SaS01

『いや、しかしまさかキミとタッグを組む事になるとはな! 良いものを見させて貰ったよ』
「他人事だと思って……」
 書類の整理をしていたダイゴは、自身のマルチナビから響く声に、呆れた表情で返した。隣にいるメタグロスが、こちらを伺うように見上げたのが視界の端に映る。
「最初はあなたとあなたのお子さんが招待されていたと聞きましたよ。それを彼らと、ホウエンからはボクを指名して。どう考えても、あなたが差し向けたとしか思えないでしょう」
『グハハハハ、悪かった悪かった。だがな、わたしとしてもぜひ会ってみて欲しかったんだよ。キミにも、彼にも』
「……まぁ確かに、とても面白いものを見せて頂きましたよ」
 目の前にある書類の一枚――物件概要書、と一番上に書かれている――を手に取りながら、その『とても面白いもの』を思い返し、自然と口の端が上がる。たった数日間の出来事ではあったが、ダイゴにとって印象的なものであったのは確かだ。そのきっかけをくれたのは、他でもないマルチナビの向こう側にいる声の主である。
 もったいぶったダイゴの言い回しを律儀に拾った相手は、おお、と嬉しそうに声を上げる。
『まだ何か面白い話があるのか? 聞かせてくれ、興味がある』
「そうですね……長話になりますが、構いませんか?」
『構わんよ。酒のさかなが欲しかったところだ』
「……まだ正午過ぎたばかりですよね?」
『細かい事は気にするんじゃないぞ、若者!』
 さぁ話せ、と話題を急かす電話の相手の姿を思い浮かべ、再び呆れながらも苦笑する。自身の父親とは異なる、豪快な性格をした年上の大人の言葉に、ダイゴは細かく突っ込むのを諦め、要求通りに話の続きを口にするのだった。
 たった二日間という短い間行動を共にした、とあるポケモントレーナーとの冒険譚を。

   ■   ■   ■

 ホウエン地方の最大都市、カナズミシティ。ポケモンセンターやフレンドリィショップを始め、数々の建物が立ち並ぶこの町に、ツワブキダイゴの父、ツワブキムクゲが社長を務める『デボンコーポレーション』はあった。
 視察という名目で珍しい石集めをしに各地を転々としているダイゴだが、デボンコーポレーション内ではいち社員としてカウントされている。むしろ、他地方の流行やホウエンにない物事を見聞し、企画・提案する役目を与えられている辺り、視察は社長公認と言えなくもない。息子の好き勝手を許してくれている父には、大変感謝している。
 しかし業務の中には、ムクゲには対応出来ないものも存在する。例えば他地方の企業とのタイアップ企画の持ち込みなどは、余程の事情でもなければ、社長自身がおもむく訳にはいかない仕事だ。かと言ってそういう案件程、普通の社員では手に負えなかったりする。そのような場合には、いくら遠方にいようともダイゴが呼び出され、対処に当たっているのであった。
 本日もそういったたぐいの用で呼び戻されたダイゴは、本社の社長室を訪れると、ムクゲに一通の手紙と、数枚の文書を差し出された。大きめに印字された文書の見出しが目につき、その言葉を反芻はんすうさせる。
「『バトルフロンティア』の、親善試合? カイナシティの客船で行けるのは、バトルリゾートじゃなかったかな」
「うむ。バトルフロンティアは、ホウエンにあるバトルリゾートよりも大きなバトル施設で、シンオウにある。そこで今度、シンオウとホウエンの親善の意味も込めて、イベントを行いたいんだそうだ」
「へぇ、シンオウ地方」
「手紙は読んでいないが、その文書と一緒に付けられていたものだ。お前宛のようだったからな」
 促され、封筒の宛名を見る。何となく差出人を察しながら、かさりと音を立てて封を破り、手紙を読む。
「ああ、やっぱりトウガンさんか」
 そういえばそんなイベントに誘われていたな、とダイゴは思い出す。
