質を持っているらしい。危険だと止めたところで、はいそうですか、と簡単に止めてくれるようでもない事を察する。――ならばもう、やる事はひとつではないか。
「じゃあ、腹ごしらえしてポケモン達が元気になったら、もう一度行ってみよう」
「え?」
 一人で行く気満々だったゲンには、予想外の返答だったらしい。だが、こちらとしてはその反応こそが予想外である。同じポケモントレーナーなのだ、ポケモンを助けたい想いは、彼にも負けるつもりはなかった。
「もちろん、ボクたちも行くよ。乗りかかった舟だ、手伝わせて欲しい」
「オレたちだって放っておけないよ。悪いやつらも、ポケモンもさ!」
「こういう人たちなんです、全くもう! 自分から危険な事に突っ込んで行くなんて」
「ハルカだって、ポケモンがひどい目に遭わされてるのは我慢出来ないだろ?」
「…………ユウキくん、そういう聞き方はズルい!」
 むう、と軽く頬を膨らませるハルカだが、彼女がこの問答でユウキに勝つ手は、もうない。期待を裏切らない二人の強い意志に、ゲンも分かった、と両手を上げて降参した。

 カフェを出てポケモンセンターに戻ると、預けていたポケモン達の回復は既に完了していた。受付の女性からモンスターボールを引き取り、四人はその足でセンターに併設してある公園へと向かう。ダンバルはボールから出されているものの、ゲンの傍で宙に浮き、ゆらゆら揺れているだけだ。身を呈して庇っていた彼以外には、まだ警戒を解いてはくれなかった。
 先程の道路に戻る前にここに来たのは、ダイゴの提案である。懐から目的のものを手に取り、それを放った。
「メタグロス!」
 ボールから呼び出したのは、自身の切り札であり、相棒であるメタグロス。その姿を見て、ゲンがあれ、と問うてきた。
「もしかして、ダンバルが進化したポケモンかな?」
「正解だよ。仲間がいたほうが安心するだろう?」
 メタグロスは、その体がダンバル四体の集合体であると言われている通り、メタングを経たダンバルの最終進化だ。進化すると姿形がまるっきり変わるポケモンもいる中、ダンバルを初めて見たと言うゲンでも気付くくらいには、メタグロスとの関係が分かりやすい。
 ボールから出て主の指示を待つメタグロスに、ダイゴは腰を落とし、視線の高さを近付ける。
「メタグロス、ダンバルと意思疎通出来るかい? ボクたちは敵ではない事と、仲間と一緒にいたのかを聞いてみてくれ」
 メタグロスが了承するように鳴き、ダンバルへと向き直る。ダンバルは仲間と同じ種族が現れた事で、ダイゴの狙い通り、若干警戒を解いてくれたようだ。ふわりと宙に浮き、身体を目一杯使って動き始めた。嬉しそうな鳴き声に聞こえたのは、気のせいではないだろう。
「え? ルカリオ?」
 ポケモン二体の様子を見守っていると、不意にゲンの声が聞こえた。視線をやると、ボールから出されて以降彼の隣で様子を見守っていたルカリオが耳の房を動かし、目を閉じている。ユウキとハルカは不思議そうに眺めていたが、ダイゴはその動作が何なのかを知っていた。
 やがて、ルカリオが目を開けると、ゲンを見上げてぶるる、と鳴く。
「ルカリオ、何をしていたの?」
「ルカリオは、波導の力で相手の考えや動きを読み取れるんだよ。耳みたいな黒い房に、波導を感じ取れる器官があるんだ。それで彼が言うには、ダンバルは『仲間達が、突然どこかに向かってすごい速さで飛んで行ってしまい、置いて行かれた。どうしようか困っていたら、あのポケモン達に襲われた』と言っているそうだ」
 ゲンの後半の台詞に、今度はダイゴも呆気に取られた。波導についてはポケモンワールドトーナメントの参加者から聞いて知っていたが、まさかポケモンと会話まで可能だとは聞いた覚えがない。
「ゲンさん、ルカリオと話せるの!? すげー!!」
「ルカリオは、元々人の言葉も理解出来るし、相手と話す事も可能なんだよ。テレパシーみたいなもので特定の人間に伝える事が出来る、不思議な力だ」
「ふむ……はぐれてしまったのか、キミは」
 聞きたい事はまだまだあるが、今は目先の問題だ。ダイゴは気を取り直し、ダンバルを見やる。
 ダンバルがメタグロスの脇に隠れ、僅かに身体を傾けさせている。その仕草は、人間が落ち込んで顔を俯かせているのを彷彿とさせた。相当落ち込んでいるらしく、メタグロスも若干困り顔である。
「ゲン。ダンバルは、シンオウには野生では生息しているのかな?」
「うーん……。少なくとも、私は本土で見た事もないし、誰かが見付けたと言っていた覚えもないよ。君達から、名前を初めて聞いたくらいだ」
「ダンバルってかなり珍しいポケモンですからね。ホウエンなんか、野生で生息していないんだもの」
「となると、シンオウでも希少なポケモンであるはず。……これは、本格的に怪しいかな」
 ポケモンを狙った密輸業者は、当然だが希少価値の高いポケモンを狙う。その方が高く売れるからだ。ダンバル達であれば相当な値段が付く上に、副産物として他のポケモンを入手出来る。この消失事件が人の仕業である可能性は、限りなく高くなったと言えるだろう。
 人間に例えるなら、心細くて今にも泣きそうな顔をしている気がするダンバルの姿を見てはいられず、ダイゴはメタグロスへと声をかける。
「メタグロス。『心配するな』と伝えてやってくれ」
「ああ! ダンバルの仲間は、オレたちが絶対助けてやるからな!」
 メタグロスがこくこく、と頷く仕草で身体を揺らし、ダンバルに向き直る。少し間が空いた後、ダンバルは再び宙に浮き、喜びを表すかのようにくるくると回りながら、四人の周りを飛び回った。