 少し前にイッシュ地方で開催された、各地方のポケモントレーナーが集い競い合うイベント、ポケモンワールドトーナメント。毎年開催されている、様々な地方や国から強豪が集まるそれにホウエン代表として招待されて参加した時、自分の試合を見た、とシンオウ地方のジムリーダー・トウガンに声をかけられた。彼も、自分と同じく『鋼』タイプのポケモンを使うトレーナーだと聞いて意気投合し、いつかシンオウ地方に来てポケモンバトルを見せて欲しい、と頼まれていたのだ。
 もちろんポケモンバトルは嫌いではないし、一時期ホウエンリーグの王者チャンピオンを務めていた身。招待を受ける事に抵抗は全くないのだが、思ってもいなかった問題がそこにはあった。イベント要項が纏められた紙束を机に戻しながら、ひとつ溜息を吐いて答える。
「シングルなら受けたけど……あいにく、ボクとのタッグバトルの相棒を受けてくれそうな相手が思いつかないよ」
「彼はどうなんだ? ミシロタウンの、ユウキ君」
「んー……実力は申し分ないけど……」
 相手の口から出たのは、ひょんな事から知り合いとなり、このホウエン地方消滅の危機に瀕した事件を通して友人となった、少年の名。ムクゲ自身も、彼には助けてもらったという事で懇意にしているようだが、彼にタッグバトルのパートナーを頼むにはいささか抵抗がある。
 ミシロタウンのユウキと言えば、ホウエンリーグの王者の座をミクリに譲る前の自分を打ち負かした事もある、将来有望なポケモントレーナーだ。だが、彼も自分と同じで、力で打ち負かすタイプの戦闘スタイルだと思っている。タッグバトルの醍醐味だいごみでもある連携プレーを観客にせる事は、彼にも自分にも無理であろう。
 ――と、そこまで考えたところで、ふと妙案を思い付く。懐からマルチナビを取り出してその目的の名前を探し出し、通話ボタンを押した。

   ■   ■   ■

「うわー! でけー!!」
「ちょっとユウキくん、はしゃぎ過ぎだよ!」
「こんな大きな施設見てテンション上がらない訳がないだろ! すげー、ホウエンのバトルリゾートも早くこうならないかな」
 テンションが最高潮に上がっている少年を、少女が形の良い眉を吊り上げながらたしなめる姿に、まるで姉弟だなと心の中で苦笑する。
 目の前に広がる光景に目を輝かせるのは、ムクゲが名を出したミシロタウンのユウキその人であり、人知れずホウエンの地を大災害から救った英雄である。そんな肩書きを持っている事など微塵みじんも感じさせない、無邪気で好奇心旺盛な少年だ。
 そして少女はハルカという名の、彼と同じ町のポケモントレーナーだ。何でもユウキの家の隣に住んでいるそうだが、彼女とも、例の事件の際に知り合ってから連絡を取り合っている。
 ダイゴの妙案とは、この二人に親善試合のタッグバトルを頼む事であった。ハルカはバトルに関してはどちらかと言えば慎重派でサポートも上手く、前に二人の素晴らしい連携プレーを拝見した事もある。絶好の人選である、という自負はあった。
「ホウエンの方でも、利用者が増えればスポンサーがついて、そのうち大きな施設になっていくと思うよ」
「本当? ダイゴさん」
「うん。今回のは、その為の視察みたいなものだしね。ユウキ君がもっとバトルリゾートを盛り上げてくれれば、うちデボンも更に投資して行くだろうし。そうなれば、バトルリゾートはもっと発展する。ボクはそう確信しているよ」
 実際他の地方に比べれば、ホウエン地方のバトル施設はまだまだ発展途上だ。単純に利用客の数が少ないのもあるが、出来たばかりで歴史も浅い為、スポンサーの数も少ない。
 だが、イッシュ地方のポケモンワールドトーナメントに参加した時に見た観客の熱の上がりようや、その後の話題性を見て、ダイゴを始めとしたデボンコーポレーションの面々は、投資をするに値するコンテンツであるとの確信を得ている。今回の親善試合、ダイゴは元ホウエンリーグ王者として、またデボンコーポレーションの社員として、バトルリゾートの発展に何が足りないのかを見極める為の、絶好の機会だ。
 また、それと同時に、ホウエンのポケモントレーナーの強さを世間に広めるチャンスでもある。ホウエンにもまだまだ強いトレーナーがいると知れば、挑戦したがる者が足を向けてくれるかもしれない。
 年甲斐もなく夢見ている事を語っていると、ハルカが目を細め、じとりとした視線をこちらに向けた。
「ダイゴさん、ユウキくんをダシに使おうとしてませんか?」
「いやいや、ハルカちゃんだっていろんなトレーナーとコンテストで競いたいと思うだろう? バトルリゾートが盛り上がればホウエンを訪れるトレーナーも増えて、コンテストに興味を持ってくれる人も増える。一石二鳥という奴だよ」
「……まぁ、ホウエンがもっと盛り上がってくれるなら、構わないですけど」
 そこで止めようとしない辺り、ハルカもダイゴが言った事と似たような気持ちは抱いているらしかった。コンテスト会場は、バトル施設とは異なりホウエン地方にしか存在せず、参加している人口も多いとは言えない。既にマスタークラスの常連となっている彼女も、コンテストの活性化は望んでいるところなのだろう。
 そんな会話をしていると、三人の側をシンオウのトレーナーらしい少年達が、話しながら横切って行く。
「なぁお前、知ってるか? リゾートエリアのホラーな話」
「知ってる。リゾートエリアに向かおうとすると、いつの間にかポケモンがいなくなってるんだろ」
「それで手持ちがいなくなったって事件が相次いでるし、おっかねぇよな」
「観光に来たトレーナーのポケモンがいなくなったって噂なんだっけ」
「そうそう。リゾートエリアのお化けって話だけど、あそこまで頻繁だと、嫌でも真実味帯びてくるよなぁ」
「お化けはないだろ、流石に。ていうか、お化けポケモンじゃねーの?」
 年相応なやり取りをしながら去っていく少年達の会話だったが、不穏な気配を感じたユウキが、彼らの背中を見送りながら呟く。
「ポケモンが、行方不明……?」
「確かに、『ゴースト』タイプのポケモンの中には、仲間だと思った相手を勝手に連れて行くと言われるポケモンもいるけど……」
 ポケモンの生態には、未だ不明な点が多い者も数多くいる。中にはポケモンや人をさらって行くだとか、相手を操るだとか言われているポケモンもいるが、彼らの会話だけでは、それらの仕業なのかは到底分からない。
 周囲をぐるりと見渡す。少年達の会話が聞こえていたのか、この島の住人らしき女性が顔を青ざめさせているのが見えた。迷惑そうな視線を少年達が向かっていた方に送っている男もいる、少なくとも嘘を吹聴して回っている訳ではなさそうだ。
 すると、難しい顔をして黙り込んでいたユウキに名を呼ばれ、ダイゴは視線を彼に戻す。何となく、その後に何を言われるのか予想しながら。
「なんだい?」
「見に行ってみませんか? さっきの人たちが言ってた道路に」
「ユウキくん。またそうやって……」
「違うよ。あまり疑いたくはないけど……トレーナーがポケモンを意図的に呼び寄せる手段、あるだろ?」
「あ……ポケモンの『技』と『特性』?」
「うん。それで、持ち主のトレーナーが気が付いた時にはいなくなっている可能性、ないのかなと思って」
 流石、ポケモン研究を行っているオダマキ博士の娘。相手が言わんとしている答えにすぐ行き当たったハルカの言葉に、ユウキもこくんと頷いた。
 ポケモンには、『技』の他に『特性』という個々の能力が備わっている。ほとんどの場合トレーナーがポケモンを探す時に使われるが、匂いや光で引き寄せてしまうそれらの技を利用して、悪事を働く輩も少なくないのが現実である。
「そうだね。しかも先程の話だと、他にも被害に遭っているポケモンがいる可能性もある。確認してみる必要はあるな」
「そうかもしれないですけど! あたしたち、今回は親善試合に招待されて来たって言う、ちゃんとした目的があるのに」
「大丈夫、この旅路でのキミたちの保護者はボクだ。キミたちを危険な目には遭わせないよ」
 オダマキ博士や、ユウキの父であるセンリにも頼まれているしね、と頼りになる大人らしいところを見せようと、ダイゴは自分の胸を叩き、言う。が、彼女は再び訝しげな視線を向け、口を開いた。
「……もしユウキくんの言う通り悪い人たちがいて、それらを悪用しているとなると、むしろダイゴさんのほうが危ないんじゃないですか? ポケモンを引き寄せる『特性』、鋼タイプに絞って通用するものがありますよ?」
 それは、とても鋭い指摘だった。格好つけた右手はそのままに、うっ、と顔を引き攣らせる。
 ポケモントレーナーでも人によるが、ポケモンの属性をある程度絞って育てている者もいる。ダイゴは完全に統一している訳ではないのだが、現在の手持ちは相棒の『鋼』『エスパー』タイプのメタグロスと、『鋼』『飛行』タイプのエアームド、『鋼』『岩』タイプのボスゴドラの三体。見事に全員、『鋼』タイプのポケモンである。いつもの面子であれば『岩』『虫』タイプのアーマルド、『岩』『草』タイプのユレイドル、『地面』『エスパー』タイプのネンドールがいるが、今回は父親の元で留守番をさせていた。
 そして、ハルカが言う『鋼タイプに絞って通用する特性』というのは、主に『電気』タイプのポケモンが持つ『磁力』の事だ。普通はトレーナーがいない野生ポケモンにだけ通用するはずだが、それを悪用し、人のポケモンを奪う輩も、悲しい事に存在するのだ。
 ぬう、と低く唸る。とても認めたくはないが、万が一『磁力』の特性を持つポケモン悪用している輩がいた場合、ダイゴは丸腰になるも同然。その時ばかりは目の前の、年齢が一回りも下の子供たちに守って貰うしかなくなるだろう。
 だが、しかし。行方不明のポケモンと自分のプライドを天秤にかけてダイゴは悩み、そして、溜息を吐いた。
「……その時は、頼んだ」
 万が一ポケモンが苦しい目に遭っていたらと思うと、とても『やっぱり止めよう』とは言えないのである。ダイゴの降参の言葉に、ユウキは頭の後ろで手を組み、にへへと笑った。
「ダイゴさん、人が良いからなぁ。ノーと言えない良い人って言うか」
「ユウキくん、それは褒めてるのかな?」
「……もう、仕方ないですね。じゃああたしのバシャーモを貸してあげるので、ダイゴさんのエアームドくんを貸してください」
「面目ない……」
 手持ちポケモンの属性を揃えていると不便な事もあるな、と今後の反省として頭の端に書き留めておきながら、エアームドが入っているモンスターボールをハルカに渡した。代わりにバシャーモのボールを受け取り、懐にしっかり納める。
「じゃあ、行ってみようか。探索に」

 ――だが、そのやる気を初っ端からへし折られそうになるとは、誰が思っていただろうか。
「すごい砂嵐!!」
 バトルフロンティアがあるファイトエリアから東の方に向かい、リゾートエリアの手前で分岐する道の前。その道路は、吹き荒ぶ風に軽い砂が煽られ、砂嵐が起きていた。
 ホウエン地方にあるキンセツシティから、北に伸びた道路の砂漠地帯と似たような地形らしく、視界も良くない。もしやこの砂嵐が『ポケモンが知らない内にいなくなる』原因なのではないかと思いもしたが、そうと結論を出すには、まだ早い。
 ユウキが背負っているバックパックを開け、防塵ゴーグルを手に取る。
「ハルカ、ゴーグル持ってきてるか?」
「あるよ! ダイゴさんは?」
「大丈夫だよ、ありがとう」
 気遣ってくれたハルカに礼を言い、ダイゴも自前の防塵ゴーグルを着ける。石集めの旅の道中で何かと世話になる為、常に持ち歩くようにしているのだ。
 砂嵐から目を守れる状態になったところで、きょろきょろと周囲を見渡す。視界が悪くて見落としそうになるが、高低差が激しい道が続いており、流れ落ちてくる流砂も少なくない。勢いをつけられるマッハ自転車があれば駆け上がれるだろうが、あいにく持ち合わせてはいなかった。必要であればメタグロスに頼めば登れるか、と周囲の状況を判断しながら、話を続ける。
「この砂嵐じゃ、普通に歩いててもはぐれそうだね」
「こんなところでトレーナーとはぐれたら、いくらポケモンでも迷っちゃうよね……」
「ああ。だが一匹だけじゃない、数体のポケモンがいなくなっているのは流石に偶然とは言い難い。他にも何かあると考えたほうが自然――」
 ダイゴが喋っているその最中、どこからか大きな音がした。余韻でなのか、大地が地震でも起きたかのようにズズ、と音を鳴らす。
「何だ今の!?」
「ポケモンバトル……にしては、妙な場所を選んだものだね」
「言ってる場合じゃないですダイゴさん! あっちみたいです、行ってみましょう!」
 ダイゴは真面目に言ったつもりだったが、ハルカに突っ込まれる。慣れていないポケモンでは戦い辛いこのフィールドで、好き好んでバトルをする者はあまりいないと思っている故の発言だったが、確かに彼女の言う通りである。
 彼女が指し示す方へと急いで向かうと、砂嵐の向こうに影が見えた。大きな影と、人のような影。距離が縮まると、大きな影は数体のポケモン、向かい合っているのは人だと分かった。
「サイドンとダグトリオ!?」
 今にも人に襲いかからんとする相手が進化系であるポケモンだと認識し、駆ける足に力を込める。見えたのは大型のサイドン二体と、数体のダグトリオ。どちらも『地面』タイプを得意としている事から、この道路に生息している野生ポケモンだと推測出来た。
 青い人間はどうやらトレーナーのようで、傍には同じく青いポケモンが、サイドンとダグトリオを威嚇するようにして立っている。だが囲まれている以上、不利なのは明白だった。
「大変! あのポケモンと男の人、襲われてる!」
「ボスゴドラ!!」
 青いポケモンをどこかで見たような気がしたが、思い出すのは後回しにする。ハルカの声とほぼ同時、懐からモンスターボールを手に取り、力の限りポケモンの方へと放った。放物線のてっぺんで音を立てて割れたそれは、中にいたダイゴのポケモン、ボスゴドラを解き放つ。
 ボスゴドラは咆哮ほうこうを上げながら、トレーナーとサイドンの間に割って入り、突進を受け止めた。新手の敵を察知した他のサイドンとダグトリオ数匹が、こちらの方に視線を向ける。
「フライゴン!」
「ラグラージ、お願い!」
 一拍遅れで、ユウキとハルカもポケモンを繰り出す。一瞬の判断と言うのに、どちらもこの砂嵐の中で平然と戦える『地面』タイプのポケモンを選べたのは、経験の賜物たまものであろう。飛び出してきた二人のポケモンは、ダグトリオを押さえていたポケモンの両サイドに並び立つ。青いポケモンは、突然両側に現れた新手に一瞬身構えたようだが、フライゴンとラグラージが自分ではなく相手を見ている事に気が付き、僅かに警戒を緩めた。
「え……き、君達は!?」
「通りすがりのトレーナーだよ。早く逃げ――ん?」
 突然現れたダイゴ達に驚いた青い青年が、目を丸くして叫ぶ。それはそうだろう、突然こんな場所に自分以外の人間が現れるとは、思ってもいなかったはずだ。
 彼に視線だけを向けて答え、そのまま逃げろと続けようとした。しかし彼の手元には、サイドン達に対峙しているのとはまた別の青、というより水色のポケモンがいる事に気が付く。それは自分にとって、またユウキやハルカにとっても、とても見慣れたポケモンだった。
「ダンバル!? 何でこんなところに」
「このポケモンを知っているのかい? 彼らに攻撃されて、弱っているようでね」
 青い青年は、ダンバルの事を知らないらしい。どんなポケモンかも知らないのに助けたのか、と彼の言葉で察する。
「知っているも何も、……いや、今はそれどころじゃないか」
 説明しようとしたが、今は野生ポケモンに襲われている事を思い出す。青い青年だけが逃走するという選択肢は消し、時間稼ぎの為にどう動くか、という思考に切り替える。
「キミ、空のモンスターボールは持っているかい? ボクたちが時間稼ぎをするから、そのポケモンを何とかボールに入れてくれ」
「分かった」
 青い青年は既に状況を飲み込んだらしく、理由も聞かずにダイゴの指示に頷く。最初の動揺したような表情もなく、どうも場慣れしているような印象を受けた。
「二人共! ボクが合図するまで、サイドンとダグトリオを押さえるぞ!」
「了解!」
「はい!」
 砂を蹴って身構える二人が、それぞれのポケモンに指示を出す。ダイゴが視線を送ると、それを受け取ったボスゴドラがサイドンを力の限り弾き飛ばした。
 分かっていた事だが、やはりこの砂嵐というフィールドの状態がこちらには不利だ。ポケモンはともかく、人間には風で舞い上がった砂が防塵ゴーグル越しの視界を遮り、思ったように指示が出しにくい。応戦するボスゴドラに適宜指示を出しながら、ダイゴは頭を悩ませる。
「せめて、砂嵐が少し収まれば……」
「なら、任せてください! ラグラージ、周囲に向かって“ハイドロポンプ”!」
 元気な返事の直後、ハルカの指示を受けたラグラージは喉を鳴らし、口から勢いのある水流を吐き出した。“ハイドロポンプ”は標的が定まりにくい強力な技で、やはりサイドンとダグトリオから大きく外れ、周りの地面を濡らす。すると、水分を含んだ砂が風では簡単に舞い上がらなくなり、多少は周囲の砂嵐が収まった。いくらか戦いやすくなり、彼女の目的はこちらの方か、と納得した。
「ナイスハルカ! フライゴン、“フェイント”からの“ドラゴンクロー”!」
 指示を聞くやいなや、フライゴンが目にも止まらぬ動きで敵の側に移動すると、弱まった砂嵐を切り裂く爪の一撃を繰り出した。見事命中――だがダグトリオは攻撃を耐え、直後周囲の砂を勢い良くフライゴンの顔に吹き飛ばした。
「“砂かけ”!?」
 フライゴンは赤いカバーで砂嵐下でも平常時並に動く事が可能だが、水分を含んで固まった砂が体に与える、物理的な衝撃は無視出来ない。そこに出来た隙を狙い、もう一体のサイドンが怒りに任せて突っ込んで行く。
「フライゴン、危ない!」
「ボスゴド――」
「ルカリオ!」
 ハルカが悲鳴を上げる。これではまともに攻撃を受けてしまう、とボスゴドラに援護を指示しようとした、刹那。
 鋭い声が飛び、青いポケモン、否ルカリオが両者の間に割り込み、襲いかからんとしていた巨体を、どうやってか作り出した骨で殴り付けた。サイドンは仰け反り、その間に態勢を立て直したフライゴンが数歩後退する。
 数瞬の攻防に思わずぽかんとしていたが、ダイゴは背後の気配――先程の声の主が立ち上がったのを感じ、振り向く。青い青年は手にモンスターボールを持ち、へらりと笑った。
「すまない。手間取ったが、ポケモンはボールに入れたよ」
「へ?」
 自分が指示をし、彼は実際に完遂したが、ダンバルがそんなに早くボールに収まると思っていなかったダイゴは、そこで間抜けな声を上げる。まだ応戦し始めてから、時間はそれ程経っていないはずなので、尚更だった。
 きょとんとした顔をする青い青年の視線を受け、慌てて思考を再開する。それならそれで長々とバトルを続けず、早急に撤退するべきだ。
「あ、ああ分かった! ユウキくん、ハルカちゃん、撤退するよ!」
 前半を青い青年に、後半は前方に向けて告げると、ユウキとハルカは元気な声で応じ、背後をポケモンに守ってもらいつつ駆け寄ってくる。そのまま先に行くように指示し、ダイゴもボスゴドラに追跡を阻止するよう命じた。
 足元のダグトリオは既に逃げ出していると言うのに、二体のサイドンは尚もこちらに敵意を向けていた。撤退先に被害を及ばさないとも限らないので、砂嵐に乗じてこちらを見失わせるのが得策か。
「ボスゴドラ、ポケモンたちの足を止めてくれ! “アイアンクロー”!」
「ルカリオ、サイドンに追撃を!」
 ボスゴドラが鋼鉄の爪を相手に切り付け攻撃し、ふらついたサイドンの影から、一拍遅れてもう一方のサイドンが突進してくる。体勢を立て直して応じようとしたボスゴドラの背をルカリオが駆け上り、飛び上がると強烈な蹴りを繰り出した。それを胴体にまともに受けてしまったサイドンは、今度こそ巨体を地面に横たわらせ、衝撃で周囲の砂を宙に撒き散らす。
 敵の動きが止まり、十分に距離も取れていたので、ダイゴはボスゴドラをボールに戻す。キミもポケモンを、と視線を青い青年に戻し、口を開きかけたが、その時には既に彼の隣で並走しているルカリオの姿があった。数瞬前まではサイドン達に近接攻撃を仕掛けていたというのに、何という素早さ――そして判断力。ポケモンワールドトーナメントで相まみえた事もあり知っていたはずなのだが、改めてルカリオというポケモンの総合能力に驚愕しながらも、今は足を動かす事に集中するのだった。